共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

低温アモルフォス氷を流れる負電流-氷表面負イオンへの陽子空孔移動
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
研究代表者/職名 専任研究員
研究代表者/氏名 中井陽一

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

渡部直樹 北大低温研 教授

2

北島謙生 北大低温研 博士研究員

研究目的 低温のアモルフォス氷へ紫外光と低エネルギー電子を同時に照射すると氷を伝導する負電流が大きく増加するが,氷表面に生成したOHと電子から生成したOH負イオンが陽子空孔移動によって氷中へ取り込まれるという負電流増加メカニズムを我々は提唱している.それを裏付けるための実験を行う.具体的には,10K程度のアモルフォス氷へ紫外光と低エネルギー電子を同時に照射し,表面に存在するOHが紫外光のみを照射した場合と比べて減少することを確認し,照射する紫外光強度や電子強度を変化させ,負電流と表面OHの量との関係や,陽子空孔移動とOHの配置との関係の有無などを推測することなどを目的とした.
  
研究内容・成果 平坦なサファイア表面上にニッケルを蒸着した基板を10Kに冷却し,その上に水のアモルフォス氷を作成した.そこへ30eVの低エネルギー電子と重水素ランプによって発生させた紫外光を照射した.アモルフォス氷を通してニッケル基板に流れ込む電流は微小電流計を用いて計測し,紫外光によるH2O分子の光解離で生成した氷表面上のOHラジカルは,光刺激脱離法と共鳴多光子イオン化法を組み合わせて(PSD-REMPI法)高感度検出した.紫外光を照射した状態で低エネルギー電子の照射のON/OFFを繰り返すと,低エネルギー電子の照射をONした場合には検出されるOHラジカルの量が減少し,低エネルギー電子の照射をOFFした場合には増加することがわかり,ON/OFFの繰り返しによってOH検出量の増減が概ね同じレベルで繰り返されることがわかった.また,以前の実験で見出したように,紫外光と低エネルギー電子を同時に照射すると氷を伝導する負電流が大きく増加することも再確認された.その同時照射における電流面密度変化の絶対値(負電流面密度の増加値)と検出されたOHラジカルの減少率は,アモルフォス氷へ照射する電子電流が比較的小さいときには,ほぼ比例関係になることがわかった.本研究で得られた負電流増加範囲は,概ね推算された表面OHラジカルの生成レートと整合的である.少なくとも本研究の条件においては,氷表面のOHラジカルと電子から生成したOH負イオンが誘起する陽子空孔移動が,アモルフォス氷を通して流れる負電流増加のメカニズムであると考えられる.アモルフォス氷を厚くすると,負電流の増加が小さくなり,これはOH負イオンとH2O分子間の陽子空孔移動によって氷中を伝搬していくOH負イオンがある確率で氷内部にトラップされてニッケル基板まで伝搬しないことがあることを示している.PSD-REMPI法で得られた情報からは,負電流増加現象と氷表面上のOHの配置との強い関係は見出されなかった.本研究では,紫外光強度を変化させることが難しかったため,紫外光強度との関係は今後の課題となっている.
  
成果となる論文・学会発表等 北島謙生,中井陽一,W. M. C. Sameera,宮﨑彩音,柘植雅士, 日高宏, 香内晃,渡部直樹,極低温アモルファス氷への紫外光・電子線同時照射による負の氷透過電流生成,原子衝突学会第45回年会,2020年12月9日.
Kensei Kitajima, Yoichi Nakai, W. M. C. Sameera, Masashi Tsuge, Ayane Miyazaki, Hiroshi Hidaka, Akira Kouchi, and Naoki Watanabe, Delivery of Electrons by Proton-Hole Transfer in Ice at 10 K: Role of Surface OH Radicals, The Journal Physical Chemistry Letters, 12, 704-710 (2021).