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この20-30年で、海洋物理学分野の研究は、特に観測技術・数値モデリングを中心として、大きな進展を遂げ、多くのことが明らかになってきた。しかし、極域・海氷域に限っては観測の困難さから未だ多くのことがわかっていない。この未開拓海域を対象にして現場観測を中心に据えた研究を行いたい(1-A)。また当分野では、それぞれに発展した理論・モデル・観測技術を有機的に結びつけた研究や、社会還元にまで至った研究は多くない。それをオホーツク海で行いたい(1-B)。

1.     現在行いつつある研究テーマ

A. 海氷生成による高密度水生成と中深層循環及びその変動に関する研究

海洋の大規模な中深層循環は、極域・海氷域の海で重い水が沈み込み、それが徐々に湧き上がってくるという密度(熱塩)循環である。世界中の深・底層に拡がる重い水(南極底層水)は南極沿岸域で、北太平洋で最も重い水はオホーツク海での、高海氷生産により作られる。極域・海氷域は温暖化に鋭敏な海域であり、海氷の大きな変動は、重い水の生成量を変え、海洋中深層循環まで変えうる潜在力を持っている。古海洋学の知見から類推すると、中深層循環の変動は地球の気候や生態系にも大きな変化をもたらすことになる。我々の研究からは、中深層水の変化が最も顕著な海域の一つがオホーツク海であり、海氷生産量が減少し、北太平洋規模での鉛直循環が弱まっていることが示唆された。低温研の化学グループからごく最近提出された仮説「生物生産を決める主要素である鉄分はオホーツク海の中層より北太平洋へ供給される」と考え合わせると、鉛直循環の弱化は北太平洋規模の物質循環・生物生産にも多大な影響を及ぼす可能性がある。

このように、海氷生成とそれによる高密度水形成は、熱塩・物質循環とその変動を決める最重要な因子なのであるが、それを捉える現場観測が極めて困難であることから、これらの変動はもとより海氷生産の平均的な量・分布などもよくわかっていない。係留系などによる現場直接観測から、海氷生産の量とその過程・変動及びそれに伴う高密度水形成過程を明らかにすることをめざしている。その上で、衛星データを組み合わせることで、海氷生産量のグローバルマッピングや経年変動の解析を行い、海氷生成がどのように中深層循環を形成し、その変動に関わっているかをデータから明らかにしていく。

我々の第一段階の海氷生産量のマッピングから、南極昭和基地東方のケープダンレー沖が南極第2の海氷生産量海域であることが示唆され、未知の南極底層水の生成海域である可能性が示された。現在、この海域をターゲットに係留系による観測を実施中である。係留系の回収に成功すると、ここが南極底層水の生成海域であるか否やが明らかになる。さらに、係留系により高海氷生産海域では初めての海氷の長期連続データの取得をめざしており、成功すると、今まで得られなかった海氷衛星トゥルースデータセットが得られる。これにより、高精度の海氷生産量アルゴリズムが開発でき、そのグローバルマッピングが可能となる。

南極での観測は、国立極地研究所や東京海洋大学と連携して継続・発展させて行く予定である。また、同様の観測を、北半球での高海氷生産域であるオホーツク海北西陸棚域及び北極チャクチ海においても、ロシア極東水文気象研究所及びアラスカ大学と共同して行うことも予定している。

海氷生産量のグローバルマッピングは、すなわち高密度水の生成域分布を示すことになり、海洋大循環モデルにおいても、この条件が与えられることで初めて適切な海洋熱塩循環の表現が可能となる。つまり、海洋大循環モデルで最もunknownであった海氷域での熱塩フラックス条件を提供することになる。現在、東大の羽角博康氏代表のCREST研究「海洋循環のスケール間相互作用と大規模変動」の主たる共同研究者として「海氷・海洋相互作用モデリング」を担当し、モデル研究との強い連携のもとに研究を進めている。

以上の研究は、まだ詳細にはわかっていない高密度水の沈み込みや中深層循環の解明だけでなく、(温暖化などによってもたらされる)海氷の変動により熱塩循環・物質循環さらには気候・生物生産がどうなっていくのかという非常に重要な課題の理解にも直結するものである。

B. 東樺太海流・宗谷暖流域における、観測・リモセン・モデル統合研究

東樺太海流に関しては、CREST研究により多くの観測の蓄積がある。宗谷暖流域では、5年前より海洋レーダーが設置され、長期連続ADCP観測を開始しており、日本近海でも最も海洋データが整備されつつある海域となっている。一方では、環オホーツクセンターにより高精度の数値モデルが開発されつつある。関係する研究者と共同して、現場観測・リモセン・モデルの3者を統合した研究を行い、海流の力学を徹底的に明らかにしていくことをめざしている。海流と海氷の力学的相互作用、海流の不安定、海峡での流量変動機構など、地球流体力学的に興味深い問題を取り組むにも絶好のサイトである。同時に、海流をどこまで究極的にシミュレーション・予報できるかを追求している。

