2003年3月 No.15
南極半島James Ross島の淘汰構造土
凍結融解により礫が移動し、地表面にこのような模様ができる。
(森 淳子、寒冷圏総合科学部門)
原 登志彦 (寒冷陸域科学部門)
低温科学研究所では、特別共同研究(旧低温研COEプロジェクト)「寒冷圏陸域における大気—植生—雪氷相互作用の解明」を進めている。寒冷圏陸域は、雪氷と水、寒冷圏固有のエネルギーの流れおよび寒冷地特性を持つ植生(北方林)によって特徴づけられる。寒冷圏での様々な時間および空間スケールでの大気—陸域系の振る舞いはそれらの影響を強く受けているが、未解明な問題が多い。本特別共同研究では、大気物理学・化学、雪氷学、水文・気象学、植物生態・生理学など関連する分野の統合をめざし、相互作用系の研究を目指している。すなわち、「大気—植生—雪氷相互作用の解明」である。特に環境科学の研究において、生物学的観点を地球物理学・化学に取り入れる試みは、その重要性が指摘されているにもかかわらず、ほとんど手付かずの状態である。本特別共同研究でこの方向の研究を進めたいと考えている。
本特別共同研究では、寒冷圏において大気—植生—雪氷の相互作用系(Atmosphere-Biosphere-Cryosphere Interaction、略してABC相互作用)の特性と挙動を調査・観測し、モデル(ABCモデル)の構築を通してその実態解明を目指している。そして寒冷圏における環境および植生の変動、その他の地域への影響などの将来予測を行うための基盤を構築する計画である。
以上の枠組みにおいて、特に雪氷が存在する寒冷圏における植物の生理・生態には未解明な部分が多い。そこで、まず科学技術振興事業団の戦略的基礎研究CRESTの研究領域「植物の機能と制御」において我々は、研究課題「寒冷圏における光ストレスと北方林の再生・維持機構」を提案した。幸いにも我々の研究提案は採択されたので、以下にその概要を報告する。
研究代表者: 原 登志彦(寒冷生物圏変動グループ)
主たる研究分担者: 田中 歩(生物適応グループ)
小川 健一(岡山県生物科学総合研究所)
研究期間:平成14年11月1日から19年10月31日までの5年間
21世紀に人類が目指すべき「循環型社会」(平成13年度、森林・林業白書)の構築には、環境調和型で持続可能な森林の管理が必要であるが、そのためには天然林の再生・維持機構の理解が必要不可欠である。熱帯林にほぼ匹敵するほどの面積を占める北方林(北緯45〜70度)は、地球上の全森林面積の約1/3を占め、その南限に位置する北海道には日本の全森林面積の約1/4が存在する。そして、
(A) そのような北方林で森林火災が近年急増しており、火災後の北方林再生の問題は、自然環境保護の観点からのみならず、地球温暖化ガスである二酸化炭素の吸収源の観点からも重要である。また、
(B) 地球温暖化の影響が最も顕著に現れるのは、北方林が存在する緯度帯であろうと懸念されており、その実態解明と影響予測は急務である。
このように北方林はその生態系と環境の急変が危惧されている森林である。しかしながら、
(1) 熱帯林や温帯林に比べ、北方林にはなぜ疎林が多いのか、
(2) 同じ森林にライフサイクルが異なる常緑針葉樹と落葉広葉樹が共に生育しているなど北方林の生物多様性の創出メカニズム、
(3) 数年に一度、森林全体が一斉に開花・結実する「生り年」のメカニズム、
など北方林の基本的な生態学的現象には、未解明の問題が多く存在する。上記(1)(2)(3)の北方林のバイオマスとライフサイクルに関する生態学的現象を環境ストレス(特に光ストレス)に対する樹木の生理的応答の観点から、生理・生化学、分子生物学的手法によって解明し、上記(A)(B)の北方林の環境保全、管理と影響予測の問題に応用するための基盤を作るのが本研究の目的である。
太陽光は、植物の光合成にとって必要不可欠なエネルギー源ではあるが、光は時として植物の光合成器官を破壊する危険な環境要因でもある。低温や乾燥などの寒冷圏に特有のストレスは植物の光合成系に異常を引き起こすため、それらのストレス下では光合成機能が低下し、光エネルギーが過剰となる。この光エネルギー過剰は活性酸素を生じ、光合成器官を破壊する。このように、寒冷圏の低温や乾燥などのストレスは、常に、光エネルギー過剰による光ストレスを伴っており、植物にとって最も重大な障害である光障害(葉焼け)を引き起こす。この光ストレスが、寒冷圏における北方林の再生・維持に重要な役割を演じていることを最近、我々は発見した(Homma, Takahashi, Hara, Vetrova, Vyatkina & Florenzev. 2002. Plant Ecology)(図1)。
