共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

北ユーラシア産小型哺乳類の集団動態と第四紀の気候変動
新規・継続の別 継続(R05年度から)
研究代表者/所属 北大地球環境研
研究代表者/職名 名誉教授
研究代表者/氏名 鈴木仁

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

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大舘智志 北大低温研

研究目的 ユーラシア大陸や北米大陸の高緯度地域や高標高地域に生息するトガリネズミ類(Sorex属)は、種数が多く、第四紀の気候変動の影響を推察する上で重要な研究対象である。この研究では、ミトコンドリアDNAのCytb遺伝子配列(1140 bp)を使用して、トガリネズミ類の自然史の解明を行う。mtDNAマーカーの進化速度を推定し、それぞれの種の起源や集団動態についての理解を深める。あわせて小型哺乳動物であるジャコウネズミ類、ジネズミ類、モグラ類、ネズミ類との比較検討を行う。最終的に地質時代の陸橋形成を含めた歴史的な気候変動が生物種の系統分化や遺伝的多様性に与えた影響について総合的に把握することを目的とする。
  
研究内容・成果 本研究では、草食性哺乳類であるハタネズミ(Microtus montebelli)のCytb遺伝子を用いて、地域ごとの遺伝的多様性と集団歴史を分析した。特に、氷期終焉後の急激な温暖化が種に与えた影響を探ることを目的とした。
1. 研究方法と結果
ハタネズミのCytb遺伝子の塩基配列を解析した結果、本州と九州に6つの主要な系統群が存在し、これらは約160,000〜300,000年前に分岐したことが示唆された。ハプロタイプネットワーク解析では、本州北部および中央部の系統群が星型パターンを示し、2回の集団拡大(約15,000年前および10,000年前)が示唆された。これらの拡大は、最終氷期最盛期(LGM)後の急激な温暖化に関連していると考えられる。
2. 地域間の差異とLGM後の影響
南部の系統群では、LGM後の拡大イベントの影響が比較的小さかったことが示唆され、LGMが日本国内での集団動態に与えた影響には緯度に依存する傾向があることが示された。さらに、佐渡島のハプロタイプは約10,000年前に拡大が起こったことを示し、LGM後の集団増大が佐渡島の現生mtDNAの多様性に寄与したことが明らかとなった。
3. ニホンノウサギとの比較
地理的に類似した範囲を持つニホンノウサギ(Lepus brachyurus)のCytb遺伝子も再解析した結果、ノウサギでもLGM後の拡大が緯度に依存し、2回の拡大が関与していることが確認された。先行研究の結果も踏まえ、LGM後の2回の一斉放散が温帯域に生息する日本の動物群に共通する現象であることが示された。
4. 結論
本研究により、LGM後の温暖化が日本の草食性齧歯類の集団拡大の主要因であったことが明らかとなった。特に、本州北部および中央部では顕著な集団拡大が観察され、南部ではその影響が少なかったことから、地域ごとの気候的および地理的要因が集団動態に大きな影響を与えたことが示唆された。また、LGM後の環境変化が新たなハプロタイプ群の分布拡大に寄与したことが確認され、2回の急激な温暖化が動物群の分布や遺伝的多様性に重要な影響を与えたことがわかった。
発表論文
Suzuki, H., Nunome, M., Yanase, T., Eto, T., Harada, M., and Kinoshita, G. (2025) Impact of late Quaternary climate change on the demographic history of Japanese field voles and hares revealed by mitochondrial cytochrome b sequences. Genes Genet. Syst. 100, 24-100145. DOI: 10.1266/ggs.24-00145
  
成果となる論文・学会発表等 Suzuki, H., Nunome, M., Yanase, T., Eto, T., Harada, M., and Kinoshita, G. (2025) Impact of late Quaternary climate change on the demographic history of Japanese field voles and hares revealed by mitochondrial cytochrome b sequences. Genes Genet. Syst. 100: 24-100145. DOI: 10.1266/ggs.24-00145