ILTS

北海道大学低温科学研究所付属
流氷研究施設外部点検評価報告

平成11年3月

目 次

資 料


研究の概要

1. 流氷研究施設創設の経緯

1941年北海道大学低温科学研究所が設立されると同時に同研究所の海洋学部門を中心に海氷の物理的性質の研究や北海道オホーツク海沿岸域での野外実験観測が開始され、以来多くの学問的成果が挙げられてきた。

海氷研究の進展に伴い、野外観測拡充のための現地観測基地の設立が切望された。1965年4月、流氷及び沿岸結氷に関する総合的研究を目的とする流氷研究施設が、紋別市に設立されることとなった。

当施設開設と同時に、世界で初めて流氷観測を主眼とするレーダーの設置が開始された。3年を要して紋別、網走、枝幸の各山頂に、レーダー・アンテナが設置され、北海道オホーツク海沿岸域約60kmの範囲の流氷の分布や動きを観測するための流氷観測レーダー網が完成した。

当施設の職員構成は、開設当初は助手1名、技官1名、事務官1名であったが、レーダー局増設に伴いレーダー従事のための技官の増員の必要から技官数3名になった。また、施設長は低温科学研究所海洋部門教授が兼務した。

当施設は、低温科学研究所その他の関係官庁の研究者を受け入れる研究員制度を設け、研究の充実を計った。現場での観測は当施設職員、低温科学研究所の研究員及び他の官庁等の研究員により行われた。

次に今まで研究されてきた研究業績の概要を述べるが、年代順、研究テーマ毎にまとめて記述し、論文名や報告書名などは後ろにまとめて掲載した。

2. 流氷観測レーダー網による流氷の観測

1969年に流氷観測レーダー網が完成後の数年間は、レーダー情報と現場の氷状との対応の研究や沿岸流氷の動きの実態調査が研究の主力であった。流氷レーダーの性能に関しては、流氷の反射断面積の測定や流氷レーダーの分解能の調査などが行われた。

波立つ海面からの反射と流氷からの反射との識別のための測定が行われ、両者の識別は受信電力の振動特性が利用できることなどが示された。また、反射電力の距離減衰を調べて距離補正等も行い、流氷の氷状とレーダー像との対応が調べられた。流氷レーダー・データ処理のために計算機が導入され、レーダー情報を数値化して、面相関法を用いて流氷の流動が調べられた。

レーダー映像上の流氷野内の特徴的な点の追跡から流氷の動きを求め、沿岸域の風との関係などが調べられた。流氷の動きと沿岸域の風、海流との関係や漂流、流氷野の変形、回転運動等の研究は、文部省・特別研究「沿岸域における流氷の運動予測の研究」(1976〜78年) や特定研究「画像化認識方式による流氷野の動態の研究」(1978年) へと発展していった。

マイクロ波センサー搭載人工衛星の登場により、雲の存在下でも海氷の分布や動きの観測が出来るようになり、流氷レーダーと衛星から収得される海氷情報との対応等が調べられた。

レーダー映像上の流氷の動きが流氷下の海流の動きを可視化していることに注目して、レーダーに現れる流氷渦と沿岸域の海流や風との関係等が研究された。

レーダー信号の反射強度が流氷表面の形状や凹凸の度合いに関係していることに注目して、レーダー信号の反射強度と空気力学的粗度との関係を求め、流氷漂流の作用因子の一つである氷野に働く風の応力をレーダー信号の反射強度でパラメータ化する試みがなされた。

北海道オホーツク海沿岸域の流氷レーダーの範囲内にレーダー・ブイを投下してブイを追跡することにより、沿岸域での流氷野の移動、変形、回転運動等の研究がなされてきたが、サハリン北部から北海道まで到達する流氷の漂流観測へと観測範囲が拡大された。1993年11月末に、アルゴス・ブイ2機をサハリン北部の流氷野上に設置して追跡した。流氷はサハリン東海岸沖を南下して北海道沿岸域にまで到達し、もう一つのブイは太平洋に流出し、1994年5月中旬に北海道南岸に漂着した。

レーダーによる北海道オホーツク海沿岸域の流氷分布の観測は、流氷レーダー観測網が完成して以来、1969年から今年1998年までの30年間続けられている。レーダーの観測域に占める流氷の面積率 (密接度) を気候学的時間スケールで観測すると、この30年間に顕著な周期性は認められないが、1987年以降、流氷期間、流氷量 (日別密接度の積算値) ともに減少しつつあることが注目される。

流氷レーダーによる資料は30年分であるが、網走の目視観測による100余年の流氷量の資料から、流氷勢力の減少傾向と年平均気温の上昇とが良い相関であることが示された。

枝幸、紋別、網走の3局の流氷レーダーにより観測される毎日の流氷分布図は資料として毎年報告されているし、北大のホーム・ページにも掲載されている。また、観測用と同時に地域への情報提供としても活用されている。現在は、気象庁、海上保安庁・第一管区海上保安本部・流氷情報センターの公式データとなっており、冬期北海道オホーツク海沿岸域の氷海の航行、漁業操業にも速報され沿岸にとって不可欠なものとなっている。

3. 海氷の基礎的性格

海氷は海水が凍結して生ずる氷であり、この海水中の「塩分」の存在自体が海氷の特徴的性質である。この塩分と海氷の諸性質との関係が、1970年代後半から色々と調べられてきた。海水の塩分量や圧力と結氷温度との関係、海氷生成時の塩の排出機構、海氷中ブライン (濃縮塩細胞) の挙動、海氷構造と透水性性質、海氷成長と異物との関係、海氷構造と光の反射や減衰との関係等が調べられた。

海氷の諸性質は海氷中の塩分のみならず温度にも強く依存するが、海氷の熱的性質、電磁気的性質、圧縮強度、圧縮時の振動、積載力、機械的性質、氷板上を移動する荷重による氷板の変形、氷野に及ぼす風の応力、氷盤に働く海水の抵抗力などの研究が、サロマ湖等の海氷が生成される湖を現場実験基地として、実験観測を中心とした研究が集中的に行われた。

4. 機構や環境と海氷研究

海氷域の変動は一海域のみならず地球規模の気候や環境の変動と密接に関わっており、特に、オホーツク海等のように季節的に海氷が存在する季節海氷域の海氷変動は、気候変動に対して敏感であり、気候変動の指標としての役割がある。このような背景にあって、1980年代に入ってから、季節海氷域の氷縁域の薄い海氷域に注目した低温実験室での実験観測、サロマ湖等での現場実験観測、更にモデル実験のためのパラメータ化等の研究が進められている。また、アイス・アルジー (微細珪藻類) とアイス・アルジーにとって最適生息環境である海氷との関わりや、アイス・アルジーを基礎生産者とする海氷圏生態系の食物連鎖作用の実態を把握するための現場実験観測が、サロマ湖や沿岸域で行われている。このような現場実験観測と並行して、紋別の沿岸域の流氷タワーや流氷レーダーを定点観測基地とした研究体制を整えている。更に、オホーツク海の北部の観測拠点として北サハリンでの現場実験観測をロシアの研究者と共同で実施している。海外での調査・観測研究については 6. にまとめて述べる。

5. 沿岸海洋学の研究

当施設開設当初は結氷期間中の海氷観測や流氷レーダーとの対応などの研究に力が注がれたが、沿岸海況調査のための小型観測船が備えられ結氷期前の水塊調査が開始された。これが発端となり、オホーツク海の唯一の暖流である宗谷暖流域の海況変動、その物理機構の研究が行われた。木造観測船が10年で廃棄処分になった後は、海上保安庁の巡視船、北海道立水産試験場の調査船、漁船の協力により観測が継続され、宗谷暖流の駆動力、季節変動等に新しい知見を得た。これらの海洋観測データや流氷レーダーで可視化された流氷渦のデータはモデル実験にも使用され、沿岸域の海洋動態の研究は更に発展した。海上保安庁の巡視船による結氷期の海洋観測は現在も継続されている。

6. 海外での調査観測研究

当施設には海外で海氷の調査研究をする調査経費が付いた。初期は極域やアラスカ地域での調査研究が主であり、その名前もアラスカ調査経費であった。1972〜73年にかけて、北極海での海氷の動態に関する国際共同研究計画 (AIDJEX) に参加して流氷野の歪みの観測等を行った。70年代終わり頃までアラスカ北岸のバロー沖やマッケンジー川河口のタクトヤクタークでの海氷中の応力や歪みの測定、海氷の曲げ強度や圧縮強度試験、各種材質との摩擦試験等の海氷の力学的性質の研究に力が注がれた。

1975年には文部省・海外学術調査によるボスニア湾の海氷調査が行われた。塩分濃度が薄く、海氷と淡水氷との中間の塩分濃度の氷の力学的性質が研究された。

アラスカ調査経費によるアラスカ、北極圏での海氷調査は継続して行われ、1980年代には海氷の力学的性質の研究の他に、北極域の厳寒期に形成される海水面 (ポリニヤ) の凍結過程の研究、沿岸定着氷の形成過程や結晶構造の研究へと発展していった。

その後、1988年からアラスカ調査経費は、アラスカ地域に限定しないということで外国地域観測旅費と名前を変え継続して海外での調査研究が続けられている。1988年から3年間は、国際共同研究である極域海洋における海洋物理過程と生物環境の観測研究に参加し、ハドソン湾 (カナダ) の海氷下の海洋構造の観測、乱流フラックスやエネルギー・バランスの観測研究を担当した。

1989年から3年間は文部省・国際学術研究にて、北極海、氷縁域の海氷生成が海況および海洋生物に与える影響についての比較研究を、アラスカ、ハドソン湾、オホーツク海にて実施した。

オホーツク海はその沿岸部はほとんどがロシア領であり、冷戦構造体制の中では外国人研究者の活動は厳しく限定されており、入手出来るデータも乏しかった。冷戦構造体制末期に人的交流が出来るようになってから、オホーツク海の北部に観測拠点を設けることが考えられた。今まではオホーツク海の南の端の氷縁域である北海道付近での観測に限られていたが、北にも観測拠点を持ち、南の薄い海氷と北の厚い海氷での海氷気候に関する観測研究が1992年から開始された。また、アルゴス・ブイを用いての流氷漂流の実験観測が行われ、ブイがサハリン東海岸沖を南下して北海道沿岸域にまで漂流し、サハリン東海岸を南下する海流の存在が確認された。更に、サハリン、北海道で蓄積された気象、海洋、海氷、積雪等の実測データを用いて、オホーツク海の北と南の海氷成長モデルの開発及び検証が行われている。サハリンでの気象や海氷の観測は外国地域観測旅費や文部省・国際学術研究等を用いて継続されている。

