ILTS

年報

2003年(平成15年)

目次



部門・附属研究施設の研究概要

寒冷海洋圏科学部門:MARINE AND ATMOSPHERIC SCIENCE RESEARCH SECTION

教官:FACULTY MEMBERS

教授:PROFESSORS

江淵 直人・博士(理学)・海洋物理学;海洋リモートセンシング
EBUCHI,Naoto/DoSc./Physical oceanography;Remote sensing of the ocean surface

若土 正鳴・理学博士・海洋物理学;海洋循環と海氷変動
WAKATSUCHI,Masaaki/D.Sc/Physica1 0ceanography,Ocean CirenlatiOn and Sea lce Variability

河村 公隆・理学博士・有機地球化学および大気化学
KAWAMURA,Kimitaka/DtSc/Organic Geochemistry and Atmospheric Chemistry

藤吉 康志・理学博士・雲科学
FUJIYOSHI,Yasushi/DoSc./Cloud Science

助教授:ASSOCIATE PROFESSORS

遠藤 辰雄・理学博士・雲物理学、大気エアロゾル科学
ENDOH,Tatsuo/DoSc./Cioud Physics, Aerosol Science

大島 慶一郎・理学博士・海洋物理学;海氷一海洋結合システム
OHSHIMA,Keiichiro/D Sc./Physical Oceanography,Ice‐Ocean Coupled System

中塚 武・博士(理学)・生物地球化学
NAKATSUKA,Takeshi/Ph.D(Science)/Biogeochemistry

助手:ASSISTANT PROFESSORS

豊田 威信・博士(地球環境科学)・海氷,大気・海洋相互作用
TOYOTA,Takenobu/D.Env.E.Sc./Geophysical Research of Sea Ice

河村 俊行・理学博士・雪永物理学
KAWAMURA,Toshiyuki/D. Sc./Glaciology,Sea-Ice Physics

深町 康・学術博士・海洋物理学; 海氷一海洋結合システム
FUKAMACHI,Yasushi/Ph.D./Physical Oceanography; Ice-Ocean Coupled System

持田 陸宏・博士(理学)・大気化学および地球化学
MOCHIDA,Michihiro/Ph.D./Atmospheric Chemistry and Geochemistry

川島正行・理学博士・メソスケール気象学
KAWASHIMA,Masayuki/D.Sc./Mesoscale Meteorology

研究概要:OUTLINE of RESEACH

当部門は、寒冷海洋圏、特に海氷域の全球的気候における役割の解明を主要な研究目標にしている。海氷は太陽からの放射エネルギーの大半を反射し、大気・海洋間の熱交換を著しく抑制する働きをもつ。一方、海氷が形成する際に生成する高塩分水は深層水の源であり、世界の海洋大循環に大きな役割を果たしている。

当部門では、北半球で最も低緯度に位置する季節海氷域として、また近年、北太平洋中層水の起源水の生成域として注目されている、オホーツク海を含む海洋と大気を研究対象域とし、そこでの詳細な観測を行いつつ、学際的な研究を行っている。以下に示す、多くの研究課題に取り組むために不可欠な、いろいろな研究分野(気象学、海洋物理学、大気化学、地球化学、同位体地球化学、雪氷学)、研究手法(観測、化学分析、データ解析、リモートセンシング、モデリング)をもつ研究スタッフから構成されているのも当部門の大きな特色である。また、国際共同研究にも積極的に取組んでいる。

The major purpose of this section is to clarify climatological and biogeochemical roles of highlatitudinai seas, and related oceans, including the Sea of Okhotsk which is a seasonal sea ice zone located in the lowest latitude in the Northern Hemisphlre and is believed as a source region of North Pacific lntermediate Water Our scientific backgrounds include meteorology,physical oceanography, atmospheric chemistry geochemistry, isotope geochemistry and glaciology. Some studies are conducred as international joint programs.

研究課題と成果:CURRENT RESEARCH PROGRAMS

衛星観測データを用いたオホーツク海表層循環の季節変動および経年変動の研究

教授 江淵直人

Study of seasonal and interannuai variations of the circulation in the Sea of Okhotsk using remote sensing data : N. Ebuchi

衛星搭載マイクロ波散乱計および高度計の10年間にわたる時系列データを解析し、オホーツク海の表層循環の季節変動および経年変動を明らかにすることを試みた。その結果、海氷に覆われる時期を除けば、高度計データは、東樺大海流を含むオホーツク海西部の表層循環像をよく捉えていることが示された。また、東樺太海流の経年変動は、マイクロ波散乱計で観測された海上風場から見積もったスベルドラップ流量の変動とよく対応していることが示された。冬季にアニワ岬沖から北海道沿岸域へ流入する表層流量の経年変動やクリル海盆に秋季に発達する高気圧性渦の挙動についても議論した。

マイクロ波高度計および潮位データを用いた北海道沿岸の海況変動の研究

教授 江淵直人

Variations of sea surface height in the seas arOund Hokkaldo observed by spaceborne aitirneter and coastal tide gauges : N. Ebuchi

衛星高度計を「沖合潮位計」として用い、沿岸潮位データと組み合わせることにより、北海道沿岸の流況の把握に利用することを試みた。この手法により捉えられた北海道西岸を流れる対馬暖流を横切る方向の水位差の季節変動が、現場観測によって得られた傾圧流量の季節変化と非常によく一致することを示した。また、オホーツク沿岸の宗谷暖流にともなう流下方向および流れに直行する方向の水位差の変動について調べ、宗谷暖流の維持機構についての考察を行った。

QuikSCAT/SeaWindsマイクロ波散乱計データで観測された海上風ベクトルの精度評価

教授 江淵直人

Evaluation of marine surface vector winds observed by QuikSCAT/SeaWinds : N. Ebuchi

QuikSCAT衛星に搭載されたマイクロ波散者し計SeaヽVindsによって観測された海上風ベクトルデータの観測精度評価を、海洋気象ブイとの比較によって行った。風速の比較においては、バイア火はほぼゼロ、残差の標準偏差がlm/s程度と非常によい一致が見られた。風向の比較の結果においても、残差の標準偏差20°程度でよい一致が見られた。また、観測された風速・風向には系統的な誤差はほとんど含まれず、有義波高に対する若子の効果を除けば、観測環境にも影響されないことが示された。

全球海上風・風応カデータセットの整備・開発

教授 江淵直人

Preparation of global maHne wind vector/wind stress nelds : N. Ebuchi

各種の衛星搭載センサーによって観測された海上風をもとに作成された全球の海上風および風応力の時空間格子データセットの相互比較を行い、現存する海上風・風応カデータセットの特性を明らかにすることを試みた。データセットを作成する際に使用された衛星センサーの誤差特性および時空間内挿手法の違いが、それぞれのデータセットの周波数・波数特性に現れる様子を示した。特に、観測方式や使用する周波数によって、降雨が得られた海上風場に与える影響が大きく異なることを示した。また、格子化を行う際の時空間内挿の手法についての検討を行った。

オホーツク海南部海氷城の氷盤分布の解析

助手 豊田威信

Analysis Of sea ice distribution in the southern Sea of Okhotsk : T. Toyota

オホーツク海南部海氷域の氷盤分布の特性を知ることを目的として、画像処理プログラムを用いて1997年2月のADEOS/AVNIR画像(分解能16m)の解析を行った。衛星画像の海氷域から内部領域、氷縁付近、沿岸付近に位置するおよそ10km四方の領域を4つ抽出してそこに含まれる氷盤の大きさ及び周囲長を一つ一つ計測してサイズや形状の分布を調べた。その結果、 1)氷盤の最も卓越する大きさは約100mであること、2)氷盤の大きさが100〜1000mの間では自己相似性が認められることなどが分かった。

海氷生成時の酸素安定同位体分別係数の測定

助手 豊田威信

A measurement of isotopic fract10nation during the freezing of sea water : T. Toyota

海氷の生成過程の一つとして、海氷上の積雪に海水が浸透して結氷するsnow iceがある。海洋起源の海氷からsnow iceを見分ける手段として酸素安定同位体比が有効な手段であるが、見積もりにあたっては海洋結氷時の同位体分別係数(f)が重要なパラメータとなる。しかしながら、fに関してはまだ確かな知見が十分でない状況にある。そこでまず短冊状の水を対象に、低温室でタンクに入れた海水を結永させてfを求めるための室内実験を行った。実験と解析の結果、fは成長速度に大きく依存し、純水に比べて1‰程度小さな値を取ることが分かった。

<利用施設、装置等>低温陳低温実験室、分析棟、安定同位体比質量分析装置

オホーツク海南部の海氷の特性に関する研究

助手 豊田威信

Characteristics of sea ice in the southern Sea of Okhotsk : T. Toyota

冬期海氷に覆われる南限の海域として知られるオホーツク海南部に存在する海氷の特性について、主として砕氷船「そうや」を用いた現場観測により、1996年から継続して調べている。とりわけ海氷の成長履歴を知ることを目的として、海氷の薄片解析、密度・塩分・δ180の測定を行っている。これに加えて2002年の観測では短波長波放射計を用いて海氷域における放射収支観測を実施した。その結果、従来経験式を用いて見積もった通り、 日中は表面融解、夜間は結氷が生じる熱的環境になっていることが確かめられた。

<利用施設、装置等>低温陳低温実験室、分析棟、安定同位体比質量分析装置

南極海氷城の変動機構

教授 若土正暁

Mechanisms or the variability of sea・ice extent in the Antarctic : M. Wakatsuchi

南極海氷域における海永の季節内変動を明らかにし、その変動を引き起こす原因とその変動のメカニズムを解明することを目的として解析を行った。この時間スケールにおける大気と海氷の変動は、10〜15日程度の同期を持って波数3から4で東進伝播していた。特に、西南極海域では大気の変動が高緯度まで大きく、それに付随した形で海氷の変動も大きいことが解析から求められた。

また、海氷縁域では、力学的な見地だけでは、説明が出来ない海氷の海域があり、現場で生成,融解されていることが示された。これは、氷厚分類した海氷分布や人工衛星画像からも確認された。季節内という短い時間スケールでも移流や凍結・融解を繰り返しながら海氷域は変動していることが明らかになった。

オ本一ツク海における循環と渦に関する研究

助教授 大島慶一郎

The circulation and eddy in the Okhotsk Sea : K. I. Ohshima

表層ドリフターや中層フロートから、オホーツク海の中北部では海盆規模の反時計回り循環が卓越するのに対し、南部の千島海盆域ではメソスケール渦が卓越することを明らかにした。反時計回り循環は、風応力のcurlによる風成循環によること、東樺太海流はその西岸境界流を担っていると考えた。風応力と温度・塩分データの解析から、内部領域では概ねスベルドラップバランスしいていることが示され、風成循環が示唆された。さらに、海洋3次元数値モデル実験からも、風成循環としての反時計回り循環及び東樺太海流が再現された。一方、千島海盆域のメソスケール渦は、千島海峡での非常に強い潮汐混合によってできるフロントに伴う傾圧不安定によること、を数値モデル実験により示唆した。

オホーツク海の熱収支と海氷変動

助教授 大島慶一郎

Heat budget in the Okhotsk Sea and the sea ice variabinty : K. I. Ohshima

オホーツク海全域における大気—海洋(海氷)間の熱収支を、種々のデータとパルク法などによって見積もった。海氷域では、マイクロ波放射計データから海氷密接度と海氷の種類(薄氷か厚い氷か)を考慮して収支計算を行った。年平均した正味の熱収支は北部では強い負の値、南部では正の値、という頭著なヨントラストを作る。これは東樺太海流及び海氷による熱輸送による。本計算からは、オホーツク海全域では約35TW(テラワット)大気へ熱を供給しているという結果となる。これは別途に千島海峡での直接測流から見積もった、オホーツク海と太平洋間の熱フラックスとよい一致を示す。熱収支計算と中層フロートによる海洋混合層の貯熱量変化から、オホーツク海北西部から東樺太海流域にかけては、秋にどれだけ大気により冷却されるかだけでほぼ結氷の早晩及び初期の海氷域面積の大小が決まることがわかった。

海氷の性質と成長過程の研究

助手 河村俊行

Study on sea ice characteristics and growth processes : T. Kawamura

典型的な季節海氷域であるオホーツク海とバルト海を海氷気候の観測研究の拠点として、大気・海氷・海洋の観測を行っている。その一環として、オホーツク海やサロマ湖とバルト海・フィンランド湾で海氷を採取し、密度・塩分・安定酸素同位体比等を測定して、その諸性質や成長過程の研究を行っている。フィンランド湾では海氷の構造におよぼす低塩分水の影響も研究している。同湾にある奥行き約25kmの湾(表面海水の塩分が約0〜5 psuと変化)で採取した氷を解析した結果、約 1 psuの所で、純氷から海氷への構造変化が認められた。

<関連施設>装置等附属流氷研究施設、安定高位体比質量分析装置

海氷の成長におよぼす積雪の寄与に関する研究

助手 河村俊行

Contribution of snow cover to sea ice growth : T. Kawamura

近年の南極域の海氷研究から海氷成長におよぼす積雪の寄与が注目されている。その過程には積雪に海水が浸み込んで出来たsnOw iceによるものと積雪の融解水の再凍結によって形成されるsuperimposed iceによるものがある。それらの成長過程と積雪の寄与を詳細に把握するため、サロマ湖やパルト海・フィンランド湾の定点で海氷を採取し、その解析を行っている。フィンランド湾での海氷の解析から、上記の2つの過程が同時に起こっている可能性とSuperimposed iceの形成に融雪水ばかりでなく、降雨が関与していることが示唆された。

<関連施設>装置等附属流氷研究施設、安定高位体比質量分析装置

東カラフト海流と高密度陸棚水の係留観測

助手 深町 康

Mooring measurement of the East Sakhalin Current and dense sheif water : Y. Fukamachi

オホーツク海のサハリン東岸沖は、北太平洋中層水の起源水の一つと考えられている北西陸棚域で生成される高密度水の輸送経路として、重要な海域である。しかし、この海域に存在する東カラフト海流および高密度陸棚水の実態については、長期の係留観測などが行われてこなかったこともあり、理解が進んでいなかった。そこで、日・露・米の国際共同観測の一環として、1998年から2年間にわたり、流速、水温、塩分などの長期係留観測を、この海域では初めて実施した。観測の結果、東カラフト海流の流量は冬季に最大となり大きな季節変動が存在すること、この海流によって輸送される高密度陸棚水の流量には、この2年間については、大きく異なる季節変動が存在することなどが明らかになった。

北海道沖における海氷・海洋の係留観測

助手 深町 康

Mooring Measurement of sea-ice and oceanic properties off Hokkaido : Y.Fukamachi

1998-99年から2001-02年の冬季に、オホーツク海北海道沿岸の湧別沖において、超音波氷厚計、鉛直流速プロファイラー、水温・塩分計などを係留して、海氷の厚さと漂流速度、海流、海水の特性の連続観測を行った。観測結果から、この海域における海氷の厚さの変動は、熱力学過程では無く、氷盤同士の間で起こる力学過程によって支配されていることが明らかになった。

航空機観測による対流圏水溶性有機エアロゾルの研究

教授 河村公隆、助手 持田陸宏

Aircraft studies on water・soluble organic acids in the tropospheric aerosols Over East Asia : K. Kawamura and M. Mochida

国際共同研究として実施されたアジア・大平洋域のエアロゾル集中観測(ACE‐Asia:2001年3月から5月)に参画し、航空機(NCAR C‐130)を使用して、日本列島およびその周辺海域、朝鮮半島、南シナ海、日本海の上空においてエアロゾル試料を採取した(高度は地上付近から7000m)。エアロゾル試料は研究量に持ち帰り、純水により水溶性有機物を抽出にしたのち、低分子ジカルポン酸をプチルエステルに誘導体体化しガスクロマトグラフィー(GC)、GC/質量分析計により測定した。試料中にシュウ酸、マロン酸、コハク酸など低分子ジカルポン酸を検出した。シュウ酸がすべての試料中で優位を示すことがわかった。また、これらの濃度(44 870 ng m-3、平均310 ng m-3は、ァジアの主要都市での濃度に比べると数分の一とやや低いものの外洋大気中に比べて進かに高いことが明らかとなった。また、これら低分子ジカルポン酸はェアロゾル有機炭素と良い相関をしめし、シュウ酸は最大で有機炭素の3%をしめること力i解った。これらの結果は、北太平洋域の対流圏大気の有機物組成がアジア域の人間活動の影響を強く受けていることを示している。

樹木年輪セルロースの酸素・水素同位体比を用いた気候変動の解析

助教授 中塚 武

Analyses Of Climate Variations using Oxygen and Carbon isotope Ratio of Tree-Ring Cellulose : T. Nakatsuka

産業革命以降の気候変動と生態系の応答を明らかにするために、寒冷生物圏変動分野と協力して、樹木年輪の同位体解析を行った。まず雨龍研究林とカムチャッカ半島において、採取されたミズナラとカラマツの年輪コアからセルロースを抽出し、酸素・炭素同位体比を測定して、気候・生態系変動を復元する方法を検討した。両樹種共に、酸素同位体比は個体間相蘭が高く、気温・降水量などの変動を反映する一方、炭素同位体比は樹木の成長環境に応じて個体ごとに変化し、両指標を組み合わせることで、気候変動と生物応答のダイナミクスが解析できることが示された。

