シベリアからの寒気吹き出し時、日本海北東部で発生する筋状の降雪雲は、南西-北東方向に半日程度の周期で振動することで、北海道西岸に周期的な降雪をもたらすことがあります。本研究では、この振動現象のメカニズムについて、領域大気モデルと簡便な浅水波モデルを用いて調べました。
観測された降雪雲の振動現象
図1 に 比較的長期間持続した最近の寒気吹き出し事例について、気象衛星ひまわり8 号で観測された赤外輝度温度のスナップショットと距離-時間断面図を示します。矢印で示した降雪雲はロシア沿海州の地形効果で強められた降雪雲として知られており、 北海道西岸に大雪をもたらすことが知られています。2020年12月中旬の事例では、14日から18日、2020年12月末から2021年1月上旬の事例では1 日および3 日から 5 日にかけ、この降雪雲とその周囲の降雪雲の位置に、
半日程度の周期性が見て取れます。これにより、北海道西岸域では、周期的な降雪が生じます(図2)。
図 1. 気象衛星ひまわり8号で観測された寒気吹き出し時の日本海北西部の赤外輝度温度(band 13, 波長 10. 4μm). (a) 2020年12月16日 00 時(日本時間)のスナップショット, (b)(a)の線上における時間-距離断面, (c) 2021年1月1日12時のスナップショット, (d) (c)の線上における時間-距離断面. 沿海州のある山岳(Mt.X)を起点とする降雪雲を矢印で示す.
図 2. レーダー・アメダス解析降水量(mm/h)のスナップショットおよび時間-緯度断面図.スナップショットの時刻と時間-緯度断面図の期間は図1と同じである. 時間-緯度断面図における降水強度は, 東経140.6〜141.2°の範囲で平均した値である。矢印はMt. Xにより強化された雲帯に伴う降水を示す.
領域大気モデルによるシミュレーションと解析
太陽放射加熱の変動は昼夜非対称で高調波成分を持つため、陸上や沿岸域の地上付近の風速をスペクトル解析すると、基本となる1日周期成分のほかに、高調波成分、 特に半日周期成分にエネルギーのピークが現れることが知られています。 図 1、2 に示した降雪雲の振動も、日射の変動に伴い励起される大陸上の風速変動が海上に伝播することで生じると予想されますが、観測データのみから具体的なメカニズムを調べるのは困難です。 そこで、領域大気モデル(WRF)を用いて寒気吹き出し事例を再現し(図3)、その出力データを解析することで降雪雲の振動を起こす擾乱について調べました。
顕著な筋雲の半日振動が見られた日のデータを用いて, 大気境界層における物理量の平均日変動データを作成しました。さらに、このデータに対し調和解析を行うことで、各物理量の24時間・12時間周期の変動成分を抽出しました。 図4に解析から得られた、沿海州の海岸線に直交する風速成分u(北西風成分)、海岸線に平行な風速成分v(南西風成分)、温位の平均日変動およびその24時間・12時間周期成分の距離-時間断面図を示します。物理量の変動は、海岸線に沿った方向にほぼ一様であるため、海岸線に沿った360kmの幅で平均しています。海岸線に平行な風速成分は、海上で明瞭な二つのピークを持ちます。筋雲は海上の風向に平行であるため、これにより半日周期の振動が顕著になると考えられます。海上(X>0)における温位の位相は、平均北西風速とほぼ同程度速度で風下に伝播しますが、uとvの位相の伝播速度は、平均風速と大きく異なり、また、uとvの伝播速度も異なります。このように、物理量間で位相の伝播速度が違っていることから、海上における変動は1種類の波の伝播で説明することはできません。
図3.領域大気モデルで再現された降雪雲. スナップショットおよび時間-距離断面の場所・時間は図1と同じ.
図 4.沿海州の海岸線に沿う方向(幅360km)について平均した, 大気下層(地表から100〜500 mの平均)の物理量の距離-時刻断面図. (上段) 24時間変動成分と12時間変動成分の和, (中段)24時間変動成分,(下段)12時間変動成分. 物理量は左から順に, 海岸線に直交する風速成分(u:北東風成分), 海岸線に平行な風 速成分(v:南西風成分), 温位. X=0 は平均した海岸線の位置, X>0は海上に対応する. 上段の図の上に平均標高を示す.
浅水波モデルにを用いた物理的解釈
海上の対流混合層では、強い鉛直混合の効果により物理量は鉛直方向にほぼ一様となっています。そこで、対流対流混合層をシンプルな線型浅水波モデルで表現し、周期的な強制に対する流れの応答を調べることで、図4に示した変動の理論的解釈を行いました。従来の海陸風に関する理論的研究では、海陸熱コントラストの日変動に伴い生じる気圧傾度力によって駆動される擾乱について調べられてきました。一方、背景風の強い寒気吹き出し時には、境界層摩擦の日変動の効果も本質的になると予想されます。そこで、周期的強制としては、風上の大陸上の境界層における加熱変動と、摩擦(乱流運動量フラックス収束)変動の両方の効果を考慮しました。
図5は、24時間周期の加熱および摩擦変動それぞれに対する応答と、応答の和を示したものです。強制の空間分布や強さは、領域大気モデルにおける顕熱および運動量の地表面フラックスの調和解析を元に設定しています。また、層の厚さの変動は温位の変動に対応しますが、その符号は温位と逆になります。各強制に対する応答においては、短波長の変動(短波長の慣性重力波によるもの)が目立ち、各物理量の時空間変動のパターンは図4に示したものと定性的に異なります。しかし、応答の和で見ると短波長の擾乱は大きく打ち消し合い、変動パターンは図4と整合的なものとなっています。12時間周期の強制に対する応答(図6)についても、同様のことが言えます。
以上のことから、降雪雲の振動をもたらす日本海上の風速擾乱の励起には、 風上の陸上における加熱の変動と、 摩擦の変動の両方が重要であることが分かりました。さらに、応答を各物理モードに分解することにより、海上における変動は加熱変動によって生じる地衡風バランスした擾乱と、摩擦変動によって生じる長波長の慣性重力波(慣性振動の移流とみなせる)の和として表現できることが分かりました。前者の影響は温位の変動に強く現れ、後者の影響は海岸線に直交する風速場(u)に強く現れます。一方、降雪雲の振動に寄与する海岸線に平行な風速変動(v)においては、両方の擾乱が同程度の寄与をします。図4に示した各物理量間の位相速度の違いは、これにより説明することができます。
図5. 24時間周期の強制により生じる(左)海岸線に直交する風速変動(u),(中)海岸線に平行な風速変動(v), 層の厚さの変動(η)の距離-時刻断面図. (a)-(c): 熱強制(層厚強制)に対する応答,(d)-(f): 運動量強制に対する応答, (g)-(i): 応答の和. 風速, 層厚の等値線の間隔は0.2 m/s, 50mで正の領域に陰影を施している.(a)-(c)の太い等値線は層厚強制の等値線, (d)-(f)の太い等値線は運動量強制の等値線を示す.パネル右上の括弧内の数値は,左から順に,短波長の慣性重力波,長波長の慣性重力波(近慣性波),地衡風バランスした擾乱に伴う振幅を表す.
図6.図5に同じ、ただし12時間周期強制に対する応答を示す.
また、沿海州にあるシホテアリン山脈は、内陸からの寒気の流出をブロックするため、日本海に流出する下層空気塊は山脈の風下斜面において、集中的に地表面フラックスの影響を受けることになります。この山脈の効果により、24時間周期の変動に対する12時間周期変動の相対的な振幅が増加し、日本海北東部において降雪雲の半日振動が顕著になることが分かりました。
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