共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

グリーンランド南東ドームコアの微量金属同位体・化学種から読み解く人新世の環境変化
新規・継続の別 継続(R05年度から)
研究代表者/所属 東京大学大気海洋研究所
研究代表者/職名 講師
研究代表者/氏名 栗栖美菜子

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

田中祥太 東京大学大学院理学系研究科 大学院生

2

高橋嘉夫 東京大学大学院理学系研究科 教授

3

飯塚芳徳 北大低温研

研究目的 産業革命以降、人為起源物質の大気への排出が増加した。その中には鉄や亜鉛などの金属元素も含まれ、大気中で雲粒の生成過程や、海洋沈着したのちの植物プランクトンの増殖の程度を左右したと考えられるが、その詳細は未解明である。本研究では、涵養量の大きなグリーンランド南東で採取された、過去200年間の大気の履歴を保持している南東ドーム(SE-Dome II)アイスコアコアを用いて、微量金属の濃度・安定同位体比・粒子の化学形態を時系列的に分析し、エアロゾル中の微量金属元素の発生源の変化や大気輸送中に起きた化学的な性質変化、沈着フラックスを復元することを目的とした。
  
研究内容・成果  アイスコア中の微量金属元素の含有量は非常に少ない上に、掘削や、年代ごとに分割する際に用いる金属の刃などに由来する汚染が大きな問題となる。そのため、まず2023年度に、酸洗浄したセラミックナイフで周囲を1cm削ることで汚染を除去できることを確認した。この結果をもとに今年度には、低温科学研究所の低温室のクリーンブース内でアイスコアの試料処理を行った。1800年から約10年おきに汚染処理を行い、全部で約100サンプルの処理を進めた。処理したサンプルは、常温の実験室で融解させたのちすぐに半量をろ過し、残りの半量は粒子も含めて酸で分解して誘導結合プラズマ質量分析計(ICPMS)で微量金属元素の濃度分析を行った。また、それらを陰イオン交換樹脂で分離した上で鉄(Fe)と亜鉛(Zn)の安定同位体比の分析を行った。さらに、一部の試料は昇華させて粒子のみを取り出し、放射光施設でX線吸収微細構造法により粒子の化学形態分析を行った。
分析の結果、次のようなことが分かった。
(1) 1900年以降の鉄の溶解率の増加
全鉄に対する溶存鉄の割合(溶解率)を計算すると、19世紀には5%程度だったが、20世紀に入ると増加し、平均10%, 最大で20%程度を示すことが分かった。この溶解率の変動は硫酸イオンのフラックスと対応しており、大気中で酸性物質と反応することで鉄の溶解性が変化したと考えられる。同位体比からは、鉄の主要な供給源は200年を通して鉱物ダストであり、人為的に排出された燃焼起源鉄の影響は大きくは見られなかった。
(2) 亜鉛の同位体比の季節変動
Zn濃度は、1850年頃に極大を示したあと、1900年にかけて減少し、その後現在にかけて上昇する傾向が見られた。濃縮係数(地殻のZn/Alに対する試料のZn/Alの比)も1950年以降から現在にかけて増加する傾向が見られ、人為起源のZnの存在が示された。1970年以降はZn/Alの高いときに地殻平均値よりも低い同位体比が検出され、石炭燃焼などの人為的な活動に由来すると推定された。一方で、1900年以前には、地殻平均値に近い同位体比のほか、それよりも低い値を示す試料と、高い値を示す試料が検出された。低い同位体比を示す試料は火山噴火に伴うものと推定され、これは火山噴火の指標となるタリウムなどの濃度が高いこと、レアアースパターンが火山灰のものに近いことからも支持された。高い同位体比は、ブラックカーボンの排出量などとトレンドが一致することから、森林火災の影響によるものと推察された。
(3) Fe, Zn, Ca化学種の変化
X線吸収微細構造法による粒子の化学形態分析の結果、硫酸イオンの排出フラックスが多いときにZnやCaは硫酸塩化合物に、Feは水酸化物に変化していることが分かった。これらの変化は水溶性や吸湿性を変化させ、これらの元素の大気中での挙動や海洋での溶解性を変化させた可能性がある。
  
成果となる論文・学会発表等 [1] 田中祥太, 高橋嘉夫, 栗栖美菜子, 名取幸花, 飯塚芳徳,グリーンランド南東ドームアイスコアに記録された亜鉛の化学種及び同位体比の分析, ⽇本地球化学会 第71回年会, 石川, 2024年9月.
[2] 栗栖美菜子, 田中祥太, 飯塚芳徳, 名取幸花, 高橋嘉夫, グリーンランド南東ドームアイスコアから復元する産業革命以降の大気中の鉄の沈着フラックス・水溶性の変化, ⽇本地球化学会 第71回年会, 石川, 2024年9月.
[3] Minako Kurisu, Shota Tanaka, Yoshinori Iizuka, Yoshio Takahashi, Reconstruction of fluxes, solubilities, and chemical forms of atmospheric trace metals from the pre-industrial times to the present recorded in an SE-Dome II ice core, Greenland, SOLAS Open Science Conference 2024, India, 2024年11月.