共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

越冬性変温動物と冬眠哺乳動物の低体温耐性機構の統合的理解
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 東京大学新領域創成科学研究科物質系専攻
研究代表者/職名 特任研究員(常勤)
研究代表者/氏名 津田栄

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

新井達也 東京大学新領域創成科学研究科物質系専攻 助教

2

山内彩加林 北大低温研

3

山口良文 北大低温研

4

曽根正光 北大低温研

研究目的 代表者(津田)らが研究対象にしている不凍タンパク質(AFP)は、凍結寸前状態の水中に発生する無数の氷核に対して強く特異的に結合する機能をもつ。水は氷核が過冷却の深度で決まる臨界サイズに成長したときに凍結するため、AFPが塩、糖、脂質、グリセロール等の凍結保護物質と共に氷核の成長を抑制することで、水は不凍状態を保つと考えられる。本研究の目的は、AFPと凍結保護物質がもつ分子メカニズムの解明に基づいて越冬性変温動物と冬眠哺乳動物生物が獲得した凍結耐性、凍結抑制、冬眠機能の仕組みを理解することである。
  
研究内容・成果 北海道東部山林地帯にある枯木の中心部は厳冬期に―5℃前後に冷却されるが,そのような場所からでも多くの甲虫類,ハチ類,蛾類などの越冬性変温動物が採取される。研究の結果,津田らはオオクワガタ属に分類されるコクワガタやアカアシクワガタ等がAFPをもつことを発見した.また、遺伝子情報の解析から、これらのAFPは12残基のアミノ酸配列の繰り返しペプチド(タンデム・リピート)であることが示された。更に、オオクワガタ(Dorcus hopei binodulosus)終齢幼虫をプラスチック容器に入れ,マイナス5℃のインキュベーター内に20時間静置した後に取り出して生死を調べたところ、室温に戻したばかりの幼虫は凍ってはおらず,身体が温まると元気に動き出した。しかし,この幼虫をマイナス5℃でわざと凍らせたときには死んでしまった。これらの結果はAFPがオオクワガタ属昆虫の凍結抑制能力に寄与するものの、凍結耐性を付与するものではないことを示している。なお蛾やヒトリ蛾は凍結状態で越冬しており、この場合にはAFPとは直接関係しない細胞外凍結と呼ばれるメカニズムが関与すると考えられた。一方、冬眠する哺乳類シリアンハムスターの肝細胞は、ビタミンEの一種であるα-トコフェロール(αT)を高濃度に蓄積することで低温耐性を発揮する。αTはハムスターの血中や他の臓器でもマウスより高濃度で確認されることから、全身へのαTの分配・蓄積機構が全身の細胞・臓器の低温耐性に重要な役割を果たすと考えられる。αTはヒト・ マウスではαT輸送タンパク質(alpha-tocopherol transfer protein: TTPA)により肝臓から血流に分泌され全身に行き渡るが、ハムスターのTTPAは他の哺乳類のTTPAと多くの点で異なることが明らかになった。ハムスターTTPAと他の哺乳類のTTPAの分子性質の違いの解明し、ハムスターの低温耐性にTTPAが果たす役割の理解が進捗している。更に、ゲノム編集技術:脂質ナノパーティクル(LNP)-CRISPR/Cas9システム系を構築して動物や細胞での条件検討を行った。2022年9月には研究代表者と分担者が低温研の会議室に集合しこれらの研究成果に関するディスカッションを行った。
  
成果となる論文・学会発表等 Yang, Y., Yamauchi, A., Tsuda, S., Kuramochi, M., Mio, K., Sasaki, Y.C., and Arai, T., The ice-binding site of antifreeze protein irreversibly binds to cell surface for its hypothermic protective function. Biochem. Biophys. Res. Commun. 682, 343ー348 (2023).
津田 栄、山内彩加林、新井達也:不凍タンパク質の製品化、科学と工業(一般社団法人 大阪工研協会)、97 (7), 192ー199、(2023).
津田 栄、新井達也:不凍タンパク質の構造と機能、低温科学(北海道大学低温科学研究所 編)、81, 51ー60 (2023).
山内彩加林、津田 栄:昆虫由来不凍タンパク質の氷結晶結合機能と細胞保護機能、低温科学(北海道大学低温科学研究所 編)、81, 37ー49、 (2023).
Tsuda,S. Analysis of antifreeze proteins from Japanese organisms. 15th International conference on the physics and chemistry of ice (PCI 2023), Sapporo, (2023.9.7).