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海氷生産量のグローバルマッピングとモニタリング構築
(文部科学省 科学研究費 基盤研究S)

研究代表者:大島慶一郎 (北海道大学・低温科学研究所・教授)


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平 成 2 4 年 度 の 観 測 計 画
  1. 平成24年7-8月:北極チャクチ海においてアラスカ大 学のEicken教授と共同で氷厚計等の係留系の回収と設置
  1. 平成24年9月:係留系回収・設置の準備のために、新 しらせの訓練航海への参加
  1. 平成24年12月〜25年3月:南極ケープダンレー沖にて、 係留系の回収・設置(第54次南極地域観測隊参加)
  1. 平成25年2月:砕氷巡視船そうやにより、オホーツク海において現場海氷観測(+携行型マイクロ波放射計観測)
研 究 組 織
大島 慶一郎 北海道大学 極域海洋学 総括・オホーツク海中層水の解析
江淵 直人 北海道大学 海洋・リモセン マイクロ波データからの海氷情報の抽出
青木 茂 北海道大学 極域海洋学 南極底層水の解析
深町 康 北海道大学 海洋物理学 係留系観測とその解析
豊田 威信 北海道大学 海氷物理学 現場海氷観測・衛星データの解析
松村 義正 北海道大学 海洋物理学 海氷生成に伴う南極底層水生成の数値モデル研究
北出 裕ニ郎 東京海洋大学 海洋物理学 海鷹丸による南極海での海洋観測
舘山 一孝 北見工業大学 工学部 雪氷学 現場海氷観測と携行型マイクロ波放射計の観測
二橋 創平 苫小牧工業高等専門学校 海氷・リモセン AMSRによる海氷生産量マッピングとポリニヤ過程
田村 岳史 国立極地研究所 海氷・リモセン 全球の海氷生産量マッピングと熱塩フラックスデータ作成
専 属 研 究 ス タ ッ フ
博士研究員 清水 大輔 Daisuke Shimizu 南極海・北極海での係留観測
博士研究員 嶋田 啓資 Keishi Shimada 南極底層水の淡水化・データセット作成
技術補助員 北川 暁子 Kyoko Kitagawa 研究補助
研 究 協 力 ス タ ッ フ
極地研特任研究員 岩本 勉之 Katsushi Iwamoto 北極海の海氷生産量マッピングと観測
博士研究員 中野渡 拓也 Takuya Nakanowatari オホーツク海の海氷と中層水の変動

研 究 の 概 要 等
   気候システムにおいて重要なコンポーネントである海洋の中深層循環は、重い水が沈み込みそれが徐々に湧き上がってくるという密度循環である。重い水は、海氷生成の際にはき出される高塩分水が重要な生成源になっている。海氷生産量は中深層循環とその変動を決める最重要な因子にも拘わらず、それを捉える現場観測が極めて困難であることから、変動はもとよりその平均的な量・分布さえも今までよくわかっていなかった。本研究ではまず、南極海・北極海・オホーツク海の高海氷生産域(ポリニヤ域)において、過去には得られることがなかった、海氷の厚さ・漂流速度と海洋の水温・塩分の同時長期連続データを係留観測により取得する。これらを比較・検証データに用いて、衛星データ等から海氷生産量を高精度に見積もるアルゴリズムを開発し、そのグローバルマッピングを行う。このような係留観測を継続的に行う体制を作り、衛星観測を組み合わせることで、海氷生産量をモニタリングする体制を構築することもめざす。また、海氷生産量の変動が中深層水の変動とどう関係しているかを明らかにすることも行う。

当 該 研 究 か ら 期 待 さ れ る 成 果
   本研究の観測からは、予備的研究で示唆された未知の南極底層水生成域やその生成機構を明らかにできる。経年データセットからは、最近明らかになってきた南極底層水やオホーツク海中層水の低塩・低密度化、それに伴って生じうる中深層循環の弱化が、海氷変動とどうリンクしているかをはじめてデータから議論できる。中深層循環の変動は地球の気候や生態系にも大きな変化をもたらすものである。本マッピングは、気候モデルに対して、初めてグローバルに海氷生産量の比較・検証データを提供し、今までよくわかっていなかった海氷域での熱塩フラックス条件を提供することにもなり、モデルによる気候変動の予測にも大きく貢献すると考えられる。

