1999年2月 No.7
ロシア連邦ティクシ近郊のツンドラ地帯における自動気象観測
(寒冷陸域科学部門・兒玉裕二提供)
低温科学研究所所長 本堂 武夫
当研究所が共同利用研究所に改組して、早くも4年になる。様々な形で共同研究が展開され、新たな芽も見えてきた。改組以来推進してきた研究プロジェクト「オホーツク海と周辺陸域における大気‐海洋‐雪氷圏相互作用」では、日露米の共同研究としてオホーツク海の本格的な海洋観測を始めることができたし、カムチャッカでは日露共同で予定の氷冠掘削に成功した。いずれも、当研究所関係者と国内外の共同研究者の並々ならぬ努力の賜物である。同時に、このプロジェクトの推進が、内外の様々な専門分野の協働を生み出し、既存の枠を超えた研究へ発展することを期待している。
当研究所の研究者が実施しているフィールド研究は、上記のほかに国内はもとより南極、シベリア、アラスカ、カナダ、中国、パタゴニア、ヒマラヤ等々多くの国と地域に及んでいる。一方、当研究所は実験研究に伝統的強みをもっており、実験室の整備にも力を注いできた。分析棟の建設や分析機器の充実は、先端的な研究の場を全国の研究者に提供する源となった。フィールド研究には実験研究の裏づけが必要であり、逆に実験研究にとって、フィールド研究は新たな切り口を見つける宝庫でもある。両者の連携が新たな発展の契機となり、当研究所の特色を一層鮮明にすることを期している。
今、研究所をめぐる環境が大きく変わろうとしている。大学院重点化や研究所改組が一段落したと思う間もなく、省庁統合、独立行政法人、人員削減等々、研究基盤を揺るがしかねない改革論が取り沙汰される昨今である。大学だけが行財政改革の流れの外にいることはできるはずもないし、必要な改革は断行せねばならない。しかし、行政のスリム化と同じ発想で研究組織の統廃合を進める危うさを憂慮するものである。現代の科学は、極めて広範な研究資産の上に成り立っており、単純な統廃合はせっかくの資産を洗い流し、足元を不安定にしかねない。周囲が揺れ動く時だからこそ、研究に専念できる環境を整えねばならないと痛感している。
当研究所には、大学院地球環境科学研究科の修士、博士全学年合わせて、毎年だいたい100名の学生が在籍している。まさしく、大学院教育の一翼をになっていると言えよう。しかし、教官が思い描く大学院像と現実との間に乖離が生じているように見える。大学院重点化は大学が研究重視の姿勢を鮮明にしたものであるが、その一方で院生の質的な低下が問題になり始めている。この根源は、昨今の教育改革、大学入試改革と無縁ではない。大学入試科目の削減が大学入学者の科学的な常識レベルを著しく低下させてしまったのである。それを補う教育がなされないまま大学院生になってしまうという現実に直面している。そもそも、いかなる専門的な研究も、広範な基礎知識の土台の上に成り立つものである。大学院重点化が本当に意味をもつためには、実は、大学院に入る前の教育を重視しなければならない。また、大学院生の量的な拡大は、高度な専門知識を修得した人材を多数世に送り出すことがねらいであったが、教官の意識は依然として、後継者育成的な視点から抜け出ていないように見える。様々な専門分野を擁する低温研ならではの大学院教育があって然るべきであろう。
目まぐるしいほどの改革が進む中で、長期的な展望をもつことの難しい時代である。しかし、だからこそ、揺るぎない研究基盤を作らねばならないし、人材を育てなければならない。ユニークな研究で世界に知られてきた低温研が、次の世紀でもそのユニークさで輝くために、この時節の変わり目を好機としたいものである。
原 登志彦、高橋耕一、本間航介(寒冷陸域科学部門)
低温科学研究所のCOEプロジェクト「オホーツク海と周辺陸域における大気−海洋−雪氷圏相互作用」において、寒冷陸域科学部門・寒冷生物圏変動研究グループを中心とする植生班は、課題「カムチャッカにおける植生動態と物理的環境の相互作用の解明」を行っている。1997年度は原 登志彦がカムチャッカの森林の予察を行い、1998年度に第一回目の本格的調査が始まった。その調査の経緯と結果、そして1999年度の計画などについて報告する。低温科学研究所から参加した植生班のメンバーは、寒冷陸域科学部門・寒冷生物圏変動研究グループの原 登志彦、高橋耕一(COE非常勤研究員)、本間航介(日本学術振興会・特別研究員)の3名であった。