特に極域での海洋・海氷観測では膨大な経費がかかること、砕氷船等の観測のためのプラットフォームが要求されること、極域での専門分野の研究者が限られること等の問題があり、国際共同研究体制をとって効率のよい研究を進める方向に向かっている。このような背景で、国際共同研究を企画したり、また参加して海外での学術研究を進めている。1991〜93年には、主に日本とカナダが、季節海氷域の北限であるレゾリュート (カナダ) と南限 (サロマ湖) での気象・海洋物理過程と生物・生態過程とを比較研究することにより海氷圏生態系の維持機構を総合的に研究する研究計画 (SARES (Saroma-Resolute Experiment)) を企画した (外国地域観測旅費や文部省・国際学術研究等)。

1993年には、国際共同研究計画であるノース・イースト・ウオーター (NEW) ポリニヤ・プロジェクトが東グリーンランド海で実施され、ポリニヤ域での海洋熱フラックス等の乱流フラックスの観測を行った (外国地域観測旅費)。1995年には、バレンツ海の氷縁域の海洋物理、生物過程観測計画 (ICE.BAR95 Project) に参加して、氷縁域、海氷域での海洋・海氷観測、海洋熱フラックス等の乱流フラックスの観測を行った (外国地域観測旅費や文部省・国際学術研究等)。1998年には、冬期バルト海の大気-海氷-海洋相互作用の観測研究計画 (BALTEX (Baltic Sea Experiment)/BASIS (BalticAir-Sea-Ice Study)) に参加し、またノース・ウオーター (NOW) ポリニヤ・プロジェクトに参加して、ポリニヤ域、海氷域での海洋・海氷観測、海洋熱フラックス等の乱流フラックスの観測を行った (外国地域観測旅費、文部省・国際学術研究、学術振興会等)。これらの研究により、海氷気候モデルにおける海氷-海洋過程をパラメータ化する研究がなされている。


海氷研究の重要性

1. 海氷と地球環境の関わり

(1) 海氷と大気の大循環 −地球のエアコン−

地球は現在生命が存在する唯一の惑星である。それは地球が太陽からの適当な距離にあり、海水と大気で包まれているためである。さらに重要なことは、この大気と海洋の循環によって地球の気候が維持されていることである。

海氷は、この大気、海洋の循環に深く関わっている。

南極 北極

地球の冷源

大気は温度の差を少なくするように運動する。すなわち、熱帯(地球の熱源)と極地(冷源)の温度差が大気を動かす駆動力となる。海氷は地球の冷源を維持する役割を担っている。

極地では低緯度地帯に較べて太陽高度が低い。そのため単位面積が受ける太陽エネルギーは もともと低緯度よりも少ない。その上、太陽光線が大気中を通過する距離(光路:光が通過する空気のトンネルの長さ)は低緯度よりも長く、空気中の水蒸気、炭酸ガス、アエロゾール(塵)などによって散乱、吸収される量も多いため、地面に達するエネルギー量はますます少なくなる。極地の受ける太陽熱はもともと少ない。

しかしこれだけでは極地の寒さを説明できない。ここに海氷存在の意味がある。海氷は極地を地球の冷源域とし、大気循環の駆動力を生みだしている。その理由は何であろうか。

太陽光線

海氷は熱の反射板

世界の海の7割は海である。この海の約1割が海氷で覆われる。黒い物体は光を吸収しやすく、白いものは光を反射しやすい。海氷は海を覆う白く輝く物体である。

青い海に達した太陽エネルギーの90%は海水に吸収される。ところが海面が海氷に覆われると、逆に、その80〜90%を宇宙空間に反射してしまう。この結果、それに接する大気の温度、すなわち、気温も暖まらない。海氷は太陽光線の有効な反射板となって寒気を維持するのである。

反射

海氷は海のフタ

寒気が如何に厳しくても、海氷の下ははるかに暖かい海水で満たされている。しかし 海氷が海を覆うと海水から大気への熱の流れが遮断される。このため海氷原の気温は暖まることができない。海氷は海を覆う海のフタである。これもまた極地の寒気を増大させる原因となる。

フタ

海氷ある限り 冷たい海

夏、極域の太陽高度は高くなる。海は比較的大量の太陽エネルギーを受けて融け始める。しかし海氷が残っている限り、海水温度は零度以下に保たれる。太陽熱のすべてが海氷を融かすためだけに消費(潜熱)されるからである。

その結果、氷海域の気温は夏になっても暖まらない。

冷たい海

海氷は、太陽光線の反射板、海のフタ、潜熱効果によって氷海域を寒冷に保つ。すなわち、海氷は 低緯度地帯の熱源に対して地球の冷源を維持することによって、地球規模の大気の循環を生みだすのである。

海氷勢力の消長は、大気の運動、ひいては気候変動に関わっていく。気象学的面の海氷研究の意義はここにある。

(2) 海洋の大循環、熱の大型輸送車

海氷は大気の循環 のみならず 海洋の運動にも関わっている。

海氷と海水の鉛直混合

秋以降、海水は対流を繰り返しながら冷えていく。寒気の激しい極域の海では、結氷以前にかなりの深さまで鉛直混合が行われている。結氷開始後、この混合はさらに発達する。

海氷を融かした水の塩分は、元の海水の数分の1である。海氷は海水中の塩類を排除しながら成長するからである。では、排除された塩水はどこへいくのか。この塩水は、低温、低塩分で重(高密度)いため海中深く沈む。

この海氷から排出される高塩分水はブライン(濃縮塩細胞)とよばれる。沈降したブラインと入れ替わりに、下層の水が浮き上がる。すなわち、海水の鉛直混合を生みだす。氷海域では、冬の寒気と海氷生成に伴うブラインの排出によって独特の水塊構造がつくり出される。

海氷生成に伴う海水の鉛直混合は、上下の熱の交換だけではなく、下層に沈んだ栄養塩類を浮上させる役割もする。栄養塩のリサイクルである。これは後に述べる海洋生物の生産に関わってくる。

ブライン

地球を巡る深層流

極海で沈んだ 冷たく塩分の濃い水は深層水となる。やがてこの水は、深層流となって熱帯に向かう。入れ替わって熱帯の暖かい表層水は極域へ流れる。世界の海水の大半がこの深層水なのである。

こうして地球規模の海水の流れ、海洋の大循環が維持される。この一循環には2、3千年を要するといわれる。この流れは極めて緩やかであるが大量の熱を運ぶため地球の気候形成に大きな影響をおよぼすことになる。

また、この冷たい深層水の循環は、地球の温暖化を抑制し、炭酸ガスの吸収体となって温暖化ガスの急激な増加を緩和する。

地球環境予測のための海氷研究の重要性はここにある。

対流 深層水

(3) 海氷と海洋生物の環境

氷海と海洋生物

海洋生物の食物連鎖の基礎は植物プランクトンである。植物プランクトンは、海水に溶けているケイ酸塩、リン酸塩、硝酸塩などの栄養塩を摂取して増殖する。これら海水中の栄養塩類は、陸の畑の肥料にあたる。

植物プランクトンはクロロフィルとよばれる色素によって光合成を行って生きている。このために海洋の植物の繁殖は、充分な太陽光線が達し、栄養塩の供給が途絶えない比較的浅い層に限られる。

低緯度の海の表層は光合成に必要な光量は十分であるが、温められて軽く下層の水との混合は起きにくい。成層が発達するのである。そのため栄養分は消費されるだけで供給が追いつかない。だから、太陽光線が充分であっても、植物プランクトンの増殖は限られてしまう。

栄養塩のリサイクル

これに対して氷海では、冬季の表層水の冷却、海氷の生成に伴うブラインの排出、沈降によって海水の鉛直混合が発達する。このとき海底に沈んでいた栄養塩の浮上、すなわち、栄養塩のリサイクルが行われる。

また、海氷下の太陽エネルギー量は、光合成を行うには充分であることが知られている。

氷海は、豊かな栄養塩、充分な光環境を備えており、植物プランクトンの生息に適した海なのである。

ブライン2 カニ

世界の好漁場

海の豊かさ(基礎生産力)は植物プランクトンの量できまる。オホーツク海、三陸沖、ベーリング海などにみるように 氷海およびその周辺海は植物プランクトンが豊富な海である。

世界の好漁場が すべて結氷する海やその隣接海域にあるのはこのためである。

海氷はプランクトンの住みか

植物プランクトンは海の生きものの食物連鎖の基礎となり、その量は基礎生産力として海の豊かさの指標とされる。海氷の存在と植物プランクトンとはいかなる関係をもつのであろうか。

近年、海氷と海洋生物環境の観測が盛んに行われるようになった。海氷の底部や下面には珪藻類を主とする植物プランクトン(アイス・アルジー)が生息し、春になると爆発的に繁殖する。これがアミ、エビなどの動物プランクトン、小魚などの餌になる。海底や低層に住む貝類、カニなどは沈降してくる植物プランクトンを食べる。それを大型の魚類、アザラシ、トドなどの海獣が追う。鳥類も表層の小魚、海底の貝やエビを捕って生きていく。

海氷は植物プランクトンのいい住みかであり、ひいては、豊かな海をつくりだす要因となる。ここに海洋の基礎生産力と海氷の関係研究の重点がある。

氷コア プランクトン

海氷は地球の気候形成、水塊形成、海洋循環、海洋生物環境、人類の水産資源に深く関わっている。地球の環境保全のためにも海氷、氷海の基礎的研究が重要である。

2. オホーツク海の特性と研究課題

1. では海氷研究の全般的な重要性を述べた。ここでは、オホーツク海の特性、課題などについて述べる。

(1) オホーツク海の特徴

海氷2 海氷3

オホーツク海は海氷南限の海

北半球の海氷の限界線を追ってみよう。オホーツク海は世界で最も低緯度の凍る海、すなわち、海氷南限の海であることがわかる。

アムール川

オホーツク海を海氷南限の海としているのは何であろうか。それはロシア極東の大河アムール川である。アムール川はシベリア大陸に降り積もった雪融け水、モンスーン期の大量の雨水をオホーツク海に流し込む。この真水はオホーツク海の表面に広がって上下で塩分濃度が著しく異なる二重構造の海をつくり出す。

海は 秋以降対流を起こしながら深くまで冷えていき対流層全体が海水の結氷温度である-1.8度になってからようやく凍り始める。海は深いほど凍りにくいことになる。ところが、オホーツク海の対流は、アムール川の河川水がつくり出す、表層5、60mの低塩分層に限られる。オホーツク海は凍るとう点からは浅い海なのである。ほぼ同緯度の日本海、太平洋では、対流層が深く凍る前に春がきてしまう。アムール川の流量はオホーツク海の結氷と深く関わっている。