<利用施設、装置等>環境生物相互作用解析システム

西部北太平洋域における海洋エアロゾルの粒径分布と光学特性

助手 持田陸宏、教授 河村公隆

Size distributions and optical properties Of marine aerosois over the western North Pacific : M. Mochida and K. Kawamura

東アジア、大平洋域におけるエアロゾル集中観測(ACE-Asia : 2001年春季)期間中に西部北太平洋において採取したエアロゾル試料の有機、無機組成の分析を行った。水溶性極性有機化合物は、全般的にlμm以下の粒径が支配的であるものの、外洋では、海塩粒子への取り込みによる1μm以上の粒径への移行が見られた。また黄砂の影響を強く受けた場合にも1μm以上の粒径に比較的多く存在し、その程度は硫酸堀よりも顕著であった。有機態、無機態炭素、無機イオン成分の分析結果から、有機物、硫酸塩、海塩、鉱物、元素状炭素の存在量、粒径分布を推定し、エアロゾルの消散係数の計算を行った。その結果、黄砂粒子の存在により光散乱に重要なサブミクロン粒子の生成が抑制された場合、その効果はエアロゾル全体の光学特性に大きく影響する可能性が示唆された。

森林大気における2次有機エアロゾル生成に関する研究

助手 持田陸宏、教授 河村公隆

Formation of secondary organic aerosolin the forest atmosphere : M. WIochida and K. Kawamura

2002年夏季に、北海道大学雨龍研究林において森林大気中の半揮発性有機化合物の気相、粒子相における濃度、エアロゾル粒子の粒径分布および数濃度の測定を行った。デニューダシステムによる試料採取とガスクロマトグラフィーを用いたカルボエル、カルポン酸分析法の適用により、植物から直接放出される有機成分に加え、大気中における光酸化反応により2次的に生成する有機成分の定量に成功した。日中には、気温、日射の上昇に伴い気相中の有機物濃度が上昇し、粒子濃度の上昇と半揮発性有機化合物の粒子相への移行が認められた。今回の観測により、これまでに粒子中の存在が報告されている有機成分に加えて、いくつかのカルポニル化合物が粒子中に存在している事が新たに明らかになった。

大気試料捕集時における酸化剤除去法の開発

助手 持田陸宏

Development of new method for removal of oxidants during atmospheric sampling : M.Mochida

大気中に存在するガス、粒子の捕集を行う場合、大気中の酸化剤(03,OH,N03)の暴露が捕集した成分の変質をもたらすことが知られている。本研究では、光化学ポックスモデルを用いてサンプラー中の反応性化学種の挙動を明らかにし、NOガスの添加による酸化剤の除去の有効性を検証した。その結果、これまでアーティファクトを与える効果が無視されていたOH、N03ラジカルの濃度が、処理をしない試料空気中では比較的高濃度に保たれている可能性が示された。また、数ppm程度のNOの混合により、03、OH、N03濃度を十分に減少させられることが明らかになった。

地球温暖化に果たす雲・エアロゾルの役割に関する研究

教授 藤吉康志、助手 川島正行

Role of clouds on the global warming : Y. Fujiyoshi and M. Kawashima

国立環境研と共同で、ライダーを用いて札幌市上空のエアロゾルの濃度の季節変化、黄砂による変動の長期モニタリングを行なっている。さらに、エアロゾルの問接効果を実験的、理論的に検証するため、釜石市の釜石鉱山所有の鉛直立坑を用いた人工雲実験を他大学・国立環境研と共同で行った。また、長崎県福江島においてエアロゾルや害の変動をドップラーライダーを用いて観測した。更に、地球フロンティアと共同で害の光学的特性のパラメタリゼーションを行った。

様々な雲システムの観測および数値モデリング

教授 藤吉康志、助手 川島正行

Observation and numerical modeling of various types of cloud systems : Y. Fujiyoshi and M. Kawashima

(1)中緯度帯から北極域にかけての雲・降水観測

地球観測フロンティアと共同して、長江での梅雨観測に参加し、激しい豪雨をもたらす降水システムのドップラーレーダー観測を行ない、その構造について解析した(地球環境科学研究科、工藤 玲、大竹秀明、粕谷英行)。

海洋科学技術センターとの共同研究で、海洋観測船「みらい」の北極航海に参加し、 ドップラーレーダー、雲レーダー、ライダーなどの各種リモートセンシング観測と同時に係留気球を用いた雲内観測を行い、北極層害の構造や熱・水収支特性の解析、及びモデリングを行なっている(地球環境科学研究科 吉田一穂、粕谷英行)。

気象研究所と共同で霧の観測を行ない、その出現特性について観測データや衛星画像、数値モデルを用いて調べた(地球環境科学研究科 岸 寛人)。地球フロンティアと共同で、モンテカルロ法を用いて雪片の成長過程のシミュレーションを行った。

(2)激しい気象援乱の観測と予測 教授 藤吉康志、助手 川島正行
Observation and prediction of severe weather systems : Y. Fujiyoshi and M. Kawashima

大阪平野に豪雨をもたらす激しい気象擾乱を、本研究所のドップラーレーダー、関西空港の航空気象ドップラーレーダーのデータを行い、突風、雷、家雨に関する総合報告を行った(地球環境科学研究科、新井健一郎)。またドップラーレーダーで得られた風速場、降水場から得られた非断熱加熱量の時系列データを用いて数値モデルを初期化し、対流性降水システムの短時間予報を行なう手法を開発した。

(3)雲・降水システムのモデリング 助手 川島正行
Numerical simulation of convective cloud system : M. Kawashima

個々の雲を解像できる非静力学モデルを用いて、様々な形態の降水系を対象とした数値実験を行っている。冬季寒気吹き出し時にロシアの地形をトリガーとして発生する筋状降雪雲の形成、維持機構について3次元掌解像モデルを用いて調べた(地球環境科学研究科、大竹秀明)。また渦状降雪雲の数値モデリング、 ドップラーレーダーデータを用いたエネルギー収支解析を行なった。

<利用施設、装置等>降雪ダイナミックス移動観測システム


寒冷陸域科学部門:CRYOSPHERE SCIENCE RESEARCH SECTION

教官:FACULTY MEMBRES

教授:PROFESSORS

本堂 武夫・工学博士・回体物理学:氷床コア研究
HONDOH,Takeo/D.Eng./Solid State Physics,Ice Core Research

グラジーリン、グレプ・エフランピエビッチ・理学博士・水文学
GLAZIRIN,Gleb Eviampievich/D.Sc./Hydrology

大畑 哲夫・理学博士・寒冷圏気候学
OHATA,Tetsuo/D.Sc./Cold Region Climatology

原 登志彦・理学博士・植物生態学
HARA,Toshihiko/D Sc/Piant Ecology

助教授:ASSOCIATE PROFESSORS

成田 英器・理学博士・雪氷物理学;極域雪氷学
NARITA,Hideki/D.Sc./Physics of snow and ice,Polar glaciology

山田 知充・理学博士・雪永学
YAMADA,Tomomi/D Sc,/Glaciology

隅田 明洋・博士(農学)・森林生態学、植物生態学
SUMIDA,Akihiro/Ph.D./Forest Ecology, Plant Ecology

成瀬 廉二・理学博士・氷河学 ; 氷河物理学
NARUSE,Rerdi/DoSc./Glaciology ; Physics of Glaciers

堀口 薫・理学博士・雪氷物理学
HORIGUCHI,Kacru/D Sc,/Physics of Snow and Ice

石川 信敬・理学博士・雪氷気象 ; 微気象
ISHIKAWA,Nobuyoshi/D.Sc./Glaclo‐ Meteorology, Micro‐Meteorology

助手:ASSISTANT PROFESSORS

堀 彰・博士(工学)・材料科学;氷床コア解析
HORI,AKira/D Eng./Materials Science ; lce Core Research

石井 吉之・理学博士・流域水文学、寒地水文学
ISHII,Yoshiyuki/D.Sc./Basin Hydrology,Cold Region Hydrology

西村 浩一・理学博士・雪永学
NISHIMURA,Kouichi/D.Sc./Physics of Snow and lce

曽根 敏雄・学術博士・寒冷地形学
SONE,Toshio/Ph D./Geocryology

小野 清美・博士(理学)・植物生態生理学
ONO,Kiyomi/Ph.D./Plant Ecophyslology

自岩 孝行・博士(環境科学)・氷河学 ; 雪氷学
SHIRAIWA,Takayuki/Ph.D.in Env.Sci./Glaclology

見玉 裕二・博士(大気科学)・境界層気象;雪氷気象
KODAMA,Ytti/Pht D./Boundary‐Layer Meteorology, Glaclo, Meteorology

研究概要:OUTLINE of RESEARCH

地球規模の気候システムの中で、寒冷陸域における雪氷及び生態系の特性について地球科学及び環境科学の両面から総合的に研究する。研究分野は雪氷変動、融″点附近の雪氷現象、雪氷循環、雪氷気象、雪氷環境、氷河・氷床、寒冷生物園変動等に分かれる。

上記の研究分野を雪米の循環に従って記載すると次のようになる。降雪が地上の積雪となってからの変態及びその水量の地球上の分布状態はどうなっているか等の研究分野がまず挙げられる。積雪も極地においては長年の堆積の結果、米河氷床を形成する。氷河・氷床等はその生成過程における地球の気候変動を記録している。又地球上の積雪の分布は寒冷地域の気象と強い相互作用を有し、永久凍上、植物群集の動態及び生態系等と密接に関連している。積雪地域では地吹雪が発生し、山地では雪崩が発生する。又融雪は洪水をもたらす。氷床の融解は汎世界的な海面上昇をもたらし、氷河の衰退によって生まれた氷河湖は決壊洪水を発生させる等、積雪や氷河は災害問題とも関連している。上記の雪氷の素過程の研究の他に、地球上の雪氷及び生態系の総合的研究が必要となり、南極、スピッツベルゲン、ロシア北方域、カムチャッカ、カナダ、アラスカ、パタゴニア、ネパール等において共同の研究観測調査を行っている。

Physical properしies of polar ice cores;Freezing characteristics of interfacial water,Deformation mechanisms of polycrystalline ice; Hydrologic cycle in a snowy drainage basin;Areal snow accumulation and ablation; Areal heat balance in a drainage basin; Boundary‐ layer meteorology, Snowmelt discharge, Comparative snow‐hydrology, Forest meteorology, Chemical dynanlics of snow and soil; A/1echanism of avalanche release (Weak_layer in snow cover,avalanche forecast) Dynanlics of giaciers and ice sheets (Giacier variations, characteristics of glacial flow,Quaternary giaciation,deduction of paleoclimate from ice properties), Fluidization of snow dynamics of rnixed - phase snow flow in relation to the mechanism of blowing snow, snow - accretion, Palsa formatlon in the Daisetsu Mountains; Permafrost; Ecology and physiology of cold - hardiness of insects, Phenological and developmental divergence of plant life histories in the cold climatei Ecology of forest and grassland plant conllnunities.

研究課題と成果:CURRENT RESEARCH PROGRAMS

氷床コアの物性と古気候・古環境の復元

教授 本堂武夫、助教授 成田英器、助手 堀 彰

Physical properties of ice cores and paleoclimate/paleoenvttonment reconstrucuons : T. Hondoh, H. Narita and A. Hori

氷床ヨアから信頼度の高い古気候・古環境データを抽出するためには、そこに記録されたデータがどのように形成され、どのような変性を受けたか、という″点を明らかにしなければならない。本研究では、種々の物理過程を詳細に調べることによって、そのメカニズムを解明すると共に新たな解析手法を確立することを目指して研究を進めている。個別課題と最近の成果概要は以下の通り :

1) 極地氷床におけるクラスレート・ハイドレートの生成と大気の挙動 教授 本堂武夫、科学技術振興事業団研究員 深沢(池田)倫子
Formation of clathrate hydrates and behavior of atmospheric gasses in polar ice sheets : T. Hondoh and T. Ikeda - Fukazawa

気泡として氷に取りこまれた大気は、深部ではクラスレート・ハイドレートのゲスト分子として存在する。これまでの研究で、ハイドレート中の気体組成(N2/02組成比)が元の大気組成から大幅にずれていることおよびその原因がハイドレート生成に伴う02の優先的な拡散にあることを明らかにしてきた。また、気泡からハイドレートヘの遷移過程および気体の分別挙動を定量的に記述し得るモデルの開発も行ってきた。さらに、この遷移以前にクローズオフ過程を反映して、気泡内圧の相違によっても気体の分別が起こり得ることを明らかにした。これによって、氷床全層にわたる大気組成気体の挙動を明らかにできる見通しが得られており、モデル化を進めている。遷移層以深(気泡が完全に消滅した後)におけるハイドレートのオストワルドの熟成貝Jによる成長過程とそれに伴う気体分別のモデル化を完了し、残る課題はハイドレート生成以前の気体分別のみとなった。

一方、気泡とハイドレートの数密度が年層に相当する変動を示すことおよび長期的には氷期一問氷期変動に対応して変動することが見出されている。しかし、遷移帯におけるハイドレートの核生成は極めて不均一に起こり、必ずしも気泡とハイドレートが1対1に対応していないことが明らかになっている。そうであるにもかかわらず、遷移帯以深においてもハイドレートの数密度が気泡数密度と同様な変動をする。この点は未だ解明されていないが、このような変動は大気が気泡として取り込まれる氷化過程に起因しており、取り込まれる気泡の数密度はフィルン層の温度と堆積速度の関数として表し得る。逆に気泡およびハイドレートの数密度データと同位体組成データを使って、フィルンの温度と推積速度を独立に求める方法の開発を進めている。(地球環境科学研究科博士課程2年 大野 浩)。

2) 極地氷床コアの層位解析と涵養量変動 助教授 成田英器、科学研究支援員 高田守昌、教授 本堂武夫
Stratigraphical analyses of polar ice cores in relation with changes in accumulation rates : H. Narita, M. Takata and T. Hondoh

これまでに、積雪層位、気泡およびクラスレート・ハイドレートの数密度層位解析から各々の平均層位厚さが酸素同位体組成比と氷の流動を用いて氷床の中の年堆積層厚を計算するD‐Jモデルによる値とよく一致することを見出しており、涵養量変動を同位体組成とは独立に推定する新たな手法に成り得ると期待している。このような層位解析を迅速に行う方法として、光散乱を利用するラインスキャン装置の開発を進めている。すでにこの装置を用いて、ドームふじコアのような散乱体の少ない試料でも、特有の層構造を見出している。光の散者L体としては、気泡、彼粒子、ハイドレートなどが考えられ、この順で散乱が大きい。ドームふじコアの場合、微粒子の数密度と微小気泡の数密度に正の相関があり、保存中に微粒子の周りで2次的に彼小な気泡が生成されていると解釈できる。したがって、ラインスキャナーで検出される層構造は微粒子の分布を反映しているものと考えられる。微粒子の氷床表面へのフラックスには、季節変動があることが知られており、気候シグナルの高分解能解析を目指して、ドームふじコアの特徴的な深度範囲に絞って、連続的な測定を進めている。

3) ドームふじコアの多周波AC‐ECMと主要イオン濃度の短周期変動 科学研究支援員 飯塚芳徳、教授 本堂武夫
Multi‐frequency AC‐ECM and short term variations of major ion contentsin the Dome Fuji ice core : Y.Iizuka and T.Hondoh

AC-ECMは、その周波数を変えることによって、異なる化学種の分布をmmォーダーの分解能で検出し得る手法であるが、そのシグナルがいかなる化学種に対応しているかを知ることは容易ではない。そこで、大田径のコア氷をlmmごとに連続的にサンプリングして、イオンクロマトグラフィで主要イオン濃度を測定して、予め測定しておいたAC,ECMデータと照合するという方法で、AC‐ECMとイオン分布の相関を調べた。その結果、主要イオンの濃度にAC—ECMと同期する変動があること、変動の周期が年変動に相当すること、および特定のイオン間の変動に相関が著しいことを見出した。高分解能解析の新たな手法として研究を進めている。

4) X線透過法により測定した南極氷床浅層コアの密度プロファイル 助手 堀 彰、教授 本堂武夫、助教 授 成田英器
Detailed density profile of the Antarctic shallow ice cores measured by X-ray transmission method : A. Hori, T. Hondoh and H. Narita

南極ドームふじコアの表面付近から深さ40mまでの浅層コアの密度プロファイルを、X線透過法により1 mm 間隔で連続的に測定した。パルク毎に平均して行った解析から圧縮粘性係数を求め、みずほコアの結果と比較すると、 ドームふじコアの方が大きいことがわかった。さらに、lmm間隔で得られた詳細な密度プロファイルの解析により、深さとともに密度の変動の幅が減少し、このことが物理的な層構造の形成と密接に関係することがわかった。この現象を記述するには、従来の圧縮粘性係数を記述する式を改良する必要があり、層構造の形成過程も考慮に入れた浅層ヨアの圧密過程の定式化を目指している。

5) 氷コアの結晶組織と気候変動シグナル 教授 本堂武夫、助手 堀 彰
Crystal textures in ice cores and climate signals : T. Hondoh and A. Hori

