共同研究報告書提出

共同研究報告書

研究区分	一般研究
研究課題	MITgcmを用いた南極氷床・海氷に対する東南極ケープダンレー底層水の安定性の評価
新規・継続の別	新規
研究代表者／所属	高知大学
研究代表者／職名	教授
研究代表者／氏名	池原実

研究分担者／氏名／所属／職名
	氏　　名	所　　属	職　　名
1	竹原景子	高知大学	大学院博士課程
2	中山佳洋	北大低温研

研究目的	近年，南大洋において，海面水温の上昇や淡水化，海氷生産の減少が報告されている．こうした海洋環境の変化は海水の高密度化を妨げ，南極底層水（AABW）の形成を弱化させる可能性がある．代表者・分担者は，AABW形成域の一つであるケープダンレー底層水（CDBW）の古環境復元を行い，世界平均気温が+2℃（産業革命前比）高いとされるMIS11に，CDBW形成が弱化していたことを示唆した．そこで本申請課題では，ケープダンレー底層水の形成場を再現した海洋モデルを用いて，温暖環境を想定したモデル実験を行った．そして，モデル実験の結果と古環境記録の比較を行うことにより，より現実に則したCDBW形成を弱化させる環境要因の解明を試みた．
図1　CDBW流速とポリニヤ域の海氷生産　図2　複合条件下におけるCDBW流速
研究内容・成果	2023年度共同利用では，6月7日～21日に低温研に滞在し，同月14日に代表者および分担者を併せた打合せを行った．低温研滞在時にモデル実験の条件設定等を決定し，その後，複数回のオンライン会議を通して改良を行った．以下に2023年度に行った研究の内容・成果を示す．モデル実験では，ケープダンレーポリニヤ域が再現されたMITgcmモデル（解像度：水平2 km，垂直40 m）を使用した．モデル構成とパラメーターはMensah et al. (2021)に従い，温暖環境を想定した環境条件（気温，水温，塩分）の数値は，気候モデルMIROCの退氷期実験（Obase et al.， 2021）とケープダンレー域の海洋観測記録（Aoki et al.， 2020， 2022），古環境記録（Dutton et al.， 2015）に基づき設定した．具体的に，環境条件はそれぞれ，気温（+1～4℃），水温（+0.7℃，+1.5℃），塩分（-0.1，-0.2）の値を変え，水温は100 m以浅，塩分は水温躍層以浅（表層から40 m）の値を変更した．加えて，CDBWの成分（流速，塩分，水温）は，古環境解析に使用した堆積物コアの採取地点に，モデル領域内で最も近い地点（海底面からも同様の距離）で算出を行った．その結果，気温上昇時にはCDBW形成の強化が確認され，水温上昇（+0.7℃，+1.5℃），塩分低下（-0.1，-0.2），氷舌なしの環境条件下で，CDBW形成の遅延と流速・体積の減少が確認された．この弱化傾向は，Ohshima et al. (2013)で報告されている係留系M3地点の結果と比較しても大幅な弱化傾向が認められた（図1）．また，それぞれの海洋環境の変化時には，水温上昇時にポリニヤ域の秋季海氷の生産開始の遅延が生じ，氷舌なし時にはポリニヤ領域の縮小が生じており，これらの変化がCDBW形成の弱化を引き起こしていることが示唆された（図1）．一方で，現実の海洋環境では，複数の環境条件が変化しているため，4つの複合パターンを想定して実験を行った（①；気温+2℃，水温+0.7℃，塩分-0.1，②；気温+2℃，水温+1.5℃，塩分-0.2，③；①＋氷舌なし，④；②＋氷舌なし）．その結果，全ての複合条件下で古環境記録と整合的なCDBW流速の減少が確認された（5-10 cm/s）（図2）．特に，水温上昇時に得られた秋季海氷影響の減少は，古環境記録と整合的であったため，過去に同様の環境変化によりCDBW形成が弱化した可能性が示唆された．これらの結果は，大きな淡水供給が生じていなくても，水温上昇に伴う海氷影響の減少が組み合わさることにより，CDBW形成が長期的に弱化する可能性を示している点で重要である．一方で，何度の水温上昇が同様のCDBW形成の弱化を引き起こす可能性があるのかは定かではないため，異なる水温条件下での実験を実施する必要がある．2024年度には，これらの追加実験を行うと共に，学会での成果報告，および国際誌への投稿を行う予定である．
図1　CDBW流速とポリニヤ域の海氷生産　図2　複合条件下におけるCDBW流速
成果となる論文・学会発表等	特になし