研 究 期 間
  平成20年度−24年度

研 究 目 的
   海洋の大規模な中深層循環は重い水が沈み込み、それが徐々に湧き上がってくるという密度(熱塩)循環である。重い水が生成されるのが極域・海氷域の海であり、海氷生成の際に掃き出される高塩分水(ブライン)が重い水の生成源になっている。南極の沿岸ポリニヤ(風や海流によって生産された海氷が次々と沖へ運ばれて維持される薄氷域。海氷生産が極めて高い海域)で作られる重い水は南極底層水の起源水であり、南極底層水は世界で一番重い水として世界中の深・底層に拡がっていき、約2000年くらいかけてゆっくり湧き上がってくる。北太平洋では、最も重い水は、オホーツク海の北西陸棚ポリニヤで作られ(Shcherbina et al., 2003)、それが中層(300−800m)まで潜り込み、北太平洋スケールでの中層の循環を作っている。一方で、極域・海氷域は近年の温暖化に非常に鋭敏な海域であり、北極海の夏期の海氷は10年で10%(Comiso, 2006)、オホーツク海は30年で20%の割合で海氷面積が減少している。 海氷の大きな変動は、重い水の生成量を変え、さらには海洋中深層循環まで変えうる潜在力を持っている。古海洋学の知見から類推すると、中深層循環の変動は地球の気候や生態系にも大きな変化をもたらすことになる(Kennett and Ingram,1995; Crusius et al.,2004)。
   最近、南極ロス海を起源に南極底層水が低塩・低密度化していることがいくつかの研究で報告されている(Jacobs et al., 2002; Aoki et al., 2005; Rintoul et al., 2007)。これは、底層水生成が減少し深層循環が弱化している可能性を示すものである。この原因の一つとして、ロス海沿岸ポリニヤでの海氷生成の減少が考えられている(Tamura et al., 2007)。最近の我々の研究からは、中深層水の変化が最も顕著な海域の一つがオホーツク海であることが明らかになった。オホーツク海風上での温暖化により、この50年で海氷生産量が減少し、低温の重い水の生成量も減少し、北太平洋規模での中層の循環も弱まってきていることがわかってきた(Nakanowatari, Ohshima and Wakatsuchi, 2007)。最新の研究によると(Nishioka et al., 2007; 中塚武 私信)、重い水が中層に潜り込む際に同時に鉄分も送り込まれている可能性がある。オホーツク海の海氷生産が弱まると、北太平洋での高い生物生産を支えている(と考えられている)鉄分の供給も弱まり、ついには海の生物生産量まで減少させるというシナリオも成り立ちうる。海氷生産量の変化は物理量・場の変化のみならず、生物生産にまで関わってくる可能性がある。
   一方で、海氷生産量は中深層循環とその変動を決める最重要な因子にも関わらず、それを捉える現場観測が極めて困難であることから、変動はもとよりその平均的な量・分布さえも今までよくわかっていなかった。海洋大循環モデルにおいても、海氷生産量は海氷域での熱塩フラックス境界条件を与えることになるので、これがわからないことは海氷域での適切な境界条件・検証データがないことに相当する。実際に従来のほとんどのモデルでは、南極海域での表層からの重い水の潜り込みは、本来あるべき沿岸ポリニヤからではなく深い外洋域で生じており、正しく熱塩循環が表現されているとは言えない。海氷生産量を求める一つの方法としては、衛星による海氷情報と熱収支計算から間接的に求める方法(Martin et al., 1998,2004; Ohshima et al., 2003)があるが、今までの研究は現場での比較・検証データを伴っていないので、見積もられた生産量は誤差評価さえ難しい非常に不確かなものとなっている。
   本研究の第1の目的は、現場での海氷・海洋観測データとの詳細な比較・検証に基づいて、衛星データと大気客観解析データから海氷生産量を見積もるアルゴリズムを開発し、海氷生産量のグローバルマッピングを行うことにある。海氷の生産は主に沿岸ポリニヤのような薄氷域で行われるので、そこでの海氷の厚さがわかれば、熱収支計算から、奪われた熱量分だけ海氷が生成されると仮定すると原理的には海氷生産量が求まる。図1は我々の予備的研究成果であり、海氷厚を衛星マイクロ波放射計データから見積もり、南半球での海氷生産量のマッピングを示したものである。海氷生産のほとんどが沿岸ポリニヤで行われていることや南極底層水の主生成域であるロス海のポリニヤで最大の海氷生産量があること(図1右下)などがよく表現されている。


