共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

ハエ目昆虫の低温環境適応における生体膜の役割
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 大阪市立大学大学院理学研究科
研究代表者/職名 講師
研究代表者/氏名 後藤慎介

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

沼田英治 大阪市立大学大学院理学研究科 教授

2

志賀向子 大阪市立大学大学院理学研究科 准教授

3

池野知子 大阪市立大学大学院理学研究科 博士前期課程2年

4

片桐千仭 北大低温研

研究目的 多くの昆虫は熱帯に起源し、そこから温帯へと進出してきたと考えられている。この過程において、冬の低温に適応することが重要であった。しかし「どのようなメカニズムによって低温環境へ適応することができるようになったのか」についてはいぜん不明な点が多い。
本研究では、人為選択によって低温耐性を高めたあるいは弱めたショウジョウバエの系統を作製し、これらの系統を用いて、温度耐性獲得に関与する生化学的・分子生物学的機構を明らかにする。具体的には、生体膜の流動性に寄与するリン脂質の組成にどのような変化が見られるのか、遺伝子発現にはどのような変化が見られるのかについて調べる。
  
研究内容・成果  低温麻痺からの回復が早い系統(CR)、遅い系統(CS)、高温麻痺からの回復が早い系統(HR)、遅い系統(HS)を人為選択によって作製することに成功した。また、人為選択を行わずに飼育したコントロール系統(CTL)も作製した。これらの系統の麻痺からの回復時間は大きく異なり、0℃4時間の低温処理後、25℃に置くと、CR系統は平均10分で麻痺から回復(自立する)のに対し、CTL系統では約18分、CS系統においては回復するのに40分以上かかる。高温処理(38.3℃、30分)では、HR系統のほとんどの個体は温度麻痺に陥らないのに対し、CTL系統では回復するのに平均約20分、HS系統では約50分かかる。
温度耐性はさまざまな尺度で測ることができる。上記のような、麻痺からの回復時間以外にも、厳しい温度ストレスを克服して生存することが可能かどうかで調べる方法もある。これら二つの尺度は同じく温度耐性を評価しているが、この2つの形質に同じ分子メカニズムがかかわっているかどうかは不明である。そこで、これらの系統を厳しい温度ストレスにさらし、生存率を調べた。まず、厳しい高温にさらした際には、HSが最も強く、次いでCTL、HRとなった。このことは、高温麻痺からの回復時間が早いものほど厳しい高温条件で生存する能力が低いことを示し、それぞれの能力には負の相関があることが示された。厳しい低温条件にさらした際には、CTLが最も弱く、CR, CSでは生存率に差が見られなかった。よって、低温麻痺からの回復時間と厳しい低温条件下で生存する能力には相関がなく、これら二つの形質は異なるメカニズムによって生み出されていると考えられた。
 マイクロアレイ解析によって、これら系統間での遺伝子発現の違いを網羅的に調べた。その結果、drosomycin-5, Jonah99Ciii, Cyp301a1, Mlh1, Jonah 99Fi, Diptericinなどといった遺伝子の発現がこれらの系統で異なることが示された。リアルタイムPCR解析によっても、これら遺伝子発現の違いが確認された。これらの遺伝子がどの程度温度麻痺からの回復に寄与しているかについては現在検討中である。
 貴研究所の片桐千仭博士らの研究グループにより、生体膜の流動性に関与するリン脂質の脂肪酸組成がショウジョウバエの温度耐性獲得の鍵となることが明らかになっている(Ohtsu, Kimura & Katagiri 1998)。そこで、麻痺からの回復時間の違いが生体膜リン脂質の変化によるものであるという仮説を立て、これらの系統のリン脂質を解析した。これについては現在進行中であるが、現段階では、麻痺からの回復時間がこれだけ違うにも関わらず、リン脂質の組成はすべての系統でほぼ同じであった。今後この点について明確にする必要がある。

Ohtsu, Kimura & Katagiri 1998 Eur J Biochem 252: 608-611.
  
成果となる論文・学会発表等