共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

全球スケールの微生物多様性分布の解明
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 東大農
研究代表者/職名 講師
研究代表者/氏名 平尾聡秀

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

村上正志 千葉大理 准教授

2

福井学 北大低温研 教授

研究目的  微生物は高い分散力を持つため、その分布は局所的な環境要因で決まると考えられてきた。それに対して、近年の研究から、微生物群集の多様性は分散制限や歴史要因の影響を受けることが示唆されている。したがって、微生物群集の多様性の維持機構を明らかにするには、多様なプロセスと微生物の地理的分布の関係を明らかにする必要がある。しかし、先行研究の結果は、対象とする地域やそのスケールによって様々であり、一般則は得られていない。そこで、本研究では、空間的に隔離されている湖沼の微生物群集を対象として、メタ解析を行うことにより、全球スケールで微生物群集の地理的パターンを解明することを目的とする。
  
研究内容・成果  解析に必要な湖沼情報を抽出するため、学術文献データベースWeb of Science (Thomson Reuters Inc.) を用いて文献検索を行った。対象とする環境を、厳密に内陸表層部の溜り水とするために、河川・地下水・ラグーンから得られたデータは除外した。また、極端な人為的影響を考慮し、塩田・水産資源養殖場・鉱山跡・工業汚染区・操作実験区も同様に除外した。さらに、対象とする微生物を、自由生活性の好気性真正細菌とするために、嫌気層・底泥・湿地・生物体表面・バイオフィルムから得られたデータを除外した。最終的に、世界各地の湖沼149ヶ所を選定し、各湖沼について水温・pH・電気伝導度・溶存有機物量・全リン量を抽出することによって、湖沼を特徴づける環境要因を定義した。
 次に、DNAデータベース(DDBJ/GenBank/EMBL)から塩基配列データを収集した。実験方法による偏りを低減するため、解析に利用する塩基配列は、真正細菌もしくは原核生物のrRNA遺伝子を対象とするユニバーサルプライマーを使用し、DNAクローニング法で無作為に得られた配列に限定した。16S rRNA遺伝子のV4-5部分領域(190 bp)を対象として、データベースから塩基配列を抽出した結果、8807配列が得られた。さらに、相同性99%以上の基準でOTUを定義した結果、2265OTUが得られた。これらの大部分は、Proteobacteria・Bacteroidetes・Actinobacteria・Cyanobacteria・Verrucomicrobia・Firmicutesであった。
 そして、抽出した配列データから分子系統推定を行い、各湖沼の系統的多様性と湖沼間の系統的類似性を計算した。これらのデータから、(1)環境要因と系統的多様性の関係(線形モデル)、(2)緯度と系統的多様性の関係(線形モデル)、(3)地理的障壁(生物地理区)と系統的類似性の関係(非計量多次元尺度法・k平均クラスター法)、(4)距離と系統的類似性の関係(行列回帰法)の解析を行った。
 結果として、(1)環境要因と系統的多様性には有意な相関関係が見られなかった。これは、環境要因によって微生物の多様性を単純に説明することは困難であることを示唆している。また、(2)系統的多様性には緯度勾配がみられず、(3)系統的類似性は地理的障壁の影響を受けていなかった。これらの結果は、微生物が気候帯に関係なく一定の多様性を維持しており、低緯度で多様性が高くならず、地理的障壁の影響がみられないことから、歴史要因は微生物群集の地理的分布に影響を及ぼしていないことを示唆している。しかし、(4)距離と系統的類似性に有意な負の関係が検出された。このことは、微生物群集の地理的分布に分散制限が影響を及ぼしていることを示唆している。本研究から、湖沼の微生物群集は全球スケールで遍在し、その多様性は特定の環境要因や歴史要因では説明されないが、湖沼間の距離に応じた分散制限によって湖沼間の多様性に違いが生み出されていることが明らかになった。
  
成果となる論文・学会発表等 藤井正典・伊藤亮太・平尾聡秀.微生物群集の系統的多様性の全球パターン.第60回日本生態学会,P2-227,2013年3月7日.