Research Frontiers 北海道大学低温科学研究所


  • case.2 准教授 青木茂

    ロボットで南極の海を監視!氷と海が織り成すドラマに挑む


  • 南極で生まれた水が、地球の海を動かす


  • 海洋には、黒潮や親潮などの一般によく知られている表層の流れのほかに、深いところを巡る「深層循環」があります。この流れは世界の海を2000年かけて、ゆっくりとベルトコンベアのように巡っています。熱や物質を地球規模で循環させている、地球全体の気候に大きな影響を与える存在です。

    深層循環には、冷たくて重たい水の沈み込みが大きく関わっています。 その起点の一つは南極にあり、南極で作られている重い水を「南極底層水」といいます。

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  • 南極底層水のもとができるのは、南極の沿岸の浅い大陸棚の上の、薄氷域(ポリニヤ)です。海氷ができるときに塩分の濃い重い水が生まれ、それが沖合の水と混ざり合いながら海底の斜面を下っていき、南極底層水が生まれます。そのため、「どこでどのくらい重い水ができるか」「その水の性質がどう変わるか」ということが、南極底層水のできる量に大きく関係してきます。南極沿岸はとても広く、それぞれに条件が違うので、どこでも同じようにポリニヤや重い水ができるわけではありません。

    近年、国立極地研究所と私たち北大低温科学研究所を中心とした日本のグループの研究により、南極の東半球部にある地域(東南極)にポリニヤが多く存在していることが明らかになってきました。

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  • 深海底の冷たい水が減っている!?


  • 私たちは船で南極海に行き、南極底層水の性質や量の実態やその変化について、何年かごとに同じ場所で観測を続けてきました。その結果、底層水の沿岸に近い部分では、塩分がどんどん低くなっているのがわかりました。これは底層水のできる場所で淡水の流入が増えていることを示していると考えられます。また底層水の厚さや体積が減ってきていることも確認しています。

    世界中の研究者が南極底層水の研究を行っており、底層水が暖まっていることもわかってきました。この結果は、私も関わった気候変動に関する政府間パネルの第5次評価報告書(IPCC AR5)でも取り上げられ、世界的に注目されています。

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  • 深度4000メートルを越す深海底の水温や塩分が毎年のように変わっていくことは、驚くべきことです。

    南極大陸は大部分を氷(南極氷床)に覆われています。その量は、地球上にある氷の約90%。地球の気候に大きな影響を与える存在です。底層水の変化の原因については、さまざまなメカニズムが提唱されていますが、私は「南極氷床の融解が進んだことによって沿岸の水が淡水化して軽くなり、冷たい底層水が以前ほど作られなくなった可能性がある」と考えています。

    これが正しいかどうか、まだ確かなことは言えませんし、原因は一つとも限りません。私たちはオーストラリアをはじめとする世界中の科学者と協同して、こうした点について研究しています。

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  • 南極氷床と気候変動の関係


  • 南極の氷床は重力によってゆっくりと動き、凍った大河となって海に流れ込んでいます。氷床とは、雪が降り積もり、押し固められた氷の塊です。雪が降り積もる量より流れ出る量が少なければ、氷床は太って海の水位が下がります。逆に多ければ、氷床は痩せて水位が上がります。

    氷床の流れ出し方は、氷の下にある基盤地形によって異なります。南極の西半球部にある地域(西南極)では基盤地形が低く、ちょっとした変化で氷床の流出が加速する可能性が指摘されてきました。そして近年、人工衛星の観測により、実際に西南極で氷床の流出が加速しているが確認されています。これには海から来る熱が増えつつあることが関係しているかもしれません。氷床の変化と海洋の変化は、互いに密接に関わりあっているのです。

    氷床の流出は海の水位に影響を与えます。また、沿岸の海水の重さとその構造をかえることで、先ほど登場した南極底層水のでき方に関わってくると、私は考えています。そうであれば、世界を巡る深層循環が弱まってしまう可能性も、大いにある。地球の気候変動への影響が懸念されます。

    西南極の氷床は大きな注目を集めており、韓国などが中心となって、精力的に観測網を整備しつつあります。一方で、私たちが観測を続けている東南極にも同じような基盤地形の場所があり、暖かい水が氷床を洗っている可能性が明らかになってきました。この地域での研究を推進してきた日本が、 これまで以上に海洋観測を充実させる必要に迫られています。

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  • 次世代の観測・ROBOTICA


  • いま、世界中の海を、3000台を超えるロボットが監視しているのをご存知でしょうか。

    海氷や氷山の浮かぶ海の観測は、普通の観測船ではなく砕氷船を使う必要があり、なかなか進んできませんでした。しかし最近では、ドローンなど少し前には夢のようだった技術を、誰もが当たり前に使えるようになってきています。衛星電話で砂漠のど真ん中やエベレストの頂上と会話することだってできます。海の中や上でも、無人のロボットが観測をしてデータを送ってくる時代になっているのです。

    氷の下ではロボットが迷子になりやすいので、自動観測はまだまだ難しいのですが、技術はどんどん改良されています。

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  • 日本の南極観測でも、2016年からはこうした技術を積極的に使い、低温研の研究者たちが中心になって南極沿岸の海と氷の謎に挑もうと計画しています。氷河の底や南極の海底など、これまで見たことがない世界を目にすることで、研究に新たな展望が開けると期待しています。

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  • 准教授 青木 茂

    1966年生まれ、東京都出身。専門は海洋物理学、極域海洋学。
    日本学術振興会特別研究員を経て、1995年から国立極地研究所南極圏環境モニタリング研究センターに助手として勤務。2003年より現職。1997年に第39次日本南極地域観測隊に越冬隊として参加して以来、合計9回の南極観測航海を経験。IPCCの第5次評価報告書に主執筆者として参加。
    趣味は音楽、男料理。


  • 2016年1月14日公開

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