Research Frontiers 北海道大学低温科学研究所


  • case 4 助教 村田 憲一郎

    氷点下の氷も濡れている!ナノメートルの微小世界を探る

    ※1ナノメートル = 1mmの100万分の1


  • 150年以上も前からの氷の謎


  • 雪国に住む人でなくとも、一家に一台の冷蔵庫がある現代では、固体化した水である「氷」は身近な存在です。けれど、意外に知られていないこともあります。

    例えばみなさんは、氷点下にあっても氷の表面が濡れていることがある、ということを知っているでしょうか?

    実は、氷の表面に非常に薄い水の膜(擬似液体層)ができて、少し溶けて濡れたような状態になることがあるのです。「表面融解」と呼ばれるこの現象は150年以上も前から知られており、多くの研究者が現象の解明に力を注いできました。

  • fig1

    シャボン膜にできる氷の結晶

  • 擬似液体層の厚さはナノメートル単位です。そのため、光を当ててその吸収と放出の様子から分析したり(分光法)、波長が短く非常に強い光を使って原子・分子レベルでの形や機能を調べたり(X線による構造解析)というアプローチを用いることが実験的に難しく、今もなお、擬似液体層が発生する理由は明らかになっていません。


  • 同じ水なのに、200倍も流れにくい!


  • 氷の表面の擬似液体層を、視覚的に捉えたい。その願いを叶えたのは、私たちの研究チームが開発した、1分子レベルの高さを読み取ることができる光学顕微鏡(レーザー共焦点微分干渉顕微鏡)です。

    この光学顕微鏡を用いれば、擬似液体層の物理的な性質や、バルク水(他の物質から性質が変化するような影響を受けていない、水以外の物質と接していない状態の水)との違いを明らかにすることへのアプローチが可能になります。

  • そこで、擬似液体層同士が氷の上でくっつき合うときの形態の変化を測定し、表面張力や粘性などから擬似液体層そのものの物理的性質を調べたところ、擬似液体層はバルク水よりも非常に流れにくい状態であり、異なる構造・運動性をもっている可能性が実験的に確認できました。

    氷の表面を覆う擬似液体層は、なんと通常の水よりも200倍も流れにくいのです。

    また、擬似液体層は薄い膜状で完全に濡れた状態と、表面張力で粒状にまとまった部分濡れの状態とがあることを視覚的に捉え、完全に濡れた薄膜状態ではおよそ9ナノメートルの厚さであることも明らかにしました。

    さらに、部分濡れの状態では、流れにくさは通常の水の20倍まで低下していることも明らかになりました。

  • fig2

    レーザー共焦点微分干渉顕微鏡の写真。一分子レベルの段差を可視化する非常に高い分解能を持つ。

  • fig3

    私たちの研究グループで独自に開発した光学顕微鏡で撮影した氷表面上の擬似液体層の様子。擬似液体層は均一かつ完全に氷表面を濡らしていると従来考えられてきましたが、私たちの顕微鏡により 非接触、非破壊での観察が可能になり、擬似液体層の濡れ方が時間的にも空間的にも不均一であることが明らかとなりました。

  • fig4

    ドロップレット(液滴)形状を持つ擬似液体層が氷表面に析出している様子。ドロップレットの形状は時々刻々と変化します。私たちの研究ではこの液滴の動きを詳細に解析することで、氷表面上での擬似液体層の流れやすさを定量化しています。


  • 顕微鏡で探る相転移のダイナミクス


  • 擬似液体層は、雪玉づくり、スケートの滑りやすさ、雪の結晶の変化、凍結によって地面が隆起する凍上現象、雷雲での電気発生など、私たちの身近にある低温での自然現象に深く関わっていると考えられています。私たちが擬似液体層の物性をより正確に評価したことは、これらの自然現象を理解するための重要な手がかりとなります。

    また、バルク水とは異なる水の動きは、擬似液体層以外にも、他の物質と接している部分で起こる普遍的な現象だと考えられます。近年はナノレベルの空間における水の動きについての研究が注目されており、例えば細胞内での水の流れの解明などにも、私たちの研究の成果が活かされる可能性が大いにあります。

  • fig5

  • さて、ここまで氷と水の話をしてきたわけですが、これはご存じのとおり、同じH2Oという分子でできています。水(液体)と氷(固体)と水蒸気(気体)のように、同じ物質であるにも関わらず異なる物性を持つ状態を一般に「相」と呼び、異なる「相」の間の移り変わりを「相転移」と呼びます。

    私たちの研究グループでは特に氷に焦点を当て、水や水蒸気が氷へと時々刻々と変化する様子、つまり氷の相転移ダイナミクスを、最先端の顕微鏡を使って研究しているのです。

    相転移の研究では「普遍性」という概念が重要になります。自然界には多種多様な物質群が存在しますが、実はそれらの相転移現象は、物質の次元性や対称性、分子・原子間の相互作用の到達距離が変わらない限り、全く同じ振る舞いをするのです。私たちの研究対象は氷ですが、氷にみられる興味深い現象が他の物質やその相転移現象で普遍的にみられるかどうか、また氷の特殊性がその中でどう位置付けられるかなどが、今後の研究において重要になってくると考えています。

  • fig6


  • fig7

  • 助教 村田 憲一郎

    専門:凝縮系(特に液体に関わる)物理学
    1982年 茨城県生まれ。
    2004年 北海道大学理学部 卒業
    2009年 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 修了 博士(工学)
    2009年から東京大学生産技術研究所特任研究員、特任助教を経て2014年4月から現職。
    趣味:合気道(四段)


  • 2016年6月1日公開

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