課題

(2) オホーツク海の水塊構造

オホーツク海では、冬の寒気による水塊の鉛直混合、海氷生成に伴うブラインの排出、海氷の融解によって独特の水塊構造が形成される。とくにオホーツク海北西海域ポリニアでは新生氷の生成が繰り返され、効率よく中冷水をつくり出す。この水塊は北太平洋の海洋構造にも大きな影響をおよぼすと考えられている。

なお、上記のポリニア形成にはオホーツク海の海底地形と潮汐運動が関わっていることが明らかにされている。

氷河期の姿を残す海、オホーツク海

オホーツク海では冬季に冷水が沈降する。夏には、わずか水深50mで表層との温度差が10度にも達する極端な中冷水が形成される。この水塊は、大気中の炭酸ガスを効果的に吸収して、それを有機炭素、チッソに変えて海底に蓄積する働きをする。ウッズホール海洋研究所の本庄教授は、オホーツク海の過冷却中冷水が大気中の大量の炭酸ガスを除去していると、この海の重要性を唱えている。

課題

北太平洋の水塊構造と海氷

オホーツク海の海氷が親潮を涵養するといわれてきた。オホーツク海および隣接する北太平洋の水塊形成、水循環については、近年、ようやく本格的観測が開始された段階である。

課題

(3) オホーツク海の海流

オホーツク海には反時計回りの環流があるといわれている。これは主に、海明けから晩秋までの非結氷期の実測流、漂流物からの推定、水温と塩分分布から間接的に推算される地衡流計算に基づくものである。観測の困難な海氷期の流れについては不明な点が多く残されている。

オホーツク海の海流は、海氷の漂流、冬季の水塊の流動、植物、動物プランクトンの動向などさまざまな問題に関連する。今後さらに詳しい観測が必要な海域である。

課題

(4) オホーツク海の海氷と北日本の気象

海氷勢力と日本の気象

オホーツク海の海氷研究の きっかけとなったものは、昭和初期の東北地方の冷害の研究であった。とくに、夏のオホーツク海高気圧の発達は北日本の気候に大きな影響をおよぼしている。これまでにもさまざまな気象学的研究がなされているが不明な点も多い。その充実度は気象庁による長期予報に表れている。東北地方の山背(夏、東北地方に吹く冷たい北東風)とオホーツク海の、海氷、海況の関係についても現在なお研究が進められている段階である。

海氷勢力の減少と気候変化

近年、海氷勢力の減少傾向が顕著である。当施設の研究結果によると、この百年間に、沿岸域の平均気温は0.5度温暖化し、海氷勢力は60%減少している。これが地球規模の温暖化に対応するものか否かはまだ断定できない。しかし、この現象は、人類の無制限な生産活動に対する警告といえよう。

オホーツク海の海氷がつくりだす寒冷な気団と日本の気候は深い関係をもつと考えられる。オホーツク海中央部での気象、海洋両面の観測の充実が求められている。

海氷勢力

課題

(5) オホーツク海の海氷勢力と海洋の生産性

先にも述べてように、世界の好漁場は氷海ないしは氷縁海周辺にある。オホーツク海、ベーリング海、三陸沖がその好例である。好漁場の基礎的条件は充分な栄養塩と光合成を行うための太陽エネルギーの供給である。これによって海洋の基礎生産力を決める植物プランクトンの繁殖が促進され、これを餌とする動物プランクトン、小魚、底性動物、貝類、大型の回遊魚、海獣、鳥類という食物連鎖が形成される。

アムール川はシベリアの大森林から供給される大量の栄養塩をオホーツク海に運ぶ。また、海氷の生成による鉛直混合は海底に沈降、蓄積されている栄養塩を浮上させ、栄養塩のリサイクルを促進する。オホーツク海は植物プランクトンの餌に富む海である。

海氷は太陽光線の反射体、吸収体である。これは植物プランクトンの光合成に不可欠な太陽エネルギーの供給を遮り、繁殖を阻止し海洋の基礎生産を阻害する方向に作用する。ところが海氷下には光合成の反応には充分な太陽エネルギーが到達していることが観測によって明らかにされている。さらに、海氷の底面は植物プランクトンの付着体となり、ブライン内部も植物プランクトンの生息場となる。オホーツク海は高い基礎生産力は海氷に依存するといえよう。

最近 ようやく海氷の内部や底面の植物プランクトンの生産量、栄養塩などの観測が行われるようになった。本格的研究はこれからといえよう。

課題

(6) オホーツク海の経済活動と工学的研究

オホーツク海は自然環境上の重要性と同時に水産資源、海底の石油資源など経済面の重要性をもっている。

氷工学的研究

結氷する海域は、温暖な海にはない独特の問題を抱えている。防波堤や、桟橋など海中構造物などの設計においては、海氷のもつ破壊力、それに対する安全性を考慮しなければならない。砕氷船の設計についても同じである。ロシアとの貿易は北海道の経済的重要課題である。結氷する港湾設備の整備、船舶の航行の安全など工学的研究もこの海の課題である。

現在、この沿岸海域では海氷の強度や構造物が受ける氷力などの研究が続けられているが、今後はさらにこの面の研究、開発が求められるであろう。

石油掘削にともなう海洋汚染問題

近年、オホーツク海サハリン沿岸には世界的規模の石油、天然ガスが埋蔵されていることが確認され、採掘開始を間近にひかえている。この海域では、海氷の重なり合いで水面上30mにも達する巨大氷塊(スタムーハ)が発生する。この氷塊は油田域の海底を削りながら移動する。問題は、スタムーハの移動による海底原油パイプ・ラインの破壊である。

結氷しない海域での流出原油の回収はオイル・フェンスを使って行われる。しかし氷海で原油流出事故が発生した場合の対策は極めて困難である。原油が氷野の下面にへばりつきながら、あるいは、砕氷と混ざり合いながら、海氷と一緒に漂流した場合の対策はなされていない。

当施設によるアルゴス・ブイ観測によると、サハリン東岸の海氷は北海道沿岸に接近する。さらに融解水は、千島列島を通って太平洋に流出、えりも岬沖から白老に達した。流出事故が発生した場合には北海道の沿岸の半分以上が被害を受ける恐れがある。油流出時の対策は国家的な対策が必要である。

今後の課題

3. オホーツク海・北海道沿岸での観測

氷縁海観測の重要性

氷縁海は、地球の冷源と熱源の境目であり、海洋と大気の循環(地球規模の動き)、気候変動を予測する上で重要な位置を占める。オホーツク海は海氷南限、典型的な氷縁海であり、気候変動予測研究にとっても重要な海域といえる。

結氷期のオホーツク海の海洋観測体制

極域の観測は、これまでにも氷島基地、砕氷船などを活用してかなり充実して行われてきた。これに対して海氷が薄く流動的な氷縁海での連続的観測は非常に困難であり、かつ、危険を伴う。

典型的氷縁海に接する位置にありながら、我が国による氷期の観測はほとんどが沿岸域に限られている。沖合に関しては、年1回、海上保安庁の砕氷船「そうや」による観測航海が行われてだけである。このため氷縁海に関する知識は未だ充分とは言えない。冬季の海洋観測の充実が必要である。

地球温暖化のバロメーター

オホーツク海は海氷南限の海、なかでもこの海の最南端の北海道沿岸は辛うじて凍る海である。暖冬の年には海氷は皆無となり、厳冬の年には見渡す限りの氷野となる。この顕著な海氷勢力の変化は、気候変動の敏感な指標となる。海水のもつ大きな熱容量を考えると、地球温暖化の安定したバロメーターでもある。

先にも述べたように、当施設の研究によると、この100年間に沿岸域の温暖化、海氷勢力の減少が認められる。沿岸の限られた範囲の現象とオホーツク海全域の関連性についての観測・研究が必要な課題として残されている。

4. オホーツク海・北海道沿岸における観測・研究の現状

氷上で現場観測

海氷の消長は、気象、海象、海洋生物などに影響を与える。流氷研究施設を基地としてさまざまの現場観測が行われている。研究者は国公立大、私大、国公立および民間企業の研究機関からなっている。ここではこの沿岸で行われている各分野の研究テーマ、現状について述べる。

氷上での気象学的観測

海氷の生成、成長、融解は、海洋が受ける太陽エネルギーの反射率、吸収率を変化させ、大気・海洋間の熱交換機構を急変させる。すなわち、大気と海洋の間の熱、物質 (水蒸気、塩)、運動量 (応力の授受) の交換に影響を与える。海氷勢力の変化は、まず、沿岸域の気象に影響し、さらには、気候変動につながる。

また、氷野の凹凸度は海氷が風から受ける力を変える。広域的には、海氷の漂流、オホーツク海全域の海氷分布に関係する。

沿岸域の氷上では、これらの物理過程の現場観測によって、その機構究明を進めている。

衛星情報のためのパラメーター決定と検証

最近のリモートセンシングの進歩は著しい。それは氷海研究にも大きな力を発揮するであろう。しかし現段階では、解決されなければならない問題が残されている。現に、マイクロ波レーダー搭載の衛星ニンバス7 (NASA) による世界の海氷分布図でも、オホーツク海には最大氷域の15%が夏にも存在すると誤認している。結氷初期の海域や薄氷域の認識、氷厚の決定もまだほど遠い段階である。

衛星情報の詳しい解釈には種々のパラメーターの決定、アルゴリズム(関数式)の作成が必要である。このためには、氷野現場での海氷の物理的性質の観測が不可欠である。さらに得られる情報の検証にも、当然ながら氷上での現場観測によって行われねばならない。ここに氷上での観測・実験の重要性がある。

現在、衛星情報解釈のための基礎的データーを得るために、氷状が安定しているサロマ湖において氷厚、積雪量、凹凸度、海氷の電気的性質などの観測が続けられている。これらの観測は、主に、宇宙開発事業団、リモートセンシングセンター、通信総合研究所、北見工大によって行われている。

薄氷域であるオホーツク海沿岸はその検証の場として格好な場である。

結氷海域の海洋学的観測

海氷の生成、成長、融解は海洋の水塊構造の形成に強い関わりをもつ。海水の冷却、ブラインの排出は、先に述べた中冷水をつくり出す。これは広域的海洋観測によって確かめられている事実である。しかしその詳細な定量的発達機構の解明には氷下の基礎的現場観測が必要である。今年度からは低温科学研究所を中心とするオホーツク海全域の海洋観測がようやく始められた。これと連動して沿岸域の観測の充実が求められる。

海氷域の海洋生物環境

海氷域およびその周辺海域は低緯度の海よりも生産性に富んでいる。すなわち、基礎生産者である珪藻類を主とする植物プランクトが豊富な海である。植物プランクトンの繁茂には、充分な栄養塩と太陽光、海水中の炭酸ガスが不可欠である。