上記の研究の応用として、(サハリン油田に関わる)流出油のシミュレーション、オホーツク海の海氷予報、など、社会に役立つ研究も行っている。これらの成果はインターネットなどを通じて公開する予定。


2.      研究テーマへのリンク(各テーマをクリックすると詳しい説明があります


3.      過去に行った研究(新しい順から)

 

4.      過去に指導教官を務めた学生の修士論文のテーマ(新しい順から)

 

5.  過去に指導教官を務めた学生の博士論文のテーマ(新しい順から)

 

6.  個人的研究スタンス

観測と理論・モデルの両者を相互作用(?)させながら研究を進めるのが信条(or 身上)

 

7.  現在進行中のプロジェクト

海氷生産量のグローバルマッピングとモニタリング構築

(文部科学省 科学研究費 基盤研究S : 平成20-24年度)

研究代表者:大島慶一郎(北海道大学低温科学研究所)

研究分担者:江淵直人・青木 茂・深町 康・豊田威信・二橋創平(北海道大学低温科学研究所)・北出裕ニ郎(東京海洋大学)

研究協力者:田村岳史 (北海道大学低温科学研究所)

研究の概要等:

気候システムにおいて重要なコンポーネントである海洋の中深層循環は、重い水が沈み込みそれが徐々に湧き上がってくるという密度循環である。重い水は、海氷生成の際にはき出される高塩分水が重要な生成源になっている。海氷生産量は中深層循環とその変動を決める最重要な因子にも拘わらず、それを捉える現場観測が極めて困難であることから、変動はもとよりその平均的な量・分布さえも今までよくわかっていなかった。本研究ではまず、南極海・北極海・オホーツク海の高海氷生産域(ポリニヤ域)において、過去には得られることがなかった、海氷の厚さ・漂流速度と海洋の水温・塩分の同時長期連続データを係留観測により取得する。これらを比較・検証データに用いて、衛星データ等から海氷生産量を高精度に見積もるアルゴリズムを開発し、そのグローバルマッピングを行う。このような係留観測を継続的に行う体制を作り、衛星観測を組み合わせることで、海氷生産量をモニタリングする体制を構築することもめざす。また、海氷生産量の変動が中深層水の変動とどう関係しているかを明らかにすることも行う。

海氷-海洋相互作用モデリング

(科学技術振興機構 チーム型研究 CREST:平成18-23年度)

「海洋循環のスケール間相互作用と大規模変動: 研究代表者 羽角博康(東京大学)」 のサブテーマ

グループリーダー:大島慶一郎 (北海道大学低温科学研究所)

プロジェクトPD:田村岳史 (北海道大学低温科学研究所)

グループメンバー:中村知裕・深町康・豊田威信(北海道大学低温科学研究所)

研究の目的および内容(H20年度研究計画書より):

海氷域モデリングの検証や境界条件に必要とされる海氷生産量のグローバルマッピングについては、解析対象をこれまでの南極沿岸から北極海を中心とした北半球海氷域に広げる。既に信頼性の高い海氷生産量が得られている領域(南極沿岸およびオホーツク海)に関しては、それを検証材料とした既存の海氷モデルの熱力学パラメータ再評価に基づき、海氷生産量が大きく高密度水の生成領域となる沿岸ポリニヤの再現性向上を図る。その中では、大規模領域用海氷モデル開発も同時に遂行する。小規模領域用海氷モデル開発については、深層水形成領域モデリングの結果に鑑み、新たな定式化が必要とされる物理過程に関する見通しをつける。

オホーツク海における、海水・海氷・油の流動予測システムの開発

(財団法人 エンジニアリング振興協会からの委託研究:平成19-20年度)

研究代表者:大島慶一郎(北海道大学低温科学研究所)

プロジェクトPD:小野純(北海道大学低温科学研究所)

共同研究者:三寺史夫・内本圭亮(北海道大学低温科学研究所)・山口一(東京大学)

研究の目的及び内容(研究計画書より):流氷に覆われる冬期オホーツク海における油流出事故に備えるため、氷海中の流出油挙動予測システムを開発研究する。

北大低温研グループの役割:オホーツク海における流出油の挙動を予測するシステムのベースとなる3次元の海流・潮流データベースを作成することを目的とする。本データベースは、東京大学の山口教授グループのもとで作成される氷海域における流出油予測モデルの海流・潮流データベースとして使用される。

