共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

昆虫休眠と哺乳類冬眠の統合的理解
新規・継続の別 継続(R02年度から)
研究代表者/所属 基礎生物学研究所
研究代表者/職名 教授
研究代表者/氏名 重信秀治

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

松田直樹 基礎生物学研究所 研究員

2

山口良文 北大低温研 教授

研究目的 冬眠や休眠は動物の持つ低温環境への適応戦略であり、多くの動物の系統で独立に進化してきた。昆虫学では休眠は生存に不利な条件に先立って起こる自発的な発育停止あるいは遅延と定義される。アブラムシは春から夏には雌性胎生単為生殖によって増殖する一方、冬が近づくと有性生殖に切替え、越冬卵によって厳しい冬を乗り切る。本研究の第1の目的は、アブラムシの越冬卵の寒冷適応の分子基盤の解明である。特に共生細菌の関与に注目する。哺乳類の季節応答の顕著な例は冬眠である。本課題の第2の目的として、冬眠する哺乳類シマリスをモデルに餌貯蔵型の冬眠メカニズムを明らかにする。これらを統合して冬眠・休眠の普遍性を議論する。
  
研究内容・成果 研究1:アブラムシの越冬卵の寒冷適応の分子メカニズムの解明
研究2:シマリスの冬眠の分子メカニズムの解明

研究1では、アブラムシの越冬卵の寒冷適応の機構解明を目指し、特に共生細菌ブフネラが宿主昆虫の休眠にどのように関与するかに着目した。まず、越冬卵状態における遺伝子発現を網羅的に調べるために越冬卵のRNAseqを行った。当研究室では実験室で冬環境を作り出し産卵を誘導し、卵を休眠状態で維持・孵化させる技術を確立していた。この系を使って越冬卵を産卵直後から11週間(孵化直前まで)、22の発生ステージ(n=3)、総計66サンプリングした。昨年度までに、RNAseqを実施し、シーケンスデータを取得するところまでが完了していた。今年度はこのデータ解析を進め、発現変動解析をおこなった。その結果、ステージ特異的に発現する遺伝子群を見出すことができた。さらに宿主と共生細菌の両方のトランスクリプトームのネットワーク解析にも着手した。

休眠卵における共生細菌の形態や存在様式を調べるために顕微鏡イメージングを試みた。しかし、これまでアブラムシは胎生単為生殖の個体を中心に研究されてきており、本研究対象の有性世代卵の胚のイメージングは例が少なく解析技術が十分に確立していなかった。そこで私たちは有性世代卵の観察手法を検討し、最適な胚の前処理の条件を見出すことができた。予備的な解析では卵の後極に局在する共生細菌の塊に特徴的な構造が認められた。今後この方法を使って、共生細菌や共生器官の観察を深める。

日本のエンドウヒゲナガアブラムシは温暖な本州以南では卵を産まず、北海道の集団のみが卵を産む。そこで、寒冷適応の進化過程を集団ゲノミクス的アプローチで明らかにすることを目指して北海道の集団をサンプリングすることを計画していたが、コロナ禍のため実現できなかった。一方、20種を超えるアブラムシのゲノムが解読され、アブラムシのゲノム科学は新局面を迎えている。最新のアブラムシゲノム解析の現状を徹底的に調査し、総説論文として発表した(Shigenobu et al., 2022)。比較ゲノム解析によって、寒冷適応や休眠のメカニズムにも迫ることが可能になると期待される。

研究2では、シマリスの冬眠の分子メカニズムの解明を目指す。シマリスは冬眠動物の中でも餌を巣穴に貯蔵して乗り切る餌貯蔵型冬眠動物であり、同じ餌貯蔵型のシリアンハムスターとの比較が、冬眠の多様性と共有性を理解する上で重要である。今回、脂肪細胞に着目し、冬眠と非冬眠条件下でトランスクリプトームを比較した。低温研の山口教授が、シマリスの白色脂肪組織・褐色脂肪組織のRNAseq解析を行った。シマリスはゲノム配列が決定されていないため、RNAseq配列からde novo アセンブルでリファレンスを構築した。今後これらを基盤にシマリスとシリアンハムスターの脂質代謝制御の共通性と違いの理解につなげたい。
  
成果となる論文・学会発表等