共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

 蘚苔類植物の寒冷環境に対する生理生態的適応機構の理論解析
新規・継続の別 新規
研究代表者／所属 北九州市立大学国際環境工学部
研究代表者／職名 教授
研究代表者／氏名 原口昭

研究分担者／氏名／所属／職名
　
氏　　名
所　　属
職　　名

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 原登志彦 北大低温研 教授

研究目的 　蘚苔類群集の炭素循環の中での機能に関しては、定量的な評価はまだ十分には行われていない。ミズゴケ群集は、寒冷圏の湿地の主要な群集であり、環境変動の生物への影響を評価し予測するためのモデル植物として、また環境変動のシグナル植物として利用可能な材料である。先行研究から、ミズゴケ類は高い光合成最適温度や低温下での強光阻害など、光合成機能の面では寒冷環境への適応性が低いことが示された。このようなミズゴケ類が寒冷域の湿地では優占種となっており、本研究ではミズゴケ類の生理的特性と寒冷圏の湿地の群集構造との間の矛盾について理論的に明らかにすることを目的とした研究を行った。
　　
研究内容・成果 　本研究では、温度環境と植物の生理活性との関連を明らかにすることを目的として、寒冷圏に分布の中心を有するミズゴケ属植物と、比較対照としてのシロザの光合成活性に関するデータを用いて、寒冷地適応、および環境変動の生物機能への影響のモデル化を試みた。
　大分県九重タデ原湿原に産するヒメミズゴケとオオミズゴケ、北海道根室市落石に産するチャミズゴケ、イボミズゴケ、サンカクミズゴケの比較を行った。その結果、総光合成速度の至適温度は25-35 °Cであり、寒冷域に分布の中心があるミズゴケ類としては高い値を示した。さらに顕著な違いは、九重タデ原湿原産の2種のミズゴケの光合成速度は、40 °Cの高温下では極端に低くなるのに対し、落石産の3種のミズゴケは共通して40 °Cでもほぼ至適条件と同程度の光合成活性を維持していた。さらに、これらすべての種に共通して、5℃の条件下では、PPFDが200-300 micro-mol/m2/sec以上になると光合成に対する強光阻害が認められた。
　Williams and Flanaganによる先行研究では、低光強度下では0-5°Cで、高光強度下では20-30°C以上でミズゴケの光合成速度が最大となることが示されている。以上の結果から、ミズゴケ種が寒冷環境下で相対的に高い光合成活性を示すわけではないこと、また寒冷域に生育する種でも40 °Cの高温条件下で高い光合成活性を維持することがわかった。ミズゴケ種の中には、南北両半球の高緯度地帯に共通して分布する種も多く、ミズゴケの種分化が熱帯地域で起こったのち、両半球の高緯度地域へと移動した可能性も否定できないだろう。
　ミズゴケの生態特性との比較として、シロザの光合成、呼吸活性の地域個体群間変異と可塑性に関する既存のデータを用いた解析を行った。ここでは、北部日本の7個体群から得た個体を全天光下と遮光下で栽培し、この個体に関して決定された光合成パラメータを用いて、光と温度環境に対する光合成応答の解析を行った。その結果、葉面積および葉重あたりの最大光合成速度（Pmax）に個体群間変異が認められたが、遮光の効果は、葉面積あたりのPmaxにのみ認められた。暗呼吸速度（Rd）は有意な個体群間変異を示さなかったが、Rdに対する遮光の効果はPmaxと同様であった。比葉面積（SLA）の個体群間変異は有意であり、遮光により有意に増加した。Pmax、SLA、および低光強度下での光合成量子収率の個体群間変異は有意であったが、これらのパラメータに関する地理的クラインは認められなかった。このように、シロザは、北部日本の限られた地域の中でも個体群単位で生理的、形態的な変異と光環境に対する光合成応答の変異が認められた。このような個体群単位の遺伝的多様性を獲得することで、シロザは多様な環境条件に適応し、このことが熱帯から寒帯に至る広い地域へのシロザの分布を可能にした要因の一つであると考えられる。
　　
成果となる論文・学会発表等 Akira Haraguchi， Masayuki Yokozawa， Motomu Toda and Toshihiko Hara (2009) Effects of soil nutrients on competition and morphological plasticity in an Impatiens balsamina population. Icfai Journal of Environmental Science 3: 7-23

Akira Haraguchi， Bo Li， Sawako Matsuki， Osamu Nagata， Masayuki Yokozawa， Jun-Ichiro Suzuki and Toshihiko Hara (2009) Variation and plasticity of photosynthesis and respiration in regional populations of fat-hen Chenopodium album. Plant Species Biology 24:3 189-201.