結氷海域では寒気、海氷の生成によって海水の鉛直混合が促進され、海底付近に堆積した栄養塩が再浮上を促進する。光合成に必要な量の光量は海氷の底面にも達していること、到達容存ガスも充分であること、さらに、海氷下面は植物プランクトンが付着しやすいことなど、植物プランクトン繁殖の好条件が備わっていると考えられている。したがって、これを餌とするアミ、エビなどの動物プランクトンも多くなり、魚、貝類、カニの漁場がつくりだされる。

近年、ようやく、海氷中、海氷下の栄養塩、光環境、植物、動物プランクトンの観測が本格的に行われ始めた段階である。

しかし、海氷期の外海の物理的環境と海洋生物環境の関係についての観測は、未だ皆無である。

オホーツク海沿岸の水産学的研究

この沿岸はホタテ、エビ、カニ、スケトウタラの好漁場である。地域の臨海研究施設として、海氷勢力と水産資源の研究が強く望まれている。

5. 北大流氷観測レーダー網について

流氷観測レーダー網

19655年 (昭和40)、現地観測の充実のために、同研究所の付属機関として流氷研究施設の設置が決定され、同時に流氷観測レーダー建設が始まった。

レーダー・アンテナの設置点としては、レーダー電波の影を少なく、同時に遠距離まで観測できるようにするため、海岸線に近く、かつ、高い山頂を選ぶ必要がある。

最初のアンテナは紋別の大山山頂に設置された。レーダーで海氷がどの程度判別できるかはよく分からぬままの出発であった。映りは良くなかった。翌年、アンテナ効率を上げるために、スロット型から籠型・アンテナへの取り替えが行われた。

1969年に、ようやく紋別、網走、枝幸の3局からなる流氷レーダー網が完成した。観測範囲はそれぞれ海岸線から約60kmまでの海域である。

レーダー

流氷レーダー情報の検証

レーダー映像と実際の海氷がどう対応しているか、どの程度の海氷が映っているのか不明であった。資料の収集、蓄積と並行して、レーダー情報の検証に5年余を要した。ヘリコプターや船舶からの観測との対応から、波浪が強くないときの海氷域はレーダーによって捉えられることが確かめられた。

しかし、風波がある時には、海氷と海面の識別が不能で、判断を誤ったこともあった。海氷域、波浪域それぞれからの反射電波強度の時系列を調べて結果、両者の間には明白な周波数特性の違いが認められた。これによってこの問題は解決された。

レーダーによる流氷分布資料

レーダーによる観測体制の確立に数年を要したが、並行して日々、年々の海氷分布の観測が続けられ、1969年から現在に至る30年間の沿岸域の流氷量の観測資料が蓄積された。

これまでの定常的観測は、気象庁の測候所による沿岸からの1日1回の目視観測だけであり、観測範囲はたかだか距岸20km、海氷面積の算定も天候状態などに支配され正確なものではなかった。これに対して、レーダーによる観測範囲は、距岸60km、観測の時間間隔は3時間、海氷面積の算定も高精度である。

レーダー2

氷海研究のための基礎的情報

北大流氷レーダー網によって沿岸沖合60kmまでの海氷分布が常時把握できる。先に列記した各研究の現場観測項目は、すべて広域というより、点的な観測であり、その物理、化学、生物学的な基礎的条件、機構の観測・研究が主体となる。

レーダーによる流氷分布情報は、その観測の空間的、時間的スケールによく対応した頻度、精度を提供し得る。流氷レーダー維持は、今後のさまざまな分野の研究の基本的情報として必要なものである。

氷海に於ける海洋学、気象学、気候学、海洋生物学、水産学などの研究は、すべてこれらの各現象と海氷分布の関係に帰する。これまでに蓄積された資料の価値は各分野の観測の充実によって高まるものといえよう。

地域と北大流氷レーダー

当施設は、1965 (昭和40) 年に設立された。同時に、流氷観測用レーダー網の建設が開始され、3年後に完成した。観測用と同時に地域への情報提供としても活用されてきた。

毎朝9時の観測結果は、北大レーダー流氷速報として、結氷期間を通して各関係機関に通報される。この結果は、気象庁、海上保安庁の公式資料として採用され、海氷情報、流氷速報に活かされている。漁業、海運関係機関にとっても、氷海の航行、漁業操業のための不可欠な情報となっている。なお、当レーダーによる日々の流氷分布図はインターネットを通じて世界に広報されるようになった。

レーダーによる流氷情報が開始された1969年以降、流氷海難は皆無である。地域漁民は流氷情報を得ることによって安全操業に努めるようになったと同時に海氷についての認識を高めてきた。

莫大な費用を要する流氷レーダーの存続の是非を論ずるとき、このような地域の事情は充分考慮されなければならない。

6. 北大流氷研究施設の立地条件

オホーツク海は、我が国の周りの海で唯一の結氷海域である。この海の最南端に位置する北海道沿岸は、典型的な氷縁海域 (Marginal Ice Zone) である。世界的に見ても、結氷海域に隣接して、小規模とはいえ、いくつもの近代的な都市が存在するのはここだけでる。

近年、我が国の多くの地球環境研究者も、外国の結氷域へ進出して研究・観測に努力中である。極海との比較研究という点からも、我が国、唯一の結氷域であるオホーツク海沿岸海域は研究対象として重要視されてよいのではなかろうか。

このオホーツク海に隣接する当施設は、氷海研究、とくに、氷縁海の現場観測、研究に最も地の利を得たものといえる。国内はもとより世界の研究者のための、開かれた研究施設として活用される条件を整えていきたい。


将来計画

1. 初めに

前節で述べた如く、海氷研究の重要性が増していることには疑いが無い。また、その中でオホーツク海が海氷研究のフィールドとして価値が高いことも前節で検討したとおりである。問題は、その中で、流氷研究施設がどの様な役割を果たすことができるのか、また、そのためにはどのような形態が望ましいのかを検討したい。特に近年、人工衛星が海氷の研究に占める割合が大きくなっている中で、現場基地としての流氷研究施設がどのような意味を持ち得るかが問題である。

また、これまで流氷研究施設にとって、流氷レーダーの存在が大きかった。流氷レーダーあっての流氷研究施設と言うように見られてきたのも事実である。流氷研究施設の将来を考える上で、流氷レーダーの位置付けは避けてとおれない問題である。ここではまず、流氷レーダーについて検討し、その後でレーダー以外について考えることにしたい。

2. 流氷レーダーの意義と将来

流氷研究施設のレーダーは世界初の流氷レーダーであり、地球科学における観測手法として日本が世界をリードした珍しく、貴重な例の一つである。当初、レーダー画像と実際の海氷の状態との比較研究を始めとして利用が盛んであったが、最近は学問的な利用は活発とは言えない状態である。その原因として考えられるのは、

  1. レーダーがオホーツクの海氷の、ごく一部分しか捕らえられない、
  2. 人工衛星による観測が主流となってきた、
  3. 海氷に関する研究分野の広がりに対して研究者の数が追いついていない、

等の理由が考えられる。特に、人工衛星は、それまでレーダーの最大の特徴であった海氷分布を2次元的に捕らえると言う能力をはるかに拡大したかたちで持っており、流氷レーダーの存在意義に疑問を投げかけるものとなっている。

一方、流氷レーダーは学問的利用にとどまらず、漁業、海運、観光などに貴重なデータを提供しており、社会的な役割は依然として大きい。流氷レーダーの果たす役割が衛星など他の手段で代替出来ない限り、その廃止は地域社会に大きな影響を与える。

この様な視点から、人工衛星時代の流氷レーダーの意義について検討する。

現在、気象レーダーのデータは毎日、海上保安長水路部や気象庁に送られ、海氷情報に利用されているほか、北海道大学のホームページに掲載され、当ホームページの一つの目玉になっている。現在は1日1回の更新であるが、技術的にはもっと頻繁な更新も可能である。この機能を衛星で代替するためには、少なくとも一日一回の時間分解能と、150m程度以上の空間分解能が必要である。

現在稼働中の衛星の中で、もっともこの要求に近いのがカナダ宇宙機関が1995年11月に打ち上げた人工衛星RADARSATである。名前の通り、マイクロ波レーダーによってアクティブに海氷を観測するもので、原理的には流氷レーダーと同じ(波長も)である。この衛星の観測により、2日に一回の割合で、流氷レーダーを上回る空間分解能 (最高10m) の海氷分布が得られる。

しかし、現在のところ、この衛星により流氷レーダーの社会的役割を代替することは出来ない。空間分解能は要求を十分に満たしているが、2日に一回という時間分解能は必ずしも満足の行くものではない。より問題なのは、データを得るのが最低3日後になることである。この衛星は業務的観測を視野に入れたもののようであるが、現行のものはまだ試験段階、または研究用の色彩が強く、データ配給の体制などが整備されていない。この衛星の後継機種は2002年に打ち上げの予定であり、観測の継続性は確保されそうであるが、データ配布体制の整備に関して具体的な動きは見えていない。

しかしながら、技術的には毎日流氷レーダー以上の空間分解能の海氷分布を衛星によって観測するのは不可能ではなくなりつつあり、体制も含めて業務的な使用が可能になるのも時間の問題であると言える。

この様な状況において流氷レーダーの存在意義はなんであろうか。第一に衛星観測の現場検証であり、第二により高い時間分解能を利用した研究である。

REDARSATによる観測でも、高い精度での海氷の情報、例えば凹凸度、積雪量、塩分(誘電率)などの情報を得る事はほとんど不可能である。特に、オホーツク海のような全般的に薄い、そして複雑な海氷域における衛星情報は、まだまだ不十分で今後改善すべき点が多い。その衛星情報を改善するためには、複雑な海氷域での検証実験が有効である。流氷研レーダは、オホーツク海の中でも最も複雑な、南部の海氷の情報を提供してきた。そのため、今後の衛星観測発展のために、流氷研レーダが大きな役割を果たすことが期待できる。

しかも、海氷の状態は時事刻々と為、検証実験は衛星との同期が必要であるが、2日に一回という衛星の観測周期を考えると同期は容易ではない。さらに、多様な海氷の状態と衛星のデータを比較する為には統計的解析が必要であるが、その為には数多くの検証実験データが必要である。その点、流氷レーダーの観測は連続的であるので、流氷レーダーを仲介することにより、現場検証が容易になる。また、流氷レーダーと衛星の合成開口レーダーは基本的な原理が同じであり、対応が取りやすい利点もある。しかし、その為にはこれまでの様に画像で比較するのではなく、流氷レーダーのデータをデジタル化し、数値として比較する必要がある。

第二の時間分解能の問題に関しては衛星が近い将来、流氷レーダーの域に達することは考えられない。この利点はこれまで十分に生かされてきたとは言えないが、他に得難いものである。例えば、海氷分布や状態の日変化が地域の気象や沿岸の生態に与える影響は少なくないと考えられるが、流氷レーダーのデータはこれらの研究に大きな助けになると思われる。

