(文 部科学省研究費・基盤研究C平成12-14年度)
· はじめに
「アイスアルベドフィードバック」とは、もともとは「地 球上の雪氷面積が増加すると、太陽に対する地球の反射率(アルベド)が増加 し、地球が冷却し、ますます雪氷面積が増加する」という正のフィードバック に対して使われているもので、地球の気候変動を決める機構の一つと考えられ ている。雪氷の中でも海氷は最も大きく変動しうるもので、海氷の増減が引き 金となってこの正のフィードバックが気候変動に大きな影響を与える可能性は 十分ある。しかし、海氷によるアルベドフィードバック効果に関しては、デー タに基づいた議論はほとんどなされていない。この効果を大気大循環モデルに よって調べた研究はあるが、モデルによって結果が様々で、よく理解されてい るとは言えない。例えば、雲の効果が打ち消してしまい、海氷によるアルベド フィードバックは顕には出ないという結果もある。今、大気は外力としてだけ 考え(フィードバックを考えない)、海氷と海洋を結合した系を考えると、 「一度海氷密接度が小さくなると、開水面が増えた分日射をより吸収し、海氷 の融解を促進させて、ますます密接度が小さくなる」といった正のフィードバッ ク効果が生じうる。これは海氷と海洋のアルベドの違いがフィードバックを生 じさせるわけであるから、これも「アイスアルベドフィードバック」の一つと 言える。 本研究の第一の目的はこのフィードバック効 果をデータより抽出することにある。さらに、この効果を適切に表現しうるモ デルを提出し、この効果が海氷・海洋変動に与えるインパクトを評価すること を目指す 地球気候系全体のアイスアルベドフィードバッ ク効果を理解することは、様々な要素が介在し複雑すぎて容易ではない。本研 究は、その中の一つの、海氷・海洋結合系というコンポーネントはどうなって いるのか?ということにまずは理解を深めていこう というものである。 |
研究組織
研究代表者:大島 慶一郎 (北海道大学 低温科学研究所 助教授)
研究協力者:二橋 創平 (北海道大学 地球環境科学 研究科 大気海洋圏環境科学専攻 大学院生)
:現 低温科学研究所(学術研究員)
研 究経費
2000年度 1,500千円
2001年度 1,000千円
2002年度 1,000千円
計 3,500千円
研究成果
南極海における研究
本研究は、アルベドの違いによって、海氷面と開水面での大気から受ける熱が大きく異なることが前提となっている。 まず、実際に両者の界面で熱収支がどの程度違うかを明らかにすることが研究の基本となる。論文1(Nihashi and Ohshima, 2001a)では、ECMWF客観解析データと砕氷船「しらせ」による気象海象データを用いて、夏季南極海海氷域の熱収支を調べた。 その結果海氷の融解が盛んな12月の熱収支は、海氷面で〜0 W m-2, 開水面で+100〜+150 W m-2程度であった。 すなわち、開水面では大気(主に日射による)から正の大きな熱フラックスがあるのに対し、海氷面では熱のやり取りが非常に小さいことが定量的にも確かめられた。 このことから、海氷の融解過程は、大気より開水面に入った熱により海氷を側面と底面から融かしていく過程が重要であることがわかる。 もし、海氷の融解が大気から開水面に入る熱によってのみ行われるとすれば、(海氷融解率)=(開水面の割合)*(大気からの熱的外力)という単純な関係が成り立つはずである。論文1(Nihashi and Ohshima, 2001a)では、このような関係が本当に見られるかを、マイクロ波放射計(DMSP SSM/I)による海氷密接度データを用いて調べることも行った。解析は、南極海を経度幅30度で12個のセクションに分割して行った。海氷融解が盛んな11月から12月にかけては、海氷の張り出しの大きいウェッデル海東部から昭和基地沖のセクション、ならびにロス海付近のセクションでは、この関係が非常によく成り立っていることがわかった。詳しく見ると、海氷の融解が11月頃からはじまり12月にピークを向かえるという大局的な変動は、大気場の熱的外力が決定しているが、融解のsynopticな変化や年によるピークの違いなどは開水面の割合が支配要因となっている。 