共同研究報告書


研究区分 開拓型研究

研究課題

氷のキラル結晶化における不斉発現機構の解明と不斉源としての可能性の探索
新規・継続の別 開拓型(2年目/全3年)
研究代表者/所属 東北大学金属材料研究所
研究代表者/職名 助教
研究代表者/氏名 新家寛正

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

木村勇気 北大低温研

2

羽馬哲也 北大低温研

3

長嶋剣 北大低温研

4

香内晃 北大低温研

5

力石嘉人 北大低温研

研究目的 キラリティとは空間反転対称性の欠如であり、キラルな物質には鏡像異性体が存在する。両鏡像異性体の熱力学的等価性に反して見られる生体のホモキラリティの起源は、地球上の物質・生命進化における大きな謎である。アキラルな物質がキラル構造を持つ固体へと結晶化するキラル結晶化は、物質の構造に自発的な対称性の破れが起こるため、ホモキラリティの観点から広く調査されている。ところが、氷は地球・生命にとって関連の深い物質であるにも関わらず、キラル結晶化の観点からの研究は行われていない。本研究ではキラル結晶化を切り口にした氷の物質科学を開拓すべく、氷IIIキラル結晶化における掌性発現過程を解明することを目的としている。
図1 左:水-氷III界面で生成する高密度液体層右: 双連続パターンの形成と模式図. 図2: a,b 水の第二臨界点仮説とNo man’s land. c 微視的揺らぎ構造の巨視的相分離構造への発展 図3: 非古典的結晶成長(左)・核形成(右)の描像と氷IIIキラル結晶化. 
研究内容・成果 今年度までの研究で、低温高圧環境下で安定なキラル結晶構造を持つ氷IIIを対象に水からの結晶化過程の顕微鏡その場観察を行ってきた。結果、当初の目的である氷III結晶の生成とキラリティの判別に成功した。更に、バルクの水に対し明確な界面を形成する高密度な液体が水―氷界面に生成することを世界で初めて発見し、その厚みは数μmという巨視的なスケールに及ぶことを明らかにした(Niinomi et al. Science submitted.)(図1左)。氷III結晶表面で発見した高密度液体は、氷VI表面にも生成する事が顕微干渉計その場観察から明らかとなり、普遍的な現象であることが示唆された。更に、高密度液体は二成分系不混和流体におけるスピノーダル型液液相分離において観察される双連続的なパターンを呈することが分かり、不混和な二種の液体の存在が示唆された(図1右)。この発見は、水の物性研究における古くからの未解決問題である物性異常の起源に対し大きな知見を与える可能性がある。一般的な液体では、比熱・等温圧縮率等の物性は温度に対して線型的に変化するのに対し、水では、ある温度に向かって発散するように変化する傾向が物性異常として観測される。これを説明する最も有力な説として、低温高圧環境下において水が高密度液体と低密度液体へと液液相分離することを仮定する「第二臨界点仮説」がある。この仮説では物性の発散を液液臨界点への発散として説明する。この仮説は、放射線散乱実験に基づく水の微視的構造の観点から広く支持されているが、決定的証拠となる巨視液液相分離の直接観察は、液液臨界点が実験的に到達不可能な深い過冷却条件にあるために不可能とされている(図2)。本研究で発見された不混和な二種の液体の存在は、従来の常識に反し、実験可能な条件下において水の巨視液液相分離を直接観察できる可能性を示している。
 また、氷III表面の高密度液体の構造は、水よりもキラルな氷IIIの構造に近いことが表面自由エネルギーの観点から示唆された。このような、融液の構造が結晶の構造に近いものに変化した後に結晶となる描像は、近年精力的に議論されている非古典的結晶成長の描像と類似している。特に、非古典的核形成の描像では、生成する結晶の構造に近い前駆相を介して結晶が現れると考えられている。この描像を氷IIIの核形成過程に適用するならば、高密度液体を前駆相としてキラルな氷が形成する過程があり得る(図3)。氷IIIの掌性はその形成過程のどの段階で発現するか―前駆現象としての液液相分離か、氷III形成か―という問いは、本研究の学術的問いに合致する。高密度液体の発見は、氷のキラリティ物質科学の開拓のみならず、水の物性異常の解明への新たな道を拓いた成果と言える。さらには、一成分系における液液相分離という極めて稀有な事例の調査となり、今後の研究の進展は物質科学の広範の領域に多くの知見を齎すことが期待される。
図1 左:水-氷III界面で生成する高密度液体層右: 双連続パターンの形成と模式図. 図2: a,b 水の第二臨界点仮説とNo man’s land. c 微視的揺らぎ構造の巨視的相分離構造への発展 図3: 非古典的結晶成長(左)・核形成(右)の描像と氷IIIキラル結晶化. 
成果となる論文・学会発表等 学会発表
[1]高圧氷成長過程において氷/水界面に生成する液体層の顕微鏡その場観察 新家寛正, 山崎智也, 羽馬哲也, 香内晃, 岡田純平, 野澤純, 宇田聡, 木村勇気、第48回結晶成長国内会議(JCCG-48) 2019年10月30日
投稿論文
[2]H. Niinomi, T. Yamazaki,H. Nada, T. Hama, A. Kouchi, J. Okada, J. Nozawa, S. Uda and Y. Kimura, High-density liquid water at a water-ice interface, Science Submitted.