また、ロシア側の植生班・共同研究者は、ロシア科学アカデミー・カムチャッカ生態学研究所のValentina P. Vetrova, MarinaP. Vyatkina, Sergey Florenzevの3名であった。一部、地形班の曽根敏雄(寒冷陸域科学部門・雪氷環境研究グループ)、山縣耕太郎(上越教育大学・地理学教室)、 Nikolai V. Kazakov(ロシア科学アカデミー・カムチャッカ生態学研究所)、および氷河班の白岩孝行(寒冷陸域科学部門・氷河氷床研究グループ)との共同研究も行った。これらの研究成果の一部は、1999年1月25−26日に低温科学研究所で行われたSecond International Workshop on CryosphericStudies in Kamchatkaで口頭2題、ポスター2題として発表した(本ニュースレターの当該記事参照)。1999年度は、1998年度の結果をふまえ、地形班、氷河班とのより密接な共同研究を進め、地球環境変化に敏感に反応すると思われる寒冷陸域の植生−地形−氷河の動態の相互関係を解明したい(氷河班の研究実績のあるKoryto氷河周辺で行う予定)。
8/1 | 札幌 → 名古屋 → Petropavlovsk-Kamchatsky 着 |
8/2 - 8/5 | Petropavlovsk-Kamchatsky 滞在、準備 |
8/6 | Petropavlovsk-Kamchatsky → Milikovo → Bilchenok 着、ベース・キャンプ設営 |
8/7 - 8/11 | Bilchenok で植生の垂直分布帯調査 |
8/12 | Bilchenok → Kozyrevsk 着、原は帰国、高橋と本間はKozyrevsk火山研・分室泊 |
8/13 - 8/20 | Kozyrevsk で森林調査 |
8/21 | Kozyrevsk → Esso 着 |
8/22 - 8/24 | Esso 滞在、山火事視察 |
8/25 | Esso → Milikovo → Petropavlovsk-Kamchatsky 着 |
8/26 | Petropavlovsk-Kamchatsky 滞在、荷物送り出し |
8/27 | Petropavlovsk-Kamchatsky → Khabarovsk 着 |
8/28 | Khabarovsk → 新潟 → 札幌 着 |
以上の期間に、以下の5項目の調査を行った。
目的:カムチャッカ半島はユーラシア極東部において、唯一の広大な山地を有する地域であり、標高、気候、氷河の地形形成作用などにより植生が複雑に変化する。しかし、同地域における植生分布パターンはほとんど分かっていない。本研究では同地域での極相林の植生を調べ、環境変数との相関を解析することで、北方林における植生分布パターンと物理的環境条件との関係を定量的に把握することを目標とする。
太平洋側多雪地域山地帯(Bilchenok)および内陸側少雪地域山地帯(Esso)において、標高400mから森林限界まで標高100mおきにベルトトランセクト(10X50m)を設置し、木本および林床草本植生を調べる。これと並行して土壌トレンチから土壌形成年代、根の分布、土壌の温度プロファイル、栄養塩などのデータを得る。気候データは、最寄りの観測地(当面は氷河隊データを用いる)から推定する(積雪環境については冬期の現場踏査が望ましい)。そして、多変量解析などにより植生と環境の相互関係を解析する。
進行状況:1998年度はBilchenok氷河西岸の尾根を標高250mから750m(ダケカンバBetula ermanii の分布限界)までトレースし、ベルトトランセクト5本、高木の年輪コア約60本、土壌トレンチ6個分(土壌サンプル約30個)のデータを取った(結果は上記ワークショップで発表;本ニュースレターの当該記事参照)。1999年度はEssoの標高2000mクラスの山で同様の調査を実施する予定である。さらに、1999年度は、航空写真と衛星写真の画像解析によって水平方向の分布状況も合わせて把握したい。ここで得られた垂直分布データと道内および本州の多雪地(暑寒別岳・立山)および内陸型少雪地(天塩岳・八ヶ岳)との比較も行う予定である。