図1:南極海における年積算の海氷生産量のマッピング(厚さに換算)
Tamura, Ohshima, and Nihashi (2008)を一部加筆。

   図1からは、ケープダンレー沖のポリニヤ(図1右上)が、第2の海氷生産量海域であることがはじめて明らかになり、ロス海・ウェッデル海・アデリーランド沖に次ぐ、第4の南極底層水の生成海域の可能性が示唆された。実はこの成果が基となって、日本のIPY(International Polar Year)での南極海氷・海洋集中観測がこの海域で行われることとなった。予備的研究(図1)では、相対的にどこの海域で海氷生産量が高いかはよく示されているが、十分な現場検証データに基づいて作られたものではないので、その値自体には大きな不確かさがある。またマイクロ波放射計データとしてSSM/Iを用いているため分解能は13−25kmと粗い。
   本研究では、IPY南極ケープダンレー沖での係留観測から得られる、過去には得られることがなかったポリニヤ域での海氷の厚さ・漂流速度と海洋の水温・塩分の長期連続データを比較・検証データに用いて、高精度の海氷生産量を求めることをめざす。さらに、北半球での高海氷生産海域であるオホーツク海北西陸棚上及び北極チャクチ海バロー沖でも同様の係留観測を行い、それらも比較・検証データに用いてグローバルに汎用性のある海氷生産量アルゴリズムを開発する。衛星データとしては、分解能や特性が異なる多種類のデータを補完的に用いて分解能の高いマッピングを行う(気候値としては7-13kmの分解能のマッピングをめざす)。
   海氷生産量のグローバルマッピングができると、海洋大循環モデルに対して海氷域での熱塩フラックス条件を与えることができ、海氷モデルを入れなくても海氷生成による中深層循環を取り入れることができる。海氷結合モデルに対しては、海氷がどこでどれだけ生成されているかに対する検証データとして使用できる。
   本研究では、求められた海氷生産量の変動と中深層水の変動の関係を明らかにすることもめざす。特に、オホーツク海での中層水の変動がポリニヤでの海氷生産量の変動とリンクしているのか、南極底層水と海氷生産量の変動は関係しているのか(例えばロス海を起源とする低塩分化の原因)などを明らかにする。海氷生産量の変動が海洋の中深層水やその循環を変えうることをデータから明確に示した研究は未だにないので、それをめざすものである。
   本研究のもう一つの大きな目的は、係留観測を継続的に行う体制を作り、これらの観測と衛星観測を組み合わせることで、海氷生産量をモニタリングする体制を構築することである。本申請では、測器や体制の整備も含め、南極海・北極海・オホーツク海それぞれのポイントとなる海域で、海氷生産量に関わる観測を継続的に行える体制を作ることをめざしている。

研 究 計 画 ・ 方 法 (一 部 抜 粋)
要旨:南極海・北極海・オホーツク海それぞれの海域で、高海氷生産域(沿岸ポリニヤ)において、氷厚計・ADCP・水温塩分計を長期係留する。得られるデータを比較・検証データに用い、衛星(主にマイクロ波放射計)データによる海氷厚アルゴリズムを開発し、さらに全球的に汎用性のある海氷生産量を見積もるアルゴリズムを開発する。これから、海氷生産量のグローバルマッピングを行う。また、係留系と衛星の観測を組み合わせて海氷生産量をモニタリングする体制を構築する。

海 氷 生 産 量 を 求 め る 方 法 の 概 要
  • 衛星データ(主にマイクロ波放射計データ)から精度の高い氷厚アルゴリズムを開発することが本研究の鍵となる。氷厚がわかると熱収支計算から奪われる熱が計算でき、それが海氷生成に使われるとして、生産量を求めるというのが基本的な原理である。
  • 氷厚アルゴリズムを作成するには、氷厚の現場検証データの取得が難しいことが今まで一番の問題であった。本研究ではIce Profiling Sonar(以降IPSと略す)の係留による長期連続氷厚データを比較・検証データとして用いる。また同時に係留するAcoustic Doppler Current Profiler(以降ADCPと略す)からは海氷の漂流速度も得られ、厚さの時系列データが図2に示すような空間データにも変換され、高精度の厚さ・形状データが得られる。このような高精度の海氷データを得るにはデータ処理に複雑なノウハウがあり、世界でも3−4の研究グループしかその技術を持っていない。本研究グループはそれができる数少ない研究グループの1である。


  • 図2: オホーツク海北海道沖でIPSによって観測された海氷厚分布。(Fukamachi et al., 2006)

  • 検証データとなる係留系データと、フットプリントが10km以上あるマイクロ波放射計データとの間に大きな分解能の違いがあるので、中間の分解能を持つALOSのPALSAR(合成開口レーダ)データ(分解能10−100m)とAVHRRデータ(分解能1−3km)も間に入れて比較・検証を行う。
  • 同時に取得する塩分データから、海洋の方の塩分収支を見積り、海氷生産量の比較・検証データとして用い、海氷生産量の見積りの信頼性を高める。また、水温データにより、無視していた海洋下層からの熱フラックスの評価を行う。
  • マイクロ波放射計による氷厚アルゴリズム及び、それに基づく海氷生産量導出アルゴリズムは場所・季節・気象条件に依存する(それらの関数になる)可能性があるので、比較・検証データ取得は南極海、北極海、オホーツク海の3海域で、係留系による長期連続観測によって行う。・最終プロダクトの海氷生産量のマッピングは、気候(平均)値については、AMSRデータ(分解能7−13km)を主に用いる。海氷生産量の年々変動については、1987年から20年間のデータがあるSSM/I(分解能13−25km)を主に用いる。
  • 衛星に搭載されているセンサーと同じ特性を持つ携行型マイクロ波放射計による観測をオホーツク海海氷上で行い、マイクロ波が海氷表面の何を捉え、それがどう海氷厚との相関に反映しているのかを調べる。

  • 本研究課題の主な研究成果(研究論文)

    (ハイライトしたものは重要な論文)

    本研究課題に関係する主な邦文解説

    当該研究課題と関連の深い論文(関係者分)