III.研究成果の詳細報告

 

 

1−3.季節海氷域での海氷過程のパラメタリゼーションに関する研究

大島慶一郎・深町康・豊田威信・清水大輔

北海道大学低温科学研究所

 

 a.要約

    観測では、氷厚計の係留系観測(オホーツク海で2点)と砕氷船「そうや」による現場での海氷観測を行った。それらによるとオホーツク海では、氷盤どうしの衝突・重なり合いなどで生じた厚い氷盤の割合が多く、海氷の厚くなる過程は熱力学的なものより力学過程が極めて重要であることが示唆された。その知見にも基づき、人工衛星によるマイクロ波放射計データの解析と熱収支計算を組み合わせて、海氷生産量の見積もりを試みた。オホーツク海及び南極海とも、海氷生産はある限られた沿岸ポリニヤ域でかなりの部分が行われていることが示唆された。

    

 

 b.研究目的

    典型的な季節海氷域であるオホーツク海をモデルサイトとして、そこでの海氷生産・成長及び海氷融解過程の実態把握を行い、それらのモデル化をめざす。また、現場観測及び衛星観測とその解析から、今後作成する海氷海洋結合モデルとの比較可能な海氷データセットをつくる。

    

 

 c.研究計画、方法、スケジュール

 研究方法:

 @海氷データの現場観測

      係留系(氷厚計・ADCP)による氷厚・漂流速度連続観測

      観測砕氷船「そうや」による観測

A衛星データのアルゴリズム開発と解析

      SSMI,AMSRによる海氷種類の検出

      衛星データとグローバルデータ・現場データとの組み合わせ解析

B海氷・海洋結合モデルの開発

      研究成果を反映させたパラメタリゼーションの導入

 年次計画:

    14年度)オホーツク海2地点での係留・「そうや」観測

             衛星データ・熱収支計算からの海氷生産域推定

    15年度)係留・「そうや」観測の継続。オホーツク海での海氷・海洋モデル作成開始

    16年度)現場データと衛星データの解析成果を海氷・海洋モデルに反映させ改良

    17-18年度)オホーツク海での成果のグローバルモデルへの寄与

                  水塊形成パラメタリゼーションの研究との連携 

 

 d.平成14年度研究計画

 a. 氷厚の係留観測

             14年12月〜15年3月(準備期間も含む)、係留系の設置は、サハリン沖と北海道沖で、それぞれ12月下旬と1月上旬に実施

b. 砕氷船による現場観測

   15年2〜3月(準備および解析期間を含む)、砕氷船の観測航海は、2月5〜14日に実施

c. 衛星データによる海氷生産量の見積もり

    14年8月〜15年3月

 

 e.平成14年度研究成果

 a.氷厚の係留観測

 

オホーツク海のサハリン北部沖と北海道紋別沖において、海氷の厚さと漂流速度を観測するための氷厚計とADCPからなる係留系を、12月下旬と1月上旬にそれぞれ設置し、紋別沖の係留系については5月上旬に回収に成功した。サハリン沖については現在も観測を継続中である(係留点については、図1を参照)。この観測で得られるデータを組み合わせることにより、海氷下面の形状を明らかにすることが出来るが、これまでにこのような観測を実施したのは、我々のグループ以外ではカナダのInstitute of Ocean Sciencesのグループのみである(Melling and Riedel, 1996など)。14年度は、99年に北海道湧別沖で観測したデータの詳細な解析を行ったが、それによってこの海域での海氷の厚さの増加には、熱力学的ではなく、海氷の重なり合いなどの力学的な要因が重要であることが明らかになった (Fukamachi et al., 2003)。 この結果は、北海道沿岸域において行われている海氷サンプルの解析結果(b.参照)とも一致し ている。

  

 b. 砕氷船による現場観測

 

本研究では、北部海域から南下する海氷の終着域である南部北海道沖の海氷域(図1参照)を季節海氷域の一つのモデル海域と位置づけて、砕氷パトロール船「そうや」を用いて現場観測を行っている。 特に結氷拡大期に照準を当て、海氷サンプルの解析や氷厚分布解析などによって海氷の成長過程を調べてきた。

