共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

昆虫の凍結耐性に関わる体液および脂質の流動性に関する研究
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 岡山大資生研
研究代表者/職名 技術専門職員
研究代表者/氏名 泉洋平

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

古川義純 北大低温研 教授

2

片桐千仞 北大低温研 助教

研究目的 昆虫の寒冷地への適応は、凍結すれば死亡する凍結回避型と凍結しても耐えられる耐凍型の二つに分けられる。申請者らは耐凍型であるニカメイガ幼虫は凍結時に細胞内の水を体液に排出し、体液に蓄積されたグリセロールを細胞内に取り込むことにより-20℃において凍結による障害を回避することを明らかにした(Izumi et al. 2006,2007)。本研究では、凍結時に体液がどのような結晶成長を行うのか、また脂質、特に細胞膜を構成するリン脂質の流動性がどのように変化しているのかを明らかにする。
  
研究内容・成果  これまでに、凍結耐性を有しているニカメイガ越冬幼虫は凍結時に、体液中のグリセロールと細胞内の水を水チャネルを介して置換することで、凍結死を誘発する細胞内凍結を防いでいることを明らかにしている。また、昨年度の研究において越冬幼虫は冬期にリン脂質中のPEの割合を上昇させるとともに、その構成脂肪酸のうちオレイン酸の割合を上昇させることにより、低温下での流動性を維持していることが示唆された。本研究では越冬幼虫で見られた低温への適応に休眠および低温順化がどのように関わっているかについて解析を行った。

リン脂質の定量 
 20℃長日条件で飼育した非休眠幼虫ではPCとPEの量はともに約1 mg/1g乾重であった。20℃短日条件で飼育した休眠幼虫のPCとPEの量は非休眠と同じく約1 mg/1g乾重であった。休眠幼虫を低温順化していくと、順化温度が下がるにつれて、PEの量は増加し、それとは対照にPCの量は減少した。しかし、PCとPE量の和は約2.0 mg/g乾重でほぼ一定であった。一方、非休眠幼虫を低温順化してもこのような変化は見られなかった。

脂肪酸組成
 11種の脂肪酸、ミリストレイン酸[14:1]、パルミトレイン酸 [16:1]、オレイン酸 [18:1]、 リノール酸 [18:2]、 リノレン酸 [18:3]、 ガドレイン酸 [20:1]、ラウリン酸 [12:0]、 ミリスチン酸 [14:0]、 パルミチン酸 [16:0]、 ステアリン酸 [18:0]、 アラキジン酸 [20:0] が検出され、これらの脂肪酸は用いた試料中のすべてのPCおよびPEに含まれていた。20℃飼育の非休眠幼虫と休眠幼虫では、PCの不飽和脂肪酸の割合は約45%、PEの不飽和脂肪酸の割合は約55 %であった。低温順化した休眠幼虫では、PCの不飽和脂肪酸の割合は非休眠よりも若干高いが、50 %を超えることはなかった。一方、PEの不飽和脂肪酸の割合は急激に増加し、約81 %に達した。

各脂肪酸量の変化
 各脂肪酸の量は、PCおよびPEの量とそれぞれの脂肪酸組成から計算した。PCを構成する脂肪酸の中で、ラウリン酸とミリスチン酸の量がPC量の増減と同様の変動を示した。他の脂肪酸も若干減少したが、供試したすべての試料で有意な変化はみられなかった。低温順化した休眠幼虫のPEではオレイン酸の量だけが変化し、その他の脂肪酸では有意な変化はみられなかった。この現象は最寒月の越冬幼虫の変化と同じであった。

 以上の結果から、ニカメイガ越冬幼虫で見られるリン脂質の低温への適応は、休眠と低温順化の両方を経験することで獲得されることが示唆された。

 
  
成果となる論文・学会発表等 Y. Izumi, C. Katagiri, S. Sonoda and H. Tsumuki. Seasonal changes of phospholipids in last instar larvae of the rice stem borer, Chilo suppressalis Walker (Lepidoptera: Pyralidae).Entomol. Sci.12(4):376-381. 2009
Y. Izumi, C. Katagiri, S. Sonoda and H. Tsumuki.Triacylglycerols of diapausing and non-diapausing larvae of the rice stem borer, Chilo suppressalis; their fatty acid composition and thermal properties. 3rd International Symposium on the Environmental Physiology of Ectotherms and Plants. 2009