共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

C2H2およびC2H4重水素付加反応の定量評価:分子雲の物理化学環境の解明にむけて
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 京都産業大学
研究代表者/職名 教授
研究代表者/氏名 河北秀世

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

小林仁美 エストリスタ 代表

2

渡部直樹 北大低温研

研究目的 惑星系は、分子雲や原始惑星系円盤などの様々な温度・密度環境を経験して化学的に進化した物質を起源としており、太陽系始原天体である彗星に見られる重水素濃集現象(太陽元素組成比より高いD/H比が特定の分子に見られる現象)も分子雲など始原的な環境に端を発していると考えられる。低温度環境下での重水素濃集現象は、重水素置換体の方が低いゼロ点振動エネルギーを持つことから定性的に理解ができる。しかし定量的な評価および理解には、実験による反応経路および速度定数の決定が不可欠である。本研究では、彗星氷中のC2H6に着目し、分子雲(極低温環境)における生成過程、重水素濃集機構を実験的に調べ、反応経路と速度定数を決定する。
  
研究内容・成果 C2H6の重水素濃集過程は、極低温星間塵表面でのC2H2への重水素付加トンネル反応によって形成されると考えられているため、以下の系で重水素(D)付加反応の実験を行った。

・ アモルファスH2O氷上にC2H2を薄く吸着させた氷(10K、20K)
・ アモルファスH2O氷上にC2H4を薄く吸着させた氷(10K、20K)

昨年度に予備実験を行った際には、単純な重水素付加体(C2H2D4、C2H4D2)だけでなく、重水素置換体(C2HD5、C2D6)が生成されることが示唆されていた。今回の実験では、スペクトルに見られた生成物を特定するだけでなく、質量分析器を用いた生成物の定量評価も行った。その結果、重水素置換体は重水素付加生成物の1/10ほどしか含まれていないことがわかった。また、置換反応の活性化エネルギーが大きい(約3,000K)ことから、今回の系では置換反応はほとんど起こっておらず、重水素付加体が生成物の主成分であることがわかった。

 また、10Kにおける重水素付加反応の反応速度は、C2H4の方がC2H2に比べ、約3倍速いことがわかった。同様の傾向は水素付加反応でも見られている。ただし絶対値としては水素付加反応の方が1.3〜1.6倍ほど速いだけであり、同位体効果はほとんど見られなかった。一方20Kでは、重水素付加反応の方が水素付加反応よりも1.4〜2.0倍ほど速くなることがわかった。
本研究で得られた結果は、重水素付加反応の律速過程を考えることで理解できる。氷表面上で重水素原子とC2H2(C2H4)が反応サイトに共存する際、以下の3つのプロセスが競合する。
1) 重水素が脱離する
2) 重水素がC2H2やC2H4と反応できるサイトから他のサイトに移動する(拡散)
3) 反応が起こる(活性化エネルギーが高いため、トンネル反応となる)
一般的な系では3)が律速過程となっており、質量の重い重水素の付加反応の方が水素付加反応よりも遅くなるため、結果として大きな同位体効果が見られる。本研究では同位体効果が見られなかったことから、3)ではなく2)が律速過程になっていたのではないかと考えられる。つまり,拡散が充分に遅いため、反応の同位体効果があらわにならい。また、20Kで水素付加反応よりも重水素付加反応の方が速くなった原因として、水素と重水素とで、表面からの脱離エネルギーが異なっていたためだと考えられる。水素原子の方が重水素原子より軽いので、温度上がると脱離しやすくなる。そのため固体表面での水素原子数密度が減り、反応が遅くなると考えられる。
  
成果となる論文・学会発表等