共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

南大洋における棚氷-海氷-海洋相互作用に関する観測・数値モデルの統合的研究
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 海洋研究開発機構
研究代表者/職名 研究員
研究代表者/氏名 草原和弥

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

青木茂 北大低温研

研究目的 南半球では、氷床質量損失、底層水の淡水化、海氷面積の激変などが報告されている。南大洋の雪氷海洋圏の相互作用は海面水位上昇にも密接に関係するため、その理解は科学的観点だけではなく、社会・政治・経済的にも極めて重要な課題である。南極沿岸域では現場観測の難しさから、現場観測データは時間的・空間的に極めて限られたものとなっている。大型計算機の発達により、数値海洋モデルは徐々に高解像度化され、ようやく種々の観測データと直接比較できるようになってきた。観測結果を十分現実的に再現できる数値モデルを構築できれば、観測データの時空間的な希薄性を補い、南大洋の雪氷-海洋圏の相互作用の解明に役立てることができる。
  
研究内容・成果 今年度、国内外の研究者と共同で、東南極域のトッテン棚氷域の棚氷-海氷-海洋相互作用に関する観測・数値モデルの統合的研究を実施し、成果として取りまとめた(Hirano et al. 2023 Kusahara et al. 2024)。ここではまず、Kusahara et al. (2024)の研究成果について簡単に紹介する。東南極域・サブリナ海岸にあるトッテン棚氷とモスクワ大学棚氷は、東南極で2番目に大きな氷床の末端である。この氷床・棚氷システムは、周囲の海洋状況に対して非常に脆弱であることが知られている。ごく最近更新された海底地形データを高解像度海洋-海氷-棚氷モデルに取り込み、大陸棚からトッテン棚氷に及ぶサブリナ海岸域の全体的な海洋循環と海洋-海氷-棚氷相互作用解明のための数値モデリングを実施した。本数値モデルは、周極深層水の大陸棚上への流入パターン、沿岸ポリニヤでの海氷生産、棚氷下への海洋熱輸送、棚氷下での海洋循環、棚氷の底面融解をある程度現実的に再現していることを確認した。トッテン棚氷とモスクワ大学棚氷は隣接する棚氷であるが、その底面融解の卓越周期に大きな違いがあることがわかった。棚氷下への水塊流入・海洋熱輸送量の詳細な解析から、どちらの棚氷においても、数年以上の長周期変動に関しては、周極深層水の流入変動が影響しているのに対し、沿岸ポリニヤに近いモスクワ大学棚氷では、冬季海氷生産に伴う冷たい水塊の流入が底面融解を強く規定していることがわかった。
 次に、同様の棚氷要素は全球海氷海洋モデルにも導入し、動作確認の意味も含め、全球1度の水平解像度のモデルの整備・運用し、以下のような数値実験を実施し、研究結果を取りまとめた(Kusahara and Tatebe 2023)。全海洋を五つの海盆に分割し、それぞれの海盆内に全層一様な仮想トレーサーを配置して、千年間の仮想トレーサー実験を実施した。トレーサーの動態を調べることで、五大洋海盆間の輸送タイムスケールと輸送経路を推定することを試みた。極域海洋の海盆間物質輸送タイムスケール(南大洋は114年、北極海は109年)は、三大洋の輸送タイムスケール(大西洋は217年、インド洋は163年、太平洋は338年)よりも短いことがわかった。南大洋に配置した仮想トレーサーは、大西洋への向かう表層ルートと、太平洋とインド洋へ向かう底層ルートの二種類の北半球へ向かう流路があることがわかった。表層ルートは、南大洋起源の水塊を北大西洋及び北極海へ100年程度で輸送できることが示された。大西洋の仮想トレーサーは、北大西洋海流と南極周極流によって、効率的に両極へと輸送されていた。大西洋子午面循環の中層南向きの流れが、北半球の水塊を南大洋への輸送に重要な役割を果たしていることが明確となった。
  
成果となる論文・学会発表等 Kusahara, K., Hirano, D., Fujii, M., Fraser, A. D., Tamura, T., Mizobata, K., Williams, G., Aoki, S., 2024: Modeling seasonal-to-decadal ocean-cryosphere interactions along the Sabrina Coast, East Antarctica. The Cryosphere, 18, 43-73, https://doi.org/10.5194/tc-18-43-2024.
Kusahara, K., Tatebe, H.: Basin-scale tracer replacement timescales in a one-degree global OGCM. Frontiers in Marine Science, 17, https://doi.org/10.3389/fmars.2023.1308728