特に高い時間分解能は海氷の運動の研究には貴重である。現在、地球温暖化等の気候変動予測のためには海氷のモデリングが一つの鍵であると認識されている。その中でも海氷の運動、海氷同士の相互作用をどうモデル化するかが問題の焦点になっている。その研究の為には海氷の運動を詳細に調べることが出来る流氷レーダーの意義はむしろ高くなってきていると言える。

しかし、現状の流氷レーダーは建造以来、本質的に改良されておらず、それ以降のレーダー技術の発達が反映されていない。例えば気象レーダーに利用されているドップラー効果を利用した反射物体(この場合は海氷)の運動の観測や偏波の利用などは流氷レーダーによる観測に新しい局面を開く可能性があるとともに、衛星観測の先行試験としての意味もある。また、現在のレーダーは2次元的な走査で観測するため上下方向の指向性が広く、その為分解能などが犠牲になっている。指向性を狭くして3次元的な走査をすることにより観測を改善することも可能性がある。前述のレーダーデータのデジタル化も必要な改善である。

3. 研究施設の運営

前述の様に、気候変動が注目されるに伴い海氷研究の重要性は増しているし、生物の分野からの関心も高まっている。海氷域の沿岸に位置し、まさに海氷を目の前にして研究することができる研究施設の意義は大きくなっている。しかし、研究分野の広がりにつれ、研究施設の少数の研究者だけではカバーしきれないことは疑問の余地が無い。

現状でも共同利用施設として利用の希望は内外から少なからずある。しかし、海氷を対象とした研究は短期間の施設の利用だけでは困難なことも確かである。一方、施設の研究者は観測に有利ではあるが、研究者のコミュニティーからは孤立しがちで、学問的刺激が乏しくなるきらいがあり、各種の情報のアクセスにも不利である。

これらの点を考慮すると、いろいろな分野の研究者が数年ずつ研究施設に所属して研究に従事するシステムが最も適当であると言える。また、時限的なプロジェクトを設定し、それに沿った研究者の配置を中心とすることも考えられる。

また、流氷レーダーにはまだ十分存在意義があるとしても、それだけに頼る訳には行かない。特に海氷の研究の為には海氷の中に入って行く必要があるが、現在日本には砕氷能力のある観測船が無いことが研究の進展を妨げている。この様な観測手段の充実を計って行く必要がある。


外部評価委員の名簿, 評価と提言

外部評価委員会 委員名簿

氏名 所属・役職
池田 元美(主査) 北海道大学大学院地球環境科学研究科・教授
古川 武彦 札幌管区気象台・台長
斎喜 國雄 第一管区海上保安本部・水路部長
内藤 靖彦 国立極地研究所・企画調整官・教授
平 啓介 東京大学海洋研究所・所長・教授
高橋 正征 東京大学大学院総合文化研究所・教授
西尾 文彦 北海道教育大学釧路分校・教授
佐伯 浩 北海道大学大学院工学研究科・教授
前 晋爾 北海道大学大学院工学研究科・教授

評価と提言

平成11年3月20日

北海道大学低温科学研究所 所長 本堂 武夫 教授

当研究施設の点検評価を実施したので、報告いたします。

北海道大学大学院地球環境科学研究科 池田 元美

北海道大学低温科学研究所流氷研究施設点検評価

北海道大学低温科学研究所点検評価委員会
流氷研究施設専門委員会
とりまとめ責任者
北海道大学大学院地球環境科学研究科 池田 元美

ヒアリングを平成10年12月16日に実施し、同時に点検評価に必要と思われる資料を収集した。そこでの議論をもとに、以下の項目について各委員が個別の報告書を提出した。それを修正なしに報告し、また全体の総括を始めに記した。

点検評価項目

  1. これまでの評価

    1. 創設の経緯
    2. 組織と運営
    3. 研究成果
    4. 施設・設備
  2. 将来の展望

    1. 国際・国内研究者との共同研究を通じて、施設を利用してもらう効果的な方法は何か。
    2. 流氷レーダーの更新は必要か。特に現存のものから変更するならば、何が研究推進に有効か。
    3. 大学に所属する施設として、教育的視点は何か。
    4. 社会への貢献として何が考えられるか。

A 総括 北海道大学大学院地球環境科学研究科 池田 元美

  1. これまでの評価

    1. 創設の経緯

      札幌にある北海道大学低温科学研究所の研究施設として、海氷と海洋に焦点をあてた野外観測を行う目的で1965年に開設された。施設開設と同時に流氷レーダーの設置に着手し、3年後に完成した。3基のレーダーは、沿岸から60kmの範囲で流氷の同時観測を可能にした。オホーツク海の海氷観測という当初の目的は、いまだ温暖化などの議論される以前としては画期的であった。また冷戦時代なので観測船による現場観測は不可能であり、人工衛星による宇宙からの観測もしばらく実現を待たなければならなかった。以上のような状況においては、レーダーを観測手段として設置したことを高く評価すべきであろう。

      また目的としたこととは異なるが、漁業、海難救助などの社会的貢献をしてきたことも特筆されるべきである。

      現在考慮すべきは、当初とは全く違う状況で、しかも限れられた予算の中で、どの方向に改革していくかである。

    2. 組織と運営

      開設当初、施設に配置された人員は少なく、また現在までに拡充されたとはいえ、教授1助教授1という小講座に相当する小さい所帯である。この状況を考慮すると、施設の行ってきた研究および外部との交流活動は評価されてよい。しかし、研究対象が広すぎるのではないかという懸念もあるので、現在の陣容が将来も続くならば研究対象を絞ることも必要となる。

      もっとも評価されるのは「流氷シンポジウム」を10年以上継続してきたことである。参加者も国際的になり、海氷に関する学術会合として世界に認知されている。紋別市のサポートが大きな牽引力であるが、同時に地方自治体との緊密な協力関係を築いてきたことこそ、評価されるべきである。

    3. 研究成果

      研究施設に所属する研究者の成果は標準的である。ただし日加国際共同研究への参加、フィンランドでの共同研究など、国際共同研究は多伎にわたっている。また全国共同利用施設として多くの研究者を受け入れ、多くの成果をあげている。海氷に関するデータの公表は大学の施設としては画期的である。また蓄積されたデータも気候変動研究などに有効であることはまちがいない。

      何人かの委員が指摘していることは、中心的施設である流氷レーダーを用いた学術研究成果(論文など)が、とくに最近少ないことである。今後も当レーダーを維持していく場合は、大学の研究施設としてふさわしい成果を期待されてしかるべきである。

    4. 施設・設備

      流氷レーダーのみならず収集されたデータの表示・解析を行う装置がそろっている。低温・冷凍実験室、実験・観測機材、移動運搬のための車両は、共同利用研究施設として不可欠のものなので、今後も留意するべき項目である。もちろん常駐研究者がいることが必須であることも明かである。

  2. 将来の展望

    1. 国際・国内研究者との共同研究を通じて、施設を利用してもらう効果的な方法は何か。

      多くの委員が指摘しているのは

      • 研究のユニークさを示す
      • 環オホーツクという研究対象とそのための基地となる
      • 外国人 (これも環オホーツク) と特別研究員 (PDF) を受け入れる

      ことである。第一点は流氷シンポジウムを利用して、議論を重ね研究の焦点を定めていくことで実現できるであろう。第二点はこの延長線上にある。ただし、第三点は予算の裏付けがなければ実現しない。これまでの国際的活動をいかして、施設における学術研究に国際性と活気を注入するために、予算獲得を目指すべきである。

    2. 流氷レーダーの更新は必要か。特に現存のものから変更するならば、何が研究推進に有効か。

      レーダーの利用価値は依然として高いのは事実である。しかし問題は経費であり、目的、成果などが大学にふさわしいものである施設でなければならない。これには2つの道があるようだ。

      • 汎用のものに替える
      • より高度な情報を得られるものにする

      特に後者を目指す場合は利用者、専門家などによる検討委員会を設置し、十分に議論をつくすべきである。さらに現在の利用頻度から明らかなように、人工衛星によるリモートセンシングとの組み合わせを無視しては計画作成はできない。この点も含めて検討することが示唆される。

    3. 大学に所属する施設として、教育的視点は何か。

      明らかなことは、「魅力のある研究」を行えば、大学院生を他大学からも呼び込むことができる。さらに工夫を凝らす点として以下のようなものがある。

      • 野外及び室内実験の機会を与えられる研究施設となる。講師などスタッフは国内外から広く求める。
      • 卒業論文や大学院の研究のために流氷研究施設に滞在することを容易にする。
      • 大学以外にも開かれた、一般社会人や小・中・高校生向けの講義や実験・観察をする。「流氷子供シンポジウム」や放送大学などの発展・充実である。
    4. 社会への貢献として何が考えられるか。

      オホーツク海の流氷の消長を公表・予測することで、北海道の産業・社会活動、災害防止に貢献でき、また観光産業にも貢献できる。特にオホーツク海沿岸地域では、流氷の影響は極めて大きいので、地域住民、産業団体、自治体、学術研究機関、道庁(支庁を含む)、国の機関が総合的・横断的に連携し、必要な機能や役割を分担する、例えば「オホ−ツク海沿岸センター」を構築し、当研究施設がその構想の中心となるのも魅力的である。

      海上保安庁水路部は、当研究施設に流氷海難防止、油汚染事故における情報提供などを要請している。大学本来の任務ではないが、施設拡充の要求を提出する場合に、社会からの要請を付記することも必要であろう。


B 第一管区海上保安本部水路部 齋喜 國雄 委員

当庁が係わると思われる項目について記述します。

  1. これまでの評価

    1. 創設の経緯

      当庁の流氷観測との係わり合いから当庁の流氷観測は昭和29年から始まり、昭和45年3月の択捉島での集団流氷海難を契機に同年11月から流氷情報センターが開設され、海難防止を強化した。当庁へ流氷レーダ画像が提供されたのは、昭和43年からで現在までの30年間にわたっている。

      これまで陸上からの目視、巡視船による氷縁観測による部分的な観測データから、沿岸海域の広範囲のレーダ画像が入手することにより、流氷海域の分布状況が把握できるようになり、海難防止に当たる当庁にとっては貴重な情報源となっている。オホ−ツク海沿岸における海難は、漁船等が流氷に閉じ込められるなどが発生しているが、レ−ダ画像による状況把握により的確な救助作業が行われてきている。昭和43年に当管区に航空機が配属され、また、昭和53年から砕氷型巡視船の配属により沖合海域の観測態勢が整い、沿岸域の北大流氷レーダ画像と合わせて北海道周辺全体の流氷状況が把握できるようになった。