南極海では、衛星観測から、12月が海洋融解の最盛期で、2月には海氷域のほとんどが消滅、そして3月下旬頃から結氷が始まる。海氷の年々変動は融解最盛期に最も大きく、結氷期が次に大きい時期である。アイスアルベドフィードバック効果が、融解を促進・抑制したり、各年のアノマリーを増長したりする可能性がある。論文2(Nihashi and Ohshima, 2001b)では、過去20年間のマイクロ波放射計による海氷密接度データから、南極海の融解最盛期である12月の海氷のアノマリーは次の結氷期である4・5月の海氷のアノマリーと極めて高い相関があることを示した。このような融解期と結氷期の関係に対し、熱収支解析により以下のメカニズムを提出した。12月は最も短波放射が大きい時期である一方、海氷密接度のアノマリーも最も大きい時期である。その結果、海洋上層中に与えられる熱量が大きなアノマリーを持ち、そのアノマリーが海氷が消滅した後にも記憶され、次の結氷の早晩を生む。このメカニズムは一種のアイスアルベドフィードバック(あるいはopen-water albedo feedback)と言うことができ、海氷の年々変動を支配する一つの機構と考えられる。 論文3(Ohshima and Nihashi, 2005)では、これらの解析結果に基づき、海氷融解期の簡略化した海氷・海洋結合モデルを提出した。このモデルでは、海氷の融解は大気より開水面(海洋混合層)に与えられる熱によってのみ行われるとしている。融解期の結合モデルとしては可能な限り簡単化したモデルとなっているが、それでも線形とはならず、非線型の力学系モデルに帰着される。この系では、変数である海氷密接度(C)と混合層水温(T)の関係が初期値には関係なくあるcurveに収束することが示される(CT-relation)。これは日本南極地域観測隊の昭和基地沖の観測から発見された、30km空間平均スケールでのCとTの関係(Ohshima et al., 1998)をよく説明し得る。この結合モデルからは、開水面に入った熱が海氷融解に使われる割合も、その時の密接度によって決まるように収束することが示される。この割合は、南極の融解期のパラメーターの範囲では0.7-0.9程度となり、開水面に入った熱のほとんどが海氷の融解に使われることを示している。 本モデルでは海氷と混合層との間のバルク熱交換係数Kbがunknown parameter(直接観測が困難という意味で)となるが、逆に、観測から得られるCT-relationにfittingすることでKbを見積もることもできる。昭和基地沖の観測からは、Kb=1.2*10-4 という値が得られる。この値は、McPhee(1992)やMcPhee and Martinson(1994)らが海氷底面下において直接観測し渦相関法から求めた熱交換係数の約2倍である。融解は、側面からも、またbrash ice化しても起こるので、これらによる融解が底面融解と同程度であると考えると、2倍という値はこれらの観測結果とも矛盾しない。 論文4(Nihashi and Ohshima, 2005)では、1999年1月においてアラスカ大学と共同で行った夏期の南極ロス海での海氷・海洋観測の結果を解析した。ビデオなどによる海氷密接度データとインテイクによる海洋上層の水温・塩分の関係を詳しく調べ、昭和基地沖の結果と同様な結果が得られた。すなわち、海洋内部領域では、海氷が開水面に入った熱によって主に融解し、熱と塩は概ねローカルバランスが成り立つことが示唆された。CT-relationも同様に成り立ち、この海域では、Kb=1.4-1.6*10-4 という、昭和基地沖から得られた値に近いものが得られた。さらに、南極海 East Antarctica 沖で広範囲にわたり、オーストラリアの砕氷船 R/V Aurora Australis から観測された海洋上層の水温データと、人工衛星のマイクロ波放射計(SSM/I)による日毎の海氷密接度データから、融解期の海洋混合層温度と海氷密接度との関係を解析した。