共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

ハエ目昆虫の低温環境適応における生体膜の役割
新規・継続の別 継続(平成20年度から)
研究代表者/所属 大阪市大・院理
研究代表者/職名 講師
研究代表者/氏名 後藤慎介

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

沼田英治 京大・院理 教授

2

志賀向子 大阪市大・院理 准教授

3

宇高寛子 大阪市大・院理 特任講師

4

片桐 千仞 北大低温研

研究目的 多くの昆虫は熱帯に起源し,そこから温帯・冷帯へと進出してきた.これらの昆虫は進化の過程において,温帯・冷帯の冬,特に冬の低温に耐える能力を獲得した.しかし「どのようなメカニズムによって低温に適応することができるようになったのか」については依然不明な点が多い.変温動物は,低温ストレスによって麻痺に陥る.私たちは,温度ストレスによる麻痺からの回復時間が大きく異なるキイロショウジョウバエの系統を 作製し,麻痺からの回復時間の違いがどのようなメカニズムによってもたらされているかについて解析してきた(一般共同研究課題 08-20).本研究ではこれらの系統の生体膜リン脂質の組成に着目した.
  
研究内容・成果  貴研究所の片桐千仭博士らのグループにより、生体膜の流動性に関与するリン脂質の脂肪酸組成がショウジョウバエ野生種の温度耐性獲得の鍵となることが示されている(Ohtsu, Kimura & Katagiri 1998)。そこで、本研究では、低温麻痺からの回復時間が異なるキイロショウジョウバエ3系統(低温麻痺からの回復時間が早いもの,cold rapid,CR;回復時間が中間的なもの,control,CTL;回復時間が遅いもの,cold slow,CS)を用い,低温麻痺からの回復時間の違いは生体膜リン脂質組成の変化によるものであるという作業仮説を立てて実験を行った.
 これらの系統から生体膜リン脂質を抽出し、アルカリ処理の後,ガスクロマトグラフによって,リン脂質中の各脂肪酸の割合を測定した.
 CSはCTLに比べて,ジエン(二重結合を2つ持つ脂肪酸)の割合が低く,脂肪酸全体としての二重結合の数も少なかった.また,不飽和脂肪酸と脂肪酸の比(unsaturated fatty acids/saturated fatty acids, UFAs/SFAs)もCTLに比べてCSで有意に低かった.このようなリン脂質は低温環境下では流動性が大きく低下すると考えられる.したがって、CS系統は低温環境でリン脂質の流動性が低下することによって,低温麻痺からの回復が遅くなっていると考えられる.
 一方,CRはCTLに比べてモノエン(二重結合を1つ持つ脂肪酸)の割合が高く,ジエンの割合が低いことが明らかになった.ここで注目すべきはショウジョウバエを含むハエ目昆虫はフォスファチジルエタノールアミンを主なリン脂質とする膜を持つことである(Fast, 1966).フォスファチジルエタノールアミンからなる膜は,モノエンを高くしジエンを低くすることによって,幅広い温度で流動性を維持することができる(Fast, 1966).このような変化に加え,CRはUFAs/SFAsの値が非常に高かった.以上のような変化がCRの麻痺からの回復時間の早さをもたらしていると考えられる.
 先述のOhtsu, Kimura & Katagiri (1998)はショウジョウバエのさまざまな種のリン脂質を調べた結果,低温に強い種・系統はモノエンの割合が高く,ジエンの割合が低く,UFAs/SFAsの値が高いことを示した.この結果はCRで見られたパターンと同一である.自然選択を受けて低温耐性を獲得したショウジョウバエ(Ohtsu, Kimura & Katagiri 1998)と自然選択によって低温耐性を獲得したショウジョウバエ(本研究のCR)で,同様のリン脂質の変化が見られたことから,このようなリン脂質の変化はショウジョウバエの低温耐性の獲得に重要な役割を担っていると考えられる.


引用文献

T. Ohtsu, M.T. Kimura, C. Katagiri,  Eur. J. Biochem. 252 (1998)
608–611.

P.G. Fast, Lipids 1 (1966) 209–215.

  
成果となる論文・学会発表等 S. G. Goto, H. Udaka, C. Ueda, C. Katagiri 2010. Fatty acids of membrane phospholipids in Drosophila melanogaster lines showing rapid and slow recovery from chill coma. Biochem. Biophys. Res. Commun., in press. doi: 10.1016/j.bbrc.2009.12.053

後藤慎介・宇高寛子・上田千晶・片桐千仭 2009. キイロショウジョウバエの低温麻痺からの回復時間とリン脂質 日本動物学会 第80回大会、静岡

S. G. Goto, H. Udaka, C. Ueda, C. Katagiri 2009. Physiological and biochemical mechanisms underlying recovery from chill coma in Drosophila melanogaster. The 3rd International Symposium of Environmental Physiology of Ectotherms and Plants (ISEPEP3), Tsukuba, Japan.

宇高寛子・上田千晶・後藤慎介 2009. キイロショウジョウバエの温度耐性:麻痺からの回復時間と生存率 第53回応用動物昆虫学会大会、札幌