  これまでの解析から、表面が平らな氷盤については年による変動はあるものの平坦な氷の平均氷厚はおおよそであること、海氷の結晶構造はgranular iceが卓越していること、異なる氷盤が乗り重なってできたと思われる層状の構造が頻繁に見られ、平均層厚は5〜10cmと見積もられることなどが明らかになってきた(図2参照)。

 これらの結果を踏まえてrafting過程を適当に想定するとの氷厚分布がおおよそ再現されることが導出されることが確かめられた。すなわち、一見複雑に見える季節海氷域の氷厚分布もパラメタリゼーションが可能であることを示唆している(現在投稿準備中)。ただし、これらの解析結果は季節海氷域の発達過程に関する有用な知見を与えるものの、その観測手法のゆえにどちらかと言えば薄い海氷にバイアスがかかったものであった。船上からそれほど厚い氷は採取できず、また、氷厚計測に用いたビデオ計測の手法からは1mを超えるような厚い氷は捕らえきれないためである。一方、北海道沖で季節を通して計測されたソナーデータからは、氷厚が5mを超えるような海氷が時折観測されており、この海域の海氷特性を明らかにするには厚い氷の特性も併せて調べてゆく必要がある。そこで14年度の観測(2003年2月5〜14日に実施)では新たにバスケットを作成してクレーンで人と機材を氷上に吊り下ろすという手段を導入し、厚い氷でもコアドリルを用いて比較的安全かつ容易にサンプリングが可能となる手法を開発した(図3参照)。この手法により、氷厚50cm以上の厚い氷も数多くサンプリングすることが可能となった。

また、氷厚に関しても超音波距離計を用いて表面の凹凸を計測し、厚い氷の氷厚分布に関しても知見が得られる手段の開発を試みた。これは船首部分に取り付けた超音波距離計により航路に沿った海氷表面の凹凸分布を計測し、アイソスタシーの原理を用いて氷厚分布を推定しようというものである。この手法により厚い氷も含めた氷厚分布が得られることが期待される。更に、季節海氷域の特性を考察する上で必要な氷盤の大きさ分布を明らかにすることを目的として、航路に沿って船舶およびヘリコプターから氷盤分布をビデオに収録した。観測結果は現在解析中であるが、これらの解析結果を統合することにより、オホーツク海南部の海氷特性の全体像が明らかになり、ひいては季節海氷域の成長過程のパラメタリゼーションへ寄与することが期待される。 

 

 c. 衛星データによる海氷生産量の見積もり

 

海氷がどこでどの程度生産されているかは、現場観測の困難さからよくわかっていない。これを知ることは、海氷生成のパラメタリゼーションを行う上でも、また海氷生成に伴う高密度水生成のパラメタリゼーションを行う上でも基礎的な情報となる。

前述の観測結果からも示唆されるように、季節海氷域では海氷生産のほとんどは薄氷域や開水面域で行われると考えられる。従って、薄氷域や開水面域の分布が把握でき、そこでの海氷生産がわかれば海氷生産量を見積もることができる。本研究ではまず人工衛星のマイクロ波放射計データから薄氷域を抽出することができるアルゴリズム開発を行った。この衛星情報と熱収支計算を組み合わせることでオホーツク海及び南極海域での海氷生産量の見積もりを試みた。

4はその結果(海氷生産量を厚さに換算して示している)を示す。どちらの海域も海氷生産はほとんどが沿岸ポリニヤ域で行われていることが示唆された。オホーツク海(a)では、北西陸棚域で非常に海氷生産が活発であり、そこで重い水(中層水)が生成されていることが示唆され、海洋観測の結果と矛盾しない。一方南極では、ロス海とアデリーランド沖では海氷生産が大きくこれらの海域が南極底層水形成域であることと矛盾しないが、もう一つの南極底層水形成域であるウェッデル海では海氷生産が小さいと言う結果になった。これは、ここでは高塩化した水が西から運ばれて南極底層水ができることが示唆しているのかもしれない。

 

 

1:係留系の設置点および砕氷船による観測海域を示す地図

 

 図2:海氷の薄片解析例(氷厚40cm)

    (鉛直断面の偏光写真)

 

 図3:バスケットを用いた海氷サンプリング

 

 

(a) オホーツク海 (海氷:cmに換算)
(b) 南極海 (氷厚:mに換算)

図4:マイクロ波放射計データと熱収支計算から見積った年積算海氷生産量

 

 

 f.考察

 