氷コアの結晶組織は、流動に関する基本データの1つであるが、その形成過程については、長年の研究にもかかわらず明確にはなっていない。その原因の一つは、これまでの測定データが、主に偏光法による結晶方位解析や粒径解析に限られていたことおよび微視的なスケールでの考察が不十分であったことにあるが、同時に統計的な挙動を解明するには膨大な測定を必要とすることも、問題解決を遅らせた原因であろう。最近、氷結晶の方位と粒径を自動的に解析する装置が開発され、後者の問題は大幅に改善されてきたが、前者の問題はこれからの課題である。特に、フィルンで起こる様々な物理過程がその後の結晶組織形成に深く関わっており、これを解明すべく、ドーム浅層コアのマイクロ波誘電率、X線極フ点図形、X線透過率、X線CTなどの測定を並行して進めている(大学院地球環境科学研究科博士課程3年 奥山純一)。研究途上であるが、結晶方位の特徴的な発達過程が明らかになってきており、氷床全層にわたる結晶組織の発達過程を記述じ得るモデルの開発を目指している。

6) SEM-RAMAN測定法の開発 科学研究支援員 堀川信一郎、教授 本堂武夫
Development of SEM‐RAMIAN observation method : S.Horikawa and T. Hondoh

最近、走査電子顕微鏡(SEM)による氷およびクラスレート・ハイドレートの観察が海外で活発に行われるようになり、ハイドレートのポーラス構造や不純物の微視的な分布などが明らかにされている。われわれは、これまで顕微ラマン測定によって、クラスレート・ハイドレート中のN2、02の分布や結晶粒界に存在する酸素の分布などを明らかにしてきたが、位置分解能および検出感度に不十分なものがあった。一方、SEMの螢光X線分析(EDS)では、元素は識別できるが、分子の同定はできないという欠点がある。そこで、SEMとRAMANを組み合わせた装置を導入して、両者の欠点を補って、氷床コア中の化学種の分布と結晶組織との関係を明らかにすることを目指している。

7) 氷コアのX線結晶解析 助手 堀 彰、科学研究支援貝 大坂恵一、教授 本堂武夫
X-ray crystallographic analyses of ice cores : A. Hori, K. Osaka and T. Hondoh

氷床深部の氷結晶は、長期間にわたって静水圧と変形応力を受けた特殊な結晶である。これまで、主として偏光親祭で永結晶の方位解析や粒度解析力i行われてきたが、その一方でX線トポグラフ法によって光学的な手法では観測できない複雑な微細構造があることも明らかになっている。そこで、本研究は、X線回折技術を駆使して、氷結晶の微細構造の特徴を明らかにし、さらに塑性変形過程や生成過程等との関連を明らかにすることを目的としている。これまでの研究で、X線回折曲線の形状と幅の韻J定結果から、Vostok深層コアの転位密度を求め、特にその底部に存在する湖の水が凍結してできた再凍結水の塑性変形履歴を明らかにした。また、X線回折斑″点の分裂の解析から小角粒界の分布などを明らかにしているが、塑性変形履歴をいかに定量的に表現するかという点が今後の課題である。

<関連施設・装置等>低温実験室(顕微鏡画像解析システム)、分析棟(氷床コア解析システム、自動X線回折装置、顕微ラマン散乱測定装置)

氷およびクラスレート・ハイドレートの構造と物性

助手 堀 彰、教授 本堂武夫

Structures and physical properties of ice and ciathrate hydrates : A. Hori and T. Hondoh

クラスレート・ハイドレートは、氷床コア解析における新たな気候変動の指標として、また、新しいエネルギー資源や温暖化ガスの貯蔵物質として、強い関心が寄せられている。しかし、その生成過程や物性については未解明の課題が多い。一方、氷は古くから研究されており、膨大なデータが蓄積されているが、その構造的特徴であるプロトン配置の問題は古くてなお新しい課題である。本研究では、これまでに行ってきたX線回折、ラマン散乱等の実験的手法と分子動力学(MD)法等の計算機実験ならびに分子軌道法等の理論的手法を用いた研究を踏まえて、以下のような課題に取り組んでいる。

1) 希ガス原子と水分子クラスターの相互作用 助手 堀 彰、教授 本堂武夫
Interaction energies of gas molecules encaged in water molecular cluster (A. Hori, T. Hondoh)

氷床コアは、過去数十万年の大気組成を復元し得る貴重な情報源であるが、最近、氷床深層部で起こるクラスレート・ハイドレートの生成に伴い永床内の空気分子の分布が著しく変化することが明らかになった。本研究では、氷結晶中の気体分子の拡散およびハイドレート生成の過程を分子動力学シミュレーションで明らかにし、信頼性の高い大気組成復元法の確立を目指している。これを達成するために、氷結晶中における分子拡散過程のスーパーコンピュータによる分子動力学シミュレーションを行っている。その結果、Heなどの刀ヽさい希ガス原子の拡散は、教科書的な格子間機構で生していることが確認されたが、H20、C02などの分子拡散では格子を形成している水分子と相互作用をしながら移動する様子が明らかになった。このような挙動を記述する拡散機構モデルの開発とシミュレーションによる拡散係数の導出を進めている。

2)氷内部および界面に存在する気体分子の拡散と組織化 科学技術振興事業団研究員 深沢(池田)倫子、教授 本堂武夫
Diffusion of gas molecules in ice and organization of ciathrate hydrates : T. Ikeda‐ Fukazawa and T. Hondoh

ガスハイドレートの籠状構造を構成する水分子のクラスター(ケージ)と気体との相互作用を調べるため非経験的分子軌道法による量子化学計算を行っている。特に、実験的手法との関連でNMRの遮薇定数の理論計算に取り組んでいる。XeのNMRの遮薇定数の計算を行い、これまでの実験結果を定性的に再現できることを示した。また、高圧下で生成するメタンハイドレート(MH,III)に対する計算を行い、遮破定数の圧力依存性や電荷分布に特異な圧力依存性が見られることを明らかにした。

3) X線回折による米およびクラスレート・ハイドレートの結晶構造に関する研究 科学研究支援員 大坂恵一、教授 本堂武夫、助手 堀 彰
X-ray crystallographic studies on ice and clathrate hydrates : K. Osaka, T. Hondoh and A. Hori

氷やクラスレート・ハイドレートの結晶構造は、古くから調べられている力せ、プロトン配置の秩序化の問題やゲスト分子の配置の問題は、なお未解決である。いずれも、中進半端な秩序構造が問題を難しくしているが、同時にこの中途半端さが氷やクラスレート・ハイドレートの物性を多様にしている原因のひとつである。最近、極地氷床の氷が、実験室で得られる氷とは違って、プロトン秩序構造を持つという指摘がなされており、新たな課題として注目されている。残留応力などの影響を除外して結晶構造解析を行うために、液体窒素温度近くで氷を微紛末にしてX線回折測定を行っている。まず、粉末作成法によって回折強度プロファイルが大幅に変わるが、20μmのメッシュを通した粉未試料ではどの試料でも回折曲線に大きな違いはないことを確認した(大学院地球環境科学研究科博士課程3年 奥山純一)。これに基づいて、各地で採取されたコア永のX線粉末回折測定を行い、結晶構造に大きな差果がないことおよびいずれの氷にも秩序相への相転移の兆候はないことを見出した。しかし、リートベルト解析の収束が必ずしも高くないことがなお課題として残っている。また、水分子配置の局所的な構造ゆらぎをX線散漫散乱で調べる研究も始めている。

<関連施設・装置等>分析棟(氷床コア解析システム、自動X線回折装置)

Stability of drifting snow‐type perennial snow patches

G. E. Glazirin, Y. Kodama and T. Ohata

Analysis of data on drifting snow‐type snow patches in Japan COnfirmed that there is a stabilizing effect on snowpatch size.When the size of a snow patch is iarge(small)in autunn,snow acculnulation in the following winter is small(large) The effect of size on ablation rate is less clear,but the data suggest that ablation is greater for iarger snow patches. The specific casual factors controlling the change in accumulation and ablation as the snow patch size changes are unknown. These factors should be exallined in future works in order to develop predictive models of snow patch changes with climate.

寒冷多雪地域における流域水循環

助手 石井吉之・兒玉裕二、助教授 石川信敬

Hydrologic cycle in a snowy drainage basin : Y. Ishii, Y. Kodama and N. Ishikawa

1) 北海道母子里の流出試験地において、2001年3-5月の融雪期に、積雪底面融雪水・土壊水・河川水の主要イオン濃度と酸素同位体比を測定し、融雪水の河川への流出過程を調べた。融雪水の酸素同位体比は融雪が進むにつれて大きく(重く)なった。同様の変化は浅い土壊水(深さ50cm、100cm)の酸素同位体比でも現れるが、深い土壌水(180cm)では現れなかった。日周期の流量増減を繰り返す河川水では、融雪が進むにつれ日増水時の酸素同位体比は大きくなるが、日減水時に着目すると、塩化物イオン濃度は低下傾向にあるにもかかわらず酸素同位体比には変化が見られなかった。このような変化は深さ180cmの上壊水の変化傾向と類似しており、日減水時の河川流出には深さ180cmの上壌水に代表されるような地中水が寄与していると推察される。

2) 一方、この流域における冬期の積雪底面融解量の場所による差異を調べた結果、斜面の向きや森林の有無により著しく異なり、こうした場所による底面融解量の差は積雪側条件(積雪深や積雪内温度勾配)よりも土壊側条件すなわち地表面付近の地温勾配が大きく効いていることが明らかになった。また、底面融解量を一定入力項として与えた河川減水解析を行ない、冬期河川流量の15〜30%が底面融解水の寄与によることがわかった。

これら1)、2)の研究には、地球環境科学研究科の山崎学・佐藤大輔・宍戸真也が博士課程及び修士課程研究として参加した。

<利用施設、装置等>融雪観測室、水文気象観測システム、安定同位体比質量分析装置

アラスカ凍土地帯における小河川の流出特性

助手 石井吉之・兒玉裕二、助教授 石川信敬

Runoff characteristics of a sma. stream in the permafrost region, central Alaska : Y Ishii,Y. Kodama and N. Ishikawa

アラスカ内陸部の実験流域の高北斜面において夏期の降雨流出応答を比較親測した。北斜面には夏期でも永久凍上が存在し、南斜面の凍土は融解している。3回のいずれも総量20mm程度の降雨イベントに対し、北斜面では遅れが大きいながらも顕著な流出が起きたが、南斜面では目立った増水が見られなかった。北斜面における流出応答は凍土層やモス層の役割を考えることで説明がつくが、南斜面の流出応答のなさは説明がつかない。南斜面の植生は落葉広葉樹が主で、表層土壊はリター層とシスト層からなる。日本のこうした森林斜面では普通は明聴な流出応答が現れる。南斜面で何故このような特異な流出特性がみられるのかを考察した。

東シベリアのツンドラ地帯における小湖沼の水収支

助手 石井吉之・兒玉裕二、教授 大畑哲夫

Water balance of a small lake in arctic tundra region, Eastern Siberia : Y. Ishii, Y. Kodama and T. Ohata

CAME-Siberiaプロジェクトの一環として、東シベリアのレナ川河田部ティクシ近郊のツンドラ湿原において、1998年と1999年の6〜8月になされた小湖沼(1.5ha)の水収支観測結果をもとに、thermokarst lake がその地域の水・エネルギー循環に果たす役割について考察し、以下が明らかになった。1)湖面蒸発量に対する湿原蒸発散量の比は0.4〜0.46で、アラスカのツンドラ地帯で求められた値と同程度であった、2)降雨がない期間の湿原から湖への流入量は1〜 3mm/日と見積られた、3)活動層内の貯留量変化がゼロとみなせる8月以降の水収支から、集水域内の[湖面積]/[湿地面積]比0.25〜0.29を得た。従って、流域内の湖面積率が0.2以上になると河川流出なしでも水収支が平衡することがわかった。

シベリア水・エネルギー循環

教授 大畑哲夫 助手 兒玉裕二、石井吉之

Water and energy cycte study in Siberia by T. Ohata, Y. Kodama, Y. Ishii

1996年以来実施していたCAME計画が、第2期に入り、2002年から総合研究を行っている。研究としては、以下の3つの研究が当グループでは行われている。

(1)ツンドラのティクシにおける水循環のモデル化と解析1通年で走らせることが可能な水・熱循環モデルを構築し、GAMEデータを用いて検証を、かなり妥当な結果を得ている。現在はそれを用いて、気候変化に伴う感度実験を実施している。この研究は地球環境科学研究科、DC 3年の平島寛行が中心となり行われている。

(2)レナ川流域水循環の比較研究 : レナ川流域内の三箇所(LJ岳タイガ、中部タイガ、ツンドラ)での水循環項の内の蒸発量を比較した。夏季の最大値は類似しているが、最大値となる時期がツンドラが最も早く山岳タイガが遅い、また夏季の総量は南部にある山岳タイガが多いことが分かった。また客観解析データと比較したところ、かなり良い一致を見たことは、現在の客観解析データは蒸発量については、比較的再現性があることがわかった。

(3)ディクシの蒸発量の年々変動 : 多年のデータが集積したため、蒸発量の3年間の年々変動を調べ、蒸発量の特性を解明した。年々変動は、その年の日射量と良い相関があり、また多年平均月値は、北米大陸など他の地域の数値と類似した値を示した。また、熱フラックスで特徴的だったのは、地中熱流量が今まで観測された中で最も大きい値を持っていることであつた。原因としては、強風により積雪深が薄いこと、土壊水分が多いことが考えられる。

大気 - 植生 - 雪氷相互作用の研究

教授 大畑哲夫

Study on Atmospheres・Biosphere‐Cryosphere interaction : T.Ohata

寒冷地域の森林帯では、雪氷(凍土・積雪)が強い影響を与える水循環と植生が年間を通じて相互作用を起こしながら、それぞれの年間推移が決まってくる。その相互作用のあり方が大気や気候に影響を及ぼす。CAMEシベリアの成果を元にその解析を行うとともに、CREST計画の一部として、母子里における観測研究が開始された。GAMEシベリアのほうからは、森林影響で積雪の昇率量が開地と異なること、またこの地域の代表的な季節変化パターンが再現された。11月から開始したCREST計画については、平成15年度からの準備を開始し観測タワーの検討、測器の準備が行われている。この研究では、平成15年から18年にかけて、母子里で最低2台のタワーを用いて森林帯での3年間の水熱交換、雪氷、植生データを集積し、相互作用の実態を解明する予定である。

モレーン堰き止め氷河湖の形成・発達機構の研究

助教授 山田知充

Formation and development mechanisms of a moraine dammed glacial lake : T. Yamada

昨年度から開始したネパールの氷河湖と氷河調査は政情不安のため継続不可能となり、急速ブータン王国ルナナ地方にあるトルトミ氷河とルゲ氷河湖に変更し、地質調査所との共同研究で標記の研究を継続した。ルゲ氷河湖では湖沼学的特徴と水文特性、湖の拡大速度や拡大機構を明らかにするための調査を実施し、流動ポールや自記気象・水文観測機器を設置してきた。トルトミ氷河は氷河上に多くの池が形成され湖へと拡大を始めているため、湖の形成機構を解明すべく、表画質量収支と流速観測のための雪尺群を設置してきた。平成15年度にはこれらを再測する予定である。

雪崩発生予測システムの開発

助手 西村浩一

Development of avalanche forecasting system : K. Nishimura

エセコアンヌプリ山系をモデル地域とし、雪崩の発生予測手法の確立に向けた研究を実施した。標高800m地点に、自動気象観測システムを設置し、12月初句より熱収支解析が可能な気象データを収集した。また断面観測をほぼ毎日実施し、積雪構造に関するデータを取得するとともに、山域内での雪崩発生情報を収集した。これと併行して、1次元の積雪変質モデルであるスノーパックを用いて実測と計算結果の比較検討を行い、1. 実験的に求められた積雪中の温度勾配としもざらめ雪の成長速度の関係、2. 降水(雨)の寄与を組みこむなど、モデルに含まれるアルゴリズムの改良を行った。本研究は馬場恵美子(地球環境科学研究科大学院生)と共同で実施した。

南極吹雪データの解析と吹雪数値モデルの開発

助手 西村浩一

Antarctic blowing snow dada analysis and development of its numerical model : K. Nishilmura

第41次南極地域観測隊に参加して得られた吹雪観測データの解析を実施するとともに、大気乱流、雪粒子の慣性効果、粒径分布、雪面でのスプラッシュ過程などの物理プロセスを厳密に組み込んだ数値モデルの開発を行った。これにより跳躍層と浮遊層の遷移過程および両者を含む吹雪全体像の記述が可能となった。本研究は地球環境科学研究科大学院生、根本征樹と共同で実施した。

地震計と超長波マイクロフォンを用いた雪崩モニタリングシステムの開発

助手 西村浩一、助教授 山田知充

Studies on seisnlic signals induced by snow avalanche flow : K. Nishilnura, T. Yamada

天塩演習林内に地震計とビデオカメラを設置し、雪崩発生モニタリングシステムの開発を行った。観測期間中に取得された全層雪崩50例の長動を周波数解析することで、雪崩発生位置と規模の推定手法を確立するとともに、波形と雪崩の運動との関係についても考察を行った。本研究は、森谷今西仲行(地球環境科学研究科大学院生)と共同で実施した。

