共同研究報告書提出

共同研究報告書

研究区分	一般研究
研究課題	低温域における昆虫体表脂質凝集構造の組成依存性
新規・継続の別	継続（平成30年度から）
研究代表者／所属	大阪大学理学研究科
研究代表者／職名	准教授
研究代表者／氏名	金子文俊

研究分担者／氏名／所属／職名
	氏　　名	所　　属	職　　名
1	片桐千仭	数理設計研究所	研究員
2	佐崎元	北大低温研	教授
3	長嶋剣	北大低温研	助教

研究目的	熱帯を起源とする昆虫は、環境への適応能力を強化し現在は寒冷な地域へも生息の範囲を広げてきている。寒冷な気候に適応するための必要条件の一つに、冬季における耐乾燥性が挙げられる。昆虫は、体表からの水分損失を減少させるために、炭化水素あるいはその誘導体で覆っている。水分蒸散調節機構と体表脂質の構造との関係を説明するモデルとして、2002年にA. G. Gibbsが提唱した脂質膜の相分離構造があるが、その妥当性については未だ詳しくは検討されていない。そこで、本研究では体表脂質の状態を、振動分光法や赤外分光法を用いて実証的に検討を行うことを目的としている。
コオロギ前翅の測定結果。上:キチン由来バンドの強度分布、下：体表脂質バンドの強度分布　コオロギの翅の昇温過程でのDSC曲線
研究内容・成果	研究対象としてワモンゴキブリとクロコオロギを選び、それぞれについて（1）クチクラ表面における体表脂質の状態、そして(2)体表より有機溶剤を用いて抽出・精製した脂質試料が示す構造・物性の特徴、を調べた。(1)については、SPring-8のBL43IRにおいて赤外領域放射光を活用した顕微赤外ATR分光測定、そして低温研でのAFM測定を行った。(2)については低温研の生物環境部門において試料を準備し、KEKの放射光施設のBL6AにおいてX線小角散乱・広角散乱同時測定、そして阪大で高感度DSC測定を行った。　昆虫クチクラ主成分のキチンはアミド結合由来の強い赤外吸収を示し、一方体表脂質の炭化水素鎖はCH2対称および逆対称振動に帰属される強い赤外吸収を示す。この性質を利用して、昆虫体表における脂質の分布を調査した。図1にSPring-8で、クロコオロギの前翅において行った顕微赤外ATR分光法を用いたマッピング測定の結果を示す。キチンのアミド基モードは前翅全体の領域で強い赤外吸収を示しているが（図1上）、幾つかの箇所（点a~i）では他と比べて著しく強度が低下している。一方、炭化水素鎖の赤外バンドに注目すると（図1下）、点a~iでのみ明瞭なピークが観測された。ATR分光法では試料表面近傍の領域のみ（1μm以下）が測定対象であるため、この結果は脂質層の厚みが他よりも著しく大きな箇所がポツポツと偏在していることを意味している。この結果は、①これまで定説であった "昆虫外骨格をほぼ均一に覆う脂質層" という昆虫体表モデルを覆し、②今後は厚さが不均一である体表脂質を前提として体表脂質の機能・構造、さらには昆虫生理機能を研究する必要があることを示唆し、非常に重要である。またAFM測定では、試料面に対して水平に移動するカンチレバーが受ける摩擦力を調べた。クロコオロギの♂と♀の翅、そして脱脂した翅における摩擦力の違いを測定し、脱脂処理後の翅＜♂の翅＜♀の翅、の順に摩擦力が大きくなることを見出した。体表脂質の組成の違い（♂のみ不飽和脂質を含む）が、この雌雄差の原因であると推測している。　抽出脂質試料を用いた研究では、放射光X線散乱実験を行った結果、ワモンゴキブリ、クロコオロギの♂と♀いずれにおいても、炭化水素鎖は隣接する分子鎖平面が互いに垂直の関係にある斜方晶ポリエチレン型（O⊥型）副格子を形成していることが明らかになった。これは以前行った赤外分光による結果と一致している。また高感度DSCを利用して、昆虫体表組織上における脂質の相変化に伴う吸熱・発熱もその場測定可能であることを確認した（図2）。今後は、熱測定と構造研究（振動分光およびX線散乱法）を組み合わせて、物性と構造の関係について研究を進める予定である。
コオロギ前翅の測定結果。上:キチン由来バンドの強度分布、下：体表脂質バンドの強度分布　コオロギの翅の昇温過程でのDSC曲線
成果となる論文・学会発表等	日本昆虫学会第79回大会　2019年　9月14日-16日　弘前大学（青森）赤外分光法による昆虫体表脂質の構造と分布に関する研究、金子文俊・片桐千仭・長嶋剣・佐崎元・池本夕佳関西昆虫学研究会 2019 年度大会　2019年12月7日神戸大学（兵庫）昆虫体表脂質の構造と分布の不均一性について、金子文俊・片桐千仭・長嶋剣・佐崎元令和2年度蚕糸・昆虫機能利用学術講演会　2020年3月6日-7日　信州大学（長野）構造化学的手法による昆虫体表脂質の構造・物性と分布に関する研究、金子文俊・片桐千仭・長嶋剣・佐崎元