研 究 目 的 |
海洋の大規模な中深層循環は重い水が沈み込み、それが徐々に湧き上がってくるという密度(熱塩)循環である。重い水が生成されるのが極域・海氷域の海であり、海氷生成の際に掃き出される高塩分水(ブライン)が重い水の生成源になっている。南極の沿岸ポリニヤ(風や海流によって生産された海氷が次々と沖へ運ばれて維持される薄氷域。海氷生産が極めて高い海域)で作られる重い水は南極底層水の起源水であり、南極底層水は世界で一番重い水として世界中の深・底層に拡がっていき、約2000年くらいかけてゆっくり湧き上がってくる。北太平洋では、最も重い水は、オホーツク海の北西陸棚ポリニヤで作られ(Shcherbina et al., 2003)、それが中層(300−800m)まで潜り込み、北太平洋スケールでの中層の循環を作っている。一方で、極域・海氷域は近年の温暖化に非常に鋭敏な海域であり、北極海の夏期の海氷は10年で10%(Comiso, 2006)、オホーツク海は30年で20%の割合で海氷面積が減少している。 海氷の大きな変動は、重い水の生成量を変え、さらには海洋中深層循環まで変えうる潜在力を持っている。古海洋学の知見から類推すると、中深層循環の変動は地球の気候や生態系にも大きな変化をもたらすことになる(Kennett and Ingram,1995; Crusius et al.,2004)。
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最近、南極ロス海を起源に南極底層水が低塩・低密度化していることがいくつかの研究で報告されている(Jacobs et al., 2002; Aoki et al., 2005; Rintoul et al., 2007)。これは、底層水生成が減少し深層循環が弱化している可能性を示すものである。この原因の一つとして、ロス海沿岸ポリニヤでの海氷生成の減少が考えられている(Tamura et al., 2007)。最近の我々の研究からは、中深層水の変化が最も顕著な海域の一つがオホーツク海であることが明らかになった。オホーツク海風上での温暖化により、この50年で海氷生産量が減少し、低温の重い水の生成量も減少し、北太平洋規模での中層の循環も弱まってきていることがわかってきた(Nakanowatari, Ohshima and Wakatsuchi, 2007)。最新の研究によると(Nishioka et al., 2007; 中塚武 私信)、重い水が中層に潜り込む際に同時に鉄分も送り込まれている可能性がある。オホーツク海の海氷生産が弱まると、北太平洋での高い生物生産を支えている(と考えられている)鉄分の供給も弱まり、ついには海の生物生産量まで減少させるというシナリオも成り立ちうる。海氷生産量の変化は物理量・場の変化のみならず、生物生産にまで関わってくる可能性がある。
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一方で、海氷生産量は中深層循環とその変動を決める最重要な因子にも関わらず、それを捉える現場観測が極めて困難であることから、変動はもとよりその平均的な量・分布さえも今までよくわかっていなかった。海洋大循環モデルにおいても、海氷生産量は海氷域での熱塩フラックス境界条件を与えることになるので、これがわからないことは海氷域での適切な境界条件・検証データがないことに相当する。実際に従来のほとんどのモデルでは、南極海域での表層からの重い水の潜り込みは、本来あるべき沿岸ポリニヤからではなく深い外洋域で生じており、正しく熱塩循環が表現されているとは言えない。海氷生産量を求める一つの方法としては、衛星による海氷情報と熱収支計算から間接的に求める方法(Martin et al., 1998,2004; Ohshima et al., 2003)があるが、今までの研究は現場での比較・検証データを伴っていないので、見積もられた生産量は誤差評価さえ難しい非常に不確かなものとなっている。
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本研究の第1の目的は、現場での海氷・海洋観測データとの詳細な比較・検証に基づいて、衛星データと大気客観解析データから海氷生産量を見積もるアルゴリズムを開発し、海氷生産量のグローバルマッピングを行うことにある。海氷の生産は主に沿岸ポリニヤのような薄氷域で行われるので、そこでの海氷の厚さがわかれば、熱収支計算から、奪われた熱量分だけ海氷が生成されると仮定すると原理的には海氷生産量が求まる。図1は我々の予備的研究成果であり、海氷厚を衛星マイクロ波放射計データから見積もり、南半球での海氷生産量のマッピングを示したものである。海氷生産のほとんどが沿岸ポリニヤで行われていることや南極底層水の主生成域であるロス海のポリニヤで最大の海氷生産量があること(図1右下)などがよく表現されている。
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図1からは、ケープダンレー沖のポリニヤ(図1右上)が、第2の海氷生産量海域であることがはじめて明らかになり、ロス海・ウェッデル海・アデリーランド沖に次ぐ、第4の南極底層水の生成海域の可能性が示唆された。実はこの成果が基となって、日本のIPY(International Polar Year)での南極海氷・海洋集中観測がこの海域で行われることとなった。予備的研究(図1)では、相対的にどこの海域で海氷生産量が高いかはよく示されているが、十分な現場検証データに基づいて作られたものではないので、その値自体には大きな不確かさがある。またマイクロ波放射計データとしてSSM/Iを用いているため分解能は13−25kmと粗い。
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本研究では、IPY南極ケープダンレー沖での係留観測から得られる、過去には得られることがなかったポリニヤ域での海氷の厚さ・漂流速度と海洋の水温・塩分の長期連続データを比較・検証データに用いて、高精度の海氷生産量を求めることをめざす。さらに、北半球での高海氷生産海域であるオホーツク海北西陸棚上及び北極チャクチ海バロー沖でも同様の係留観測を行い、それらも比較・検証データに用いてグローバルに汎用性のある海氷生産量アルゴリズムを開発する。衛星データとしては、分解能や特性が異なる多種類のデータを補完的に用いて分解能の高いマッピングを行う(気候値としては7-13kmの分解能のマッピングをめざす)。
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海氷生産量のグローバルマッピングができると、海洋大循環モデルに対して海氷域での熱塩フラックス条件を与えることができ、海氷モデルを入れなくても海氷生成による中深層循環を取り入れることができる。海氷結合モデルに対しては、海氷がどこでどれだけ生成されているかに対する検証データとして使用できる。
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本研究では、求められた海氷生産量の変動と中深層水の変動の関係を明らかにすることもめざす。特に、オホーツク海での中層水の変動がポリニヤでの海氷生産量の変動とリンクしているのか、南極底層水と海氷生産量の変動は関係しているのか(例えばロス海を起源とする低塩分化の原因)などを明らかにする。海氷生産量の変動が海洋の中深層水やその循環を変えうることをデータから明確に示した研究は未だにないので、それをめざすものである。
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本研究のもう一つの大きな目的は、係留観測を継続的に行う体制を作り、これらの観測と衛星観測を組み合わせることで、海氷生産量をモニタリングする体制を構築することである。本申請では、測器や体制の整備も含め、南極海・北極海・オホーツク海それぞれのポイントとなる海域で、海氷生産量に関わる観測を継続的に行える体制を作ることをめざしている。
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