<利用施設、装置等>問寒別雪崩観測施設

MRl(核磁気共鳴映像法)を用いた積雪の3次元ネットワーク構造の解明

助手 西村浩一、技官 中坪俊一

Analysis of 3-D snowpack structures by NMR imaging : K. Nishimura, S. Nakatsubo

積雪構造の定量的把握を目的に、非接触で3次元ネットワーク構造の可視化が可能なMRI(核磁気共鳴映像法)の適用を試みた。氷からの信号強度は微弱であるが、空隙を浸透性が大きく融点が約-12℃ の有機化合物であるドデカンに常磁性試薬を加えた溶波で満たすことで、氷球、ざらめ雪、しもざらめ雪の可視化に成功した。本研究は尾関俊浩(北海道教育大学・助教授)、巨瀬勝美(筑波大学・助教授)と共同で実施した。

カムチャツカ半島における周氷河環境明

助手 曽根敏雄

Perigiacial environment of the Kamchatka Peninsula : T. Sone

カムチャツカ中央部エッソ村西方ウクシチョン川右岸では、山火事の影響を受けていない標高550m付近のカラマツ林に永久環上が存在していることが判明した。ここでは山火事の影響がある場所でもミズゴケが分布する場所には永久環上が存在する。また小規模ながらも永久凍土丘であるパルサの存在も確認できた。一方、南向き斜面となる左岸にはカンバ林が優占し永久凍土は存在しない。このようにウクシチョン川では日向斜面にはカンバが、日陰斜面にはカラマツが分布しているが、これらの分布の違いは永久凍上の存否によるものと考えられる。

風穴地の地温状況

助手 曽根敏雄

Ground temperature regime of wind hole sites : T. Sone

局所的ではあるが風穴は、地温や植生に影響を及ぼす。年平均気温が数℃程度であれば、風穴のある場所には永久凍上が存在する可能性がある。置戸町鹿ノ子ダムの左岸では1979年に地下氷が発見され、1989年までは永久凍上が存在したが、1990年には衰退してしまった。しかし寒冷であった2001年には凍上が越年し、2002年9月下旬まで凍上が残存していた。これにより、ここでは年平均気温が4℃ 程度であれば、冬期に形成された凍上が越年する可能性があることが判明した。

寒冷圏における大気 - 植生 - 雪氷相互作用

教授 原 登志彦、助教授 隅日明洋、助手 小野清美、COE 非常勤研究員 加藤京子、日本学術振果会外国人特別研究員 Kamil Laska、外国人研究員(客員助教授) Sri Kant Tripathi

Atmosphere - biosphere - cryosphere interaction in the cold regions : T. Hara, A. Sumida, K. Ono, K. Kato, K. Laska, S. K. Tripathi

本研究は、北海道大学・北方生物圏フィールド科学センター雨龍研究林、等との共同研究である。詳しくは、特別共同研究の項を参照。

気候と植生変動の相互作用のモデル化

教授 原 登志彦、助教授 隅田明洋

A multi-layered integrated numerical model of physics - growing plants interaction,MINoSGI : T. Hara, A. Sumida

本研究は、渡辺力(森林総合研究所)、横沢正幸(農業環境技術研究所)、江守正多(国立環境研究所、地球フロンティア研究システム)、高田久美子(地球フロンティア研究システム)、名古屋大学大学院生命農学研究科・山本進一教授研究室との共同研究である。詳しくは、特別共同研究の項を参照。

寒冷圏における光ストレスと北方林の再生・維持機構

教授 原 登志彦、助教授 隅田明洋、助手 小野 清美、CREST研究員 Shubhangi Lokhande、COE非常勤研究員 加藤京子、研究支援推進員 江藤典子

Photostress in the cryosphere and regeneration of boreal forest : T. Hara, A. Sumida, K. Ono, S. Shubhande, K. Kato, N. Etoh

本研究は、平成14年12月から開始した科学技術振興機構・戦略的創造研究(CREST)プロジェクトである。寒冷圏における低温と乾燥は、北方林樹木が受ける光ストレスを増幅させると予想される。この光ストレスが、北方林の自然再生・維持にとって重要である北方湘樹木のライフサイクル、すなわち(1)落葉か常緑か、(2)幼木の生存・枯死、(3)生り年(数年に一度の森林全体の一斉開花・結実)、を持1御していると我々は考えている。本研究では、これらの生態学的プロセスに関して分子生物学的な解明を目指している。平成14年度は、低温高照度型パイオトロンの整備、室内実験(生理・生化学、分子生物)の準備、野外調査(生態・生理)の準備を行い、予備的なデータ取得を開始した。これらに基づき、平成15年度は北方林樹木のライフサイクルに関するこれら3つの研究項目について実験と調査を本格的に開始する。

本研究は、小川健一(岡山県生物科学総合研究所・細胞機能解析研究室長)研究室、日中歩(低温科学研究所・低温基礎科学部門教授)研究グループとの共同研究である。

カムチャツカ半島における植生動態と環境変動の相互作用過程の解明

教授 原 登志彦、助教授 隅田明洋、助手 曽根敏雄

Vegetation dynamics and environmental variation in Kamchatka : T. Hara, A. Sunmida, T. Sone

ハイマツは日本では亜高山常に純群落を形成するが、カムチャツカ半島では低地帯において高木と混生している。ハイマツは伏条更新により樹冠を広範囲に広げ高木の稚樹の定着に大きな影響を与えると考えられるため、このような場所ではハイマツの存在を抜きに高木の動態を研究する事はできない。しかしこれまでの高木の動態の研究では、ハイマツ等の低木の存在は無視されることが多かった。本年度は、カムチヤツカでの高木の動態を解析するにあたってハイマツの影響を考慮できるようにするため、ハイマツと高木との相互作用やハイマツの樹形形成についての解析を行った。調査はカムチャツカ半島中央部低地帯のEssoとKozyrevskにおいて、高木(カラマツ、シラカバ等)とハイマツの混生地において行った。ハイマツはその上にある林冠が密であるほど、仲長成長に重点を置く傾向があった。上方向と横方向に仲びる枝では後者の方が成長のばらつきが大きいことから、林冠下においては上方向に伸びているハイマツの枝が安定して成長していることが示唆された。ハイマツは直達光が与える影響以上に高木の存在に敏感に反応し構形を変えていることが示唆され、散乱光や根の競争が重大な影響を与えていると考えられる。

カムチャツカ半島中央部の環境変動を知るために、Esso周辺を中心に永久凍上に焦点を当て環境調査を行なった。Esso周辺の低地では、ミズゴケの分布地に永久凍土が存在する。このミズゴケ分布地において、永久凍上の存在を示す地形的な証拠である永久凍上の丘を発見した。また新たにカラマツ林で永久凍上を発見した。ここは550m程度と標高が低いが、山火事の影響を受けていないためリター層が厚く、また日当たりの悪い北向斜面であり、ミズゴケがなくても永久環土が存在していた。このほか山火事跡地の植生回復状況、森林限界以上の地域の周氷河地形の調査等を行なった。

本研究は、ロシア科学アカデミー・カムチャツカ生態学研究所、本問航介助教授(新潟大学)、山縣耕太郎助手(上越教育大学)、奥田将己(大学院地球環境科学研究科・修士課程2年生)との共同研究である。

落葉広葉樹の枝の分岐構造とその発達過程に関する研究

助教授 隅田明洋

Analyses of forking structure of branches and its development of a hardwood species

落葉広葉樹林内に生育するコナラ(Quercus serata)の分枝構造測定データをもとに、樹冠構造の維持過程について解析を行った。その結果をモデリングすることにより、枝が分枝しながら発達する過程で、分枝構造が大きさを変えずに定常状態を保ちながら発達していくことを再現でき、これが林冠における樹冠の維持のメカニズムとなっているものと推定した。

ダケカンバ林冠葉の光合成活性などの季節変化

助手 小野清美

Seasonal changes in photosynthetic activity, N level and other characteristics of Betula canopy leaves

北海道北部の17年生のダケカンバ林(北海道大学雨龍研究林)において、 7月から10月までダケカンバ林冠の枝を採取し、当年枝の個業の葉面積・葉乾重・業面積当たりの飽和光下の光合成活性や窒素量・枝当たりの葉の枚数などの季節変化に対する林床のチシマザサの有無の影響について調べた。前年度に27年生の林分で行われた結果とほぼ同様な傾向を示したが、枝当たりの葉の枚数にはササの有無による調査区間の差は見られず、枝当たりの葉乾重は、 8、9月にササの存在する調査区で高い値を示した。

パタゴエアの氷河のカービング機構

助教授 成瀬廉二

Mechanisms of glacier calving in Patagonia : R. Naruse

パタゴエア南氷原から東側の湖ヘカービング(木端崩壊)しているペリートモレノ氷河にて、末端部の流動速度とカービング速度の解析を行い、カービング速度を支配する主要因を考察した。その結果、カービング速度の日変動は気温や日射量等の気象要素の影響ではなく、流動速度の変動が主たる支配要因であることが示唆された。本研究は、ペドロ・スクワルチャ(アルゼンチン南極研究所)および小林俊一(新潟大学)と共同で行った。

山岳氷河のダイナミクス特性

助教授 成瀬廉二、助手 白岩孝行

Dynamic features of mountain glaciers : R. Naruse and T. Shiraiwa

スイス・ウンタアール氷河における氷河ダイナミクスの観測データ(2001年)を解析した結果、氷河の底面流動に起因する水平流動速度の日変動のみではなく、応力分布の変化にともない氷体の水平、鉛直ひずみ速度も顕著な日変動を示すことが見出された。また、前年度に引き続き2002年9月、カナダ・アサバスカ氷河においてインパルス式「低周波アイスレーダ」(5 MHz)の現地テストを行った。その結果をふまえて改良を行い、山岳永河用携帯型アイスレーダ開発の第1段階の目的を達成した。一方、 山岳氷河を地理学システムと位置づける氷河変動モデルの開発を試みた。以上の研究は、杉山慎(地球環境科学研究科大学院)、松岡健一 (総合地球環境研、特別研究員)、およびセルゲイ・チュミチョフ(地球環境科学研究科大学院)と共同で行った。

温暖氷河の消耗および水文学的特性

助教授 成瀬廉二

Hydroiogical characteristics of temperate glaciers : R. Naruse

カムチャツカ半島カレイタ氷河における水収支を解析した結果、2000年融解期は永河への流入量より流出量の方が多く、水収支は大きく負であったことが分かった。これは、同年融解期以前に氷河底部の水脈やフィルン層内に貯留されていた水の排水のためと解釈された。また、同氷河の融解量分布を気温、日射量、地形のデータから推定するモデルを作成した。一方、氷河内部の水路の発達に関する室内実験と数値実験を行い、水温、流量、および水路の初期形状などのパラメータが水路の拡大におよぼす影響を調べた。以上の研究は、松元高峰、紺屋恵子、イエフゲーニ・ィセンコ(地球環境科学研究科大学院)と共同で行った。

寒冷山岳氷河の動力学

助手 白岩孝行

Dynamics of a cold glacier in mountainous regions : T. Shiraiwa

山岳地域に発達する寒冷氷河の流動機構について、数値モデルを用いて考察した。事例として用いた氷河は、カムチャツカ半島のウシュコフスキー火山山頂のクレーターに発達する氷河である。この水河は、金長と厚さの比(アスペクト比)が極端に大きな氷河である。これまでは、極地氷河に適用される層流モデルを用いてこの氷河の流動機構を考えてきたが、今回は流動方向への偏差応力も考慮した。その結果、このようなアスペクト比の高い氷河では、層流モデルと縦偏差応力を考慮したモデルとでは、最大10倍程度の流動速度の差が生じることが判明した。縦偏差応力を考慮した今回のモデルを用いると、流動速度が低下し、その結果、流動モデルから算出されるコアの年代も古くなることが判明した。なお、本研究は低温科学研究所客員教授ハインツ・ブラッター(スイス国立工科大学)と共同で実施した。

寒冷山岳氷河のフィルン圧密過程

助手 白岩孝行・堀 彰 助教授 成瀬廉二 教授 本堂武夫

Densification of firn in a cold glacier in mountainous regions : T.Shiraiwa, A. Hori, R. Naruse and T. Hondoh

低温、低圧、高日射、強風下に発達する寒冷な山岳氷河のフィルン圧密過程を解明すべく、2002年6月に掘削されたカナダ、ローガン山の雪氷コアについて、X線透過強度を利用した高分解の密度測定を実施した。その結果、表層から70m付近まで、密度に明瞭な周期変動が見いだされた。これらの変動の周期は、化学的な分析から推定されている季節変動にほぼ一致するため、その変動は季節的なものであると予測された。本研究は、金森晶作(地球環境科学研究科大学院)と共同で行った。

北東アジアの環境変動がオホーツク海の海洋生産性に及ぼす影響の評価

助手 白岩孝行 助教授 中塚武・成田英器 教授 若土 正暁

Assessment of impact of Northeastern Asian environmental changes on blomass production in the Sea of Okhotsk : T. Shiraiwa, T. Nakatsuka, H. Narita and M. Wakatsuchi

北束アジア、とりわけアムール川流域の環境変動が、アムール川および大気を通じた物質輸送過程を通じて、オホーツク海ならびに北太平洋域の海洋生産性に与える影響を解明すべく、研究計画の立案を行った。

衛星データを用いたヒマラヤ山脈の米河湖拡大過程の地域的特徴に関する研究

助手 白岩孝行 助教授 山田知充・成瀬廉二

Aeriai changes of giacier iakes in the Himalayan region by means of satelHte data interpretation : T. Shiraiwa, T. Yamada and R. Naruse

衛星データを利用して、ヒマラヤ山脈、とりわけブータンに発達する米河湖の台帳を作成した。また、1970年代と2000年以降に取得された衛星データの比較を行い、過去30年程度の間に生じた氷河湖の拡大速度を比較した。その結果、ヒマラヤ地域において、氷河湖の拡大速度に地域的な差があることが判明した。本研究は、佐藤成行(地球環境科学研究科大学院)と共同で実施した。

アラスカ永久凍土地域における勲及び水循環の研究

助教授 石川信敬 助手 兒玉裕二、石井吉之

Energy and water balance experiments in permafrost regions by N.Ishikawa, Y.Kodama and Y.Ishii

全地球水循環研究の一環として、アラスカ内陸部カリブーポーカークリーク実験流域において永久凍土地帯の熱収支、水循環プロセスの研究を行っている。本年度はツンドラ地において植生面と大気間の炭酸ガス交換量及び土壊呼吸量の測定を行った。さらに流域小河川の降雨流出応答の観測を行った。その結果、炭酸ガス交換量に頭著な時間変化が見られること、永久凍土の存在により斜面方位別に流出特性の違いが見出された。

北方森林における熱収支特性

助教授 石川信敬 助手 兒玉裕二、石井吉之

Heat balance characteristics of boreal forest by N Ishikawa,Y.Kodama and Y.Ishii

森林における熱収支、物質交換過程を寒冷多雪地域の落葉広葉樹林と針葉樹林の混交林において研究している。本年度は主に炭酸ガスの季節変イとを開地と林内において比較観測した。また森林が大気に対してどのような熱的効果を及ぼすかを樹幹温度と気温の比較から検討した。その結果、林内においては林床面で炭酸ガスの放出が、樹冠面では吸収が卓越するなど場所による頭著な相違が得られた。なお本研究成果は平成14年度科学研究費報告書としてまとめら4印刷公表された。

<利用施設、装置等>母子里融雪観測施設、水文気象観測装置

海氷気候の研究

助教授 石川信敬 助手 兒玉裕二、河村俊行、兒玉裕二

Sea ice climate study by N. Ishikawa, K. Shirasawa, T. Kawamura and Y. Kodama

季節海氷域における海氷の存在が局所気候に及ぼす影響をサロマ湖沿岸とフィンランドバルト海沿岸で研究している。本年は研究成果を12月の国際学会(ニュージーランド)で発表し、またヘルシンキ大学の報告書として印刷公表した。

<利用施設、装置等>附属流氷研究施設

大気地表面相互作用の研究

助教授 石川信敬 助手 兒玉裕二

Interaction between the ground surface and atmosphere : N. Ishikawa and Y. Kodama

係留気球や流域内に設置されている気象水文観測システムを利用して盆地内気温の水平、鉛直構造を求めさらに大気熱収支を算定した。その結果、温度逆転層の解消方法には明瞭な季節変化が見られることが分かった。すなわち無雪期には盆地底面からの顕熱が大きく寄与するが、積雪期には盆底部の加熱が少なく顕熱では説明がつかない。森林部からの移流熱や沈降大気の影響を把握するさらなる観測が必要である。

<利用施設、装置等>母子里融雪観測施設、水文気象観測装置、赤外線温度解析装置、係留ゾンデ

積雪層内の対流と融雪水浸透の研究

助手 兒玉裕二

Studies on air-water vapor convection and melt water percolation in snow pack : Y. Kodama

積雪底面が融解しているような地域では、夜問積雪表面が低温になると積雪層内に対流が起こることが考えられる。この対流が積雪層内の雪粒の変態を不均—にし、融雪水浸透の際のみず路の形成に関連すると思われる。積雪層内の対流とみず路との関連を調べるために新庄雪氷防災研究支所の雪氷防災実験棟を利用して室内実験を行った。今後は野外観測も並行して行う予定である。