8.  最近行ったプロジェクト

    オホーツク海における、海水・海氷・油の流動予測システムの開発

(文部科学省 科学研究費 基盤研究(B)(一般):平成17-19年度)

研究代表者:大島慶一郎

研究概要(研究報告から抜粋):

オホーツク海はそのほとんどがロシア領海域であることや、冬季に海氷に覆われることなどで、観測が非常に少なく、その循環や流れの場でさえ、よくわかっていなかった。しかし、この10年あまりの間に、科学技術振興事業団戦略的基礎研究によるオホーツク海氷プロジェクト(以下CRESTと略す)などにより、オホーツク海の海流、海氷場の実態が一挙に明らかになってきた。それらによって、オホーツク海には大きな反時計回りの循環があり、その西岸境界流として強い南下流である東樺太海流が存在することが実測から明らかになった。一方、平成15年度から北海道低温科学研究所により北海道オホーツク海沿岸5ヵ所に海洋短波レーダーが設置され、この海域の表層流速場が詳細にモニターできるようになっている。本研究の目的は、CRESTや海洋レーダによる観測に加え、新たに行う係留観測から得られるデータを比較・検証データに用いて、高精度の海洋数値シミュレーションモデルを開発し、オホーツク海の海流・海氷・油の流動予測システムを構築することである。そして、これらの成果を漁業・油汚染対策・観光・船舶航行などに役立てることをめざす。特に、将来起こる可能性があるサハリン油田からの油流出に対して、数週間から数ヶ月先までの油の流動・拡散を予測・シミュレーションできるモデル・システムを確立する。

    季節海氷域での海氷過程のパラメタリゼーションに関する研究

(文部科学省 「人・自然・地球共生プロジェクト」 地球温暖化 '日本モデル'ミッション:平成14-18年度)

諸物理過程のパラメタリゼーションの高度化:研究代表者 日比谷紀之 (東京大学)のサブテーマ

研究代表者:大島慶一郎

研究概要(H18年度研究報告から抜粋):

季節海氷域での海氷成長・生産と海氷融解の両方の過程に対して、そのモデル 化・パラメタリゼーションをめざしたものである。今まで蓄積された、オホーツク海での長期係留連続観測および砕氷船による海氷コアサンプリングから、「海氷の成長・発達は、まず第一に開水面でできた薄い海氷(平均約10cm)が互いに重なり合い(Rafting Cycle)、続いてそれらの氷盤(平均約40cm)がridgingによって更に成長する」ことが提案された。このように、海氷の生産は開水面・薄氷域でほとんど行われるので、薄氷域を衛星で検知し熱収支計算を行うことで海氷生産量をマッピングすることを、南極海とオホーツク海で行った。これらのマッピングにより、局所的に(サブグリッドスケールで)高海氷生産域となる沿岸ポリニヤをパラメタライズするための基礎データを得ることができた。海氷融解過程については、簡略化モデルによる海氷密接度と混合層水温の関係を観測値にフィットさせることで得た、海氷・海洋間バルク熱交換係数(Kb)から、従来のKbが摩擦速度(従って風速)に比例する形に対して、Kbが摩擦速度(風速)の2乗・3乗に比例する形の、新たなパラメタリゼーションを提案した。

    オホーツク海氷の実態と気候システムにおける役割の解明

(科学技術振興事業団 戦略的基礎研究: 平成9 -14年度)

研究代表者:若土正曉 (北海道大学低温科学研究所)

研究概要:データが著しく不足していたオホーツク海の実態と、そこでの大気・海氷・海氷の結合システムを、学際的に解明することをめざしたプロジェクト。このプロジェクトの海洋物理の主担当者として、全4回のロシア船観測に参加し、今まで実測からは明らかになっていなかったオホーツク海の海洋循環、オホーツクで潜り込む中層水の形成場所とその量、その中層水を含めたオホーツク海と太平洋の海水交換量と熱塩収支、などを明らかにしてきた。

    海氷・海洋結合系におけるアイスアルベドフィードバック

(科学研究費補助金 基盤研究(C)(一般):平成12 -14年度)

研究代表者:大島慶一郎

季節海氷域の融解期の海氷変動には、一旦海氷の場が発散(拡がるセンス)的になると、開水面より日射をより吸収し、海氷融解を促進し開水面を拡げ、ますます日射を吸収する、というポジティヴフィードバックが非常に重要であることなどを明らかにした。