目的:北方林の更新動態は、高緯度におけるエネルギー不足や低温と森林構成種数の少なさから、一般に知られている暖帯林のそれとは大きく異なる可能性がある。特に林冠が疎になり、閉鎖林冠ができないためにギャップが識別しずらいことは北方林の大きな特徴の一つである。したがって、北方林は、温帯林や熱帯林のギャップ・ダイナミクスとは異なる更新動態を示す可能性が高い。本研究では、中央低地帯のPicea ajanensis(トウヒ属の1種)-Betulaplatyphylla(シラカバ)-Populus tremula(ヤマナラシ属の1種)林、Larix cajanderi(カラマツ属の1種)-Betula platyphylla林で1ha規模の固定調査区を設定し、カムチャッカの針広混交林の動態を定量的に解析する。さらに、北海道、北米、北欧での我々の解析結果と比較し、寒冷陸域全般の森林成長動態と更新動態に共通する法則性を探ることを目的とする。
進行状況:1998年度は、KozyrevskのPicea-Betula-Populus天然林内に1haの固定調査区を設置し、胸高幹直径2cm以上の毎木調査、各個体の空間位置の計測、5X5m小調査区毎の林冠閉鎖度調査、主要樹種3種の稚樹分布図の作成、林床草本の記載、ギャップ内外での環境計測の開始、主要樹種3種の年輪コアサンプル(約60本)などの作業を行った(結果は上記ワークショップで発表;本ニュースレターの当該記事参照)。また、KozyrevskのLarix-Betula林では10X50mのベルトトランセクトにより植生把握のみ行った。また、環境測定装置はPicea-Betula-Populus林内に2個所、Larix-Betula林に隣接する火山研究所分室に1個所設置した。いずれも気温・地温・光強度(光量子)の3パラメターを連続測定する。
1999年度は、全天写真による光環境測定、稚樹・実生の生残率と成長速度の計測、およびLarix-Betula林での1ha調査区の設置を行う予定である。
目的:北方の寒帯・亜寒帯林では、低温環境や光合成期間短縮、雪腐れ病感染などにより実生の定着可能な場所が限定され、更新の初期段階での死亡率が極めて高くなる。したがって、これと相補的に、萌芽による個体維持や幹の再生が個体群維持に大きな意味を持つようになる。カムチャッカ中央部の針広混交林では、Betula platyphylla、Populus tremulaの2種がその高い萌芽能力によって個体群を維持する特徴的な種として識別された。Betula platyphyllaは、イヌブナに良く似た地際萌芽basal sproutを大量に発生し、採算性の悪くなった太い幹を萌芽幹によって暫時置換する種である。一方のPopulus tremulaは、アメリカブナやシウリザクラに似たroot sucker型の萌芽(親幹から水平方向に伸長した根の親幹から離れた部位で地上部シュートが発生する)を行う種であり、Picea-Betula-Populus林において大きなギャップに侵入できる唯一の種である。いずれの種も、属内では最も高い萌芽性を有する種であると考えられ、その種生態的特性の解明は、萌芽性木本植物の研究全体にとって大きな意味を持つ。本研究では、萌芽部位の形態、萌芽幹の成長と回転速度の解析、異形葉の光合成特性の解析、DNAを用いた個体識別(Populusに関して)、萌芽による場所取り効果の解析、実生の分布と生残率の解析を行う。そして、北方の寒冷陸域におけるこれら2種の萌芽の個体群維持に対する意義を包括的に解明することを目標とする。
進行状況:1998年度は、Kozyrevskに設置した1ha調査区内で、Betula platyphyllaとPopulus tremulaの親幹・萌芽幹・実生のサイズ計測とそれらの空間位置の計測、および動態調査用のマーキングを行った。また、Populus tremulaについては萌芽幹の掘り起こし(15個)を行い、側根の径、幹の立ち上げ回数、root sucker型萌芽の発生量、カルス形成の有無などを測定した(結果は上記ワークショップで発表;本ニュースレターの当該記事参照)。また、掘り起こしたサンプルについて、今後、SEMによる導管構造の観察、異形葉のサイズおよびSLA(単位葉重量当たりの葉面積)の測定を行う予定である。
