共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

冬季の常緑樹における光合成関連遺伝子の発現制御機構の解明に向けて
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 京都府立大学生命環境科学研究科
研究代表者/職名 教授
研究代表者/氏名 小保方潤一

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

佐藤壮一郎 京都府立大学生命環境科学研究科 助教

2

田中亮一 北大低温研 准教授

3

高林厚史 北大低温研 助教

4

伊藤寿 北大低温研 助教

研究目的 光合成は光のエネルギーを化学エネルギーに変換するプロセスであるが、低温下では活性酸素障害の発生源となるリスクをもっている。寒冷域の植物がこのリスクからどのように身を守り、またその仕組みにどのような遺伝子やタンパク質が関与しているのかは、まだ十分には理解されていない。本研究課題では、京都府立大学植物ゲノム研究室と北海道大学低温科学研究所生物適応グループの共同研究により、針葉樹のイチイをモデルにして、寒冷地域に分布する常緑樹の厳冬期を含むトランスクリプトームの年間変動を明らかにし、それを基に、冬季の光合成関連遺伝子制御メカニズムの解明につながる基盤情報を収集・整備する。
  
研究内容・成果 本共同研究の目的は、低温科学研究所の生物適応研究室でサンプリングされていたイチイの葉を用いて、夏と冬で大きく発現量が変動する遺伝子を見出すことである。すでに、生物適応研究室では、夏と冬のイチイの葉からTotal RNAを抽出し、次世代シークエンサーであるIllumina社のHiSeq、および、PacBio社のPacBio Sequelを用いた受託解析により、raw dataを得ており、課題はその解析であった。
最大の難関は、イチイのゲノム情報が明らかでなかったため、発現量を比較する前に、遺伝子モデル(発現遺伝子カタログ)を作成する必要があったことである。一般的にはHiSeqなどの次世代シークエンサーを用いて得られたショートリードを用いてde novo assemblyを行うが、ゲノムが複雑で巨大な樹木ではその手法の適用が難しいことが知られていた。そこで本共同研究では、まず初めに、PacBio社のロングリードを用いてIso-seq解析を行った。ロングリードを用いたIso-seq解析ではショートリードを用いたde novo assemblyと違い、完全長のcDNAが得られるという利点があり、より信頼性の高い遺伝子モデルを構築することができる。実際に解析した結果、約10,000遺伝子の完全長cDNA配列を得ることができた。
次に、Illumina社のHiSeqを用いた解析から得られたショートリードを用いて、イチイの遺伝子群の発現量を夏と冬で比較した。その結果、夏に発現量の多い遺伝子としては光合成関連の遺伝子などが見られ、冬に発現量の多い遺伝子としてはELIPやDehydrinなどが見られた。とりわけ、ELIPは冬のイチイの全mRNAの中の約1/4を占めていた。ELIPの分子機能には未解明な点が多く残されている。一方で、現在、生物適応研究室では厳冬期の光合成防御機構におけるELIPの機能解析を進めているとのことであるが、本共同研究におけるこの解析結果はそのELIPの重要性を示すものである。
このように、本共同研究では、イチイ樹木の約10,000の遺伝子モデルを構築し、そのモデルを利用して夏と冬に発現量の多い遺伝子群を見出すことができた。これらは、年間を通じたトランスクリプトームの変化や冬季の光合成関連遺伝子の制御メカニズムの解明に向けての分子基盤となり得る、重要な知見である。
今回の研究では、まだ予備的な研究段階であり、夏と冬のサンプルが2つずつにとどまっており、発現量の低い遺伝子の解析や遺伝子発現の季節変化を詳細に調べるという点ではまだ不足している。今後、サンプル数やサンプリングの時期を増やしていくことで、発現量の低い遺伝子などについても情報が得られると期待しており、今後も低温科学研究所の生物適応研究室との共同研究を継続していきたいと考えている。
  
成果となる論文・学会発表等