研究部門・組織
共同研究推進部
グリーンランド環境変動
Environmental changes in Greenland
プログラムの背景
北極域で今、地球で最も急速な気温上昇が起きています。この激しい気候変化の影響を受けて、グリーンランドの沿岸部では氷河氷床が氷を失い、海洋環境と生態系に影響が生じています(文献1)。また陸上では、凍土の融解が進んで急な斜面が崩壊し(文献2)、河川の増水による洪水も発生しています(文献3)。これらグリーンランド沿岸部での環境変化は、災害や水産資源の変化などを通じて、人々の生活にもインパクトを与えつつあります(図1)。
図1. 氷河や海洋の変化が進むグリーンランド沿岸では、洪水や地すべり災害など気候変動が人々の生活に影響を与えています。
プログラムのねらい
私たちは、グリーンランド沿岸部における自然環境の変化と、その変動が社会に与える影響に着目し、野外観測、人工衛星データの解析、雪氷や海水の分析、数値実験などを行っています。特にグリーンランド北西部に位置する最北の村カナック周辺に焦点をあて、氷河氷床の変動を明らかにし、海洋や陸域の変化を精査することを目指しています(図2)。氷河や海の変化は、グリーンランドに住む人々の暮らしにも影響を与えています。海氷が薄くなって犬ぞりが使えない、海で獲れる魚が変わった...。北極の環境変化がグリーンランドの人々の暮らしに与える影響の解明が、私たちが目指すゴールです。現地の人々とも協力して、現場でしか捉えられない生のデータを使って、急激で複雑な変化を明らかにしていきます。
図2. グリーンランド北西部、カナック地域。600人が暮らすカナック村を拠点として、氷河、海洋、陸上での調査を実施しています。現地の人々を集めたワークショップを開催し、彼らと協力して気候変動が社会に与える影響の解明を目指します。
これまでの成果
2011年以来、GRENE北極気候変動研究プロジェクトおよびArCS北極域研究推進プロジェクトに参画し、グリーンランド北西部における氷河氷床変動研究に取り組んできました(文献1)。これまでの研究から、カナック周辺の氷河が2000年以降急速に融解していることが判明しています(図3)(文献4)。また氷河前のフィヨルドでの観測から、融け水が栄養を巻き上げて、海洋生態系に重要な役割を果たしていることが明らかになりました(図3)(文献5)。プランクトンの繁殖や(文献6)、海鳥の分布(文献7)、アザラシやイッカクなどの哺乳類も(文献8)、その生態が氷河に強く影響を受けています。さらに近隣のシオラパルク村で発生した地すべり災害を調査し、将来の防災に役立つハザードマップを作成しています(図3)(文献2)。
図3. (左)カナック周辺の氷河における1985~2000年および2000~2018年の標高変化。(文献4)。(中)氷河の融け水に影響を受けたフィヨルドの海洋生態系(文献5)。(右)地すべり災害の調査に基づくハザードマップ(文献2)。
今後の計画
2020年からスタートした新しい北極研究プロジェクトArCS IIに参画し、これまで推進してきたグリーンランド北西部での研究を発展させます。海洋、海氷、大気、気候、さらには人文社会科学の研究者とも協力し、氷河氷床の変動が北極の環境と人々の暮らしに与える影響に取り組みます(図4)。低温科学研究所を中心に、水産科学院、北極域研究センターとも協力して、国内外の研究者との共同研究を推進します。
図4. プロジェクトの概念図。グリーンランド沿岸における氷河氷床、海洋、陸域の変化と、その社会影響を明らかにします。
参考文献
- Sugiyama, S. et al., 2021. Rapidly changing glaciers, ocean and coastal environments, and their impact on human society in the Qaanaaq region, northwestern Greenland. Polar Science, 27, 100632.
- 渡邊達也,山崎新太郎,杉山慎 2022,グリーンランド北西地域において2016年と17年夏期の集中的降雨で多発した巨大表層崩壊,日本地すべり学会誌,59(2),50–59.
- Kondo, K., S. Sugiyama, D. Sakakibara and S. Fukumoto. 2021. Flood events caused by discharge from Qaanaaq Glacier, northwestern Greenland. Journal of Glaciology, 67(263), 500–510.
- Wang, Y., S. Sugiyama and A. A. Bjørk. 2021. Surface Elevation Change of Glaciers Along the Coast of Prudhoe Land, Northwestern Greenland from 1985 to 2018. Journal of Geophysical Research: Earth Surface, 126, e2020JF006038.
- Kanna, N., S. Sugiyama, Y. Ohashi, D. Sakakibara, Y. Fukamachi, D. Nomura. 2018. Upwelling of Macronutrients and Dissolved Inorganic Carbon by a Subglacial Freshwater Driven Plume in Bowdoin Fjord, Northwestern Greenland. Journal of Geophysical Research: Biogeosciences, 123(5), 1666-1682.
- Matsuno, K., N. Kanna, S. Sugiyama, A. Yamaguchi and E. Y. Yang 2020. Impacts of meltwater discharge from marine-terminating glaciers on the protist community in Inglefield Bredning, northwestern Greenland. Marine Ecology Progress Series, 642, 55-65.
- Nishizawa, B., N. Kanna, Y. Abe, Y. Ohashi, D. Sakakibara, I. Asaji, S. Sugiyama, A. Yamaguchi, Y. Watanuki. 2019. Contrasting assemblages of seabirds in the subglacial meltwater plume and oceanic water of Bowdoin Fjord, northwestern Greenland. ICES Journal of Marine Science, fsz213.
- Podolskiy, J., and S. Sugiyama. 2020. Soundscape of a narwhal summering ground in a glacier fjord (Inglefield Bredning, Greenland). Journal of Geophysical Research: Oceans, 125, e2020JC016116.
プロジェクトメンバー
- 杉山慎(低温科学研究所)
- ラルフグレーベ(低温科学研究所)
- 飯塚芳徳(低温科学研究所)
- 的場澄人(低温科学研究所)
- 山口篤(北海道大学・水産科学院)
- エブゲニ・ポドリスキ(北海道大学・北極域研究センター)
- 東條安匡(北海道大学・工学院)
- 古屋正人(北海道大学・理学院)
- 三谷曜子(京都大学)
- 渡邊達也(北見工業大学)
- 林直孝(カルガリ大学)
関連リンク
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連絡先
杉山慎(すぎやましん),教授,氷河氷床分野兼任・北極域研究センター兼任
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