<利用施設、装置等>母子里融雪観測施設、水文気象観測装置

北方森林地帯における水循環特性と植物生態生理のパラメータ化

助手 兒玉裕二、、石井吉之

Parameterization of the relationship between water cycale system and plant eco-physiological properties in boreal forest areas : Y. Kodama, Y. Ishii

北方林地帯における土壊を含めたパッチスケールでの、水・エネルギー・炭素循環の環境要因に対する応答特性の時空間特性を明らかにすることを目的として、母子里のカンパ林と松・落葉混交林を選定して、観測サイトを設けた。このサイトでは水・エネルギー・二酸化炭素のフラックスおよび気象・土壊状態を観測し、生理学的・生態学的パラメータとの関連を解析する。


低温基礎科学部門:BASIC CRYOSCIENCE RESEARCH SECTION

教官:FACULTY MEMBRES

教授:PROFESSORS

前野 紀一・理学博士・雪氷物理
MAENO, Norikazu / D.Sc./ Physics of snow and ice

香内  晃・理学博士・惑星科学
KOUCH, Akira / D.Sc./ Planetary Sciences

田中  歩・理学博士・植物生理学
TANAKA, Ayumi / D.Sc./ Plant Physiology

芦田 正明・理学博士・昆虫生理化学
ASHIDA, Masaaki/ D.Sc./ Physilogical Chemistry of Insects

助教授:ASSOCIATE PROFESSORS

水野 悠紀子・理学博士・雪氷物理学
MIZUNO,Yukiko/DoSc./Physics of Snow and Ice

皆川  純・博士(薬学)・植物分子生物学
MINAGAWA, Jun/Ph. D./Plant Molecular Biology

早川 洋一・理学博士・生化学
HAYAKAWA, Yoichi / D.Sc./ Biochemistry

古川 義純・理学博士・結晶成長学、氷物理学
FURUKAWA,Yoshinori/ D. Sc./ Crystal Growth/Ice Physics

助手:ASSISTANT PROFESSORS

荒川 政彦・博士(理学)・惑星物理学
ARAKAWA, Masahiko / D.Sc./ Planetary Physics

渡部 直樹・博士(理学)・星間化学物理、原子分子物理
WATANABE,Naoki / D.Sc./ Astrophysics/ Atomic and Molecular Physics

田中亮一・理学博士・植物生理学
TANAKA, Ryouichi / D. Sc./ Plant Physiology

荒川圭太・博士(農学)・植物生理学、植物生化学
ARAKAWA, Keita / D. Agr./ Plant Physiology, Plant Biochemistry

竹澤 大輔・Ph. D.・植物生理学、植物分子生物学
TAKEZAWA, Daisuke / Ph. D./ Plant Physiology, Plant Molecular Biology

島田 公夫・理学博士・昆虫生理学
SHIMADA, Kimio / Dr. Sc./ Insect Physiology

片桐 千仭・理学博士・生化学
KATAGIRI, Chihiro / D. Sc./ Biochmistry

落合 正則・理学博士・昆虫生化学・分子生物学、比較免疫学
OCHIAI, Masanori/ D. Sc./ Insect Biochemistry and Molecular Biology ; Comparative Immunology

研究概要:OUTLINE of RESEARCH

当部門では、低温および特殊環境下での自然現象・生命現象を物質科学および生命科学的側面から実験的に研究している。研究分野は、雪氷物性、惑星科学、生物適応科学、生命科学、その他である。研究内容は、水および雪氷に関連する様々な物理現象、生命現象の動的メカニズムについての研究、太陽系惑星空間に存在する極低温、超真空等の極限状態の氷についての実験的研究、寒冷環境に対する生物の適応機構についての研究、生物問および生物一環境相互作用に関する生化学的、分子生物的研究、その他である。

Dynamical mechanisns of various physical and biological phenomena related to snow and ice, physical properties of ice at low temperatures and high vacuum conditions, physlological and biochemical mechanisms of cold adaptation in plants and insect, biochemical and molecular biological interactions between insects and environments including physiological interrelationship between parasite and host insects, and others.

研究課題と成果:CURRENT RESEARCH PROGRAMS

低速度における水の摩擦

教授 前野紀一、助手 荒川政彦

Ice friction at low sliding veiocites : N. Maeno, M. Arakawa

これまであまり精密な研究が行われなかった低速度(0.01mm/s以下)における氷の摩擦係数を測定した結果、種々の特性がこれまでの理論では説明できないことが明らかになった。研究では、実験結果の詳細な解析を進めると同時に、これまでの古典的な理論に氷特有の焼結効果を加味した新しい提着せん断理論を構築じた。

高密度雪の圧縮特性

教授 前野紀一、助手 荒川政彦

Compression characteristics of high density snow : N. Maeno, M. Arakawa

高密度雪の力学的性質を明らかにするために、雪粒子が機械的に最密充坂した後の雪の圧縮実験を行った。高密度雪においても圧縮速度の増加とともに変形形式は塑性型から破壊型に移行したが、幾つかの特性は低密度の季節雪と異なることが明らかにされた。波形の解析からは弾性定数と破壊強度が得られた。塑性型変形における応力とひずみ速度の関係は、低密度雪の場合のような比例関係ではなく、密度の増加とともに氷のべき乗則が次第に卓越するようになる。

星間有機物の隕石母天体での変成作用

教授 香内 晃

Alteration of intersteHar organic materilas on meteorites' parent bodies : A. Kouchi

有機質星問塵が隕石母天体で経験した水質・熱変成作用を再現する実験を行った。まず、有機質星間塵のアナログ物質と水を200℃、15気圧で加熱し、水質変成過程を再現した。次に、試料を凍結乾燥させ、さらに真空中で200-400℃ に加熱し、隕石母天体での熱変成作用の再現実験とした。得られた試料の元素組成、赤外線スペクトルなどの測定結果を、実際の隕石中の炭素質物質と比較した。その結果、本実験が隕石母天体でおこった現象をよく再現していることがわかった。

隕石の起源に対する有機物の効果

教授 香内 晃、助手 荒川政彦

Effect of organic materials on the origin of meteorites : A.Kouchi, M. Arakawa

原始太陽系星雲に存在する有機物微粒子力切ヽ惑星領域で生成される損石の諸性質にどのような影響を与えるかを有機物の加熱蒸発実験、衝突付着実験の結果をもとに考察した。付着性に富む有機物が存在していた領域ではェコンドライト母天体が急速に形成された。いっぼう、その外側の領域では炭素質母天体が、内側領域では普通コンドライト母天体がエコンドライト母天休よりも遅れて形成された。放射性元素26Alがかなり存在している時に形成されたエコンドライト母天体では大規模な溶融がおこったが、コンドライト母天体は26Alが少なくなってから形成されたためにわずかな温度上昇による変成作用がおこっただけである。

封圧下における氷の破壊様式と微視過程の研究

助教授 水野悠紀子

Experimental study on micro-processes of failure mode under hydrostatic confining pressure : Y. Mizuno

構造物と氷の相互作用及び氷床深部氷の破壊現象を想定し、封圧下における氷の強度・破壊様式とその微視過程について調べた。延性から施性破壊に移行する歪速度で且つ単一の野断面で破壊が起こる条件を満たすとき最大強度を示すことが分かった。温度-10℃ 、粒径1mmの多結晶氷を10-2s-1の歪速度で圧縮した場合、封圧10MPaがこの条件を満たす。それ以上の封圧下では複数の剪断面で破壊が起こり、封圧の増大とともに破壊領域は増し、その結果として結晶組織の細粒化が進み、見かけ上塑性的挙動を示すことが分かった。

氷の破壊及び凍結に伴う発光現象

助教授 水野悠紀子

Light enlission accompanied by ice fracture and freezing : Y. Mizuno

氷の破壊と発光の関係を直接調べるため、氷の破壊試験と同時に光子測定を行い、発光強度と破壊時の力学エネルギーの関係、波長分布を求めた。発光はクラック発生またはマクロ破壊と同時であり、可視域から近紫外域の波長の光を出すことが分かった。発光強度と波長はクラックの特性、破断面の摩擦など破壊に至る微視過程に依存すると推測された。さらに水の凍結時に生じる回液界面の電位発生に関連して、電子が介在するエネルギー授受の反応過程を調べる目的で、凍結時のフォトン計測を行い、成長界面から可視域の発光を検出した。不安定界面で電荷の再結合が要因と考えられるが、さらなる実験が必要である。

<利用施設、装置>低温実験室、材料試験機(インストロン)

氷・岩石混合物の衝突強度に対する岩石含有率の効果

助手 荒川政彦

Effect of rock contents on the impact strength of ice-rock mixtures : M. Arakawa

外惑星領域にある氷天体の衝突成長過程を再現するために低温室において氷・岩石混合物の衝突実験を行った。実際の氷天体の物性を考慮して、空隙率(0〜 50%)と岩石含有率(0〜50%)を様々に変化させてその時の衝突破壊強度を調べた。岩石含有率が50%の場合、氷弾丸の衝突速度150〜650m/sにおいて、衝突破壊強度は空隙率の増加とともに小さくなることがわかった。また衝突破壊強度は岩石含有率が0〜20%の間で急激に大きくなり、その後20〜50%ではほとんど変化しないことがわかった。

<利用施設、装置>低温実験室、分析棟衝突実験室、高速度動作解析システム

高速度気流による液滴分裂実験とコンドリュール形成への応用

助手 荒川政彦

Experimental study on the disruption of liquid droplets by high speed gas flow and the implication to chondrule formation : M. Arakawa

コンドリュールの形成に伴うサイズ分布の特徴を実験的に再現するためにアナログ物質を用いた実験を行った。珪酸塩の融点は1000℃を越える高温であるため、水・グリセリン混合物をアナログ物質として用いた。この混合物の液滴を衝撃波管により発生させた高速度気流中において、分裂の様子を高速度ビデオカメラにより撮影した(毎秒3000コマ)。波滴の分裂モードはウエーバー数とオーネゾルゲ数により整理できた。波滴の粘性を一定にした場合、サイズ分布はウエーバー数と良い相関があることがわかった。

氷微粒子用静電加速器の開発

助手 荒川政彦

Development of electro-static accelerator for small ice partictes : M. Arakawa

氷微粒子の衝突物性を調べるために広い速度範囲において加速可能な実験装置を開発している。特に微粒子の観察は顕微鏡下で行う必要があるので、顕微鏡との接続が可能なコンパクトな装置が必須である。静電加速器は原理的に電極さえあれば加速でき、電場は数桁の範囲で容易に調整可能なので今回の用途に通している。現在のところ、空気中及び0.1気圧の減圧中での加速に成功しており、100〜500μmの氷微粒子集合体を20 m/sの速度で飛ばすことができる。また本装置を用いて微粒子のガス抵抗係数も求めることができ、10〜100の範囲であることがわかった。

<利用施設、装置等>分析棟衝突実験室

極低温氷星間塵上におけるCO分子の進化

助手 渡部直樹、教授 香内 晃

Evolution of CO motecules on the surface ofice dust at a very low temperature : N. Watanabe, A. Kouchi

宇宙空間における分子進化において重要な鍵となっている、極低温氷表面反応の実験を精力的に進めている。極低温表面反応実験装置を新たに構築し、星間塵上での分子進化で特に重要なCO分子の絡む反応を定量的に調べた。その結果、CO分子はH20分子との紫外線光反応により大量のC02を生成すること、さらに、水素原子付加反応によりH2COヽCH30Hへ効率よく進化することが初めて明らかになった。特筆すべきはCOが親となる星間塵表面反応のほとんどの経路を定量的に押さえたこと、技術的に困難な水素原子を使った低温表面反応実験を達成したことである。

クロロフィルb合成遺伝子の機能に関する研究

教授 田中 歩、助手 田中亮一

Enzymatic studies on chlorophyllide a oxygenase : A. Tanaka, R. Tanaka

植物は光を利用して生命活動に必要なエネルギーを光合成によって作り出す。クロロフィルb合成遺伝子(ChlorOphyllide a oxygenase、CAO)を様々な生物から単離し、またその遺伝子を改変し、シロイナズナで発現させ、集光装置の制御におけるCAOの調節を探った。その結果、CAOはクロロフィルbの合成を制御していること、また光合成の光環境への通応に中心的な役割を担っていることが明らかになった。

<関連設備、装置等>分析棟、DNAシークエンサー

光合成生物の実験進化学的研究

教授 田中 歩

Studies on the evolution of photosynthetic organisms in vitro : A. Tanaka

光合成色素系の研究を通じて、光合成生物の進化の過程で光合成色素合成の遺伝子の獲得が大きな役割を担ったこと、クロロフィブ乃は光合成生物の誕生の初期に獲得されたことが明らかにされた。そこで、クロロフィルbの獲得が光化学系の構造にどのような変化をもたらしたのかを実験室での再現実験によって調べた。その結果、新しい色素の獲得によって光化学系の会合構造が変化したことが示された。

<関連設備、装置等>分析棟、DNAシークエンサー

冬季光合成の低温に対する適応

教授 田中 歩

AccHmation of photosynthesis to freezing temperatures in winter : A. Tanaka

植物は、二酸化炭素の固定に必要なエネルギーより過剰に光エネルギーを捕集すると、光傷害を起こし、枯死する危険がある。冬季の光合成は、二酸化炭素の固定は完全に阻害されているが、光エネルギーは捕集するといつた、大変危険な環境下にある。冬季光合成をクロロフィル螢光で解析した結果、光化学系の反応中心による電荷再結合によって過剰な光エネルギーを散逸していることが示唆された。

光合成光化学系IIの構造と機能

助教授 皆川 純

Structure/function study on the photosynthetic oxygen evolution : J. Minagawa

緑藻クラミドモナスの光化学系IIのTyrD部位特異的置換体を作成し、反応中心スペシャルペアP680の再還元反応への影響を解析した。その結果、TyrDは電子伝達因子であるTyrZとは35Å離れた位置にあるにもかかわらず、TyrZ近傍で水素結合ネットワークを構成している残基のpKaへ大きな影響を及ぼすことがわかり、TyrDが酸素発生部位のプロトン保持に働いていることを明らかにした。

光合成集光装置の光環境応答

助教授 皆川 純

Photoacclimation of the photosynthetic antenna system : J. Minagawa

緑藻クラミドモナスの集光装置II遺伝子の、光による発現制御様式を詳細に解析した。その結果、従来言われていた葉緑体電子伝達系の酸化遺元状態の支配をほとんど受けていないことがわかり、過剰光のシグナルは主に別系統で伝達されていることを明らかにした。

<関連設備、装置等>DNAシークエンサー

植物の耐寒性機構の解明

助手 荒川圭大、助手 竹澤大輔

Studies on the plant cold hardiness : K. Arakawa and D. Takezawa

低温剛化しや植物ホルモンのアブシジン酸によって誘導される越冬性植物の耐寒性機構の解明を試みている。とくに本研究では、耐寒性の獲得過程で生じる様々な生理的変化に関連する因子(糖、蜜白質、遺伝子など)の生理機能について分析をおこなう。過冷却能が非常に高い樹木の本部組織を用いて酸性溶滋によってアポプラストを洗浄すると、組織の過冷却能が低下した。この酸性溶滅によって溶出された成分には冬季誘導性のPR蛋白質が含まれることが明らかになった。

<関連設備、装置等>分析棟、低温保、植物低温育成チャンパー、プログラムフリーザー、低温共焦点レーザー走査顕微鏡システム、フーリエ変換赤外頭微分光測定装置

植物細胞における凍結傷害機構に関する研究

助手 荒川圭大

Studies on the mechanisms of freezing iniury in plant cells : K. Arakawa

植物における凍結傷害の発生機構を解明するために、組織、細胞及び分子レベルでの分析をおこなっている。本研究では酸性物質が共存する条件下で植物を凍結処理した場合の生存率への影響について調べた。冬小麦の緑葉を切片化して酸性物質共存下で平衡凍結したところ、低pH条件での環結融解によって生存率の低下がみられ、純水で凍結処理したものに比べて-10℃ 付近の凍結処理では15%近く生存率が低下していた。このことから酸性物質を含む積雪条件にて低温に曝された場合に植物細胞の傷害発生が助長される可能性が考えられた。(地球環境科学研究科・稲田秀俊)

<関連設備、装置等>分析棟、低温陳、植物低温育成チャンパー、プログラムフリーザー、低温共焦点レーザー走査顕微鏡システム

コケ植物を用いた低温馴化と耐凍性発現機構の研究

助手 竹澤大輔

Studies on cold acciimation and freezing tolerance in bryophytes. : D. Takezawa

下等陸上植物では、高等植物でよく知られているような低温馴化、すなわち外界の温度低下に応答して耐凍性を発現させる能力の有無についての研究が非常に少ない。低温育成チャンパーを用いて藤類ヒメツリガネゴケを異なる温度(15度、10度、 4度、 0度)で育てた後に耐凍性を測定した結果、 0度処理で耐凍性がもっとも上昇した。このことにより、コケ植物が「低温馴化能」を持つことが実験的に証明された。(地球環境科学研究科・南杏鶴)

<関連設備、装置等>分析棟、低温植物育成チャンパー

植物カルモジュリン結合タンパク質遺伝子の解析

助手 竹澤大輔

Characterization of genes encoding calmodulin-binding proteins in plants : D. Takezawa