天然林では、大きな成木が枯死して森林に空所(ギャップ)ができると、その明るいギャップの中に幼木が定着・生長して森林が再生・維持される「ギャップ更新」が生態学の定説になっている。しかし我々は、これは熱帯・温帯林では成立するが、寒帯の低温・乾燥を特徴とするカムチャツカの北方林ではギャップ更新は行われておらず、幼木は成木の下の比較的暗い場所で定着・生長していることを新たに発見した(成木下更新と名づける)。北方林には疎林が多いが、これは低温・乾燥下での光ストレスが主要因であると我々は考えている。以上の結果は北方林では温帯林や熱帯林とは異なった再生・維持機構が働いていることを示し、北方林の「持続可能な管理」(sustainable forest management)を考える上で重要な現象である。
根の形成や花成などの形態形成に関わる遺伝子の同定やその機能解明が精力的に行われている。一方で、環境ストレス等によって植物組織中に生じる有害な活性酸素に対する植物の防御機構の研究も精力的に行われている。両者はお互いに独立し、別な領域の研究として行われている。しかしながら、我々は、植物(草本、樹木を問わず)は光ストレスによって生じる活性酸素を利用し、種子の発芽、開花、落葉などライフサイクルを制御していることを、いくつかの北方林の樹木やモデル植物シロイヌナズナを用いた実験により明らかにしつつある。
自然生態系における植生の生物多様性は、このような光ストレスとライフサイクルの生長生理応答のクロストークが植物種間で異なることから生じると我々は考えている。この「光ストレスによる植物のライフサイクル制御」の分子機構を解明し、それに基づいて北方林の再生・維持機構の解明、そして、寒冷圏陸域における大気—植生—雪氷相互作用の実態解明を通し、環境と植生の変動の将来予測および北方林の持続可能な管理を目指したい。
北方林の樹木(エゾマツ、ダケカンバ等)のライフサイクル(落葉樹の紅葉・落葉過程、常緑針葉樹の冬の光合成機能、開花)と季節的環境変動の相互関係について、北海道およびカムチャツカでの生態学的野外調査を基に解析する。季節ごとに採取した葉のサンプルを、またそれらの樹種の幼木を北大・低温研・低温域高照度バイオトロン(-20℃、1400μEm-2s-1で植物を生育させ、寒帯の冬の状態が再現可能)で様々な温度・光条件下で生育させたものを以下2つの解析に供する。
光ストレスの発生は、クロロフィルによる光エネルギーの捕捉から始まる。従って、光合成系の光捕捉装置サイズ、光ストレスの大きさ、ライフサイクルの転換の相互関係について実験的に解析する。上記3−1の北方林の樹木サンプルを用いる。
光ストレスが引き起こす酸化還元(レドックス)状態の変化のメカニズムを、そしてその状態変化によりライフサイクルを制御する因子を明らかにする。3−1の北方林樹木の葉について、この因子の挙動を季節ごとに年間を通して解析する。
図1 光ストレスと森林の再生維持、森林バイオマスの関係
遠藤辰雄(寒冷海洋圏科学部門)
北大理学部地球物理の大学院修士課程を修了後、母校の小樽潮陵高校に3年間奉職し、その後再び博士課程に戻りましたが、途中の1968年から理学部助手として故孫野長治先生のご指導の下で雲物理学の諸現象の謎解きに世界中を奔走するお手伝いとして、胸踊る研究生活が始まりました。
北陸の冬季雷の危険な観測ではいろいろな経験をしました。雷雲の電気的構造を調べる特殊ラジオゾンデは落雷の危険性のあるときに長い金属線のついた気球を飛ばします。かなり近くで落雷がありましたが、その時には直前に長径が10cmぐらいの餃子みたいな形の巨大雪片(giant snowflakes)がすべて同じ方向を向いて水平の姿勢でシンシンと降るのが見られました。しかし手元にカメラがなく証拠を残すことは出来なくて逃した魚の話になってしまいました。またカナダ北極圏極寒地イヌビックやノールウエイの北部カウトケイノなどで極寒型の雪結晶観測等にも臨みました。
その後、1981年に低温科学研究所に割愛され、当時新設された降雪物理学部門の旗揚げに邁進しました。そこでは、新型レーダの開発や、それを活用した人工降雪の実現化に夢中になりました。それは気象観測用のラジオゾンデの下にドライアイスの塊を砕いて入れたネットを結んで、一緒に降雪雲の中に狙って放球することでした。そのことは雲の中に雪結晶の元になる小さな氷の粒を瀰漫させることに当り、これが種まき(seeding)となって、人工的に降雪を起すという原理であります。結果を検知するのはレーダですが、それは特別に雨ではなく感度の弱い雪用に開発したもので、しかも気球を自動的に追跡するラジオゾンデのアンテナの向きに追従して自動追跡するモードも持っていることであります。このモードで何回も試行しましたが、いずれも自然の降雪と区別がつかず失敗でした。そこで晩冬の穏やかで曇りの夜半に試行しましたが、やはり失敗して落胆していたのですが、このレーダのパラボラアンテナからの電波の送受信の幅が1度と狭く、その角度間隔で仰角を上げながら水平スキャンするので上空の空間を残すことなく走査できる特徴があります。それで捜したのですが、あきらめて約25分も経ってから、突然に江別当りの上空に小さなエコーを発見しました。それの垂直断面に切ってみるとコンマ型に尾を引く雪足が確認されたのであります。一緒にいた院生と歓声をあげて歓びました。幸い地上に落下する前に蒸発したのですが、最盛期のエコーから計算するとおよそ12トンの人工降雪が発生したことになります。この話はもう時効ですが、種まきされた場所で直ぐに発見されるのではなく20〜30分後に風に流されて風下の別の場所で検出可能なまでに成長して初めて発見されたことになります。