      これらの観測体制の充実により、巡視船による効率的な哨戒、漁船等に対する適切な安全指導ができるようになったのは、北大流氷レーダ画像の功績は大きい。

  2. 将来の展望

    1. 社会への貢献

      北大流氷レーダ画像は、当本部の海氷速報に取り入れられ、海上保安部署から漁協等の関係機関に通報するとともに、利用の拡大を図るために平成6年からファックスサービスで、また、平成9年からはインターネットで一般にも提供を開始した。平成10年の流氷シ−ズンではこれらのメデアで約26,000件の利用があった。このことは海運・水産関係者といった海難防止の分野にとどまらず、観光産業等を含めた多くの分野で活用され、社会への貢献が大である。

  3. 今後望むこと

    1. 流氷海難防止

      流氷勢力の状況を把握する事は流氷による航行阻害等の海難防止のために必要な情報であり、今後とも生活に密着した北大レーダの存続を希望している。

    2. 将来のレーダ観測に望むこと

      海難や油汚染の事故等が発生した場合は、きめ細かなデータが必要となり、流氷の気象、海象による漂流予測が可能となる情報が得られるような新しいレーダ観測を希望している。なお、現在衛星データの利用も検討しているが、レーダと同精度の衛星を比較しても、北大流氷レーダのようなリアルタイムで入手できる状況ではない。


C 国立極地研究所 内藤 靖彦 委員

  1. これまでの評価

    流氷研究施設の創設、運営、成果、施設などについての過去の評価は、評価基準が明確でないため厳密な評価は困難である。しかし、2、3 の問題に触れる必要がある。先ず設置目的が、オホーツク海の総合研究を行なうとされているが、少なくても総合研究が余りにも漠然として具体性に欠けているため、この点からも評価は非常に困難である。総合研究に対する、発足当時と現在の認識に大きな違いはないと考えられるが、少なくとも過去においては総合ということとで何でもありということが混在しているように考えられる。実際現在のスタッフで総合研究がどれだけ出来るかというと大いに問題を感じる。掲げられた目標と現実の間にギャップがありすぎるといえる。これでは現場のスタッフが戸惑うばかりである。もしも予算が潤沢にあり、足りない戦力を外部から得られて共同研究を実施できたとしても、オホーツク海の総合研究は容易ではない。多分この総合研究は長い時間かけてこつこつとオホーツク海に関する研究をやりなさいというぐらいの目標に思われる。このような意味では流氷研究施設は、出来る範囲で目標達成のため順調に活動をやってきたといえる。多分施設の発足当初からかなり最近まで、このような状況が外部の研究者も含めた一般的認識であったと思われる。最近になってやっと評価活動が行なわれるようになり、改めてこの問題が取り上げられるというある意味ではハプニングが起こったわけである。従って、過去のことを現在の判断基準で評価することは避ける必要がある。とはいえ、一つの組織が存在し、活動を実際に行なってきたのであるから、それなりの成果が必要と考える。この点からは、活動の報告が出されているのでそれなりの成果が得られていると考えられる。多分表に出てこない地域社会への貢献、来訪する研究者やその他の訪問者への対応など、出先の施設が避けられない目に見えない活動が多くあったと思われる。これらの点も当然判断の対象にならなければならない。しかし、純粋学術的な側面だけから判断した場合でも、流氷研究施設プロパーの研究成果は少ないように思われる。さらに付け加えるならば、研究者の判断によりそれなりの具体的研究目標を設定して焦点を絞った研究を実施したのであれば、少なくともその部分は外部から分かりやすい結果として見えるのではないかと考えられる。この点で一番残念なのはレーダによる研究成果が見えにくいことである。もちろん個人の研究者の自由な発想が科学の基本要素であることも理解したうえで、組織がどのように有機的に機能すべきか、特にレーダがそこにある以上、それが活動の中心に位置する具体的研究計画が個人の研究計画と平行してあっても良かったのではないかと考える。結果論であまり意味がないが。

  2. 将来の展望

    1. 国際・国内研究者との共同研究を通じて、施設を利用してもらう効果的な方法は何か。

      将来をどの位の時間として考えるかによって考える課題の意味が多少異なると思えるが、時間軸を意識せずに一般論としてこの課題について述べたい。第一には流氷研究施設を今後どのように位置づけるか大きな問題である。流氷研究施設は組織としては非常に小さく、余程の社会的または学問的要請がないと大きくすることはほとんど不可能に近いと思われる。このことを前提条件にすると、将来の展望として考えられることは、小回りの利く組織の利点、現場を持っていることの利点の二つと思われる。この利点を最大限に利用して、なおかつ足りないところを共同研究で補うのが良いと思われる。このような条件では多分施設を多くの人に利用してもらう発想より、ユニークさを追及する課題を設定した方が効率的と考えられる。この場合は大きさを犠牲(施設利用者の数)にすることになる。一般に共同研究ないしは共同利用は全くイコールの立場で進めることは難しく、現場は共同利用される立場になりやすい。この辺から脱却するには、現場でなければできない、そしてプログラムの面白さ(特に重要仮説を検証する型のプログラム)を全面に出した共同研究を企画する必要がある。共同研究そのものも大きい必要はない。大きな予算を持たないかぎり、現場の観測を中心に据えた研究はなかなか困難であるが、この点でも一歩一歩積み上げていく必要がある。最初、予算は科学研究費補助金に頼ることが大事である。これを得ることはプログラムが公式に認められたこととなり、将来の発展の足がかりとなる。幸い科学研究補助金は外国旅費も使えるので、ロシア、中国の研究者を招聘でき、大きな戦力になると考えられる。これは現場を持っていることに加えて、別の意味での地の利であるといえる。活動の中心をあくまでオホーツク海の現場として、そこに小さくとも光る研究を芽生えさせることが現在一番必要とされていることではないだろうか。研究者の意識と眼が現場に向いていることが何より重要と思われる。日本の研究者はとかくヨーロッパやアメリカの活動に眼が行きがちであるが、彼らを呼ぶ必要もないし、こちらからも出ていく必要もない。このような現場に眼を据えた研究を最低5年間は続け、核になる研究を育て、将来につなげる必要がある。

      しかし、これでは施設利用者の数は増えない。施設を利用してもらうためには別の研究計画が必要である。そのためには、とにかく現場の利に加えて現場の利にさらに付加価値をつける必要がある。多分、それはいろいろの研究に役立つ基礎データであろう。基礎データの蓄積が長期的になされるならば、組織自体に価値を生むことになる。この意味ではモニタリング観測をたちあげる必要がある。これを実行することは容易でないが、低温研究所や外部の施設利用者にも観測の一部を担ってもらうことにより(リモセンは欠かせないのでこれも含めて)実施すればこれも可能と考えられる。ただしこれも大きな計画でなく、実行可能な範囲のものを考える。時間軸もまず5年間を第一期とし、その後見直しながら長期に続けることが良いのではないか。

      さらに付け加えるなら、現場で使用できる船が期待されるが、船を自前で持つことは困難なので、地の利を生かして、地元の漁船を簡便に使える方法がないか検討の必要がある。場合によってはロシアの観測船を使用することも可能ではないか。

    2. 流氷レーダーの更新は必要か。特に現存のものから変更するならば、何が研究推進に有効か。

      流氷レーダーの更新問題は流氷研究施設だけの問題ではなく、低温研究所もしくは北海道大学全体の問題と考える。これは、今後オホーツク海およびその周辺のリモートセンシングデータの収集という問題に直結し、この方面の研究戦略において極めて重要な位置づけにあると考えるからである。地球環境問題においてこの地域の研究は非常に重要な位置づけにあり (石油開発を含めて)、早期に研究体制を構築する必要があるが、幸い低温研はオホーツ海を中心にしたプログラムを準備した。低温研が準備した課題の共通問題としてリモートセンシングをどのように利用するかが焦点と思われる。また、モニタリング研究が必要と思われるが、リモセンはそのための重要なデータソースとなる。もし、流氷研究施設だけの流氷レーダとして継続する必要があるなら、その研究目的は明確なものでなければならなく、多分規模も小さいものにならざるを得ないのではないだろうか。低温研究所あげてのリモセンと位置づけして、さらに必要なら、個別研究課題用のレーダを追加することも考えられる。

      この問題とは別に、海洋を中心課題とするなら、観測プラットホームの問題もある。これの解決は当座の問題として取り組まなければならないが、将来問題として十分検討する必要がある。

    3. 大学に所属する施設として、教育的視点は何か。

      教育は重要な問題であるが、専門教育(大学院生)を対象に考える必要がある。学生は教官の研究への熱意を常に視野に入れていて、学生の姿勢にこれが反映され、また学生はある程度数がいると、学生同士で啓発しあうことが多くある。現在の流氷研究施設でこの問題を一気に解決することは困難であり、この問題も一歩一歩進めて行くべき課題である。これについても出発点は流氷研究施設プロパーとして、そして共同研究として興味のある研究プログラムが組めるかどうかにかかっている。良い研究が進んでいるところには学生も集まる傾向があり、そのためには良い研究計画をつくることが先決である (一番難しいことであるが)。全てがここから始まり、この核が立ち上がれば、教育においても良い方向が見えて来る。全てを同時に解決するのは困難である。

    4. 社会への貢献として何が考えられるか。

      社会への貢献は地域社会に研究成果を示すことが第一である。幸い周辺は海洋の生産に生活基盤を有している人たちが多いので、海洋の研究は地域社会と非常に近い関係にある。この方面へ研究成果を、直接的還元はないかも知れないが社会との接点を積極的に作り還元していく必要がある。これは多くの研究機関が同様に求められていることである。この意味では紋別市が行っている国際シンポジウムは地域社会への還元と言えるが、流氷研究施設がもっと見える形なるとさらに良いのではないか。


D 気象庁札幌管区気象台長 古川 武彦 委員

  1. これまでの評価

    1. 創設の経緯

      ・外部評価の原資料を見る限りでは、当施設の創設目的である野外観測充実のための観測基地という要請が、直後に志向された流氷レーダーの開発そのものであったのか、他の事項に優先させたのか判然としない。当施設は流氷レーダーを軸に、特筆すべき成果を上げてきたことは疑問の余地はないが、流氷レーダーの開発や維持が、当時の低温研究所が意図した研究戦略、課題やプログラムなどと、その後、どのようにリンクして来たのか、また、これまでの推移や現在の姿は、創設当初に関係者が展望した姿とどのような関係にあるか、整理する必要があろう。

      ・(注)本a項についての小職のコメントは、創設の経緯や研究課題が流氷レーダーを意識して、原資料中でもう少し具体的に記述や整理がなされれば、削除してもらって結構です。