カルシウム結合タンパク質カルモジュリンは、真核細胞においてタンパク質リン酸化などを介した情報伝達過程のカルシウム依存的調節因子として重要な働きを持っている。蘚類ヒメツリガネゴケからカルモジュリンと相互作用するタンパク質の遺伝子69個を解析した結果、カルモジュリンとカルシウム依存的に結合するタンパク質脱リン酸化酵素遺伝子を単離することができた。

<関連設備、装置等>分析棟

昆虫血液からクチクラヘの表皮細胞をよこぎるタンパク輸送に関する研究

教授 芦田正明

Transepithelial protein transport from hemolymph to cuticle : M. Ashida

表皮を横切ってタンパクが表皮細胞の一方の側から反対側へ移送される(transcytosis)はすべての高等動物で生理的に重要な現象である。しかし、高等哺乳動物以外の動物群ではtranscytosisは研究されていない。家蚕幼虫を用い、フェノール酸化酵素前駆体をプローブとして血波からクチクラヘ表皮細胞を横切ってタンパクが移送される仕組みを免疫電顕の手法をもちいてしらべた。直径が数ナノメーターの小胞状細胞内構造物(caveolea)に取り込まれて前駆体が表皮細胞をよこぎって移送される可能性が示唆された。

<関連設備、装置等>電子顕微鏡、超遠心機

昆虫の血液およびクテクラに存在するフェノール酸化酵素前駆体カスケードに関する研究

教授 芦田正明

Studies on the prophenoloxidase cascades in the hemolymph and cuticie of insect : M. Ashida

家蚕のフェノール酸化酵素前駆体カスケードを構成する新たなセリン型プロテアーゼ前駆体を精製し、そのcDNAクローエングを行った。

<関連設備、装置等>電子顕微鏡、超遠心機

寄生性昆虫と宿主昆虫の生理的相互作用の研究

助教授 早川洋一明

Studies on the physiological interaction between parasitic insects and their host insects : Y. Hayakawa

寄生バチによる寄生によって発育が遅れた宿主アワヨトウ幼虫から単離・構造決定された発育阻害ペプチド(GBP)は、近年、多機能性を有する昆虫サイトカインであることが分かった。今年度は、このGBP類似ペプチド性サイトカインを異目種であるミドリギンバエ幼虫から単離し、一次構造決定に成功した。アワヨトウGBPが25アミノ酸残基であるのに対して、 ミドリギンバエのサイトカインは19残基とより低分子ペプチドであること、分子内に共通するドメイン構造を持つことが明らかになった。

昆虫休眠誘導の分子機構

助教授 早川洋一明

Molecular mechanisms of the induction of insect diapause : Y. Hayakawa

ヨトウガは、幼虫期間の短日経験によって蛹休眠に入る。休眠誘導に不可欠な短日条件下に置かれたヨトウガ幼虫脳内で発現が上昇する遺伝子として同定したreceptor for activated C-kinase(rack)の脳内合成細胞の分布を解析した。その結果、rack遺伝子は脳中心部のニューロパィル周囲の神経細胞で特異的に発現していることが確認できた。特に、背佃J左右側頭の細胞に強い発現が見られた。また、休l民誘導条件下(短日条件飼育)に置かれたヨトウガ幼虫脳内で、GBP遺伝子発現の上昇も確認された。さらに、この発現部位が上記rack遺伝子の発現細胞に重なることから、GBPがrack遺伝子発現に関わる可能性が示唆された。

<関連設備、装置等>天然有機物解析システム(DNAシークエンサー、質量分析機)

昆虫における休眠の誘導機構

助手 島田公夫

Mechanisms Of diapause indultion in insects : K. Shilnada

光周期による昆虫休眠の誘導を遺伝学的に解析して、休眠の誘導には生物時計遺伝子のひとつであるtimelessが、正常に発現する必要があることを明らかにした。

<関連設備、装置等>分析棟 : 培養室、装置 : DNA分析システム

昆虫の体表炭化水素とリポホリン

助手 片桐千仭

Insect lipophorin and cuticular hydrocarbons : C. Katagiri

昆虫の体表を覆う炭化水素は疎水性の高い物質であり、体内からの水の蒸散などに対するバリアーとして働くとともにフェロモンの役書!も持っている。バリアーとしては昆虫にとって飲まず食わずの婦期の体表炭化水素の重要性が以前から指摘されてきた。モンシロチョウは日本在来種であるが、それと近縁のオオモンシロチョウは1996年にユーラシア大陸からはじめて北海道に上陸するまで日本には存在しなかった種である。その後7年が経過したがいまだにその分布は青森以北に限られている。そこで両者の婦の体表炭化水素を調べ、量と質の違いを明らかにし、オオモンシロチョウが南進できない理由を検討した。また、ショウジョウバエ近縁種間の雌雄の認識に関与する性フェロモンとしての体表炭化水素も特定した。炭化水素を輸送するリポホリンについても研究を行っている。

昆虫の生体防御機構における異物認識の分子機構

助手 落合正則

Molecular mechanism of non-seif recognition in insect defense system : M.Ochiai

昆虫の生体防御機構において重要な役割を担うフェノール酸化酵素前駆体カスケードの活性化の分子機構を解析する目的で、カスケード構成因子(グラム陰性菌結合蛋白質、セリンプロテアーゼ前駆体)の組換え体を産生し続けることが可能な昆虫細胞系を樹立した。これにより、異物認識畳白質やプロテアーゼ前駆体のX線結晶回析に必要な大量精製標品を得ることも可能になった。また、ペプチドグリカン認識蜜白質IIが細菌細胞壁成分に結合するにもかかわらず、フェノール酸化酵素前駆体カスケードの活性化には関与しない新たなタイプであることを証明した。

<関連設備、装置等>プロテインシークエンサー、イメージング解析システム、レーザーイオン化質量分析計、DNA分析システム

タンパク質分子の界面吸着と氷結晶成長の動力学相互作用の研究

助教授 古川義純

Studies of the kinetic interactlon between ice crystal growth and interfacial adsorption of protein molecules : Y. Furukawa

不凍糖タンパク質の水溶液中で氷結晶の自由成長実験を行い、氷の結晶成長速度の精密測定と結晶の成長形のダイヤグラムを決定した。その結果、永の底面とa軸に沿った方向の成長速度が、不凍糖タンパク質の濃度の上昇ともに急激に大きくなることが明らかになった。これは、不純物効果による結晶成長動力学への効果としては、従来の常識を覆す結果である。また、界面近傍での不純物濃度の時間変動をはじめて直接観察することができた。これらの成果を元に、結晶成長速度の促進を説明する新しい界面カイネティクスモデルを提案した。(大学院生・寺澤隆倫の協力による)

<関連設備、装置等>分析棟、マッハツエンダー干渉計、動的光散乱装置、画像解析システム

微小重力環境を利用した界面張力勾配による固体粒子の挙動

助教授 古川義純

Movements of so.d particles in gradient Of interfacial tension using microgravity condition : Y. Furukawa

界面活性剤の希薄水溶液に温度勾配を掛けると界面張力の温度依存性のために、界面張力の空間的な分布が生じる。このような界面張力勾配の中に固体微粒子が存在すると、固体微粒子表面に沿った界面張力分布によりに微粒子が運動することが予測される。地上の重力環境と航空機による微小重力環境において、微粒子の挙動の解析を行った結果、界面張力勾日酌こよる運動が初めて証明された。このような現象は、結晶成長における不純物挙動や生体内での高分子の挙動などとも密接に関連し、極めて重要な物理現象と考えられる。

<関連設備、装置等>分析棟、マッハツエンダー干渉計、動的光散乱装置、画像解析システム


寒冷圏総合科学部門:BOREAL ENVIRONMENTAL SCIENCES RESEARCH SECTION

教官:FACLTY MEMBERS

教授:PROFESSORS

福田 正己・理学博士・凍土学(雪氷学)シベリア永久凍土と地球温暖化
FUKUDA, Masami /D.Sc./Geocryology/Siberian Permafrost and Global Warming

戸田 正憲・理学博士・群集生態学、ショウジョウバエ類の分類学と生物地理学
TODA, WIasanori J./D.Sc./Community Ecology; Systematics and Blogeography of Drosophilids

三寺 史夫・理学博士・海洋物理および海洋循環の数値モデル
MITSUDERA, Humio/D.Sc./Physical Oceanographサand Numerical Modeling of the Ocean Circulation

デイヴイス、アンドリュージョン・博士(動物学)・双翅目の群集生態学、3栄養段階生態系に対する気候の影響
DAVIS, Andrew John/Ph.D.(Zoology)/Community Ecologyi composition of dipttran assemblages, and citrnate effects on tritrophic ecosystems

講師:LECTURER

丹野 皓三・理学博士・動物生理学,低温生物学,越冬昆虫の耐凍性と生態
TANNO, Kouzou/ D. Sc./ Animal Physiology; Cryobiology; Frost-Resistance and Ecology of Over-wintering Insects

助手:ASSISTANT PROFESSORS:

串田 圭司・博士(農学)・リモートセンシング、植生の放射伝達
KUSHIDA,Keiji / Ph.D. (Agr.)/ Remote sensing; Radiative transfer in vegetation

大舘 智志・博士(理学)・動物生態学、哺乳類学
OHDACHI, Satoshi / D. Sc./ animal ecology, mammalogy

研究概要:OUTLINE of RESEARCH

寒冷域の海洋圏,地圏及び生物圏にまたがる自然現象を総合的に研究する。

気候変動

南北両極地域では、気候変動が他の地域よりも顕著にまた鋭敏に出現する。当研究分野グループでは過去10年間シベリア永久凍土の調査を手力対すてきている。シベリアに広範に分布するツンドラではかなりの分量のメタンガスが放出され、将来の温暖化への影響が懸念される。また永久凍土中には最終氷期に集積した地下氷が存在し、そこに貯留されたメタンガスが凍上の融解で大気へ放出されている。当研究分野では多くの大学院生の参加を得てシベリア永久凍上の動的変化に注目して研究を遂行している。これは地球温暖化への関連をもち、 IGBP - NESプロジェクトと連携している。

In Arctic and Antarctic regions, climate change tends to occur more distinctively and sensitively than other regions, In last 10 years, the group has engaged in an intensive field survey in eastern Siberian Permafrost regions. There widely distributes tundra wetland in Siberia, where considerable amounts of Methane enmit into atmosphere as to cause future global warming. In Siberian Permafrost,ground ice accumulated in large scale in Last Glacial Periods under recent trends of warnling, ground ice thaw so that stored Methane in ice releases to atmosphere. The group with many graduate students focuses on the dynanlic changes of Siberian Permafrost in specially related to Global Clinlate Change with cooperating with IGBP - NES (Northern Eurasiah Study).

生物多様性

この地球上に生息するいかなる生物も、熱帯から局地に向かって変化するさまざまな環境傾度に適応して生活している。そして、それぞれの地域ではさまざまな生物が多様な生物間の相互作用を作り出している。さらに、地域群集を構成している各種は、環境の時間的あるいは空間的な変化に対応して個体数や分布域、生態的特性、さらには形態などを変化させる。こうして、この地球上の驚くべき生物の多様性が生み出され、維持されてきた。当研究分野では、さまざまな時空間スケールでの生物の多様性について、そのパターンとメカニズムを明らかにすることをめざしている。現在は主に、(1)生物多様性を生み出してきた進化過程、(2)種間競争、捕食一被食関係などの多様な生物間相互作用、(3)動物群集の成立に関する生態的要因と歴史的要因、の解明をめざすと同時に、(4)気候変動が生物多様性および群集構造に与える影響の研究に取り組んでいる。

Organisms are living on earth, having adapted themselves to various environmental gradients changing from the tropics to the poles, and under a complex network of various interactions among them in each local community. Component species in regional biotas vary their abundances, distribution ranges, ecological properties and/or morphology, responding to temporal and spatial changes in various environmental factors. These processes have been producing and maintain a tremendous biodiversity on earth. We aim at revealing patterns and mechanisms for this biodiversity at various spatio-temporal scales. The current researches focus on (1) evolutionary processes of the biodiversity creation, (2) various interspecific interactions such as competition and prey-predator relationship, (3) contemporary, ecological factors and historical, evolutionary factors affecting the organization of local communities, and (4) effects of climate dlange on biodiversity and community structure.

海洋気候(Ocean Climate Research Group)

海洋は膨大な熱容量を持ちゆっくりとした変化をするため、十年から数十年スケールの気候変動の主要な担い手であると考えられている。そのような変動は黒潮・親潮とその混合水域、オホーツク海および亜寒帯循環など寒冷圏の海域で顕著に現れ、たとえば漁獲高に大きな影響を与えるなど社会的インパクトも大きい。また、オホーツク海は地球上もっとも低緯度で結氷する海であり、地球温暖化が進めば特に影響が出る海域と言われている。このような観点から、当研究グループでは寒冷圏における海洋の長期変動とそれに関わるプロセスを研究する。

Ocean is major constituent of decadal/interdecadal oscillation of the North Pacific owing to its vast heat capacity and slow variations. These signals are strongiy manifested in the Kuroshio, the Oyashio and their mixed water region, as well as in the Sea of Okhotsk and the Subarctic Gyre. It becomes evident that social impact of the decadal oscillation is huge; for example, fish catch in the North Pacific tends to vary greatly in consonant with the decadal oscillation. Further,the Sea of Okhotsk is the southernmost sea that is frozen in winter on the earth, so that the Sea of Okhotsk may be the most sensitive area to the influence of the Global Change. From this point of view, this research group is investigating low-frequency variations of the ocean and its physical processes in the subarctic North Pacific.

研究課題と成果:CURRENT RESEARCH PROGRAMS

シベリア地域の北方森林の攪乱が地球温暖化に与える影響

教授 福田正己

Boreal Forest Disturbance in Siberia and its Effect to Global Warming : M. FUKUDA

世界最大の森林であるシベリアタイガが火災や伐採で攪乱を受けると凍土の大規模融解を促進する。その結果、永久凍土からのメタンガスの放出を促し、地球温暖化を促進する。これらの過程について東シベリア・ヤクーツク付近で長期の現地観測を実施し、火災による攪乱で森林の二酸化炭素吸収機能が減少することを定量的に掌握した。また永久凍土表面での熱収支バランスの乱れを確定し、それによる永久凍土融解量を推定した。また凍土に貯留されているメタンガスの存在量を明らかにした。

関連機器 現地二酸化炭素収支観測タワーシステム

東シベリアおよびアラスカ北方森林の火災に伴う環境変化のリモートセンシング

助手 串田圭司

Remote sensing on environmental changes induced by boreal forest fire in east Siberia and Alaska by Kushida

シベリアやアラスカの永久凍土帯の森林火災は、温暖化に対して正のフィードバック効果を持つことが示唆されてきている。夏期の現地測定によって得られた林床、葉、幹等の構成要素ごとのスペクトル特性に基づいて、放射伝達モデル解析により、東シベリアおよびアラスカの火災の影響を含む主要な林分の衛星データを解釈するためのデータベースを構築した。本データベースは、樹種の区分、バイオマス量、林床の状態といった情報と可視から近赤外の衛星リモートセンシングデータとの関係を与えた。

<利用施設、装置等>リモートセンシングシステム

昆虫類の生物多様性に関する研究

教授 戸田正憲、技術補助員 田辺慎一

Studies of insect biodiversity : Masanori J. Toda and Shin-ichi Tanabe

マレーシア・サノツ明にある東南アジア最高峰のキナバル出において、標高と栄養堀濃度の異なる土壊に成立する森林に生息する昆虫類の多様性を調査した。その結果、昆虫類の多様性は、分類群によって、これらの物理化学的要因とそれに伴う森林構造の変化に対して、それぞれ独特を変異パターンを示した。甲虫類と膜翅目昆虫は、いずれも標高が増すにつれ個体数が減少したのに対し、双翅目昆虫類は、科によって異なるパターンを示した。このことは、熱帯高山の森林に生息する昆虫群集の成立機構は一様でなく、標高に沿って変化するさまざまな環境要因が関与していることを示唆する。

ショウジョウバエ類に関する系統分類学的研究

教授 戸田正憲、外国人研究員 胡耀光

Studies on the systematics of Drosophilidae : Masanori J. Toda and Yao-guang Hu

ショウジョウバエ科の中でその類縁性が示唆されていたDichaetophora属、Nesiodrosophila属、Lordiphosa tenuicauda種群に着目して、その周辺の分類群と共に、形態形質に基づく分岐分析を行った。その結果、上記3群は単系統群を構成することが判明したので、これらをDichaetophora 1属にまとめる分類体系の改訂を行った。さらに、まとめられたDichaetophora属の中に、3つの単系統群(上記の3群には対応しない)を認めたので、それらを新しい種群として設立した。

西太平洋・アジア地域国際生物多様性観測年事業

教授 戸田正憲、技術補助員 田辺慎一

International Biodiversity Observation Year (IBOY) in Western Pacific and Asia (DlWPA) : Masanori Toda and Shin-ichi Tanabe

生物多様性国際共同研究計画(DIVERSITAS)の提案で行われた国際生物多様性観測年(2001-2002年)のコア - プロジェクトの1つである、西太平洋・アジア地域生物多様性一斉観測における、森林性無脊雅動物の多様性観測を主導した。観測マニュアルの出版(分担執筆)、マレーシア・サバ公園局の観測スタッフの現地トレーニングを行うとともに、東南アジア熱帯の観測スタッフを札幌に招聘して標本・データ管理のためのワークショップを開催した(地球環境科学研究科 稲荷尚記、農学研究科 伊藤 元)。

The structure and composition of fly communities on fungi

Associate Professor Andrew J. Davis

The fly (Diptera) species breeding in fungi are numerous, particularly in Hokkaido and we want to know how they can coexist, We have therefore collected individual fungi every two weeks at three sites in Hokkaido and reared out the flies. This data, the number of files of each species produced by individual fungi at each site, allows us to analyse the effects of geography (site), season, fungal species, and fungal fruiting body, on the numbers and identities of flies using fungi. We have also tested with careful experiments, whether young and old fungi attract different fly species. Further analysis of these data will show which of these effects are important and whether their importance changes over time.