これまでの知見からは、季節海氷域では、海氷は開水面・薄氷域でほとんど生産されていることが示唆された。このことは、衛星データで開水面・薄氷域をより正確に検知できれば、海氷生産量が見積もれる可能性を示唆している。そこで、全球的に開水面・薄氷域を衛星データから検知する研究に今後より力を入れたいと考える。うまくいくと、モデル結果の検証に非常に有効となる。またこの知見は、海氷の成長・生産過程をモデル化・パラメタリゼーションする場合、シノプティックな気象擾乱や発散場の風による開水面生成(特に沿岸ポリニヤ域での)をどう表現するかが鍵となる。この点に注目して今後モデル化を行う。今までの我々の研究では、海洋下層からの熱の効果が全く無視されている。今後この点をどうするか(簡単ではないが)が課題としては残っている。

また、季節海氷域のパラメタリゼーションを行う上で薄氷域の検知と同様に厚い氷の分布を再現させることも重要な課題である。14年度に行われた観測結果などから調べてゆく必要がある。

 

 

 g.引用文献

 

Melling, H. and D. A. Riedel, Development of seasonal pack ice in the Beaufort Sea during the winter of 1991-1992: a view from below, Journal of Geophysical Research, 101, 11,975-11,991, 1996.

   

 

 h.成果の発表

論文発表

 

    Fukamachi, Y., G. Mizuta, Ohshima, K. I., H. Melling, D. Fissel and M. Wakatsuchi, Variability of sea-ice draft off Hokkaido in the Sea of Okhotsk revealed by a moored ice-profiling sonar in winter of 1999, Geophysical Research Letters, 30, doi: 10.1029/2002GL016197.

 

    Ohshima, K. I., T. Watanabe, and S. Nihashi, Surface heat budget of the Sea of Okhotsk and the role of sea ice on it, Journal of the Meteorological Society of Japan, (in press).

 

    Itoh, M., K. I. Ohshima, and M. Wakatsuchi, Distribution and formation of Okhotsk Sea Intermediate Water: An analysis of isopycnal climatology data, Journal of Geophysical Research, (in press).

 

    Toyota, T., K. Baba, E. Hashiya, and K. I. Ohshima, 2002: In-situ ice and meteorological observations in the southern Sea of Okhotsk in 2001 winter: ice structure, snow on ice, surface temperature, and optical environments, Polar Meteorology and Glaciology, 16, 116-132.

 

    K. Tateyama, H. Enomoto, T. Toyota, and S. Uto, Sea ice thickness estimated from passive microwave radiometers, Polar Meteorology and Glaciology, Vol.16, 15-31, 2002.

   

口頭発表

 

   大島慶一郎;「南大洋域の観測の重要性」 さいたま市 (2002年春季日本気象学会シンポジウム「21世紀の極域科学―今なぜ南極観測なのか」、2002年5月)

 

   大島慶一郎;「東樺太海流と海氷」札幌市(2002年秋季日本気象学会シンポジウム「環オホーツク研究の新しい視点」、2002年10月

 

   T.Toyota and H.Enomoto, Analysis of the sea ice floes in the Sea of Okhotsk using ADEOS/AVNIR images. Proceedings of the 16th IAHR International Symposium on Ice, Dunedin, New Zealand, 211-217, 2002.

 

   豊田威信・馬場賢治・橋谷英介・大島慶一郎;「オホーツク海南部海氷域の大気混濁係数について」、札幌市(日本気象学会2002年度秋季大会、2002年10月)

 

   豊田威信・若土正曉;「海氷の酸素安定同位体分別係数について」、札幌市(日本海洋学会2002年度 秋季大会、2002年10月)

 

   河村俊行・松葉谷治・佐藤篤司・鎌田慈;「海氷上の雪氷(snow ice)と上積氷(superimposed ice)の作成実験」、山形(2002年度日本雪氷学会全国大会、2002年10月)

 

   小野純・大島慶一郎・深町康・水田元太・若土正曉;「オホーツク海 Kashevarov Bank において、潮流が海氷に与える影響」、東京(第25回極域気水圏シンポジウム、2002年11月)

 

   田村岳史・二橋創平・大島慶一郎;「南極沿岸ポリニヤにおける海氷生産量の見積もり」、国立極地研究所(第25回極域気水圏シンポジウム、2002年11月)