1999年度は、萌芽性実生の生残調査、個体識別のための葉のサンプリング、異形葉の光合成活性の測定、側根の形態調査を行う。また、得られた成果をもとに、北方・寒冷陸域の森林動態について萌芽特性を加味したモデリングによる理論的研究も行う。
目的:シベリア、カムチャッカ、アラスカなどの北半球高緯度地帯の森林では頻繁に森林火災が発生し、その規模も大きいために、森林火災は森林の更新を考える上で不可欠の撹乱因子として論じられるようになってきている。また、近年の森林火災には人災的な側面も強く、資源の消失や管理手法の策定といった応用的な見地からも研究要請が高まっている。しかしながら、研究の進んでいる北米の森林火災に対して、ユーラシア極東地域では研究体制の不備により、ほとんどデータが提出されていないのが現状である。本研究では、ランドサット・JERS-1による衛星画像解析と、現場での更新動態調査を併用することによって、この地域の森林火災の頻度、面積、回復に要する年数の定量化、遷移系列の特定などを行い、森林の維持管理の基礎となるデータを提出することを目標とする。
進行状況:1998年度は、現地のKozyrevsk森林局、Esso森林事務所、Petropavlovsk森林火災研究所の3つの役所に研究支援を要請し、快諾を得た。Esso森林事務所とPetropavlovsk森林火災研究所には、管轄地域内の森林火災について、発生年月日、面積、位置、焼失前の植生などの項目よりなるデータベース作成を依頼した。また、Esso付近で現場踏査により1999年度の調査区設置場所について下見を行った。また、リモートセンシング技術センターの上林徳久氏に衛星画像の解析について協力を要請し、快諾を得た。
1999年度は、現地でのヘリコプターによる航空写真撮影、更新動態調査区の設置を行い、本格的なデータ収集を開始する予定である。
目的:年輪気候学の研究において、カムチャッカはほぼ完全な空白地帯である。現在、進行しつつある地球規模の環境変化の指標として、また、氷河の動態解析のための基礎資料として、過去200年程度の気候復元は極めて重要なテーマである。本研究では、中央低地帯に分布するLarix cajanderiが、幹寿命が長い、成長が旺盛で偽年輪ができにくい、円盤入手が比較的容易である、などの理由から最も好適な素材であると判断し、これによる過去200年程度の年輪幅成長の標準曲線を作成することを目標とする。
進行状況:Kozyrevsk森林局の協力で、同地の約150年生のLarix cajanderiの円盤を17本分入手した。現在、成長曲線の作成と標準化作業を行っている(一部の結果は上記ワークショップで発表;本ニュースレターの当該記事参照)。解析には軟エックス線デンシメトリー法を用いることを検討している。
豊田 威信(寒冷海洋圏科学部門)
気象学を学び始めた当初、私は観展望気というものに興味がありました。複雑な形をした雲の様子から今ある大気の状態、そして今後起こり得る天気現象の変化などを予測することに憧憬を感じていました。様々なスケールの形を呈する雲はその背景場を目に見える形で暗示していると考えられます。また、こういった場は決して数値予報モデルでは十分には表現しきれるものではなく、しかも一見複雑なようで、どこかしら秩序を感じさせる点などから興味を感じていたのでしょう。そこで10数年前、気象庁に勤め出した頃、雲の種類を熱心に覚えたりしたものでした。
そうこうしているうちに、ひょんなことから海氷業務に携わるようになり、興味は海氷に移ってきました。海氷を研究しようと思い、4年ほど前に博士課程に入学した頃、たまたま砕氷船を用いたオホーツク海の海氷観測プロジェクトが始まりました。このプロジェクトに参加させて頂いて実際に海氷域内部の氷盤に直に接したときの驚きは新鮮なものでした。大小様々なスケールを持つ氷盤が群れをなして海氷域を作り出しているのですが、その分布している有り様は、雲の場合と同じく、一見複雑でランダムなのですが、見た目にどこかしら秩序があるように思えました。海氷域は決しててんでばらばらな密接度で分布しているのではなく、何かあるスケールのまとまりを持って存在しているように感じられました。また、形状も各々の海氷域で何か統一性があるように思えました。こういった現象は単に海氷密接度で表された海氷図のみからは見えてこない特徴です。一見複雑なものの中に、もし秩序が見い出されたなら、そこに何かオホーツク海南部のような氷縁域の形成過程の本質が潜んでいるかもしれないように思えてきます。
