共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

山地湖沼におけるメタン生成・消費メカニズムに関する微生物生態研究
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 山梨大学大学院医学工学総合研究部
研究代表者/職名 准教授
研究代表者/氏名 岩田智也

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

小島久弥 北大低温研

2

福井学 北大低温研

研究目的 多くの湖沼では、嫌気的な湖底付近で温室効果気体の1つであるメタンが生成している。しかし、生成したメタンは表水層へ拡散する過程でメタン酸化細菌に消費されるため、湖沼から大気へのメタン放出には湖底における生成と水柱における消費の両過程が大きく影響するはずである。また、代表者の先行研究により、湖表層でのメタン生成の可能性も示されている。しかし、このような湖底から湖表層にいたるメタンの動態はよくわかっていない。そこで本研究は、分子生態学的手法により山地湖沼におけるメタン生成・消費を担う細菌群を特定し、さらに炭素安定同位体分析によりメタン動態メカニズムを解明することを目的とする。
図1.溶存メタン濃度(nM)の鉛直分布とその季節変化. 図2.底泥における古細菌群集の系統関係. EU1がメタン生成菌と考えられる系統である. 図3.溶存メタンの炭素安定同位体比の鉛直分布とその季節変化.
研究内容・成果 野外調査は、山梨県北杜市みずがき湖にて3〜12月に毎月実施した。湖心部(水深45m)において、表層から5m間隔で湖水を採取し理化学環境の鉛直プロファイルを計測した。また、溶存CH4および溶存CO2濃度と炭素安定同位体比の測定も行った。10月に採取した水試料については、全バクテリアの16S rDNAを標的としたPCR-DGGE分析およびメタン酸化細菌のpmoA遺伝子を対象としたクローニング解析を行った。また、底泥からもDNAを抽出し、古細菌の16S rDNAを対象としたクローニング解析を実施した。
 解析の結果、CH4濃度は水深約25m以深に発達する嫌気環境で高く(~200µM)、深水層でメタンが生成していることを明らかにした(図1)。底泥の古細菌群集からはメタン生成菌と考えられる14クローンが検出され、それらは全てMethanosaeta属に近縁であることから、酢酸を基質としたメタン生成経路が深水層で卓越していると考えられた(図2)。この生成経路は、底泥直上のCH4とCO2の同位体比から算出した見かけの同位体分別係数が1.055を下回ることからも支持された。
 一方、水深10-25mの水温躍層付近でCH4濃度は急激に減少し(成層期で概ね100nM以下)、さらに躍層直下でCH4の同位体比が上昇する傾向が見られた(図1と3)。これは、躍層付近で軽い12CH4が選択的に消費されていることを示している。クローニング解析ではMethylobacter属に近縁なメタン酸化細菌が水柱の全層から検出されたことから、躍層付近でこれら細菌群が活発にCH4を消費していると考えられた。
 さらに上層の表水層では再びCH4濃度が高くなり、その同位体比が低下する特異なプロファイルがみられた(図1と図3)。深水層や沿岸域、流入河川、大気から湖表層へメタンが輸送されている証拠はなく、表水層でメタンが生成している可能性が高い。表層のCH4濃度と大気へのCH4放出速度は、クロロフィル量が多く一次生産が高い季節に上昇することから、好気性独立栄養生物の近傍にメタンの生成源があると考えている。しかし、現時点では表水層からメタン生成菌は検出されておらず、この好気環境におけるメタン生成経路は本課題期間中に解明できなかった。
 本研究により、調査湖沼では底泥における酢酸を基質とした生成経路が、主なメタン生成機構であると考えられた。しかし、水温躍層付近でメタン酸化細菌に活発に消費されるため、深水層で生成したメタンは大気への放出量に大きく影響していない。一方、湖表層では別の機構によりメタンが生成していると考えられた。この表層におけるメタンの季節動態が大気とのガス交換に影響しており、その生成機構の解明は今後の課題である。
図1.溶存メタン濃度(nM)の鉛直分布とその季節変化. 図2.底泥における古細菌群集の系統関係. EU1がメタン生成菌と考えられる系統である. 図3.溶存メタンの炭素安定同位体比の鉛直分布とその季節変化.
成果となる論文・学会発表等 岩田智也・河西瑠美・韓哲浩・高津文人・小島久弥.ダム湖における温室効果気体の生成・循環過程.日本生態学会第55回大会ポスター発表 P2-253.2008