The structure and responses of multitrophic systems in grassland

Associate Professor Andrew J. Davis

We examined patterns in ecosystem structure using iarge long-term datasets of hundreds of plant and animal species. Using my German colleagues new statistical techniques we have shown that trophic levels respond differently to climate. This implies that communities are unstable to climate change. Current analyses are directed towards understanding links between diversity of groups and of species on ecosystem function.

マイクロサテライト遺伝多型を用いたバイカル/シントウトガリネズミ・グループの遺伝構造

助手 大舘智志

Genetic structure of Sorex caecutiens/shinto group based onmicrosateitite DNA plymorphism : S. Ohdachi

北海道内におけるトガリネズミニ種(オオアシトガリネズミとバイカルトガリ)の生物地理的な歴史を推定するために、マイクロサテライトDNAマーカーを用いて両種の個体群の遺伝的な構造を比較した。個体群間の遺伝的分化は、北海道内においてはバイカルの方がオオアシよりも高い値が示された。また個体群間の遺伝的距離と地理的距離の相関関係を調べた結果、オオアシトガリでは弱いが有意な正の相関がみられた。一方バイカルトガリでは有意な相関関係はなかった。オオアシの島映個体群の遺伝的多様性は面積と比例関係にあった。

<利用施設、装置等>DNA分析システム

黒潮 - 親湖合流域の数値モデルによる研究

教授 三寺史夫

Numerical Study of the Kuroshlo, Oyashio Confluence : H. Mitsudera

黒潮と親潮が合流する混合域を、高解像度海洋モデルを用いて研究した。この海域では、黒潮続流の蛇行やそこから切離した暖水塊、親潮フロント、親潮の中層への流入などが生じ、その様相は非常に複雑である。数値モデルを用いてこれらの現象の再現に成功するとともに、オホーツク海を起源とする表層の親潮水がいかにして王熱帯循環まで到達し北太平洋中層水を形成するのか、を解明することができた。表層の親潮水は三陸沖で黒潮起源の暖水渦と接した後、巻き込まれるようにしてその中層にもぐりこむこと、そしてさらに黒潮続流の中層に到達した後、続流の変動に伴って亜熱帯循環に侵入することが分かった。また、オホーツク海からの表層水は成層が弱いため低渦位であるが、この性質が混合域の流れに大きな影響を及ぼしていることが示された。

亜寒帯循環の水温塩分構造

教授 三寺史夫

Thermohaline Structures of the Subpolar Gyre : H. Mitsudera

北太平洋の亜寒帯域は表層100mあたりで水温が極小となり、300mあたりで極大となるという顕著な水温の逆転層を形成している。この特徴的な水塊構造を数値モデルを用いて再現することに成功した。表層の水温極小は冬季の強い冷却により形成される。一方中層の水温極大は、偏西風により亜熱帯と亜寒帯にまたがる鉛直循環が励起され黒潮水が亜寒帯に侵入するために生ずることがわかった。黒潮の亜寒帯への侵入経路として北大平洋西岸境界および北太平洋東部が重要であること、中規模渦による混合も水温極大形成に寄与すること、が明らかとなった。

黒潮蛇行の力学

教授 三寺史夫

Dynamics of the Kuroshio : H. Mitsudera

90年代に頻発した黒湖の短期的蛇行を、高解像度数値モデルを用いて議論した。短期的蛇行には、四国沖再循環に存在する高気圧性中規模渦が重要な役割を果たす。この高気圧性渦が西方に伝播し黒潮に合流すると低気圧性の小蛇行を下流側に励起する。このため双極渦が形成され、それが黒潮を沖側へと移流するため、比較的大きな蛇行が生じる。高気圧性渦はその後黒潮から切離され西方へと伝播し、黒潮の蛇行も縮小しつつ黒潮続流へと伝播する。さらに、切離された高気圧性渦は再び黒潮と合流し短期的蛇行を形成することも分かった。このような黒潮の一連の変動は衛星で観測されたものと良く一致する。


附属流氷研究施設:SEA ICE RESEACH LABORATORY

教官:FACULTY MEMBERS

助教授:ASSOCIATE PROFESSOR

白澤 邦男・理学博士・極域海洋学、大気−海洋−海氷相互作用、氷海の海洋物理・ 生物過程
SHIRASAWA, Kunio/ D. Sc./ Polar Oceanography; Air-Sea-Sea Ice Interaction; Physical and Biological Processes in Ice-Covered Waters

研究概要:OUTLINE of RESERCH

当施設は1965年にオホーツク海の流氷や海洋学等の基礎的研究を目的として紋別市に設立された。施設設置と同時に、北海道ホーツク海沿岸域の流氷を検知するための流氷観測レーダ網が設置され、沿岸域約50kmまでの流氷分布、流動などの観測研究が続けられている。また、流氷期間中は流氷分布図を流氷情報センター(海上保安庁)、気象庁や水産漁業等各関係機関に配希している。

典型的な季節海氷域であるオホーツク海の海氷域は、地球温暖化などの全地球規模での環境変動や気候変動に敏感に影響を受ける。オホーツク海の海氷気候の変動機構の理解を深めるために、北サハリンをオホーツク海北部の厚い海氷域の、サロマ湖を南部の薄い海氷域の観測拠点として、海氷生成に伴う、大気—海洋間相互作用の研究をロシアと共同で実施している。サハリンや北海道での観測から蓄積された気象、海洋、海氷、積雪などのデータから海氷生成、成長、融解に至る消長過程や海米構造の変通過程のモデル化やモデルの検証実験を行っている。

また、アイス・アルジーを基礎生産者とする海氷圏生態系の食物運鎖作用の実態や海氷変動の物理機構と海氷生態系との関係を把握するための研究を、北海道オホーツク海沿岸域の流氷タワーやサロマ湖等で進めている。

これらの研究計画は、オホーツク海同様に典型的な季節海氷域であるパルト海の海氷気候の変動機構を解明するために、フィンランドなどのパルト海周辺国の研究者と比較共同研究としてオホーツク海とバルト海でそれぞれ実施している。

The Sea Ice Research Laboratory (SIRL) was founded in Mombetsu in 1965 to conduct studies mainly on sea ice and coastal oceanography. The SIRL has successively operated a sea-ice monitoring radar network on the Okhotsk Sea coast of Hokkaido since 1969. The network consists of three landbased radars which allow a continuous monitoring of realtime ice field scenery along a 250-km coastline to as far as about 50 km into the Okhotsk Sea. Utilization of those radar data has been essential to studies on coastal sea ice dynamics as well as long-term sea ice variability, and to winter navigations on the ice-covered Okhotsk Sea coast.

The dynamics and thermodynamics of sea ice are key variables in ecosystems in perennially/seasonally ice-covered waters. Global change modeling requires an adequate understanding of the mechanical, electromagnetic, optical, and thermal properties of sea ice, as well as its capacity to transfer solutes through the ice sheet, to support biological activity, and to entrain and transport contaminants. Field experiments have been conducting to track the evolving properties of land-fast ice sheets at sites in the northern Sakhalin and Saroma-ko Lagoon in the north and south of the Sea of Okhotsk, respectively, as well as near Oulu and the Gulf of Finland in the north and south of the Baltic Sea, respectively. Those sites are instrumented to monitor the thermal regime through the ice sheet during the ice forming, growth through melt seasons to understand the characteristics and processes in the seasonally ice-covered waters.

研究課題と成果:CURRENT RESEARCH PROGRAMS

流氷レーダー網による北海道・オホーツク海沿岸域の流氷分布・動態の観測

教授 青田昌秋、助教授 白澤邦男、助手 深町康、技官 石川正雄、高塚徹、大坊孝春、日本学術振興会特別研究員 舘山一孝

Distributions and dynamics of sea ice off the Okhotsk Sea coast of Hokkaido with the sea-ice radar network by K. Shirasawa, Y. Fukamachi, M., Ishikawa, T. Takatsuka, T. Daibou and K. Tateyama

流氷レーダーによる北海道オホーツク海沿岸域の流氷分布の観測が1969年から2002年まで34年間続けられている。レーダー観測域に占める流氷密接度は、この34年間に顕著な周期性は認められないが、1987年以降、流氷期間、流氷密接度ともに減少しつつあること等が調べられた。流氷レーダーの画像から流動ベクトルを計算する方法が開発された。沿岸域に音波式氷厚計と多層流速計測装置が係留され流氷期間中の流氷漂流速度や氷厚が測定され、流氷レーダによる分布との関係などが調べられた。流氷レーダーにより観測される毎日の流氷分布図は北大のホームページ(http://www.hokudai.ac.jp/lowtemp/sirl/shome.html)に掲載されている。

結氷海域における大気・海洋および海洋生物環境の観測研究

助教授 白澤邦男、技官 石川正雄、高塚徹、大坊孝春

Physical and biological processes in ice-covered waters by K. Shirasawa, M., Ishikawa, T. Takatsuka and T. Daibou

季節海氷域の氷縁域の薄い海氷域に注目した大気ー海氷ー海洋の相互作用の研究、またアイス・アルジーを基礎生産者とする海氷圏生態系の食物連鎖作用の実態を把握するための研究を、北海道オホーツク海沿岸域の流氷タワーや流氷レーダー網、サロマ湖を定点観測基地として研究を進めている。沿岸域のクロロフィルa量は春と秋に増加のピークを示したが、春のピークは海氷融解後のアイスアルジーなどの植物プランクトンの増殖を現しており、植物プランクトンの分布が海氷域の分布に大きく影響していることがわかった。

海氷消長過程における海氷構造変遷過程の観測研究

助教授 白澤邦男、助手 河村俊行、技官 石川正雄、高塚徹、大坊孝春、日本学術振興会特別研究員 舘山一孝

Evolving properties of land-fast ice sheets through ice forming, growing and melting processes by K. Shirasawa, T. Kawamura, M. Ishikawa, T. Takatsuka, T. Daibou and K. Tateyama

サロマ湖をオホーツク海南部の薄い海氷域の観測拠点として、海氷生成から成長、融解に至る消長過程における海氷構造の変遷過程を解明するために、大気、海洋、海氷、積雪などの現場観測を行った。積雪の効果を含む海氷成長モデルから求められた結果は実測データと比較的よい一致を示したが、比較的薄い海氷の内部構造は複雑であり、海氷生態系を含むモデルの改良、開発が進められている。また、積雪や薄氷の厚さを自動計測する測器の開発を行ったが、表層の複雑な境界面の検知は難しく今後改良が必要である。

サハリン北部の海氷及び気象、海洋学的観測研究

助教授 白澤邦男、技官 石川正雄、高塚徹、大坊孝春

Sea ice and hydrometeorological investigations on the Okhotsk Sea coast of Sakhalin by K. Shirasawa, M. Ishikawa, T. Takatsuka and T.Daibou

北サハリンのチャイボをオホーツク海北部の厚い海氷域の観測拠点として、季節海氷域の海氷気候に関する観測研究を行っている。北サハリンのチャイボ湾で観測された気象、海洋、海氷、積雪等の観測データを用いて、厚い海氷(1m程度)の熱力学モデルの検証を行った。モデルにより氷厚、雪氷、スラッシュ層の厚さ、融解開始等がよく再現出来た。。自動気象観測装置は再設置し継続してデータの収集を行っている。流星バースト通信を用いた観測データの伝送システムなどの準備を開始した。

オホーツク海サハリン、北海道沖における氷厚計、流速プロファイラー係留系による海氷・海洋観測研究

助教授 白澤邦男、助手 深町 康、技官 石川正雄、高塚徹、大坊孝春、日本学術振果会特別研究員 舘山一孝

Mooring measurements of sea-ice thickness and under-ice oceanic processes off the Okhotsk Sea coast of Sakhalin and Hokkaido : K. Shirasawa, Y. Fukamachi, M. Ishikawa,T. Takatsuka, T. Daibou and K.Tateyama

サハリンと北海道オホーツク海沿岸域に超音波氷厚計と鉛直流速プロファイラーを係留して、流氷期間中の流氷漂流速度や氷厚測定を行った。また、北海道沖では砕氷型巡視船「そうや」による海氷サンプルの採取、漂流ブイの設置が行われ、沿岸域の流氷漂流、氷厚が測定された。流氷レーダによる分布、動態モデルなどとの関係を調べている。

オホーツク海とパルト海の海氷気候の比較研究

助教授 白澤邦男、石川信敬、助手 河村俊行、技官 石川正雄、高塚徹、大坊孝春

Sea-ice climatology in the Okhotsk and Baltic Seas : K. Shirasawa, N. Ishikawa, T. Kawamura, M. Ishikawa, T. Takatsuka and T. Daibou

ヘルシンキ大学、オウル大学やフィンランド国立海洋研究所などと共同で、典型的季節海氷域であるオホーツク海とパルト海を海氷気候の観測研究の拠点として、大気、海洋、海氷、積雪等の観測を行っている。北海道サロマ湖、バルト海の北部、南部、湖に観測基地を設け、海氷気候、海氷熱力学過程の比較観測研究を行った。積雪、海氷の存在自体が熱の遮断や光の反射、透過に大きな影響を及ぼすが、融解期の海氷崩壊に伴いアルベドの減衰、光の透過率の増力Eが顕著に現れた。海洋熱フラックスが海氷成長、融解に及ぼす影響をモデル、観測結果から解析中である。

<関連施設、装置等>流氷研究施設、流氷観測レーダー網、流氷観測用レーダー情報処理装置、レーダー映像記録再生装置、氷海域気象海象観測システム(流氷タワー)、超音波風速温度計、CTD測定システム、電磁流速計、自動気象観測装置、氷海観測プラットフォーム、流屋バースト通信システム、超音波氷厚計、鉛直流速プロファイラー、アルゴスブイ


特別共同研究

COE研究プロジェクト
寒冷圏における大気−植生−雪氷相互作用

低温科学研究所・寒冷生物圏変動グループのホームページ http://www.lowtem hokudai.ac.jp/cryo_dyn/ により詳しい内容が掲載されています。

研究代表:原 登志彦(北海道大学・低温科学研究所)
研究分担者:
隅田 明洋(北海道大学・低温科学研究所)
小野 清美(北海道大学・低温科学研究所)
加藤 京子(北海道大学・低温科学研究所)
兒玉 裕二(北海道大学・低温科学研究所)
石井 吉之(北海道大学・低温科学研究所)
鯨岡 啓輔(北海道大学・低温科学研究所)
植村 滋(北海道大学・北方生物圏フィールド科学センター)
小林 剛(香川大学・農学部)
西村 誠一(農業環境技術研究所)
横沢 正幸(農業環境技術研究所)
高橋 耕一(信州大学'理学部)
江守 正多(地球フロンティア研究システム)
高田久美子(地球フロンティア研究システム)
渡辺 力(森林総合研究所)
田中 隆文(名古屋大学大学院・生命農学研究科)
小林 健— (岡山県生物科学総合研究所)

研究目的

寒冷陸域は、雪氷と水、寒冷圏固有のエネルギーの流れおよび寒冷地特性を持つ植生によって特徴づけられる。寒冷圏での様々な時間および空間スケールでの大気−陸域系の振る舞いはそれらの影響を強く受けているが、未解決な問題が多い。本共同研究では、雪氷を中心に関連する分野との統合をめざし、相互作用系の研究を行う。すなわち、「大気−植生−雪氷相互作用の解明」である。特に環境科学の研究において、生物学的観点を地球物理学・化学に取り入れる試みは、その重要性が指摘されているにもかかわらず、ほとんど行われていない状態である。特に、雪氷が存在する寒冷圏における植物の生理・生態は未解決な部分が多いので、本共同研究でこの方向の研究を進める。

寒冷圏における大気−植生−雪氷相互作用を解明するために、平成14年度は以下の2つのアプローチから研究を行った。まずは、(I)の野外における林内微気象の観測と樹木の生長および生理活性の季節変化の測定である。そして、(II)の大気−植生−雪氷相互作用のプロセスに関する理論モデルの開発である。

(I)寒冷地の夏緑林における生物間相互作用に関する生理生態学的研究:北海道母子里におけるダケカンバ林の水および炭素収支に対する林床のササ類の影響

はじめに

北方林は複雑な階層構造をもつ熱帯林とは異なり、林冠層と稚樹層からなる単純な構造であり、また林床植物が繁茂しているのが特徴である。多くの北海道の森林では、林床はササ類におおわれている。林床に密生するササ類は樹木の新規加入を妨げることはもちろん、上層木に供給されるべき水分や栄養塩を奪い取る存在である。ササ類が樹木の実生の定着を直接左右することは数多く研究されてきたが、林床におけるササの禁茂が林冠木の生育状態にどのような影響を持っているかについては未知の点が極めて多い。とくに、ササと樹木の間の水や栄養塩などの競合は、林冠木の資源獲得の機構を変化させている可能性がある。