従来の海氷域の消長の理解は主として極域の氷域内部の比較的安定した海氷域が主流で、海や大気との相互作用が甚だしい氷縁付近の海氷の消長に関する理解はまだまだ不十分であると言ってよいと思います。そもそもどういう海氷が存在するかといった観測事実も不十分と言えます。地球規模で眺めて、氷縁付近は低気圧など大気現象が活発であり、今問題になっている温暖化の問題にしても氷縁付近の海氷の消長過程の解明はとても重要な課題と考えられます。このためには、まず、何よりも現場の海氷の解析を通して実態を知ることが重要です。オホーツク海南部の観測プロジェクトで採取した海氷サンプルの薄片解析から、ここでの海氷は、熱力学的に海氷の下面結氷による成長よりも、比較的薄い氷盤(平均氷厚5〜10cm)が互いに積み重なって成長していることが明らかになりました。また、南極の氷縁付近においても同様の解析から、薄い氷盤の重なる過程が重要であることが分かってきました。すなわち、これらの海域では、海氷域の消長にはrafting過程がとても重要であり、海氷分布のモデル化に当たってはこの過程をうまくパラメタリゼーションする必要があることを意味します。しかしながら、この過程は海氷の性質の中でも解決されていない課題の一つです。どのような状況の時にどのように氷盤が積み重なるのか、大変興味ある問題です。個人的には、実験及び現場の海氷サンプルの解析から手がけてゆきたいと考えています。
現実の現象を素直な目で観察してその性質を調べる、というのは自然科学を研究するのに至極当然です。しかし、海氷の場合、例えばその薄片解析から海氷の性質、成長過程を知るための「解読の仕方」の知見がまだまだ不足しているのが実状です。例えば、同じ粒状の結晶構造であってもその形や大きさはどういう状況で変化するのかといった知見です。そこで、まずはこういった基礎的な問題から手がけて海氷の理解を深め、最終的には氷縁域の海氷成長過程の解明に貢献できれば、と思います。言い換えれば、マクロな海氷分布(数kmスケール)とミクロな海氷の性質(数mmスケール)の橋渡しになるような研究をしてゆきたいと思います。あくまで、海氷はミクロなスケールから形成して、次第に大きな氷盤の分布へ成長しているためです。
自分が海氷に興味を持っているのにはもう一つ理由があります。自然科学とは人間の精神世界に喜びをもたらす営みという考え方が許されるならば、自然科学を単なる唯物論的にとらえて人間に真の喜びをもたらすかどうか疑問です。やはりそこには「いのち」が介在する必要があるように思います。海氷は地球上で生じる数々の自然現象の中でも、成長し、朽ちてゆく様が目に見える形で現れる一つと言えます。将来、海氷の研究を通して、世の様々な存在についての認識を深めてゆきたいと思います。
(January 29, 1999)
白岩孝行・原登志彦・曽根敏雄・成瀬廉二(寒冷陸域科学部門)
標記の国際ワークショップが1999年1月25,26日の2日間にわたり低温科学研究所会議室において開催された。このワークショップは、低温科学研究所が推進しているCOE研究プロジェクト「オホーツク海と周辺陸域における大気−海洋−雪氷圏相互作用」の下で1998年に実施されたカムチャツカ半島の陸域雪氷圏研究の現地調査結果を公表し、学際的な立場から当地の雪氷圏の理解を進めることを目的とした会合である。国内の諸機関から28名、海外から3名(ロシア人2人、チェコ人1名)の参加者を得、活発な討論が行われた。
初日は成瀬廉二によるカムチャツカ半島における日露共同の雪氷圏研究の推移に関するOpening Remarksから始まった。セッション1では、1998年6月に国際学術研究(代表 小林大二)の下で実施されたウシュコフスキー氷冠掘削に関して8編の報告があった。高橋昭好((株)地球工学研究所)・他は、全長211.7mに達する雪氷コア掘削について報告し、コア中に含まれる多数の火山灰が掘削を困難にした点を指摘した。白岩孝行・他は、コア層序の観察に基づき、融解再凍結氷層の分布が夏の気温と相関が良いことを指摘し、過去500年間の夏の気温変化の指標となる可能性を示した。戸山陽子(北海道教育大 釧路校)・他は、コアの固体電気伝導度測定(ECM)から、ECMシグナルが季節変動すること、コア層序とECMシグナルを併用することによりコアの年代を推定できる可能性を指摘した。