    2. 組織と運営

      ・当施設のスタッフの推移を見ると、過去30年間1名程度と極めて少なく、異動もほとんど見られない。維持費や研究予算も少額に推移しているように見受けられる。立地環境も、北大をはじめとした都市部から遠隔地にあり、外部評価の原資料でも、研究コミュニィーからの孤立や刺激不足が指摘されている。しかしながら、このような環境下にもかかわらず、流氷レーダの開発、維持・運営の他、当施設のスタッフ自身で、また種々の国際・国内の共同研究者や訪問研究者により、膨大で広範囲な成果が報告されていることは、評価される。一方、創設当初から、あるいは結果として、30年間にわたり当施設に十分な資源が割かれずに経過したことは、当施設自身の存立が孤立的で、研究上の戦略などが曖昧なままに、あるいは放任的に推移したのではないかとの疑念を抱かせる。これまでの運営形態についての知識に乏しいが、今後は、原資料で提起されている研究分野の推進に相応しい組織の構築と運営形態が望まれる。

    3. 研究成果

      ・当施設は、上述の種々の制約条件にも拘わらず、流氷レーダの開発を中心として、多岐にわたる研究分野で成果を上げていることは評価される。

      ・これまでの30年間にわたる流氷データの定常的な取得、蓄積・整理、公表は、地球温暖化の解明のための基礎的データの一翼をなすものとして、評価される。

      ・流氷研究施設は、過去30年間にわたり流氷レーダーの情報を積極的に部外に公表・提供し、国の機関が行っている流氷の監視や予測サービスの支援を行って来ている。また、近年は、北海道大学のホームページでも公開され、広く利用されている。

      ・現在、流氷レーダーの情報は、気象衛星による情報などとともに、国が行う流氷監視サービスにおける根幹的情報の役割を担っており、これらのサービスを通じて地域に広く還元され、航行の安全確保、防災活動、地域の振興に大きな貢献を続けている。流氷レーダーのこうした実績は、当施設が大学の社会への貢献の必要性を早くから洞察し、先取りし、実践してきたものとして、高く評価、特筆される。

      ・これまで10数年にわたり、国際および国内研究者を対象とした流氷シンポジュームなどを開催していることは、高く評価される。

      ・研究成果は、大量・多岐にわたっているが、当施設の資源上の制約条件から、総花的な面が否めず、また、ブレークスルー的成果に乏しい。

    4. 施設・設備

      ・世界に先駆けて、流氷レーダーを手がけ、流氷の消長をリアルタイムで監視するアルゴリズムを開発し、実用化した功績は、特筆される。

  2. 将来の展望

    1. 国際・国内研究者との共同研究を通じて、施設を利用してもらう効果的な方法は何か。

      ・今後は、流氷研究施設が立地している海氷・流氷に関わる地理的環境を最大限に生かした研究テーマの絞り込みと、国際的にも第1級の施設、資源の整備を図る必要がある。こうした絞り込みと施設の特色が、結果として国際的規模での研究の分担化や研究者の交流につながると考えられる。

    2. 流氷レーダーの更新は必要か。特に現存のものから変更するならば、何が研究推進に有効か。

      ・流氷の消長監視の重要性は、益々高まっており、その継続が望まれる。しかしながら、流氷レーダーによる定常的な運営と観測、情報提供などは、学術的な利用もさることながら、維持のために相当の予算を要する。定常的な情報提供は、社会の側からの要望であるとしても、大学の本務には馴染みにくい。レーダーの更新に当たっては、気象衛星「ひまわり」や他の軌道衛星等との有機的な分担の可能性のほか、新しいセンシング技術の導入、さらに、レーダー情報の部外提供分野については、以下のd項で述べるように、他機関の協力なども模索すべきではないか。

    3. 大学に所属する施設として、教育的視点は何か。

      ・当施設は、まさに流氷の襲来地域に立地していることから、流氷およびそれに付随した諸現象をin-situで観察することが出来る。当施設を利用した自然に触れる機会や実地踏査などが、理科系文化系を問わず学生の必須カリキュラムに組み込まれれば、現象に対するに人間の感性の啓発や自然に対する畏敬心の醸成など、学生にとっての教育的効果は非常に大きいと考えられる。

      ・こうした実体験の場が、ひとり大学人のみならず、広く一般に対しても(合理的な対価や手続きの下に)提供されれば、当施設に対する有形無形の支援や、一般人に対する教育や啓蒙への寄与も大きい。

    4. 社会への貢献として何が考えられるか。

      ・オホーツク海の流氷の消長は、今後も北海道全体、ひいては日本の自然や産業・社会活動、災害形態などに大きな影響を与える。特にオホーツク海沿岸地域では、その影響は極めて大きく、一種の流氷文化圏を形成する。今後、こうした圏域の活性化を図るため、地域住民、産業団体、自治体、学術研究機関、道庁(支庁を含む)、国の機関が、総合的・横断的に連携し、必要な機能や役割を分担する、例えば「オホ−ツク海沿岸センター」が構築出来ないだろうか。そのセンターは、実質的に地域に、国際的に開かれた文化活動の拠点となるべきである。当施設はその中での学術的核となるべきであり、こうした構想に向けてイニシアチブをとるべきではないか。


E 東京大学大学院総合文化研究科 高橋 正征 委員

  1. これまでの評価

    1. 創設の経緯

      1941年に北海道大学低温科学研究所が北海道大学構内に新設され、同研究所の海洋学部門を中心とした海氷の物理学的性質の研究や北海道オホーツク海沿岸域での野外実験観測の必要から、野外観測実験の充実を目指した現地観測基地の必要性が高まり研究所の付属として流氷研究施設が1965年に紋別市に設置された。施設開設と同時に、流氷観測を主目的とした世界初のレーダー設備が着工され、1968年に紋別・網走・枝幸の3レーダー網システムが完成した。流氷の観測と実験を中心とした野外実験のできる、国内唯一の施設という点で創設の目的は高く評価できる。その後、海氷を対象とした、化学や生物などをも含む幅広い実験基地としての機能を果たしてきたことも評価される。

    2. 組織と運営

      設立当初は助手1名、技官1名、事務官1名で、低温科学研究所海洋部門教授が施設長を兼務した。レーダーシステム完成後は技官数が2名増加し、合計3名になった。1975年から講師・助教授ポストが増え、教官数が合計2名に、1983年からは講師・助教授ポストは教授ポストに代わり、同時に施設長を兼務することになった。1997年には助手ポストが助教授ポストに代わり、教授と助教授が各1人の体制になった。1995年の低温科学研究所の全国共同利用研究所への改組に伴い、流氷研究施設も全国共同利用研究施設としての役割を担うことになった。教官数の増加、及び教授・助教授へのアップシフトにより、研究施設としての研究内容の高度化、並びにより幅広い学問分野への対応が可能になってきたように感じる。設立当初の実験施設としてだけでなく、独立の研究機関としての性格を強く持つようになってきた。流氷研究施設創立20周年を記念して始まった海氷圏国際シンポジウムは、紋別市主催として続いており14回の歴史を刻んだ。海氷を対象とした国内で唯一、国際的にも定期的に行われていて、しかも市が主催する例は珍しい。流氷研究施設のスタッフは、シンポジウムの企画と運営の中心になって働いている。学界への貢献だけでなく、地域と一体となった学問の一つのあり方を社会に呈示した点でも評価される。

    3. 研究成果

      施設設立初期には、レーダーによる流氷の挙動の観測と海氷の物理的な特性や生成機構に関する観察や実験の業績が中心であった。その後、サロマ湖やオホーツク海での海氷とそれに関係した現象の研究基地として国立極地研究所を始めとして、日本各地の研究者が施設を利用して観測や実験を行うようになり、海洋物理だけでなく、生物、化学、気象、工学等広範囲の研究者に利用され、それぞれに成果を上げている。全国共同利用が始まってからはさらに利用研究者の層が広がっており、それらの具体的な成果が出始めている。

      生物が関係した分野では、1991〜93年に海氷圏生態系の維持機構を総合的に研究する日加国際共同研究が、流氷研をコアー研究施設とし、サロマ湖と北極圏のレゾリュートをフィールドとして行われ、1993〜97年に合計27篇の原著論文が発表された。それまでは、海氷に付着するアイス・アルジーに研究の注目が集まったが、日加共同研究に海氷圏生態系というより大きな視点での研究アプローチが定着してきた。海氷生態系の把握だけでなく、海氷の存在による生物圏や地球環境に対する影響の評価などへも研究が発展した。流氷研をコアー研究施設として作られた日加共同の研究チームは、1998年からはノース・ウオーターポリニア国際プロジェクトに参加してユニークな研究を展開している。同時に、サロマ湖とオホーツク海をフィールドとして海氷生態系の維持機構の研究が、1997〜2000年の4年計画で流氷研をコアー研究施設として実施されている。生物とそれに関連した物理・化学分野では、流氷研究施設とスタッフ並びに国内の研究チームが、海氷を研究対象とした日本の研究機関並びに研究グループとして世界の関連研究者から認知されている。

    4. 施設・設備

      生物分野の研究にとって、レーダーは人工衛星による観測データのない時代の流氷の状況を知る意味で貴重である。近い将来、ヘリコプター・飛行船・耐氷船・砕氷船などのプラットフォームを利用してオホーツク海の流氷上で数時間から数日間の実験・観測を行う計画があり、その場合には流氷の位置や動きをリアルタイムで捕捉していくことが必須で、現状ではレーダーとその情報に依存する部分が大きい。

      海氷が手近に得られる所に実験施設があることが、生物分野の研究では不可欠であり、流氷研究施設の低温・冷凍実験室、ならびに各種の実験・観測機材や、移動・運搬のための車両は、研究の遂行上極めて貢献するところが大きい。

      また、研究設備の維持・管理、研究者への専門的対応等が不可欠で、それには常駐の研究者と技官の支援が必須で、そうした要求に十分に応えてきた。さらに、流氷研究施設のスタッフは自分達の研究はもとより、国内外の研究者を流氷研究施設に呼び込むと同時に、自分達も国外に積極的に出て研究を進めて相互研究交流により成果を上げてきたことは大いに評価される。

  2. 将来の展望

    1. 国際・国内研究者との共同研究を通じて、施設を利用してもらう効果的な方法は何か。

      フィールド研究を必要とする研究の多くは、フィールドの近くに研究施設のあることが不可欠で、海氷を対象とした生物・化学・物理研究の多くがまさにこれに該当する。これまで、南極観測の様々な予備試験研究の場として流氷研究施設と隣接のフィールドが利用されてきた。今後は、南極だけでなく、北極を含めて、予備試験・研究や、現象を絞った観測や研究のフィールドとしてオホーツク海域が利用されていくことは間違いなく、その際の基地あるいは実験研究場所として流氷研究施設の存在は極めて大きいと考えられる。

