共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

小標本種間系統比較法による小型哺乳類の寒冷地適応機構の解明
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 統計数理研究所
研究代表者/職名 特任研究員
研究代表者/氏名 大久保祐作

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

小泉逸郎 北大地球環境科学研究院 准教授

2

大舘智志 北大低温研

研究目的 本共同研究では低温地域における生物の適応機構を解明することを目的に小標本下で頑健な新たな種間系統比較の統計理論(sPCM)を確立し、この手法を用いて寒冷地に適応したトガリネズミ類の形態進化分析を行う。
  
研究内容・成果 生物がどのようにして環境へ適応するか、またどのようにして現在の生物多様性が獲得・維持されてきたか明らかにすることは進化生物学における最も重要な課題のひとつである。特に寒冷地における生態系は環境変動に対して脆弱であると考えられ、温暖化の及ぼす生態系への影響を予測・評価することは科学的だけでなく社会的要請や政治的意思決定の観点からも大きな意義がある。

こうした課題に取り組む上で、北海道やロシア国内の寒冷地に生息するトガリネズミ類は優れたモデルケースと考えられる。まず、トガリネズミは有胎盤類のなかで最も原始的な系統であり構成種数も非常に多い(約300種)。さらに寒冷地だけでなく熱帯に適応した種がいるなど近縁種の生息環境が極めて多様で、形態形質にも著しい相違が知られている。こうした条件は、寒冷地に生息する哺乳類の適応や多様性の維持機構を近縁な種同士の比較で解明することができることを示唆している。そこで本研究では近縁種間での形態形質の違いを検出できるあらたな統計的手法を開発し、主に北海道から極東ロシアに生息する14種のトガリネズミの形態形質に対して適用することを目指した。とりわけ進化生物学において種分化を通じた多様化の獲得プロセスに大きな貢献をもたらすことが知られている生殖形質を対象とし、各種でどのような違いが生じているか定量的に評価した。

研究分担者の大舘が保有する標本を用いて各種雄個体の生殖形質の大きさと体サイズを測定し、研究代表者大久保の開発した“枝特異的方向性選択付き線形混合効果モデル(BSDS-LMM)”で体サイズあたりに対する生殖形質最大長への回帰分析を行なった。その結果、14種のうちSorex. unguiculatusでは他のおよそ200倍もの強い力で生殖器サイズが大きくなる方向へ淘汰が生じてきたことが推定された(95%CI: 15-13300)。一方で同様の分析を雄個体の精巣の大きさや雌個体の生殖形質の大きさに対して行なったところ、どちらも淘汰圧の上昇は統計的に検出されなかった。このことは、これまで同種に対して提案されていた敵対的共進化仮説や精子競争仮説を棄却する結果である。

以上の結果をもとに、研究分担者の小泉は69th annual meeting of Ecological Society of JapanにてSorex. Unguiculatusの生殖形質増大が雌の配偶者選択行動によって駆動されるという新たなメカニズムを提唱した。
  
成果となる論文・学会発表等 Itsuro KOIZUMI, Xiao Yuan LI, Yusaku OHKUBO, Kohei OKIMOTO, Yui MURATA, Alexis M. MYCHAJLIW, Nikolai E. DOKUCHAEV, Vasily D. YAKUSHOV, Boris I. SHEFTEL, Yuichi KAMEYAMA, Satoshi D OHDACHI. "Extremely long penis in some shrews: pattern, process, and possible mechanisms", The 69th annual meeting of the Ecological Society of Japan, 2022. Mar.14. (https://esj.ne.jp/meeting/abst/69/A02-02.html)