続いて西尾文彦(北海道教育大 釧路校)・他は、ウシュコフスキー氷冠コアにも適用されたデジタルビデオを用いたコアの連続撮影技術を紹介し、この方法によって撮影された画像から詳細な層序解析ができる可能性を示した。ウシュコフスキー火山の研究を進めているA.A. Ovsyannikov(ロシア科学アカデミー火山学研究所)・他は、ウシュコフスキー氷冠周辺の火山から噴出された火山灰の化学組成に関するデータを提示し、コア中の火山灰の噴出起源および年代が特定できる可能性があること、および本コアが火山の噴火史の研究にも貴重であることが指摘された。
Y.D. Muravyev(ロシア科学アカデミー火山学研究所)・他は、1980年代から開始したウシュコフスキー氷冠の雪氷学的調査から、ウシュコフスキー氷冠の年間質量収支と周辺の気候・雪氷・年輪データとの相関を調べ、近隣低地の7月の降水量との間に負の相関があることを見出した。西尾文彦・他は、ウシュコフスキー氷冠の予察段階で得られたコアの過剰重水素とオホーツク海の海氷面積に負の相関があることを指摘し、ウシュコフスキー氷冠コアから過去の海氷面積の復元ができる可能性を示した。松岡建志(郵政省通信総合研究所)・他は、JERS-1のSARデータの解析から、ウシュコフスキー氷冠の電波散乱特性を調べ、衛星データから内部構造の探査ができる可能性を示した。また電波の散乱に対する表面地形の影響を調べるため、1999年に予定されているスペースシャトルによる表面地形探査のミッションにウシュコフスキー氷冠を取り上げてもらうよう申請したことが紹介された。初日の最後は西尾文彦・戸山陽子によるコア掘削を撮影したビデオが放映され、掘削の全容がわかりやすく伝えられた。
第2日目は植物生態に関するセッション2から始まった。ここでは3編の発表があった。五十嵐八枝子(北大低温研)・他は、カムチャツカ西岸のウスチボルチェレツクの泥炭地から採取した花粉の分析から、過去8000年以降の温湿度の変化の傾向を示した。また、その他の地点の分析結果も考慮し、カムチャツカの現在の気候は約400年前に成立したとした。高橋耕一(北大低温研)・他は、ウシュコフスキー山西麓のコズィレフスク周辺の胸高直径2cm以上のエゾマツ・シラカバ林の構造と組成を調査した。シラカバは萌芽により安定的に、エゾマツの中サイズクラス以上の個体はギャップを利用して断続的に生長し、2種が排他的に分布、生長することで互いに競争排除する関係にはなっていないことが判明した。また、本間航介(北大低温研)・他は、同じ調査地で胸高直径2 cm以下の実生と萌芽による更新様式を調査した。エゾマツの実生は、ギャップよりもむしろ母樹の林冠下に集中して定着しているなど、ギャップを有効に利用して更新しているとは言い難かった。これらのことは,エゾマツ実生の定着にはギャップは不適な環境であるが,定着後の成長にはギャップは不可欠であることが示唆された.この地域に多い疎林が形成される過程には、構成種に固有の生活史戦略や北方地域におけるギャップ内環境の特殊性(土壌凍結や強光阻害、積雪量の違いなどが考えられる)が関与している可能性が高い。
続いてセッション3では3編の地形に関する報告が行われた。曽根敏雄・他は、ウシュコフスキー火山西麓のビルチェノック氷河周辺の永久凍土環境を主として土壌断面の地温測定から明らかにした。その結果、この地域では標高980m以高に永久凍土が分布することが判明した。M. Vyatkina(ロシア科学アカデミー生態研究所)・他は、ビルチェノック氷河のモレーン上に発達する土壌と植生の調査から、モレーンを最近のもの、30年前に形成されたもの、そして1000年以上前に形成されたものに区分した。山縣耕太郎(上越教育大学)・他は、同じくビルチェノック氷河のモレーンを火山灰編年法により調べ、8000年BP, 3000年BP, 1000年BPのモレーンに区分した。しかし小氷期に形成されたモレーンは分布しないことが判明した。
