共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

北方針葉樹における環境適応の実態と遺伝的メカニズムの解明
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 東京大学大学院農学生命科学研究科
研究代表者/職名 准教授
研究代表者/氏名 後藤晋

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

石塚航 東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習 博士課程3年

2

岡田桃子 東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習 修士課程2年

3

原登志彦 北海道大学低温科学研究所 教授

4

小野清美 北海道大学低温科学研究所 助教

研究目的 高緯度の北方森林帯に分布する常緑針葉樹は冬期の厳しい寒冷気候に対して適応する必要があり、耐凍性形質の獲得が個体群の移住・分布拡大に大きな役割を果たしたと考えられる。なかでもモミ属トドマツは幅広い標高階に出現していることから、季節性など環境変化の大きな標高勾配の中で、集団間の適応的形質に遺伝的な変異が生じている可能性がある。本共同研究では、低温研究所の温度可変低温チャンバーを利用して植物体(トドマツシュート)の凍結試験を行い、トドマツ集団間での耐凍性獲得タイミングの遺伝的な差異を明らかにすることを目的とした。
  
研究内容・成果  凍結試験は-15℃、-30℃の2段階を用意して10月から11月にかけて3度行った。供試個体はトドマツ標高間相互移植試験の植栽個体として野外環境下で生育する37年生個体を用いた。すなわち、標高340m,530m,930m,1,200mの4由来集団と、標高230m,730m,1,100mの3植栽試験地を試験に用いることとした。各試験地には全由来集団の苗が植栽されており、供試個体としてそれぞれの集団から5,6個体を選定した。凍結試験後、野外気温を模した昼夜処理をし、当年生シュートの褐変度合いをもって凍害の被害度を評価した。

 すべての集団に共通して、-30℃の凍結のほうが凍害度は高かったが、試験タイミングが遅くなるほど、また試験地標高が高くなるほど被害度は小さくなる傾向がみられた。最終試験回ではそのほとんどのサンプルで凍害は観察されず、どの集団も秋の深まりとともに耐凍性を獲得すること、また、そのタイミングは生育する環境によってある程度制御されることが示された。集団間で凍害度を比較すると、凍害が観察される場合は、どの試験地においても低標高の由来集団ほど被害度がより高くなるクラインが認められ、耐凍性獲得タイミングは遺伝的基盤にも支配されていることが示された。
 
 これらのデータに、各試験地にて1時間毎に計測した気温データを加え、ある閾値温度を超えた気温の積算温量の値によって耐凍性獲得を予測するモデルを組み立て、集団間にどのような耐凍性獲得プロセスの変異があるかを検証した。その結果、閾値温度が集団間で異なり、最も離れた340mと1,200mの集団間では5.3℃の違いがあることが推定され、その結果、同じ野外の気温変化を経験しても約14日耐凍性獲得タイミングが異なることが推定された。
高標高集団ほど早く耐凍性を獲得することは、冬の早く訪れる現地の環境に適応した形質であり、逆に低標高集団ではその分、成長期間を長期化させる点で適応的だと考えられた。このように、トドマツでは標高勾配に沿って局所的な適応進化を起こしている可能性があることが本研究から推察された。
  
成果となる論文・学会発表等 石塚航ほか:異なる標高に分布する北方針葉樹の耐凍性とその獲得タイミング 〜トドマツの種内変異に着目して〜.日本生態学会第58回全国大会,P1-095

岡田桃子ほか:異なる標高に分布する北方針葉樹の耐凍性とその獲得タイミング 〜エゾマツ・アカエゾマツの種間変異に着目して〜.日本生態学会第58回全国大会,P3-053