共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

ラジカルの低温氷での化学反応過程
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 京都大学大学院工学研究科
研究代表者/職名 助教
研究代表者/氏名 薮下彰啓

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

川崎昌博 名古屋大学太陽地球環境研究所 客員教授

2

奥村将徳 京都大学大学院工学研究科 大学院生

3

渡部直樹 北大低温研 教授

4

羽馬哲也 北大低温研 助教

研究目的 木星の第2衛星であるエウロパの表面は氷に覆われている。そこに電子、イオン、光子のような放射線が入射することで水(H2O)が分解してOHラジカルを生成し、それらが再結合することで過酸化水素(H2O2)を生成する。観測によりエウロパにH2O2が存在している事が確認されており、また実験によっても氷の放射線分解による過酸化水素の生成が確認されている。過酸化水素に放射線が照射さると分解してしまうため、実際にはH2Oの分解によってH2O2が生成する反応が競合しており、最終的には平衡状態になると考えられる。そこで、高濃度のH2O2を作成可能な低温研の装置を用い、真空紫外光によるH2O2の光分解断面積を求めることを目的として研究を行った。
  
研究内容・成果 45 Kに冷却したアルミニウム基板に酸素分子(O2)と水素原子(H)を同時照射することによりアモルファスH2O2氷を作成した。また、このH2O2氷を約175 Kでアニールすると結晶化H2O2氷となる。このようにして作成したH2O2氷薄膜に、フラックス5.9×1013 photons cm-2s-1の重水素ランプを照射した。化学組成の光照射量依存をフーリエ変換型赤外線分光計(FTIR)によって測定した。H2O2氷に真空紫外光が照射されると、H2O2が減少して主にH2Oが増加した。この他に少量であるが、HO2とO3が生成した。1450 cm-1付近のH2O2のピーク面積の減少量と光照射量の関係から、H2O2氷の真空紫外光分解断面積を以下のように求めた。ただし、光照射量が増えてくるとフィットに合わなくなってくるため、光照射量1-2 × 10-17 Photons/cm2まででフィットを行った。

温度(K) 光分解断面積(× 10-18 cm-2)
アモルファス氷 10 10
45 9.3
90 8.6
130 9.5

結晶化氷 10 5.7
45 4.3
90 4.7
130 5.3

○アモルファス、結晶化ともに光分解断面積に温度依存性はほとんど現れなかった。Loefflerらが行ったH2O-H2O2混合氷の193 nm光分解断面積の測定では、21 Kが最も大きな値となり、温度を上げるにしたがって値は小さくなり70 Kで最小値を示し、再び温度と共に値が大きくなると報告されている。Loefflerらの結果と比べて、今回の結果も変化は小さいがそのような傾向がみられている。

○アモルファスH2O2氷と結晶化H2O2氷の光分解断面積を比較すると、結晶化H2O2氷はアモルファスH2O2氷の約半分の値となった。結晶化氷の場合には、H2O2が光分解して2つのOHになったのちに、再結合してH2O2に戻る反応が効率よく起こるためであると考えられる。

○5 × 10-17 Photons/cm2(約2時間) 照射後に残存しているH2O2の元々あった量に対する割合は、アモルファスH2O2氷の場合は約2割以下であったが、結晶化H2O2氷の場合は約3-4割程度であった。この理由も上記と同じく。結晶化氷の場合には、再結合反応が効率よく起こるためであると考えられる。また、温度依存を調べてみると、両方の氷において差は小さいものの温度が高いほど残存H2O2が少ない傾向がみられた。これは、温度が高くなるとOHラジカルのモビリティーが高くなり、再結合反応が起こり難くなるためであると考えられる。

○アモルファスH2O2氷上にXe 、Ar 、H2Oをそれぞれ12 LM吸着させても、光分解断面積に大きな変化はなかった。このことは、光化学反応が表面ではなく主にバルク中で起こっていることを示している。

○H2O氷に約6 × 10-17 Photons/cm2(約2時間) 照射したが、H2O2はほとんど生成しなかった。H2OからのH2O2生成より、H2O2分解反応の方が優先的に起こることを示唆している。
  
成果となる論文・学会発表等