その後、第30次南極観測隊に参加し無人気象観測網展開で世界気候変動研究計画に寄与して参りました。最近の環境問題では、降雪の酸性化に着目し、石狩平野、母子里に加えて北極圏ニィーオルセンにおける観測を行って参りました。これらが走馬灯の様によみがえって来る思い出も、北大のしかも低温研に所属していたから可能であったものと感謝する次第であります。
事務長 歸山 博
この3月をもって、低温研の勤務を最後に41年余りの公務員生活に終止符をうつことになりました。
事務系職員は2,3年で配置換あるいは他機関に転出し、行った先々で、いろいろな人と出会い、その時々の環境の中で仕事をするのが常です。(例外の人もいますが)私もご多分に漏れず、この道を歩んできました。
2年前、低温研に配置換の辞令をいただいた時、ここが私にとって最後の勤務場所になるだろうと思い、できれば、環境(雰囲気)の良い職場であってほしいいと願いつつ低温研に来たことが思い出されます。2年間が経過して、結果はといいますと、大学改革、法人化問題等、厳しい状況の中での勤務でしたが、若土所長はじめ教職員皆様のご協力・ご支援のもと楽しく勤務でき、無事に定年を迎えることができました。皆様方に心から感謝申し上げます。
さて、低温研で印象に残ったことはといいますと、仕事ではやはり(1)環オホーツク観測研究センターの新設(紋別流氷研究施設の廃止・転換)について、(2)低温棟及び研究棟の改修について若土所長のもと、概算要求に始まり、その実現に向けての対策に従事してきたことです。
厳しい状況の中、低温棟の改修工事が14年度補正予算でみとめられましたが、これは、早くから先生方に改修計画等種々検討願い、所内全体で取り組んできたことが、結果につながったものと思います。
環オホーツク観測研究センターの新設及び研究棟改修については、この2年間、若土所長には関係機関等に全力で対応いただき、実現に向けての道筋がついたことです。15年度概算要求では認められませんでしたが、近い将来、必ず実現することと思います。
また、忘れることができないのは、自然豊かな樹木に囲まれた環境の中で過ごしたことです。この2年間、毎日、クラーク会館前から中央道路を北へ低温研までキャンバスの中を歩いて通勤しましたが、この時の北大構内の四季折々の美しい情景はいつまでも心に残ることでしょう。このような素晴らしい環境のもとで勤務できましたことに改めて感謝申し上げたい。 最後に、低温研が大学改革そして法人化という大波にも、低温研らしさを失うことなく、乗り越えられて益々発展していくことと、低温研の皆様のご健勝、ご活躍を祈念し、退官のご挨拶といたします。
将来の北海道大学の海外研究・教育拠点形成を目指して、このほどアラスカ大学から9名の参加を得て、共同ワークシショップが開催されました。本学は数10年以上にわたってアラスカ大学との研究交流を行ってきました。またアラスカ大学との交流協定が締結されて10年以上を経ております。今後大学の法人化を間近に控えて、北大が国際的に研究と教育の活躍の場を展開することは、きわめて重要であります。そこで近い将来に海外拠点を展開する戦略上で、研究実績の多いアラスカ大学との協議を行い、具体的に今後の計画を検討するためのワークショップを開催するに至りました。
北大—アラスカ大学共同ワークショップ実行委員会
福田正己(寒冷圏総合科学部門)
水文、森林火災、永久凍土グループ合同の会合の様子
共同研究採択課題は,「平成15年度共同研究採択課題」を御覧ください。
日付 | 内容 | 氏名 | 職名(旧職) |
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14.12. 4 | 採用 | 畑井 奈美 | 寒冷陸域科学部門・技術補佐員 |
14.12. 9 | 採用 | 中村 真由美 | 寒冷陸域科学部門・技術補佐員 |
14.12.16 | 採用 | 丸山 真澄 | 寒冷陸域科学部門・技術補佐員 |
14.12.16 | 採用 | 歌代 長子 | 寒冷陸域科学部門・技術補助員 |
14.12.31 | 辞職 | 田邉 愼一 | (技術補助員) |
15. 1. 1 | 採用 | 山田 直美 | 寒冷陸域科学部門・技術補佐員 |
15. 1.31 | 任期満了 | ワン,ヤフェイ | (外国人研究員・客員教授) |
15. 2. 1 | 採用 | レッパランタ,マッティユハニ | 外国人研究員・客員教授 |
15. 3.16 | 採用 | 三寺 史夫 | 寒冷圏総合科学部門・教授 |