共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

低温における高分子膜透湿性に対する表面脂質および添加剤の影響
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 大阪大学理学研究科
研究代表者/職名 准教授
研究代表者/氏名 金子文俊

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

片桐千仭 数理設計研究所 研究員

2

松浦良樹 大阪大学蛋白質研究所 元教授

3

佐崎元 北大低温研

研究目的 昆虫は寒冷な地域へも生息の範囲を広げてきている。その寒冷な気候への適応するためには、昆虫は冬季の乾燥状態から自身を守っていかなければならない。昆虫は、クチクラとよばれる外骨格によりその体表面が覆われているが、水の損失の大凡90%がこのクチクラを通しての体表から蒸散であると評価されている。クチクラ表面に存在する脂質層の厚みと組成は、寒冷な地で越冬する昆虫と温暖な地で越冬する昆虫の間では大きく異なっており、脂質層が外骨格を通じての水分蒸発の調節に重要な役割を果たしているものと予測されている。本研究では、脂質層の組成の変化に伴う脂質層の構造変化を調べ、構造と水分の蒸散速度の関係を探りたい。
  
研究内容・成果 本年度は、コオロギの翅の脂質について検討することにした。コオロギは北大理学部より提供を受けた。雄と雌では脂質の成分が異なっており、飽和炭化水素は雄と雌両方の翅の表面脂質の主成分であるが、不飽和炭化水素は雄のみ含まれている。この表面脂質の組成の違いは、昆虫表面の脂質の構造に大きな影響を与え、それが昆虫の水分蒸散に影響を与えている可能性が高い。そこでコオロギの脂質の構造を赤外分光法で検討した。また比較検討のために、ゴキブリの体表脂質についても測定した。表面脂質の赤外スペクトルは、PerkinElmer社のFTIR分光器 SpectruTwoとATR測定アタッチメント(ダイヤモンドプリズム)を用いて測定した。
 コオロギの翅から抽出した脂質は、雄と雌では明らかに組成が異なることを示す赤外スペクトルが得られた。雄では明らかに不飽和二重結合の存在を示すバンドが現れた。C=C二重結合部分のC-H伸縮振動に由来するC-H伸縮振動が3005cm-1に、C=C伸縮振動のバンドが観1650cm-1付近に、二重結合部分のC-H面外変角振動が700cm-1付近には観測された。このような二重結合由来のバンドは、雌の脂質には観測されなかった。この雄の赤外スペクトルの特徴は、同じく不飽和炭化水素を含むゴキブリの脂質と共通していた。しかし振動数には数cm-1 の違いがあり、それがどのような構造の違いに基づいているかは今後の課題である。
 一方、炭化水素鎖のCH2逆対称伸縮振動では、雄の脂質は雌の脂質よりも数cm-1程度光波数側に現れる傾向が高い。CH2逆対称伸縮振動は、コンフォーメーション規則性に敏感であり、この違いは不飽和結合のために、炭化水素鎖により多くの乱れが導入されている可能性が高い。
 コオロギの脂質の赤外スペクトルで注目される特徴は、炭化水素鎖の側面方向のパッキングに敏感なCH2横揺れ伸縮振動領域において、雄雌に関わらず炭化水素鎖のO⊥副格子構造を反映する730cm-1と720cm-1の成分が現れていることである。CH2横揺れ振動領域のスペクトルは、これ以外の成分も含まれており、O⊥パッキング以外の構造を持つ成分も含まれていることが示唆される。昆虫の体表からの水分を蒸散を調節する機構としてGibbs は、結晶的な構造をもつドメインと液体的な構造をもつドメインが含まれている相分離構造を提唱している。今回得られた赤外スペクトルは、この構造を支持する結果である。同様の特徴が、ゴキブリの体表脂質においても観測された。
 コオロギの不飽和結合に由来するバンド強度、またコンフォーメーションに敏感なCH2伸縮振動の振動数は測定場所よってある程度異なった値を示し、不飽和脂質の分率や相分離構造は場所に依存して変化することが示唆される。
  
成果となる論文・学会発表等