共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

エアロゾル及び海洋懸濁粒子中の鉄化学種決定に基づく海洋への鉄の溶解過程の解明
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 広島大学大学院理学研究科
研究代表者/職名 教授
研究代表者/氏名 高橋嘉夫

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

古川丈真 広島大院理 修士1年

2

西岡純 北大低温研

研究目的 大気経由の鉄の海洋への供給は、海洋での生物生産を支配する因子として注目されている。大気経由の鉄供給とは、主にエアロゾルとして鉄が供給されることを示している。その際に重要な点は、供給されたエアロゾル中で鉄が溶解しやすい化学種として存在しているかどうかであるが、これまで鉄の化学種を直接決定した例が少なく、その溶解過程には不明な点が多かった。本研究では、放射光を用いたX線吸収微細構造法(XAFS法)を適用することで、黄砂粒子が長距離輸送される途上で黄砂中の鉄化学種がどのように変化するかを解明することを目指す。
  
研究内容・成果  エアロゾル(黄砂)試料を、ダストイベントが観測された2002年3月に、タクラマカン砂漠近くに位置する中国西部のAksuと中国東部のQingdao、日本のTsukubaで粒径別に採取した。サンプリング地点は、砂漠地帯から巻き上げられた鉱物粒子が偏西風に乗り、長距離輸送される過程を想定している。試料の化学分析にはIC及びICP-AESを用い、XAFSはFeのK吸収端をKEK-PF BL-12C及びSPring-8 BL01B1で測定した。さらに、雨水(0.02M oxalic acid/NH4 oxalate, pH 4.7)及び海水条件(0.7M NaCl, pH 8)で溶出するFeを測定することで、Feの溶解性(Fesol%=Dissolved Fe/Total Fe)とその化学種の関係を調べた。

 後方流跡線解析(NOAA, HYSPLIT4)により、Tsukubaに到達する空気塊はAksu、Qingdaoを通っていることがわかった。また、化学組成をAl2O3濃度で規格化することで、本研究の黄砂試料がタクラマカン砂漠起源であることを確認している。XAFSスペクトルの解析から、Aksu試料に含まれる主要なFe化学種は粘土鉱物のilliteとchloriteであることがわかった。タクラマカン砂漠の砂から粘土鉱物を分離し、定方位分析(XRD)した結果、やはりilliteとchloriteが主成分として検出された。一般にAksu上空では、ダストイベントに起因してタクラマカン砂漠から大量の鉱物粒子が供給されるため、砂漠に豊富に存在するilliteとchloriteが黄砂に含まれる初期的なFe化学種になると考えられる。また、XAFSスペクトルのピーク位置のシフトから、Fe(III)/Total Fe がAksu < Qingdao < Tsukubaの順に増加することがわかった。これは、黄砂の輸送途上でFe化学種が酸化を受けたことを示唆する。また、蛍光XAFSと電子収量XAFSの併用により、粒子表面から酸化反応が進行することも示された。一方、さらに東へ輸送されたTsukubaの黄砂試料中の主要なFe化学種は、illiteとferrihydrite(非晶質Fe水酸化物)であった。これらの結果は、起源物質のchloriteが大気中(輸送途上)で変質し、二次的にferrihydriteが生成したことを示す。
 溶出実験で求めたTsukuba試料のFesol%は、Aksu試料のFesol%よりも3~6倍高く、輸送途上で溶解性が増加することがわかった。これは、粘土鉱物よりもferrihydriteの方がFeの溶解性が高いためであり、二次的に生成するferrihydriteが北太平洋における溶存Feの主な供給源となることを示唆する。また、ferrihydriteが生成されるプロセスとして重要な役割を果たすのは、大気中の酸性物質(e.g., SOX, NOX)であると考えられるため、これらの放出源とされる工業地帯が黄砂の輸送途上に多いことも海洋の植物プランクトンの成長に関わる可能性がある。
  
成果となる論文・学会発表等 Furukawa, T. and Takahashi, Y.: Metal complexation inhibits the effect of oxalic acid in aerosols as cloud condensation nuclei (CCN), Atmos. Chem. Phys. Discuss., 10, 27099-27134, doi:10.5194/acpd-10-27099-2010, 2010.