その結果、海域に関わらず海氷密接度と海洋混合層温度の間には明瞭な負の相関関係があり、開水面での大気からの熱のインプットが増加するに従い負の相関関係の傾きが大きくなることが示され、これらの結果は結合モデルからもよく説明される。 論文3(Ohshima and Nihashi, 2005)ではまた、南極の周極性を勘案し、モデルを1次元から2次元に拡張し、東西方向には一様を仮定し、子午面方向の海氷の拡散と風による移流の効果を組み入れたモデルを作った。この際、バルク熱交換係数Kbがunknown parameterとなるが、これはCT-relationから求めたKb=1.2*10-4を用いた。このモデルを南極海全域に適用すると、移流の効果が大きい南極半島等を除けば、海氷後退は概ね再現される。特に発散域での早い海氷後退は、「海氷を発散させる風が卓越し海氷密接度が減じると、開水面を通しての熱がますます増大し融解が促進され、さらに密接度が減じる」というアイスアルベドフィードバック効果(あるいはopen-water albedo feedback)が効いていることがわかった。このことが、「南極海では、海氷の前進・後退速度は非対称であり、海氷後退は前進に比べずっと短期間に起こる」ことに説明を与える。 海氷の年々変動は融解最盛期に最も大きい。これらの特徴は、上記のフィードバック効果が、融解を促進・抑制したり、各年のアノマリーを増長したりすることが重要な要因であることが示される。例えば、昭和基地沖で見ると、風による海氷ドリフトの発散(沖向き成分が大の時)が強い年は融解が早く、ドリフトが収束的な年は初期の氷縁の後退は早いが内部の密接度は高く保たれ融解が遅くなる。これらの年々の違いは2次元モデルでもよく再現され(論文3:Ohshima and Nihashi, 2005)、まさに以下のアイスアルベドフィードバック効果(あるいはopen-water albedo feedback)が年々の海氷後退の違いをもたらしていることが示唆される。すなわち、風による海氷ドリフトのアノマリーが発散場の場合、一旦海氷密接度が減じると、開水面を通しての熱が増大しその熱によってさらに密接度が減じる。アノマリーが収束場の場合は、全く逆に高密接度が保たれる。 解説1(大島,2003)では、海氷海洋相互作用及びアイスアルベドフィードバック効果を含めて、最近の南極海での研究の成果を解説した。 |
オホーツク海における研究
オホーツク海は、南極のような周極的ではないので、アルベドフィードバック効果を抽出するのは容易ではない。南北にも東西にも海氷の移流効果が重要となる。特に、東樺太海流(Ohshima et al., 2002; Mizuta et al., 2003)や中北部の大きな低気圧性循環(Ohshima et al., 2004)などによる海流の影響が大きく、この海域では海洋場の理解なしには海氷海洋結合機構を議論するのは難しい。 本テーマにおいては、南極の場合もそうであったように、海氷面と開水面での熱収支をより確からしく求めることが第一歩となる。5(Ohshima et al., 2003)は、海氷も考慮に入れて、オホーツク海における最も確からしい熱収支を求め、熱収支における海氷の役割を論じている。 オホーツク海では海氷域の現場での観測は極めて少ない。 論文6(Ohshima et al., 2001)は、海氷縁における海氷・海洋相互作用を現場観測から論じたものである。これら2つの論文は、直接アイスアルベドフィードバックを論じたものではないが、それらの論じるうえで基礎となる、熱収支と現場からの海氷海洋相互作用を明らかにしたものである。これらの論文についても資料として掲載した。 今後これらの研究に基づき、オホーツク海においても、海氷海洋相互作用及びアイスアルベドフィードバック効果の研究を進める予定である。なお、解説2(大島,2003)では、海流との関係も含め、オホーツク海の海氷について最近の成果を概説した。 |
参考論文
(論文1) (論文2) (論文3) (論文4) (論文5) (論文6) (解説1) (解説2) |