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生体を凍らせない特殊なタンパク質に注目
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南極マクマード基地で撮影された、氷点下の海水中に生じた氷の中に住む極地魚。(Credit : Dr.Paul A.Cziko, University of Oregon)
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南極のように氷で覆われた海には、氷点下の環境でも凍らずに生命を維持する魚が生息しています。
生物の体内には水があり、生命を維持する活動に欠かせない役割を果たしています。水は氷点下では氷となるため、一般的には氷点下の環境では体内の水が凍ってしまい、生命維持が困難になります。しかし変温動物の中には、凍らずに活動できるものがいるのです。極地の海に住む魚は、血液中に凍結を抑制する特殊なタンパク質(不凍糖タンパク質など)を保有しています。血液が氷点下でも凍らないのは、この不凍糖タンパク質が氷結晶と水の境に吸着することで、結晶の成長を抑制するからとされてきました。しかし、実際にどのように吸着しているのか、氷の結晶成長にどのような効果があるのかは不明でした。
結晶成長の実体を探るには、成長速度の時間による変化を測定することが必要です。しかし、地上では重力の影響で発生する対流などの効果で成長速度が変化しやすいため、精密な測定を行うためには無重力環境が必要となります。
わたしたちの研究チームでは、国際宇宙ステーションにある日本実験棟「きぼう」での実験を行いました。
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宇宙実験を制御する運用管制室は、JAXAのつくば宇宙センターに設置されています。写真は、その管制室の前にある実験関係者用の巨大なサインボード。私たちのミッションチームのサインも記載されています。写真の人物は装置開発の功労者・中坪俊一さん(現:JAXA宇宙科学研究所)。
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氷結晶の成長を無重力環境で実験
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国際宇宙ステーション(ISS)は、地上約400kmの上空に建設された人類史上最大の宇宙施設で、ここに日本初の有人宇宙実験施設「きぼう」があります。「きぼう」には安定した無重力環境があるため、対流などの乱れを完全排除することができます。
私たち北海道大学の研究チームでは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と共同で、氷の成長速度を精密に測定する宇宙実験装置(Ice Crystal Cell 2)を開発。その核心部分である氷結晶を成長させるための装置は、北海道大学低温科学研究所で独自に開発したものです。
完成した宇宙実験装置は、JAXAの種子島宇宙センターから打ち上げられ、「きぼう」日本実験棟に設置しました。実験は、地上から送信する信号をもとに、自動制御で行いました。実験は氷結晶の成長条件を変えて繰り返し行われ、124回の実験のうち22回で氷の成長速度の精密測定に成功しました。氷結晶の成長や干渉計の制御の難しさを考えると、18%という成功率は驚くべき高さです。
得られたデータを解析した結果、不凍糖タンパク質の効果によって、氷結晶の底面では成長速度が純水中の3〜5倍も速くなり、さらに周期的に変動(振動)することが明らかになりました。
従来は、不凍糖タンパク質が氷の成長を抑制して生体の凍結を防ぐと考えられてきたのですから、これは全く予想されていなかった結果でした。 -
写真1 : 国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟。この与圧部において、2013年11月から翌年6月まで、実験が行われた。
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写真2 : 本実験のために新たに開発された宇宙実験装置。 愛称「Ice Crystal Cell 2」。本装置は、JAXA種子島宇宙センターから、2013年8月に「こうのとり4号」に搭載して打ち上げられた。
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写真3 : Ice Crystal Cell 2の心臓部分である氷結晶成長装置。低温科学研究所技術部により、設計・開発が行われた。
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写真4 : 若田光一宇宙飛行士がIce Crystal Cell 2を「きぼう」の溶液結晶化観察装置(SCOF)に設置している時の様子。
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写真5 : SCOFに設置されたIce Crystal Cell 2。
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氷結晶の成長の速さが生体の凍結を防止?
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氷の結晶成長が促進されることは、生体の凍結抑制とは一見矛盾するように見えます。しかし、実際には氷結晶の外形の効果で、成長の速い面は成長し続けた結果として消失し、最終的に最も成長速度の遅い面で囲まれるため、氷結晶全体の成長が止まることがわかりました。これにより、凍結抑制に対する不凍糖タンパク質の役割は矛盾なく説明することができます。生物は結晶成長の基本原理にしたがって、驚くほど巧妙な手段で凍結の危機を逃れているのです。
不凍糖タンパク質が、氷の結晶成長を促進したり、周期振動させたりすることは、生体高分子(生体内に存在する高分子の有機化合物)による結晶成長の制御の仕組みと直結しています。生体内で起きるさまざまな結晶成長の原理を新しい材料づくりに結びつけることを目指すバイオ・クリスタリゼーションの分野にも密接に関連しています。そして、凍結抑制の機能性タンパク質としての原理が明らかになることで、医療分野、食品分野、エネルギー分野などへの活用も期待されます。
今後はこの研究成果を進展させて、生体の極限寒冷環境での生き残り戦略の物理的な仕組みの解明に迫って行きます。宇宙には、氷でできた天体の存在も知られています。もしこのような寒冷な天体に生き物がいるならば、彼らもまた同じようなタンパク質を保有しているのかもしれません。宇宙での実験が生命の神秘を探る糸口になっているのです。
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図1 : 宇宙実験で取得された氷の結晶成長を記録したビデオ画像のスナップショット。画像の中心部の縞々のパターンが見える部分が氷結晶の底面(basal face)に当たる。縞々パターンは氷の底面からの光反射で生じる干渉縞で,その移動する速度を精密に測定することで底面の成長速度を決定することができる。(b)氷結晶の3次元的な外形を示す図。
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Ice Crystal Cell 2を国際宇宙ステーションに運んだ宇宙ステーション補給機「こうのとり」4号機(HTV4)
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名誉教授 古川 義純
1951年生まれ、滋賀県出身。専門は結晶成長学、氷物理学。
1978年から低温科学研究所に助手として勤務。
1985年から約2年間、アメリカ砂漠研究所において在外研究。
その後、助教授、教授、特任教授を経て、2016年に退職。この間、2011年から3年間所長を兼任。
1990年ごろから宇宙実験に携わり、2008年と2013年の2度にわたり、国際宇宙ステーションでの氷成長実験のプロジェクトリーダーを務める。自らも航空機などで無重力を何度も体験した。 -
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2017年6月14日公開