第2日の午後のセッションはポスターによる発表が4件あった。白岩孝行・他は、ウシュコフスキー氷冠浅層コアの酸素・水素同位体比、主要イオンの分析から、これらのシグナルに季節変動を見出した。特に過剰重水素は1年に一回の振幅を示し、冬期に重く、夏期に軽いことを示した。また、力学モデルから計算されるコアの年代が、4層の噴出年代既知の火山灰から支持できることを示唆した。また、山縣耕太郎・他は、ウシュコフスキー氷冠コアに含まれる火山灰の鉱物組成を調べ、少なくとも2層は鉱物的に噴出起源を特定できることを明らかにした。ビルチェノック氷河については、澤柿教伸(北大低温研)がサージ活動による堆積物の区分を行い、1940年以降の氷河末端変動の復元を試みた。高橋耕一・他はウシュコフスキー山西麓のコズィレフスク周辺でカラマツの年輪解析を試み、18本のカラマツから得られた標準曲線と周辺の気候値とを比較し、年輪幅と前年の8月の降水量,および前年夏季降水量(6月〜8月)との間に正の相関を見出した。本間航介・他は、ウシュコフスキー山の標高300-700mで5カ所の調査地を設定して、植生と土壌の関係を調べた(土壌に関しては、セッション3の曽根敏雄らも参照)。その結果、標高の上昇とともにダケカンバの根系の深度が浅くなり、同時に樹高の減少、萌芽率の増大が生じ、標高700mの場所で生育限界(高木限界)が生じていた。また、草本の種多様性も標高の上昇に伴って減少していることが判明した。
ワークショップの最後に原登志彦によって行われたClosing Remarksでは、1996年〜1998年の3年間に実施されたカムチャツカ調査では、氷河、地形、植生、火山、気候の個々の特性について明らかにされてきたことが指摘され、引き続く1999年から3年間の調査では、これらの特性の相互作用を明らかにする必要があることが指摘された。
最後になりましたが、本ワークショップ開催にあたり、国内外の諸機関からお集まりいただきました共同研究者の皆様に感謝申し上げます。本ワークショップ開催に関わる諸経費は、低温科学研究所共同利用研究ならびにリーダーシップ経費から支出された。記して感謝致します。
内容
「寒冷圏および低温条件のもとにおける科学的現象に関する学理およびその応用の研究」を目的として、研究所内外の研究者が協力して実施する、(1)特別共同研究、(2)一般共同研究、および(3)研究集会を公募します。
(1)特別共同研究とは本研究所が提案して重点的に推進する研究課題を、(2)一般共同研究とは申請者が自由に設定した研究課題を、いずれも当研究所の施設、装置、データ等を主に利用して行うものです。(3)研究集会とは、研究企画のために開かれる会議・シンポ ジウムや成果発表会を行うものです。
公募事項
(1) | 特別共同研究:平成11年度の課題は「寒冷陸域における植生、水、土壌の相互作用」(平成12年度まで),「氷晶雲の放射特性に関する研究」(平成13年度まで),の2課題です。(平成12年度以降は継続課題も含めて3課題を予定しています。研究内容についての説明は、共同研究応募資料をご覧下さい。)申請者は本研究課題に沿った分担研究課題を設定して応募願います。特別共同研究1課題の校費は1年間で200万円を上限としますが、旅費は一般共同研究と比べて特に優遇はされません。 |
(2) | 一般共同研究:平成11年度の採択件数は、前年度からの継続課題を含み最大70課題です。(平成12年度以降は60課題を予定しています。)平成10年度1課題の経費の平均は、22万円でした。 |
(3) | 研究集会:原則として旅費のみの申請と致しますが、印刷費の申請も可能です。 |
応募資格
国・公・私立大学および国・公立研究機関の研究者又はこれに準ずる研究者で所長が適当と認めた方。
研究組織
特別共同研究は、単独での応募です。
一般共同研究・研究集会を行うにあたっては、研究の推進および取りまとめ等のため、研究代表者を定めて下さい。研究代表者は所外の研究者でも、当研究所の教官でもさしつかえありませんが、研究組織の中には、少なくとも1名当研究所の教官が加わる必要があります。
申請方法
申請にさいして研究代表者として応募できるのは、(2)一般共同研究1件と、(3)研究集会1件です。
研究代表者は、研究内容、使用機器、経費内訳等について、事前に当研究所の関係教官と相談の上、所定の申請書(別紙様式1)を所属長等の承認を得てから提出して下さい。
なお、一般共同研究の研究代表者は、共同研究分担者の所属長等から承諾(別紙様式2) を得て、併せて提出して下さい。
研究期間
特別共同研究の分担研究は1年の研究です。一般共同研究と研究集会とも1年とします。
共同研究に供される施設等