当グループはこれまでにササの除去が1)林内における夏季の土壌水ポテンシャルを上昇させる(除去後1〜2年目)、 2)ダケカンバ林冠木の肥大成長、通導コンダクタンス、当年枝の伸長量・展葉数を増加させる(除去後3年目)ことなどを明らかにしてきた。特に、シュート(枝条)レベルでの変化は林冠構造そのものが変化することを示唆しており、林冠レベルの光合成生産を把握することによって、ササと樹木の競合に新たな知見が得られるものと考えられる。また、ササを除去することによって、ササとの競合が無くなり、グケカンバ内の競争に変化をもたらすと考えられるので、ダケカンパ林冠木の成長、枯死といった動態を解析することは重要である。

本研究では、北海道北部のダケカンバ林(北海道大学雨龍研究林)の林床に優占するチシマザサ群落のメ」取りによる除去が(1)林冠の光合成生産に与える影響を明らかにすること、(2)ダケカンバ林冠木のササ除去後4年の動態を明らかにすることを目的として、以下のことを調査した。(1)ダケカンパ林冠の二次元構造と林冠内の光環境を林冠アクセスタワーを使用して測定し、除去から4年目の林冠構造の変化をササ除去区と対照区とで比較した。また、林冠の上層・下層におけるダケカンバ個葉の光一光合成曲線を作成した。(2)1998〜2002年の成長期後に胸高直径と生死の調査を行った。構高測定を2年に一回行った。

調査地

北海道大学 雨龍研究林,母子里,神社山
 20年生(樹高6m;15m×15m枠)ササ除去区,対照区
 40年生(樹高12m;20m×30m枠)ササ除去区,対照区
 (プロットは1998年に設置。除去区では、1998年9月にササを除去)

(1)林冠の光合成生産

 プロット設定(林冠3次元構造解析用)
 20年生の林分にx軸:3m、y軸:6mの方形区を除去区、ササ区に設置

測定項目

・樹冠投影図作成
・樹冠断面図作成(x軸:60cm間隔、計5枚/処理区)
・ダカンケバ樹冠下・ササ上(高さ2.4m)で葉面積指数LAIの測定(60cm間隔の格子点上)
・ダケカンバ樹冠内外の光環境(光合成有効放射束密度PPFD)の測定
 (地上高2.4m以上、x軸:30cm間隔、y軸:60cm間隔、高さ:60cm間隔)
・ダケカンバ林冠の上層と下層の個葉の光一光合成曲線の作成
・林内微気象(光合成有効放射、温湿度、風速)

結果と考察

ダケカンバ林冠木の樹冠下のLAIの平均値は、ササ区で3,91±0.36(m2/m2)、除去区で3.43±0.36(m2/m2)であり、ササ区の方が除去区よりもLAIが高いことが明らかとなった(t検定 p<0.001)。この結果は、ササを除去した方がダケカンパ林冠の着葉量が少なくなるということを示す。LAIの空間分布と構冠の分布は一致しており、ササ区では、特に樹冠が重なっている場所でLAIが高くなっていると考えられた(図1) 。

ダケカンバ林冠木の樹冠内外の相対PPFDの平均値は、ササ区で303± 33.7%、除去区で30.6±35。1%であり、処理区間で差が見られなかった(t検定 p>0.05)。両処理区とも、高さが減少するにつれて相対PPFDの平均値が減少する傾向が得られたが、その減少の仕方は処理区間で異なった(図2)。除去区の方が、高さが減少するにつれて相対PPFDが急激に下がり、樹冠内を通過すると急激に暗くなる、つまり光の吸収効率が高いことが示唆された。しかしながら、ダケカンバ林冠木の樹冠下での相対PPFDは、ササ区の方力す除去区よりも有意に低かった(図2、Mann‐Whitney's U test p<0.001)。これは、ササ区では樹冠内での光の減少は緩やかであるが(図2)、樹冠が深く、2層になっている場所もあり(図3)、葉群が厚い(LAIが高い)からだと考えられた。ササの有無によって、林冠構造が変化し、それに伴って光の空間分布が変化することが示唆された。

ダケカンバ林冠の個業の光合成の能力は、上層と下層間で異なったが、処理区間では差が見られなかった(図4)。しかしながら、ダケカンバの林冠構造と林冠内の光環境、すなわち生産構造が異なる(図1, 2, 3)ので、林冠レベルでの光合成生産も異なることが示唆される。今後、林冠の上層・下層におけるダケカンバ個葉の光—光合成曲線と、林冠内の相対光量子密度の空間分布から、林冠の光合成生産の概算を試みる予定である。

(2)ダケカンバ林冠木のササ除去後4年の動態

測定項目

 胸高直径(幹の高さ13m部位)、生死(測定年:1998,1999,2000,2001,2002)
 樹高(測定年:20年生 1998,1999,2002、40年生 1998,1999,2001)

結果と考察

ダケカンバ林冠木の林分全体の直径成長の平均は、処理間で異ならなかった。しかしながら、サイズクラス別で見ると、中間のサイズで除去区の方がササ区よりも有意に直径成長が大きかった(図5)。ササを除去することによって林分全体の成長量は増加しないが、一部のサイズ階での成長が改善されたため、サイズ構造が変化することが示唆された。ダケカンバ林の死亡率は、年により様々であり、一定の傾向は見られなかった(図6)。20年生の林分で除去後2年後(2000年)に、40年生の林分で除去後3年後(2001)に、ササ区よりも除去区の方が枯死率が高かった。

除去後4年間で、小さいサイズの個体が枯死し、サイズの大きい個体は成長し、サイズ分布は右にシフトしたが、サイズ構造は処理区間で明瞭な差は見られなかった(図7)。今後はどのような個体が枯死したのかとサイズ階級別の成長をさらに解析し、なぜ(1)林冠の光合成生産で得られた結果である、異なる林冠構造が形成されたのかを解明したいと考えている。

まとめ

北方林は、環境変動の影響を最も強く受けるのではないかと危倶されているが、詳しいプロセスやメカニズムはまだ解明されていない。熱帯林の多層からなる複雑な垂直的森林構造に比べ、北方林のそれは非常に単純である。北方林は、通常、2層の植生から構成されている。つまり、林冠を構成する上層木と林床の下層植生である。北海道の森林の林床は通常、ササに蜜に覆われている。したがって、上層木と林床下層植生のササの相互作用は、北方林の森林動態にとって、重要な要因であろう。これまでは、林床の密なササが上層木の実生による森林更新を阻害することが多く報告されてきているが、本研究では、林床のササの存在が上層木の樹木(本研究ではダケカンバ)の個体問競争、生長、そして林冠構造にも直接影響を与えていることがはじめて明らかとなった。ササは土壊の水分を大量に吸水、そして蒸散することで上壌が乾燥し、上層木のダケカンバの価休問競争の程度が弱められる。その結果、個体間競争が強い場合に見られる森林構造、つまリホ冠を占有する極端に大きな少数の個体と下層に集中する極端に小さな多数の個体という構造(一方向的競争の結果)は見られず、林冠上層から中層、下層まで、そこそこの大きさの個体がすべての層にまんべんなく存在する(二方向的競争の結果)というのが林床にササが存在する森林の構造となる。その結果、一般的な予想に反して、林床にササが存在するほうが存在しない場合よりも林冠上層木全体としては葉面積指数とバイオマスが高くなることが明らかとなった。森林動態の研究では、無視されることが多かった林床下層植生であるが、特に北方林における環境変動と森林動態の研究では、今後はこれら林床下層植生も十分考慮に入れなければならないであろう。

(II)陸面物理過程と植物生長動態の相互作用に関する多層統合モデルの開発

はじめに

植物は、大気および土壌と相互作用を行いその結果、エネルギー・水・物質の循環が行われ陸上生態系が形成される。今日、人口増加や工業化などの人間活動および環境変化が陸上生態系に及ぼす影響が重大な問題となっている。陸上生態 系の変化は、陸面における熱・水収支や微気象に影響を与え、気候システムの変化をもたらす。本研究の目的は、陸上生態系と気候システムのこれらのフィードバック過程を地域およびグローバルなスケールで解明することである。

モデル

まず、プロット・スケールにおいて植生動態と物理環境(気象)の変動を記述する統合モデルMINoSGI (Multi-layered Integrated Numerical Model of Surface Physics - Growing Plants Interaction)を開発した。このモデルでは、植物群落における微気象モデルと植物群落のサイズ構造動態モデルが統合されている。実際の樹木群落のデータを用いてこの統合モデルの有効性について検討を行った。我々の最終目標は、この統合モデルとGCMを結合し、グローバル・スケールに展開することである。

(1)植物群落における微気象モデル

このモデルは、垂直一次元多層キャノピー・モデルであり、土壌−植物−大気系における微気象を記述する。このモデルは以下のようなプロセスを考慮している:

 ・土壌:熱・水輸送、土壌呼吸
 ・植物:熱・水収支、光合成、呼吸、気孔の開閉、
 ・大気:熱・水・二酸化炭素収支、乱流
 ・放射伝達:可視(直達、散乱)、近赤外(直達、散乱)、長波放射

(2)植物群落におけるサイズ構造動態モデル

このモデルは、植物個体の生長と枯死の結果としての植物群落のサイズ構造の変化を記述する。サイズ構造の変化は「連続の式」で与えられ、実生の新規加入の過程はその境界条件として与えられる。植物群落微気象モデルは、気象データから各サイズクラスの植物個体の光合成速度を計算する。これらの結果は、植物群落サイズ構造動態モデルに取り込まれ、次の時間ステップでの植物群落のサイズ構造が計算される。この新しいサイズ構造は再び植物群落微気象モデルに取り込まれ、植物群落における次の時間ステップでの物理環境およびそれらに対応する植物個体の光合成速度が計算される。以上のプロセスにより、植生動態と気候変動の相互作用が記述される。

結果と考察

前年度は、まずは常緑針葉樹であるスギ(Cryptomeria japonica)林のデータ(名古屋大学稲武演習林; 勝野、1990)を用いて我々の統合モデルを検証した。本年度は、落業針葉樹であるカラマツ(Larix leptolepis) のデータ(名古屋大学稲武演習林;倉地、1989)を用いて、展葉と落葉のプロセスをモデルに組み込む試みを行った。これは、1982年から1987年までのカラマツ佃体の生長のデータである。このデータの詳細は、倉地氏の名古屋大学農学部・博士論文(1989)に与えられている。樹木個体のアロメトリー関係、光合成速度、呼吸速度、個体の生長速度など必要なデータはすべてこの学位論文から採用した。また、このカラマツ林の近くの気象データも入手した。

1982年6月のサイズ構造を初期値として、我々の統合モデルに基づき5年間におけるカラマツ林のサイズ構造の変化をシミュレートした。植物群落微気象モデルにおいては、数値解析の時間ステップは1時間とし、植物群落サイズ構造動態モデルにおいては1日とした。シミュレーシヨンの結果は、実際に観測されたカラマツ樹高のサイズ分布を非常によく再現していた。我々の統合モデルは、このように落葉樹の植物群落における生長動態と陸面物理過程の相互作用をもよく記述しているモデルであると言える。

現在、積雪・融雪のプロセスをMINoSGIに取り入れるべく開発を続けており、今後は、上記(I)で観瀬い調査しているダケカンバ林すなわち寒冷圏の落葉広葉樹林にこの雪&落葉MINoSGIモデルを適用し、寒冷圏における大気一植生—雪氷相互作用の解明を目指したい。


「COE研究プロジェクト」および「21世紀COEプログラム」

低温科学研究所は、平成7年4月に全国共同利用研究所として改組され、翌年から寒冷目の自然現象を対象とした地球環境科学の中核的研究拠点(COE)と位置づけられた。これを契機に、当研究所が長期的に取り組むべき課題として、オホーツク海とそれを取り囲む陸域・北太平洋をターゲットとした学際的研究を、「COE研究プロジェクト」として推進してきた。このプロジェクトの推進にあたつては、研究所の資金である共同研究経費で計画の立案と組織化をサポートし、これに基づいて、戦略的基礎研究費などの外部資金を導入して、大規模な観測や共同研究を実施してきた。

平成14年度から「21世紀COEプログラム」が新たな制度として開始されると同時に、低温科学研究所は大学院地球環境科学研究科と共同で、学際・複合分野で採択された「生態地球圏システム劇変の予測と回避」という課題のもとに拠″く構築を開始した。このプログラムでは、地球環境に関わる基本的な課題が広範に取り上げられており、生態系と非生物地球圏の相互作用によって成り立っている生態地球圏システムの理解を深めることによって、環境の自律回復を不可能にするような劇的な変化の予測と回避に係わる問題まで踏み込むことを目標として、それを遂行する研究拠点の形成を図るものである。

これに伴って上記オホーツク関連研究は、COE研究プロジェクトという名称は冠しないことになったが、これまで通り、当研究所が長期的な課題として推進することに変わりはない。したがって、21世紀COEプログラムも、オホーツク研究に関わる部分は、当研究所が長期的な視″点で継続的に推進する研究の一環と位置づけている。当研究所が、21世紀COEプログラム「生態地球圏システム劇変の予測と回避」で特に力を入れて取り組んでいる具体的な研究テーマとそれらの研究目的は以下の通りである。

(1)人工衛星データ解析による海氷変動の研究(研究代表者 : 江渕 直人)

地球温暖化などの気候の変動に対して、海氷は最も敏感に応答するものの一つと考えられている。また、海氷は、アルベドの変化や大気海洋問熱輸送の変動、海洋の熱塩循環の変動を通して、気候変動に大きく関わっている。本研究では、可視・赤外・マイクロ波域の衛星リモートセンシングによって、オホーツク海および南北両極域の海氷の生成、移動、分布、消滅などの実態を分析し、気候システムにおける海氷の役割を明らかにする。

(2)森林 - 河川 - 海洋の物質循環系に関する地球化学的研究(研究代表者 : 中塚 武)

オホーツク海は、北部北太平洋と同様、世界で最も生産力の高い海域の一つである。表層に大量の栄養塩の供給のあることがその大きな理由であるが、北部北太平洋では、栄養塩のほとんどが表層にそのまま残存するのに対して、オホーツク海では、夏季には全て消費されてしまうという両海で大きな違いがある。オホーツク海における、この「非」HNLC(高栄養塩・低クロロフィル)海域としての特徴は、エアロゾルに加えて、アムール河等からの大量の河川水出来の鉄供給に起因していると考えられる。本研究では、アムール河流域・オホーツク海、更には北太平洋全体を視野に入れつつ、森林から河川を経て海洋に供給される「鉄」や、そのリガンドとしての腐食物質のフラックス、およびその変動のメカニズムの解明を目指している。

(3)寒冷積雪地域における水・化学物質循環過程の研究(研究代表者 : 原 登志彦)

北方林は北緯45-70度の広範囲な地域に分布しており、世界の気候に大きな影響を与えている。北方林の分布域は、また、寒冷積雪域でもあるので、融雪期に顕著な流域の水・化学物質循環過程を調べることは、酸性降水、気候条件の変化、森林の人為的改変などのよる流域への影響を理解する上で重要である。本研究では、北海道北部母子里をモデル対象域に設定して、気候条件の変化による河川環境への影響などを調べ、森林積雪域が水・物質循環、さらには生態系に呆たしている役割の量的評価を行なう。

(4)クロロフィル合成から見た光合成生物の環境適応と多様化に関する研究(研究代表者 : 田中 歩)

光合成色素であるクロロフィルbは、クロロフィル合成系遺伝子であるクロロフィリドaオキシゲナーゼ(CAO)によって合成される。また、その量は光合成集光装置の大きさを調節する要因となっているため、CAOと光環境の変化の間には深い関係があると考えられる。本研究では、CAOとジビニルプロトクロロフィリドaレダクテースの解析を通じて、光合成生物の光環境への適応と多様化の機能の解明を目指している。

(5)極地氷床における物理過程の解明とそれに基づく気候・環境変動史の高分解能解析 (研究代表者 : 本堂 武夫)

南極やグリーンランドの氷床は、地球気候システムの重要な要素であると同時に、過去の地球環境を記録する貴重な情報源である。本研究では、氷床で生ずる様々な物理過程を明らかにすること、およびそれによって氷床コアから過去の気候・環境変動を高い時間分解能で読み取ることを目的としており、各地で採取されたコアの総合的な解析と様々な気候・環境シグナルの形成過程のモデル化しを行う。これまでに、X線や光散乱などを用いる新たな解析手法で、表層における成層構造の詳細を明らかにし、光散乱体や化学種の分布に年変動に相当する細かい変動を見出している。これによって、圧密・氷化過程および深層部の流動特性、レーダーエコーの原因などを統一的に記述する見通しが得られているが、同時に化学種の再分配現象など新たな現象も見つかっており、さらに微視的なレベルの研究を進めている。最終的には、このような微視的な研究と氷床流動モデルを結合させることを目指している。



北海道大学 低温科学研究所