共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

SRS-LIBSを利用した極地氷床コア中の微量不純物分析技術の開発
新規・継続の別 継続(平成23年度から)
研究代表者/所属 公益財団法人レーザー技術総合研究所
研究代表者/職名 研究員
研究代表者/氏名 櫻井俊光

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

藤田雅之 レーザー総研 主席研究員

2

染川智弘 レーザー総研 研究員

3

飯塚芳徳 北大低温研

研究目的 本研究は、SRS(誘導放出ラマン分光)-LIBS(レーザー誘起ブレークダウン分光)を利用して、数千メートルの氷サンプルに含まれる微粒子を連続的に計測する技術開発を目標とする。SRS-LIBSのスペクトルは自然放出ラマン散乱より比較的散乱強度が高く、1パルスごとに検出できる。そのため、氷サンプルを比較的短時間で、高年代分解能解析の計測ができる可能性がある。混合状態の微粒子を高感度に元素・化学組成を同時に検出できれば、たとえば飛来してきた固体エアロゾルが成層圏を通過した際に硫酸や硝酸を吸着して氷床表面に堆積するエアロゾルの輸送経路が明らかになると期待できる。
図1.SRSのO-H伸縮モードにおける水溶液の濃度依存性 図2.1パルスごとのO-H伸縮振動モードのSRSスペクトルシフト(左図)と標準偏差(右図) 
研究内容・成果  SRS-LIBS計測手法の実現可能性を検証するために、まずは常温における水溶液の計測を行った。LIBSについては前年度に報告した。今年度は特に、SRSスペクトルを利用した水溶液中のイオンが水分子に与える影響について着目した。たとえば氷床コアであれば深部に存在する微液胞に関する知見が得られる。
水のラマンスペクトル(O-H伸縮振動モード)は水溶液の濃度によってシフトすることが解っている。高波数側にシフトすれば水素結合の破壊(やわらかい水(soft water))、低波数側にシフトすれば水素結合が氷のように構造化すると考えられている。自然放出ラマン散乱では水の構造化について既に報告されている(Terpesta et al., 1990)。しかしSRSによる計測は今のところ報告がない。本研究はSRSを利用することで、水溶液中に含まれるイオンの状態について検証することを目的とする。
水溶液はNaCl – H2O, KCl – H2O, CaCl2 – H2Oである。濃度は共晶点濃度以下である。これらのイオンは氷床コア中に含まれる主要成分である。Na+、K+、Ca2+が周囲のH2O分子と相互作用する状態を明らかにすることは、たとえば氷内の特に結晶粒界におけるイオンの拡散に密接に関係している
常温でSRSスペクトルを計測した結果、これらの塩化物水溶液では水素結合の破壊が起こり、濃度に依存してSRSのスペクトルシフトが増すことが解った。Na+とK+を含むO-H伸縮モードのSRSスペクトルシフトは等価濃度で評価すると、濃度に依存してほぼ同程度にスペクトルがシフトすることが解った。一方、Ca2+を含むO-HのスペクトルシフトはNa+とK+よりも大幅にシフトすることが解った(図1)。これは、Ca2+がより水素結合の破壊を促すことを意味していると考えられる。
SRSの利点は、1パルスごとにラマンスペクトルが得られることにある。1パルスごとに得られたSRSスペクトルを観察すると、スペクトルのピークは一定ではなく、常にゆらぎが観測される。塩化物水溶液が高濃度になるほど、ゆらぎは一定の値に近づくことが観測された(図2、右図)。高濃度の塩化物水溶液では水分子がより安定した状態に配置している可能性がある。今後追加測定を行う予定である。
今年度の成果は、イオンを取り巻く水分子は塩の濃度が高くなるにつれてより水素結合の破壊が起こること、また塩の濃度が高いほど水の構造が安定することを、1パルスごとのSRSスペクトルから明らかにしたことである。

図1.SRSのO-H伸縮モードにおける水溶液の濃度依存性 図2.1パルスごとのO-H伸縮振動モードのSRSスペクトルシフト(左図)と標準偏差(右図) 
成果となる論文・学会発表等 櫻井俊光、染川智弘、藤田雅之、飯塚芳徳、大藪幾美、藤田秀二、井澤靖和、パルスレーザーを利用した、氷床コアに含まれる不純物の化学組成解析、雪氷研究大会、福山、9月24日〜27日