共同研究のために供することのできる施設、装置、およびデ−タ・資料については、共同研究応募資料を参照して下さい。
申請書提出の締切
平成11年3月12日(金)必着
採否の決定および予算配分額の通知
共同研究の採否および配分額は、共同利用委員会で審査し、教授会の議を経て、研究所長が決定します。採択された場合は、その結果と配分額の概算を4月末までに、正式な配分額は予算示達後、研究代表者に通知します。
共同研究・研究集会に関する成果報告
研究代表者は、共同研究・研究集会終了年度の3月31日までに「共同研究・研究集会報告書」(別紙様式3)1部を当研究所庶務掛に提出して下さい。
共同研究の成果を学術論文として報告した場合は、そのコピー1部を送って下さい。その際、論文中に当研究所との共同研究であることを明記して下さい。
申請書の提出および問い合わせ先
〒060-0819 札幌市北区北19条西8丁目
北海道大学低温科学研究所庶務掛
TEL 011(706)5445 (ダイヤルイン)
FAX 011(706)7142
e-mail: kyodo@pop.lowtem...,
... は .hokudai.ac.jp と読みかえる
http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/kyodokenkyu/kyodokenkyu.html
別紙様式1〜3の書式は上記ホームページからダウンロード(Word・一太郎6)できます。
本研究所では下記により教官を公募いたします。つきましては、ご多忙中の ところ恐縮には存じますが、関係各方面への周知方御願い申し上げます。
記
1.公募人数: | 寒冷陸域科学部門・助教授1名 |
2.研究内容: | 北方森林生態系の機能と構造について研究を行う植物生態学者を希望します。 当研究所は、寒冷圏および低温条件下における科学現象の基礎と応用の研究を目的とする全国共同利用の研究所であり、その中で当該部門は、地球規模の気候システムに対する寒冷陸域の雪氷及び生態系の役割について地球科学的側面及び環境科学的側面から総合的に研究することを目指しています。 当研究所の生態学関係のスタッフとしては、植物生態学分野に原 登志彦(教授)と鈴木準一郎(助手)が、動物生態学分野に戸田正憲(教授)と大館智志(助手)が在籍しています。詳細は低温研ホームページの組織、研究者一覧を参照して下さい。(http://www.hokudai.ac.jp/lowtemp/teion.html) なお、大学院は北海道大学 大学院地球環境科学研究科・生態環境科学専攻を担当して頂く予定です。 |
3.着任時期: | 決定後なるべく早い時期 |
4.提出書類: |
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5.公募締切: | 平成11年3月31日(水)必着 |
6.書類提出先: |
〒060-0819 札幌市北区北19条西8丁目 北海道大学低温科学研究所 所長 本堂武夫 |
7.問い合わせ先: |
北海道大学低温科学研究所 教授 原 登志彦 TEL/FAX 011-706-5455 |
8.その他: | 封筒の表に「寒冷陸域科学部門助教授応募書類」と朱書し、書留でお送り下さい。 |
日付 | 内容 | 氏名 | 旧職(現職) |
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10. 9.21 | 外国人研究員(客員教授) | ドクチャエフ,N,F | ロシア科学アカデミー極東支部 北方生物学的研究所 指導研究員 |
11. 1 | 非常勤研究員 | 大泉 宏 | |
非常勤研究員 | 福井晶子 | ||
研究支援推進員 | 山本考造 | ||
11.16 | 非常勤研究員 | 的場澄人 | |
研究支援推進員 | 谷 眞喜子 | ||
11.20 | 研究支援推進員 | 渡邊美香 | |
12. 2 | 外国人研究員(客員助教授) | ワーマン,J.M,A,R | アメリカ ホクラホマ大学準教授 |
12.28 | 辞 職 | 植松泰子 | 第三研究協力室 |
12.31 | 辞 職 | 大泉 宏 | 非常勤研究員 |
11. 1. 1 | 助 手 | 豊田威信 | |
1.16 | 非常勤研究員 | 坂巻祥孝 |