共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

北方林における微生物,昆虫,脊椎動物の腐肉をめぐる相互作用
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 日本大学生物資源科学部
研究代表者/職名 講師
研究代表者/氏名 中島啓裕

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

橋詰茜 日本大学生物資源科学部 研究生

2

大舘智志 北大低温研

3

笠原康裕 北大低温研

研究目的  本研究の目的は,北海道の森林における動物死体をめぐる微生物・昆虫・鳥・獣間の競争をモデルとして,これまで顧みられることの少なかった「非近縁分類群間の相互作用」の重要性とその生態学的帰結を明らかにすることである.北海道八雲町でのこれまでの研究により,微生物とウジ,鳥類・哺乳類の間には腐肉という資源をめぐる複雑な関係があることが先行研究により示唆された.本研究では,フィールド調査と室内実験による知見を統合して,「微生物,腐食性昆虫および鳥類・哺乳類間の動物遺体をめぐる相互作用が,どの程度互いの資源利用効率に影響するのか」を解明し,非近縁種間相互作用について明らかにする.
  
研究内容・成果  H30年度の8月中旬に,北海道二海群八雲町日本大学八雲演習林に自動撮影カメラ40台を設置し,その半数のカメラの前に有害駆除されたアライグマProcyon lotorの死体を設置した.撮影された動画内の哺乳類と鳥類を同定するとともに,その採食対象が死体かウジかを判別した.また,これとは別に計6地点にアライグマの死体を設置し,死体の重量及び訪問する昆虫相の変化を詳細に明らかにした.これらの6地点には,ハエの産卵を排除する「ウジ排除区」を設け,死体の重量や訪問昆虫にどのような違いがみられるのかを明らかにした.訪問昆虫は,死体周囲にピットフォールトラップを設置することで明らかにした.さらに,「ウジ非排除区」,「ウジ排除区」ともに,専用滅菌綿棒を用いて遺体表面及びウジの体表の微生物相をサンプリングした.
 調査の結果,様々な動物種が遺体を訪問していること,そのタイミングは種によって異なっていることが分かった.遺体の大部分は数日のうちにハエ類(主にホホグロオビキンバエChrysomya pinguis)の幼虫(ウジ)によって消費された.その後ハネカクシ科Staphylinidaeやエンマムシ上科Histeroideaのような甲虫類(22属)が訪問した.しかし,これらの後続の甲虫類の行動を詳細に観察してみると,遺体自体ではなく,遺体を消費したウジを捕食していた.さらに,アカハラTurdus chrysolausやコマドリErithacus akahigeのような鳥類(12種)も盛んにウジを捕食していることが観察された.ピットフォールで採取された甲虫類にウジと腐肉を与えたところ,ウジが優占して消費された.ウジ排除区にも,非排除区と同様の昆虫相が見られたものの,その数は著しく少なかった.サンプリングした微生物は,現在解析中であるが,ウジ排除区では非排除区では見られなかったカビ類が顕著に増加している様子が観察された.
 本研究の結果から,高温環境下では,遺体自体は微生物の分解によって利用しにくい資源となるのに対し,ウジという新しい資源が生まれていること,ウジは遺体以上に高質な資源となっていることが示唆された.すなわち,ウジは,遺体の栄養やエネルギーの「変換装置」として機能していた.また,古くから報告されてきた動物死体における利用種の時間遷移は,従来考えられてきたような初期利用者による遺体自体の化学的・物理的特性の変化を反映したものではなく,利用する資源自体が変化することによって駆動されることが分かった.ウジは,抗菌作用のある唾液を体外へ産生することも知られており,病原菌を含む微生物の密度が相対的にウジ周辺で低くなっている可能性もある.すなわち,ウジは「浄化装置」としての機能を果たしている可能性が示唆された.
  
成果となる論文・学会発表等 橋詰茜,山中康如,笠原康裕,大舘智志,幸田良介,中島啓裕.肉の腐敗にどう抗うか?ー微生物への対抗ともう1つの戦略ー.日本生態学会全国大会66回大会.神戸.2019.