共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

 極限環境における硫黄をめぐる微生物間相互作用の研究
新規・継続の別 新規
研究代表者／所属 首都大学東京　大学院　理工学研究科
研究代表者／職名 教授
研究代表者／氏名 松浦克美

研究分担者／氏名／所属／職名
　
氏　　名
所　　属
職　　名

1

 久保響子 首都大学東京大学院理工学研究科 修士1年

2

 福井　学 北大低温研

3

 小島久弥 北大低温研

研究目的 　硫黄化合物の酸化還元を伴う物質循環は、野外の微生物の種構成や量に大きな影響を与えていると考えられる。長野県中房温泉では、野外を流れる硫化水素を含む熱水中に、様々な色をした微生物マット及び筆状の微生物ストリーマーが発達している。それらの主要構成種は温度によって異なっており、同温泉の65℃域では嫌気性光合成細菌を含む微生物マットが発達している。しかしマット内部の硫黄循環に光合成細菌がどのように関与しているかについては明らかになっていない。本研究は温泉微生物マット内の硫黄循環への光合成細菌の関与と、それに伴う他種微生物との相互作用を明らかにする事を目的とした。
　　
研究内容・成果 　微生物マットの主要構成種を明らかにするため、全バクテリアの16Sr RNA遺伝子配列を増幅できるプライマーを用いてPCR変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法 により塩基配列を得た。硫酸還元菌の持つAPS還元酵素遺伝子、光合成細菌の持つ反応中心複合体タンパク質遺伝子も特異的プライマーを用いて同様にPCR増幅し、クローニングのあと配列を得た。微生物マット微生物の硫化水素利用活性を測定するため、実験室内で温泉水と共にガラス瓶中で保温し、1時間経時的に硫化水素濃度を比色定量法で測定した。硫黄化合物を代謝する微生物がマット内にどのように分布するかを明らかにするため、微生物マット切片に対して、特定種の16S rRNAを標的としたCARD-FISH法という高感度な蛍光in situ ハイブリダイゼーション法を適用した。
　65℃域に発達する微生物マットでは硫黄化合物を代謝する細菌として、糸状性の非酸素発生型光合成細菌Chloroflexus aggregans、好熱性硫黄酸化細菌Aquificales spp.、好熱性硫酸還元菌のThermodesulfobacterium spp.が検出された。また、光合成細菌の持つ反応中心複合体タンパク質遺伝子(pufLM)の解析でも、中房温泉に生息する光合成細菌はChloroflexus aggregansに近縁である事が確認された。65˚C域の微生物マットの主要構成種は光合成細菌の存在を除いては、光合成細菌の含まれない75˚C域の主要構成種とほぼ共通することが示された。
　嫌気光条件下では、Chloroflexusの光合成によると考えられる緩やかな硫化水素の減少が見られた。好気暗条件下では、Aquificales spp.によると考えられる急速な硫化水素の消費が見られた。これらの硫黄代謝活性は、環境中では同時に起こっていると考えられる。また、同様の条件でCO2を除いた場合に、光合成による硫化水素の現象が見られなかったこと、好気条件での硫化水素消費速度が低下したことから、硫化水素を用いた独立栄養的な光合成と化学合成がいずれも、マット内での一次生産として重要であることが示された。
　光合成細菌Chloroflexus特異的、Aquificales特異的なプローブを用いて微生物マットの多重染色を行った。微生物マット（3mm厚）は表面付近にAquificales が多い層があり、内部ではChloroflexusが約30µmの厚さで数十の層を形成していた。これは好気的に硫黄を酸化するAquificalesと、嫌気条件下で光合成を行うChloroflexusの生理学的特徴に合致している。微生物マット内の場所によっては生理学的特徴が異なる微生物が数μmで隣接し、混在していることも明らかになった。菌体レベルでの可視化により、他種微生物間で直接的に物質の授受が行われている可能性が示された。
　本研究により、温泉微生物マットの中で光合成細菌による硫黄酸化を伴う光合成と、硫黄酸化細菌による化学合成が同時に進行し、それが微生物マット全体の構造および内部環境に影響を与えていることが明らかになった。
　　
成果となる論文・学会発表等 口頭発表
K. Kubo， M. Fukui and K. Matsuura， Community structure and sulfide utilization in Chloroflexus-dominating microbial mats in Nakabusa hot spring， 日本微生物生態学会第23回大会， 2-21， 松山， 2007年9月

K. Kubo， Involvement of photosynthetic bacteria in sulfur cycling in hot spring microbial mats， International symposium on environmental microbiology “How do microbes control nutrient cycling in anaerobic environments?”， Tokyo， Japan， February 2008.

ポスター発表
K. Kubo， K. Knittel， R. Amann， M. Fukui and K. Matsuura， Spatial distribution of sulfur-metabolizing bacteria in Chloroflexus-dominating hot spring microbial mats， 日本微生物生態学会第23回大会， PB-49， 松山， 2007年9月