共同研究報告書


研究区分 開拓型研究

研究課題

低温水層における真の微生物機能の追究
新規・継続の別 開拓型(3年目/全3年)
研究代表者/所属 北大低温研
研究代表者/職名 助教
研究代表者/氏名 渡邉友浩

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

岩田智也 山梨大学 教授

2

久保響子 鶴岡高専 助教

研究目的 本研究の目的は、微生物がその生息環境(低温)で行っている生命活動を理解することである。この課題は根本的であるが難しく、様々な研究アプローチの融合が必要である。本研究では、湖の低温水層をモデル調査地として微生物の生息環境(野外調査)、微生物生態系の種組成(DNA解析)、微生物の実環境中での活動(培養・RNA解析・タンパク質解析)を明らかにし、全ての情報を総合して微生物の実環境中における真の機能に迫る。計画当初(2020年)、塩川ダム湖(山梨県)を調査地としたが、COVID-19の影響で山梨県での調査が2021年に延期となった。その対応として北海道釧路市の春採湖の微生物調査を2020年から実施した。
  
研究内容・成果 春採湖の低温・無酸素水層に豊富に存在する未培養アーキア(Woesearchaeales目)を発見した。Woesearchaeales目アーキアは未だに培養されていないのでその生態は謎であるが、世界各地の低温環境に生息する。本研究では、湖水から微生物細胞をサンプリングする新たな手法を開発し、これに最新のDNA解読技術を融合することで、春採湖のWoesearchaeales目アーキアの完全ゲノムと遺伝子(RNA)発現を世界に先駆けて明らかにした。DNA解析から、Woesearchaeales目アーキアはエネルギーを保存するために呼吸ではなく発酵をすると考えられる。発酵に使う物質は、他の生物由来のDNAあるいはグルコースである可能性がある。グルコースは、独自の2機能性酵素を使う解糖系を通じてピルビン酸に分解され、最終的に酢酸として細胞外に放出されると考えられる。酢酸を生じる過程で保存したエネルギーは細胞の合成反応に使われると考えられるが、そのゲノムにはアミノ酸やビタミンといった細胞構成成分を合成する代謝経路がコードされていない。このことから、Woesearchaeales目アーキアは細胞構成成分を外部から取り込むと予想される。実際に、本菌が環境中で高レベルに発現するトップ10遺伝子の大半は、細胞壁の生合成に関わるものであった。これは、本菌が他の生物に付着して物質のやり取りをする共生関係を示唆する。以上より、Woesearchaeales目アーキアはDNAまたはグルコースからエネルギーを合成し、共生関係を通じて自らの細胞を合成するのではないか。現在、これら2つの仮説を立証する新たな研究が進行中である。①エネルギー合成仮説の鍵となる独自の2機能性タンパク質を大腸菌で合成してその機能解析を進めている。②共生仮説を細胞可視化実験で検証するために鶴岡高専の久保響子博士と共同研究を進めている。以上の成果は、世界各地の低温環境におけるWoesearchaeales目アーキアの生物間相互作用や物質循環における役割の解明を大きく前進するものである。
塩川ダム湖の低温・無酸素水層においては、10年以上前から同じ微生物種が豊富に存在することを確認した。DNA解析結果に基づくと、この微生物は有毒な硫化水素を分解しながらエネルギーを保存すると考えられる。本研究では、硫黄化合物の酸化に、未知の酵素反応が関与することを予想した。この反応を触媒すると考えられるsHdrという機能が未知の酵素を世界で初めて精製することに成功し、その活性を検証するための研究基盤(反応基質の合成方法や活性の検出方法などを確立)を構築した。さらに、sHdrのタンパク質構造をクライオ電子顕微鏡で決定するための国際共同研究(マールブルグ大学)を開始した。現在、生化学と構造生物学の両面からsHdrの機能を研究している。以上の知見は、水資源の運用管理に深刻な影響を与える硫化水素の発生と消費メカニズムの全貌解明に向けた大きな前進である。
  
成果となる論文・学会発表等 野村朋史、渡邉友浩、福井 学. 硫黄酸化細菌におけるテトラチオン酸酸化経路の検討. 日本微生物生態学会第35回大会. 2022年11月. 札幌
Tsuji, J., Watanabe, T., Kojima, H., Iwata, T., Fukui, M. Anaerobic microbial redox processes in an iron-rich and meromictic dam lake. 日本陸水学会第86回大会. 2022年9月. 兵庫
Watanabe, T., Kubo, K., Kamei, Y., Kojima, H., Fukui, M. Dissimilatory microbial sulfur and methane metabolism in the water column of a shallow meromictic lake. Systematic and Applied Microbiology 45 (3): 126320. 2022