共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

アジアの湖沼堆積物のバイオマーカー組成の解析
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 北大低温研
研究代表者/職名 准教授
研究代表者/氏名 関宰

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

Sun Huiling Lanzhou University 研究員

研究目的  植物が生合成するアルキル脂質の水素同位体比は植物が利用する水の同位体比を反映する。ところで環境水の同位体比は地球表層の水循環を反映する。よって湖沼堆積物中のアルキル脂質は水循環を復元する手法として注目されている。過去の水循環の復元する手法は、他にもアイスコアや鍾乳石の酸素同位体比などがある。しかし、これらの古気候アーカイブは世界中どこにでもあるわけではないので、湖沼堆積物に比べて応用範囲が限定される。本研究では、東アジアにおいて水循代理指標としてのアルキル脂質の水素同位体比の有効性を検証する。
  
研究内容・成果  過去の水循環を復元するツールとしてアルキル脂質の水素同位体比が提案されて以降、この手法は各地のいくつかの堆積物コアに応用されている。特にC16脂肪酸は主に湖沼プランクトン起源と考えられており、過去の降水の同位体比を復元する手法として注目を集めている。しかしながらC16脂肪酸はプランクトンだけでなく陸上高等植物にも含まれている。そのため、湖周囲の陸上植生からの陸上植物起源脂肪酸の混入によるバイアスを受ける可能性が指摘されている。湖沼堆積物への陸上植物起源脂肪酸の寄与は湖沼環境によって異なると考えられる。そのため、この手法を堆積物コアに応用するには、地域毎に環境指標としての有効性を検証する必要がある。
 そこで、本研究では東アジア(中国北東部および北海道)の各地で採取した表層堆積物中の脂肪酸の水素同位体比を測定し、得られた結果を湖水の同位体比と比較することで、手法の有効性を検証した。表層堆積物試料は中国北西部から15の湖と北海道からは8つの湖にて採取した。脂肪酸の水素同位体比は低温科学研究所の同位体質量分析計(Delta Plus XL)にて測定した。得られた結果を各湖水の水素同位体比と比較した結果、中国北東部においてはC16脂肪酸と湖水の水素同位体比に良い相関(r = 0.9)があることが示された。このことから、中国北西部においては堆積物中のC16脂肪酸は湖内のプランクトン起源もしくは水棲植物であると考えられる。よって、中国北東部においてはC16脂肪酸の水素同位体比は過去の湖水の同位体比を復元する手法として有効であると考えられる。一方、北海道の試料においても同様の比較をしてみたが、有意な相関は得られなかった。北海道の湖沼は一般的に貧栄養な湖が多く、湖内生産が低い。そのため陸上高等植物起源のC16脂肪酸の寄与が比較的多いのではないかと推察される。
 表層堆積物の結果から、中国北西部においてアルキル脂質の水素同位体比が水循環を復元する手法として有効である可能性が高いことが示された。そこで中国北西部の湖で採取した堆積物コアにこの手法を適用し、得られた結果と他の古気候記録の比較を行った。試料はGuanshan湖で採取した全長約9mの堆積物コアを用いた。年代は堆積物中の植物遺骸の放射性炭素同位体比により決定した。Guanshan湖の堆積物コアは過去約6千年間に相当する。C16脂肪酸の水素同位体比は過去6千年間で数十パーミルの大きな変動を示し、6-4千年前で値が低く、その後現在にかけて増大する傾向を示した。この変動パターンは中国北西部の鍾乳石の酸素同位体比記録とよく一致する。これらの比較検討により、脂肪酸の水素同位体比による水循環復元手法は中国北西部の湖沼において極めて有効であることが示された。
  
成果となる論文・学会発表等