共同研究報告書


研究区分 開拓型研究

研究課題

極低温氷表面での化学物理過程研究の新展開:低エネルギー荷電粒子との相互作用
新規・継続の別 開拓型(2年目/全3年)
研究代表者/所属 理研仁科センター
研究代表者/職名 専任研究員
研究代表者/氏名 中井陽一

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

副島浩一 新潟大理学部 教授

2

下西隆 新潟大理学部 准教授

3

W. M. C. Sameera コロンボ大 Senior Lecturer

4

渡部直樹 北大低温研

5

柘植雅士 北大低温研

6

日高宏 北大低温研

研究目的 星間分子雲内の氷星間塵上で中性化学種の関与する反応が,そこでの分子進化に決定的な役割を果たすことが明らかになってきた。一方で,これらと共に存在する低いエネルギーの電子やイオンと極低温氷表面が引き起こす化学物理過程は明らかになっていない。最近我々は,紫外光と低エネルギーの電子を同時に氷表面へ照射すると氷中を伝導する負電荷が増大することや,低エネルギーCH3+イオンを氷表面へ照射するとメタノール分子が生成することを見出した。本研究では,これまでの共同研究を基にして,従来研究が進んでいなかった低エネルギー荷電粒子と氷表面(または水素結合を示す他の固体)との相互作用を包括的に理解する。
  
研究内容・成果 研究内容・成果は以下のとおりである。
1)極低温氷表面と低エネルギーCH3+イオンによるメタノール生成反応を様々な条件での実験と理論計算によって明らかにした。また,分子雲における分子進化モデルシミュレーションを行い,宇宙において本メカニズムが有効に働く条件を明らかにした。これらの結果を論文として発表した(発表実績[1])。本成果は,低エネルギーイオンと極低温氷表面の反応により,分子が効率よく生成されることを実験的に示した初めての研究である。
2)上記の研究に引き続き,これまで理論予測が存在しない反応過程を探索するために,極低温メタノール固体表面と低エネルギーCH3+イオンの衝突反応実験を行った。その結果,質量数30や46の反応生成物が生じている可能性を見出した。さらにこの反応を詳しく調べるために実験を継続している。
3)負電荷伝導の元となるOHラジカルの極低温氷表面での振る舞いの情報を得るため,OHラジカルを脱離させるレーザー光の波長を変え,OHラジカルが1光子を吸収して氷表面から脱離する過程を調べた。脱離したOHラジカルは共鳴多光子イオン化(REMPI)法で観測した。観測されるOH強度は約350〜370 nm付近で最大になり,波長とともに約500 nmまで大きく減少する。それ以上ではあまり変化しない。また,OHの脱離断面積に相当する物理量の波長依存性も調べ,OH脱離強度と似た振る舞いをすることがわかった。(発表実績[2]:論文準備中)
4)異種分子による層構造の水素結合固体(H2O-H2S固体など)での陽子空孔移動による負電荷伝導の様子を実験に加えて理論計算からも検討した。層界面で起きると予想される素反応の発熱,吸熱の違いに対応して負電荷伝導が全く異なった。それにより負電荷伝導が陽子空孔移動によるものである新たな傍証を得た。(論文準備中)
5)陽子空孔移動について,紫外光による水分子の解離を用いることなく氷中の負電荷伝導とそれに伴う現象を観測することを目指し,装置の改造を進めている。6)低エネルギーイオンと極低温氷(またはメタノール固体)表面における実験について,反応物となるC+イオンやHCO+イオンなどの効率的生成を目指した新しいイオン源の導入を継続している。
  
成果となる論文・学会発表等 [1](共著)(謝辞)Y. Nakai et al., “Methanol formation through reaction of low energy CH3+ ions with an amorphous solid water surface at low temperature”, Astrophys. J. 953, 162 (2023).
[2](共著)N. Sie et al., “Photodesorption of hydroxyl radicals from ice surface induced by visible photons”, 原子衝突学会第48回年会, 11月25日〜26日 (2023).
[3](共著)Y. Nakai et al., “Methanol production through irradiation of low-energy CH3+ ions on an ice surface at low temperature”, Workshop on Interstellar Matter 2023, Nov. 8 - 11 (2023).
[4](共著)柘植雅士 ほか, “極低温H2O氷における負電荷伝導”, 第17回分子科学討論会, 9月12日〜15日 (2023).
[5](共著)Y. Nakai et al., “Methanol production through the impingement of low-energy CH3+ ions onto an ice surface at low temperature”, The 15th International Conference on the Physics and Chemistry of Ice, Sep. 3 - 8 (2023).