共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

低温域における昆虫体表脂質凝集構造の組成依存性 
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 大阪大学理学研究科
研究代表者/職名 准教授
研究代表者/氏名 金子文俊

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

片桐千仭 数理設計研究所 研究員

2

佐崎元 北大低温研 教授

3

長嶋剣 北大低温研 助教

研究目的 昆虫のクチクラ表面に存在する脂質層の組成は、昆虫が越冬する地域に依存して大きく変化し、その組成が昆虫脂質の性質に影響を与えていると考えられている。特に不飽和炭化水素の種類と含有量は、脂質層の構造と性質を密接に関わっている可能性が高い。
 そこで本研究では、不飽和脂質を含む昆虫体表脂質の凝集構造と物性を明らかにすることを目指して、X線散乱法、光学顕微鏡観察、振動分光測定、原子間力顕微鏡、熱分析法等を用いて検討する。特に低温域での構造変化に注目して研究を行う。
図1.ワモンゴキブリCH2横揺れ振動領域の波形分離。幅広い成分(ピング)が乱れた炭化水素成分 図2.コオロギ前翅CH伸縮振動領域スペクトルの性差による違い;黒線は雄、赤線は雌のスペクトル。 
研究内容・成果 不飽和炭化水素の体表脂質の凝集構造への影響を、ワモンゴキブリとコオロギにおいて調べた。ワモンゴキブリの体表脂質は、一つのメチレン基を一つ挟んで二つのcis-二重結合が続く分子構造をもつ不飽和炭化水素cis,cis-6,9-heptacosadieneを約7割含んでいる。コオロギの体表脂質には性差がある。雄の体表脂質のみ、一個のcis-二重結合がある不飽和炭化水素が約2割含まれている。昆虫の体表脂質は厚みが0.1-1mと非常に薄い。そこで体表脂質について、昆虫体表における状態をその場測定を用いて調べる手法、昆虫体表より抽出した脂質試料を用いて調べる手法、の2つの手法を用いて調べることにした。体表脂質の評価は、炭化水素のコンフォーメーションや凝集状態の情報を提供する赤外分光、そして固体表面のnmオーダー構造を調べることに適した原子間力顕微鏡や共焦点顕微鏡を利用して行った。特に赤外分光法によるその場観察には、固体試料表面部分の情報を選択的に得ることができるATR分光法を利用した。
 
ワモンゴキブリの体表脂質
 赤外スペクトルの特徴から(図1)、
(1)20℃において体表脂質の7割を占めるcis,cis-6,9-heptacosadieneの二重結合部分は乱れた状態にあること
(2)既に80%以上の炭化水素鎖が液体状態にあること、
(3)固体相の主成分は飽和炭化水素であることが、
明らかになった (論文[1],学会発表[1]-[2]) 。
また共焦点顕微鏡による観察では、(1)30℃以下においても液体相の割合が多いこと、(2)融点が30℃を超す固体相が存在する可能性が高い、(3)冷却過程において高温域で針状結晶が発生する、ことが明らかなった。
上記の結果は、水分蒸散機構が変化する温度とされる30℃よりもかなり低い温度領域においても、大部分の表面脂質は融解しており、単に炭化水素鎖の融解現象だけでは水分蒸散量の制御機構は説明できないことを意味している。液体相のなかに分散されている結晶微粒子が、液体相の水分透過量に大きな影響を与えていることが示唆される。その機構は、今後の研究課題である。

コオロギの体表脂質
 赤外スペクトルからは、雄の体表脂質からのみ、cis-二重結合による赤外バンドが認められた。これに対応して、20℃付近における赤外スペクトル測定では、雄の体表脂質において炭化水素鎖のコンフォーメーション秩序性が低下していることを示唆する特徴が現れた。CH伸縮振動領域では、炭化水素鎖の2920 cm-1付近のCH2逆対称伸縮振動と2850cm-1 付近のCH2対称伸縮振動のいずれも雄の方が、雌と比べて高波数側にシフトしている(図2)。 
 また前翅の表面において予備的に行ったAFMを用いた表面の摩擦力の測定では、雌の方が雄と比べて摩擦力が大きいという、これは赤外スペクトルから得られた炭化水素鎖の状態の違いと矛盾しない結果が得られている。

図1.ワモンゴキブリCH2横揺れ振動領域の波形分離。幅広い成分(ピング)が乱れた炭化水素成分 図2.コオロギ前翅CH伸縮振動領域スペクトルの性差による違い;黒線は雄、赤線は雌のスペクトル。 
成果となる論文・学会発表等 [1] Fumitoshi Kaneko, Chihiro Katagiri, Gen Sazaki, and Ken Nagashima
"ATR FTIR Spectroscopic Study on Insect Body Surface Lipids Rich in Methylene-interrupted Diene"
J. Phys. Chem. B, 2018, 122, 12322-12330
[2] 金子 文俊・片桐 千仭・長嶋 剣・佐崎 元
"昆虫の体表脂質構造への赤外分光法によるアプローチ: 透湿性との関わり"
昆虫と自然 , 2019, 54, 31-32.

学会発表 
[1] 関東昆虫学研究会第2回大会 2018年12月8日 東京農業大学(世田谷キャンパス)、東京都
"飽和と不飽和炭化水素は昆虫体表をどのように覆っているか―赤外光を利用し
た表面分析によるアプローチ" 金子文俊・○片桐千仭
[2] 関東昆虫学研究会2018 年度大会 2019年1月12日 大阪市立自然史博物館、大阪府
"赤外分光法からみたワモンゴキブリ体表脂質の特徴:飽和炭化水素と不飽和炭化水素の混在状態"
○金子文俊・片桐千仭・長嶋剣・佐崎元