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生物をつなぐエネルギーの流れ
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地球上の生物は、どうやって生きているのでしょう。
たとえば、海の生物を考えてみると、そのすべてが「食べる・食べられる」関係にあります。例えば海面にいる植物プランクトンを動物プランクトンが食べ、それを小さな魚が食べ、その魚をさらに大きな魚が食べ…というふうに、ほかの生物(有機物)をエネルギー源とする食物連鎖でつながっています。
最初の植物プランクトンがエネルギー源にしているのは、太陽の光です。光合成によって無機物から有機物を作る生物が食物連鎖の始まり(1次生産者)の生態系を「光合成生態系」と言います。一方で深海底には、地球内部からの熱水等に含まれる硫化水素やメタンをエネルギー源とする微生物がいます。化学合成によって無機物から有機物を作る生物が1次生産者の生態系を「化学合成生態系」と言います。
生態系の生物同士は、食物連鎖に見られる「捕食」や、「共生」という関係でつながり、エネルギーを効率よく獲得して蓄え、消費し、また利用して生きていると考えられます。しかし、その全体像は未だ捉えきれていません。エネルギーが生態系をどのように流れているのか詳しく知ることができれば、生態系全体の理解につながるのではないか。そして、地球環境に生物がどのように関わってきたのかもわかるのではないか。つまり、地球上の生物間の「エネルギーの流れ」を解明する、というのが研究の大きな目的です。
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アミノ酸の窒素の「安定同位体」からわかること
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生物同士のつながりを知るのに、私たちは大変良い方法を発見しました。それは、アミノ酸の窒素の安定同位体比を見る方法です。自然界のほとんどの動物は、餌を食べて消化し、養分を吸収し、その養分に含まれているアミノ酸を分解してエネルギーを得ています。このアミノ酸に含まれる窒素同位体が生物にどのようなバランスで入っているのかを分析すれば、その生物が食物連鎖のどの位置にいるのか、観察や解剖だけよりも正確にわかり、生物同士のつながりがよく見えてきます。
窒素同位体とは、元素としては同じ「窒素」で元素(原子)記号Nでも、中性子の数が異なる窒素原子のこと。同位体には,放射壊変を起こし壊れてしまう「放射性同位体」と、長い時間が経っても放射性崩壊を起こさず、自然界に安定して存在する安定同位体があります。窒素の安定同位体には質量数14の14Nと、質量数15の15Nがあります。
分析に使うのは、アミノ酸のうち、グルタミン酸とフェニルアラニンです。含まれる15Nは、グルタミン酸の場合は食物連鎖(栄養段階)の上位者になるほど濃縮されて割合が大きくなり、フェニルアラニンの場合は栄養段階が上がってもほぼ変わりません。この2つの15Nの割合を比べて、その差が大きいほど栄養段階が高い、つまり食物連鎖の上位であることが推定されます。たとえば、植物プランクトンの栄養段階は1、魚は3.5、食物連鎖の頂点に立つサメは5、という具合です。
この方法は、ナノグラム(1ナノグラムは10億分の1グラム)のアミノ酸があればいいので、微生物や、小さな魚のウロコ1片だけでも分析できます。また、アミノ酸が残っていれば標本や化石でも分析できるので、絶滅した生物の栄養段階を知ることだって可能。栄養段階から、地球環境の変化や、それに伴う生物の進化についても解明できるかもしれません。
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さらに小さな変化を捉えるための測定方法
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安定同位体の存在量の変化はとても微小です。たとえば、食べた餌の養分に含まれるグルタミン酸が約50%分解された場合、分解されず残った分が持つ15Nの量は、分解される前と比べて0.0015%分だけ上昇します。私たちは精密に計測できる高精度な機器と技術で、存在量の超微小なスケールの変化を捉え、非生物と生物(無機物と有機物)、生物と生物、さらに自然界の有機分子と有機分子といったつながりを見ています。
けれども、自然界には捉えるのが難しい、さらに小さな変化が存在します。そのような時には次のような方法を用いて測定を行っています。
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Stable Isotope Probing法
試料となる生物や、土壌などの環境試料に対し、人為的に安定同位体の存在量を大きく変化させた基質(原料)を与え、その人為的な存在量を追跡する方法です。生物の中でどんな反応が起きているか、また、その環境にどんな生物がいるのかを知ることができます。
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分子内Stable Isotope Probing法
試料に与える基質全体の安定同位体の量を変化させるのではなく、有機分子の「特定の部位の元素のみ」の安定同位体の存在量を、人為的に変化させたものを与えて追跡する方法。ひとつひとつの元素のレベルで追跡でき、生物の中での物質の流れ(フロー)や、有機分子の生物間の移動を正確に評価できます。結果、生物や生物群が与えられた環境でどうやって生きているのかを、正確に知ることができます。
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〝高感度〟分子内Stable Isotope Probing法
分子内Stable Isotope Probing法の問題点をカバーし、より少ない試料の量(従来の1,000,000分の1)で、短時間に、安く、正確に測定できる方法を開発しました。応用研究では、始原的な生物が、無機物から有機物を作り出せる機能と、有機物からエネルギーを獲得して生きる機能の両方を使い分けられる「混合栄養生物」だったと考えられる証拠を、世界で初めて発見しました。
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次世代Stable Isotope解析法の開発
人為的に安定同位体をコントロールした基質を与えて追跡するには、飼育や培養が必要になります。自然環境下で行う場合には、自然界ではありえない濃度の同位体が散布され、少なからず環境にダメージを与えてしまいます。そこで私たちは、自然界から採取した試料を用いたStable Isotope解析法を使わない新たな測定方法の開発に取り組んでいるところです。
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エネルギーを巡る生物の戦略
生物同士のつながりは、「捕食」だけではありません。研究室には飼育実験用の魚介たちの水槽がいくつかあり、なかにはエビとハゼが共生する水槽もあります。自然界でも全く異なる生物間の共生関係が見られますが、「共生」には〝エネルギー消費の効率化〟という戦略があると考えられます。生物は環境の変化にさらされても安定的に存在しているように見えると同時に、ほんの少しの綻びで死滅する脆さもあります。共生は、生命や系の維持に有利な戦略であり、その生物の性質や特徴を決め、進化にも深く関係しているのです。私たちは、有機化合物の安定同位体の変化から、このシステムを読み解きたいと考えています。
まずは、海の中のエネルギーと物質の流れを窒素同位体比の分析で明らかにできれば、地球の全生物の関わりも明らかにできるでしょう。そして、人間が何をどのくらい利用して生きているのか、人間による環境変化が生物にどのような影響を与えているのかを、正確に〝知る〟ことができるはずです。
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共生あり
共生なし
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「エネルギー消費の効率化」と「共生・進化」の関係のイメージ図
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教授 力石 嘉人
1976年生まれ、神奈川県出身。専門は同位体生理学・同位体生態学・有機地球化学。
2001年に東京都立大学大学院修士課程修了。
2004年に東京都立大学大学院博士課程修了。
2004年から独立行政法人(現:国立研究開発法人)海洋研究開発機構に研究員(∼2011年)・主任研究員(∼2016)として勤務。
2016年から現在まで低温科学研究所に勤務。
趣味は海釣り、海水魚の稚魚の飼育。 -
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2018年12月12日公開