      流氷研究施設・低温科学研究所や国内各研究機関の研究者が、単独あるいは共同で海氷を対象としたフィールド研究を行う場合に、流氷研究施設は不可欠である。国際共同研究の国内でのフィールドに隣接した研究施設として、流氷研究施設は唯一であり、その意味でも存在意義は大きい。過去・現在と国際共同研究が精力的に行われたが、今後は今よりもさらに活発に行うように、工夫することが望まれる。それには、対象とする現象を絞ったシャープな共同研究を目指し、得られた結果をシンポジウムやワークショップで十分に議論した上で、成果をよく纏まった出版物にして発表することにより、国内外の研究者の関心と評価を高め、次の研究をより意欲的に進める基にする。紋別市で毎年開かれている海氷圏シンポジウムを成果発表の場として今以上に有効に利用することも効果的だと思う。

      現在の教官スタッフの専門は物理分野であるが、生物や化学への関心や知識も深く、利用者にとって心強い限りである。将来的には、PDF等の研究者も常駐して研究するような体制作りができると施設の利用が今以上に充実すると思う。

      流氷研究施設はオホーツク海に面しており、オホーツク海の日本サイドの研究拠点としての意味も大きい。特に、低温科学研究所は「オホーツク海と周辺陸域における大気・海洋・雪氷圏相互作用」のCOE研究プロジェクトを進めていて、研究の現地拠点とすることにより、COE研究プロジェクトの一層の充実が期待される。オホーツク海は、これまで東西の冷戦構造の下で資源利用が押さえられてきたが、冷戦状態が消滅した現在、急速に資源利用の手が伸びることは避けられない。冷戦時代はオホーツク海は研究の手もほとんど入っていず、資源の上手な利用のためには可及的速やかにオホーツク海の状況の把握が必要である。そのためには冬季だけでなく周年にわたる科学研究が必要である。

    2. 流氷レーダーの更新は必要か。特に現存のものから変更するならば、何が研究推進に有効か。

      専門外のために分からない。ただし、近い将来、オホーツク海の流氷に接近したり、上に乗って観測や実験を行う計画があり、その場合の流氷の動きをリアルタイムで追跡するためにはレーダーの利用が恐らく最も現実的だと思う。

    3. 大学に所属する施設として、教育的視点は何か。

      我が国唯一の海氷を観測・実験できる研究施設として、全国の学部及び大学院学生を対象とした野外及び室内実験の機会をもてるようにできると良いと思う。学部対象の公開臨海・臨湖実習が大学付属の臨海・臨湖実験所で行われていて、こうした経験によって将来は教育や研究の場で活躍したい希望者が出ているので、同様の企画を流氷研究施設としても検討することを勧める。講師はスタッフを含め、国内外から広く求めることも長く続けるには重要だと思う。

      卒業論文や大学院の研究のために流氷研究施設に滞在して研究し、ある程度の専門教育が受けられるような体制作り(例えば、施設のスタッフ及び外部の研究者が流氷研究施設で講義や実験指導に当たられるような)があると良いと思う。既に国内外の大学院生がサロマ湖やオホーツク海をフィールドとした研究を始めているので、今後のさらなる充実である。

      社会学習の充実がいわれており、一般社会人や小・中・高校生向けの講義や実験・観察のできるチャンスがあることも重要である。この場合は紋別市内にある流氷科学館を始め、周辺の関連施設との今以上の連携が必要である。流氷研究施設のスタッフによる「流氷子供シンポジウム」や放送大学の利用など、具体的な試みが進められているので、これらも今後の発展・充実が望まれる。

      研究のためには全国共同利用をさらに一歩進めて、国立極地研究所・海洋科学技術センターなど、国内の関連分野の研究を進めている機関のフィールド施設としての機能を強化することにより、さらに研究や教育が充実すると思う。流氷を直接に採取したり、流氷上で実験する計画があり、それには耐氷船・砕氷船・ヘリコプター等のプラットフォームが必要である。これには国を挙げての取り組みが求められる。

    4. 社会への貢献として何が考えられるか。

      流氷研究施設は、既に地域の文化的な牽引力としての役割を果たしている。例えば、流氷研究施設のある紋別市は、流氷の町として知られており、そこに流氷を科学的に研究する施設のあることに意味がある。流氷研究施設のスタッフが協力して、市が主催する海氷圏国際シンポジウムも14回を数え、毎年数百人の研究者が国内外から紋別を訪れている。これは、単に紋別にとどまらず、日本にとっても意義がある。今後、国際シンポジウム、流氷研究施設がそれぞれに今以上に活動が活発になり、その存在が内外に知れてくると、研究に、勉強に、観光にと目的意識のはっきりとした人達の訪れが期待される。こうした地域の特性を生かして活性化していくことは、地域はもとよりのこと日本にとって大変に良いことである。


F 東京大学海洋研究所 平 啓介 委員

  1. これまでの評価

    1. 組織と運営

      科学を地域に普及する上での貢献は大きく、流氷の訪れを全国的に知らせる点も大きな意義がある。紋別における国際シンポジウムへの貢献も大きいが、最近の宇宙からの観測技術の導入を考えると少ない職員が大学本部から離れて研究することは制約が大きいように思われる。

    2. 研究成果

      海氷レーダー観測の成果も大きいが、海氷下の海況観測に基づく総合研究を高く評価する。東京大学海洋研究所も岩手県に臨海研究センターを持っているが、採集生物の生物学的研究に比べると地球物理観測は海水交換過程など当初の海況研究の後はルーチン的な研究に陥りがちであることを反省している。研究船による外洋からのアプローチを試みているが、臨海研究センターの役割が従になってしまう。

    3. 施設・設備

      レーダー観測施設の老朽化・陳腐化が懸念されるが、現在の財政状況は楽観を許さないであろう。可視・マイクロ波センサーによる人工衛星データの活用と広域海洋の研究展開が望まれる。

  2. 将来の展望

    1. 国際・国内研究者との共同研究を通じて、施設を利用してもらう効果的な方法は何か。

      1999年2月にウラジオストック(ロシア)を訪問した。ロシア、日本、ヨーロッパの科学衛星による北洋の海氷の研究が実施されていた。衛星観測とレーダー観測を総合した特徴を活かした研究が国際共同研究の課題の候補であろう。低温研の全国共同利用としての活用をはかることも重要である。

    2. 流氷レーダーの更新は必要か。特に現存のものから変更するならば、何が研究推進に有効か。

      流氷の移動観測には航海用や港湾監視用の汎用レーダーが利用できれば費用は少ないように思う。

    3. 大学に所属する施設として、教育的視点は何か。

      附置研としての教育は大学院生が主体になるが、遠隔地にあることは制約が大きい。データを札幌に全て伝送して、現地は保守作業に徹することも考えられる。そうなると大学院生の教育には有利であろう。

    4. 社会への貢献として何が考えられるか。

      春を告げる施設としての役割は大きいが、地球温暖化などグローバルな課題への取り組みは現状の沿岸監視だけでは不十分である。


G 北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻 前 晋爾 委員

  1. これまでの評価

    1. 創設の経緯

      昭和30年代という早い時期に、オホーツク海の流氷に着目し、研究・観測拠点として紋別に低温科学研究所流氷研究施設を設置したことは、高く評価されてよい。人工衛星は勿論の事、航空機や船舶等の広域にわたる観測手段が困難であった時代に、レーダ観測に焦点を絞ったことは、やむを得ない事情があったとしても、卓見であり高い評価に値することであると考える。

      さらに、オホーツク沿岸の主産業が漁業である以上、地場産業発展のため流氷情報サービスに、ある程度のエネルギーを注いだことも、うなずけることである。当然、漁業者からも相応の海洋および気象情報や、場合によっては貴重な観測の支援を受けることが、充分考えられることであるかである。

      以上の様な事実を勘案すると、低温科学研究所流氷研究施設の設置については、当時の関係者の着眼点と、設置に至るまでの努力には敬服する以外にない。

    2. 組織と運営

      組織として、設置以来ほぼ一部門以下の人員構成(技官は多いとしても)で、設備の維持、観測の継続、情報の提供かつ共同研究を行ってきたことは、高く評価すべきことと考える。

      しかし一方、観測が主としてレーダ観測に力点が置かれていた事は、いささか残念である。なぜならば、オホーツク海の海洋資源と流氷の関係は明らかであるし、オホーツク海が日本を含む北東アジアの気象気候環境に及ぼす効果もまた重要と考えられるからである。したがって、ある時期に研究・観測の検討をおこない、組織の発展的拡充を図る必要があったのではないかと考える。

    3. 研究成果

      流氷観測を長年にわたって継続し、研究成果を出し続けたことは、流氷研究にとって貴重なことであったと考える。環境変動・気候変動の重要な鍵となる流氷の観測の長期継続は、今後の環境気候変動予測にとっても、大きな成果であろう。

    4. 施設・設備

      施設は、低温科学研究所の努力により、立派なものとなっている。設備については、沿岸部の流氷の観測としては立派なものと言える。しかし、b 組織と運営で記述したように、北東アジアの気象気候環境に及ぼすオホーツク海(勿論、流氷も含め)の効果は、極めて重要である。したがって、低温科学研究所以外の北海道大学あるいは全国の大学あるいは研究機関で、北東アジアの自然環境とオホーツク海の相互作用を高度にかつ多角的に研究する事が出来ない以上、低温科学研究所流氷研究施設の存在は、グローバルな環境研究という観点からも、欠くことが出来ないと思う。すなわち、沿岸部流氷域のレーダ観測にとどまらず、オホーツク海全域および周辺陸域の雪氷、海洋、生物の研究観測に発展させてきて欲しかったと感ずる。

  2. 将来の展望

    上で記してきたように、日本は勿論北東アジアの自然や人間の営みにとって、オホーツク海は、極めて重要である。そのオホーツク海の特徴である流氷の観測の重要性は言をまたない。したがって、流氷観測の有力な手段である流氷レーダは、より観測対象を明確化し、かつ高度な技術を取り入れつつ存続を計るべきと考える。と同時に、オホーツク海観測の視点を広げ、研究・観測の多様化を計る必要があろう。

    大学院教育は勿論のこと学部教育においても、多様な研究を展開している流氷研究施設は重要な教育拠点となりうる。総合的な自然観測(観測手段も含め)の研究教育の拠点としては、北海道大学でただ一つであろうと思う。

    流氷研究施設の研究観測の多様化を計れば、国際・国内の研究者との共同研究は、自ずと展開していくものと考える。研究者および研究機関の間でのネットワークも形成されていくと思う。しかし、研究・観測の多様化には、研究人員(国外からのパーマネントの研究者も含む)の大幅な増大と研究費の増加が必要である。と同時に、低温科学研究所教官の方々の研究視点と行動をより一層拡大していただくことも肝要である。そのうえにたって、低温科学研究所全体を考えた上での流氷研究施設の発展的改革を是非お願いしたい。


北海道大学 低温科学研究所