共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

寒冷圏植物の生理生態的適応機構の理論解析
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 北九州市立大学
研究代表者/職名 教授
研究代表者/氏名 原口昭

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

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原登志彦 北大低温研

研究目的  植物群集による大気炭素の固定機能、すなわち炭素循環の中での群集の機能に関する解析において、個体の生理機能レベルでの定量的な評価はまだ十分には行われていないのが現状である。寒冷圏の主要な群集である泥炭湿地を構成する草本群集と蘚苔類群集は環境変動の影響を受けやすく、気候変動に対する群集の変化を予測する上で鍵となる。先行研究において得られた、一年生植物と蘚苔類植物の光合成機能に及ぼす温度と光環境の影響に関する実験的、理論的解析結果をもとに、個体レベルでの環境応答の積分としての群集レベルの寒冷適応や炭素固定、炭素循環の中での群集機能を理論的に明らかにすることを目的とした研究を行った。
  
研究内容・成果  先行研究では寒冷圏を中心に分布するミズゴケ植物の光合成機能は寒冷圏での生育には不利な生理的特性を有していること、また維管束植物のシロザについての解析から遺伝的可塑性に基づく生育環境に対応した形態・機能的応答が広域的な環境適応に重要であることがわかった。これら蘚苔類および維管束植物の生理生態的特性と寒冷適応との関連を統合して理論的に解析することが、本研究の目的である。
 本年度は、これまでに得られているミズゴケ類とシロザについての光合成機能と種の分布環境との関連に関する研究成果に基づいて、群集を構成する個体レベルでの炭素循環における機能をモデル化することを試みた。本研究期間中にはモデルの完成には至らず、モデル化については継続して研究を行うが、研究の過程で明らかになった、蘚苔類および維管束植物の光合成活性を比較する上での問題点、すなわちミズゴケ類の個体あるいは群集レベルでの光合成活性の評価法に関する問題点について以下に報告する。
 ミズゴケ類は、北方泥炭地の泥炭形成植物として重要な植物群である。ミズゴケ類のような半水生の植物は、大気中と水圏中での光合成計測に大きな相違が生ずるため、計測値を現場の群集での一次生産機能の評価として用いる場合、困難が生ずる。すなわち、植物体の一部が水中にあり一部が大気中にあるような植物では、植物体と気相および液相間での物質輸送速度を同時に定量する必要が生ずる。さらに、ミズゴケでは光合成を行う葉緑細胞は、これより大型の貯水細胞に包埋して存在するため、葉緑細胞のガス交換は、直接的には貯水細胞に含まれる水相との間で行われる事になる。この場合のガス交換速度は、水相と気相との二酸化炭素分圧の差によって決定されることになり、細胞内外でのガス交換速度とは異なる。貯水細胞と大気との間でのガス交換は、葉緑細胞でのガス交換との間で時間的な遅れが生じるとともに、貯水細胞がバッファーとしての機能も果たすため、気相中でのガス交換を短時間で適切に測定することは難しい。実測では、ミズゴケ類の光合成速度の気相中での計測値は、水相での計測値の1/10程度になる場合が多く、ミズゴケ類の光合成測定には技術的な問題があることがわかる。
 また群集レベルの計測では、日中のほとんどの時間帯で群集からの正味の二酸化炭素放出となるとの報告があり、本研究でも快晴時の日中にしばしば正味の二酸化炭素フラックスがミズゴケ群集から大気への方向で正の値をとることが示されている。この理由の一つとして、土壌(泥炭)から放出された二酸化炭素を直接ミズゴケが吸収するプロセスが考えられる。ミズゴケ群集の炭素収支は、これまで大気と群集との間での輸送のみを考えてきたが、土壌、大気と群集との3者間での輸送を考えなくてはならない。このように、ミズゴケ群集の光合成速度に関しては、今後計測手法を検討する必要がある。
  
成果となる論文・学会発表等 原口昭 (2010) ミズゴケ類の光合成速度の環境応答とその生態的意義 光合成研究 20(1) 22-27.

Tsutomu Iyobe and Akira Haraguchi (2010) Stem flow chemistry of Picea glehnii, Abies sachalinensis and Alnus japonica and its effect on the peat pore water chemistry in an ombrogenous mire in Ochiishi, eastern Hokkaido, Japan Journal of Forestry Research 21(2):119-128