共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

疎水性溶質分子周辺における水の秩序構造化に関する研究
新規・継続の別 新規
研究代表者/所属 産総研
研究代表者/職名 主任研究員
研究代表者/氏名 灘浩樹

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

古川義純 北大低温研

研究目的 本研究の目的は、シンプルな疎水性ガス分子および疎水性の強い複雑な不凍タンパク質分子を取り上げ、それら疎水性溶質分子周辺の水の秩序構造化機構を分子動力学計算と実験により定性的に明らかにすることであり、生体中の不凍水など疎水物質周辺の水の秩序構造化に関連した現象の物理的本質の追求を目指すものである。
  
研究内容・成果 (1)疎水性ガス分子周辺の水の秩序構造化に関する研究
【研究内容】シンプルな疎水性ガス分子としてメタン分子とキセノン分子を取り上げ、それらが水に混合した系の分子動力学計算を実施した。計算は室温・高圧の条件で実施し、ガス分子と水分子の集団がクラスレート構造化する機構を、特にガス分子周辺の水の秩序構造化に焦点を当てて解析した。
【研究成果】クラスレート化の際の水の秩序構造化(すなわち、クラスレートケージを構成する多角形の形成)は、各ガス分子の周囲ではなく複数のガス分子に挟まれた空間内でのみ起こった。この結果は、疎水性のガス分子は水分子と結合しないため、狭い空間内の水分子集団がその空間サイズに安定にフィットする配列(すなわち、多角形)に変化したことを意味する。すなわち、クラスレート化の際の水の秩序構造化の本質は、疎水性の“壁”に制限された空間内における水のクラスタリングであると考察される。少なくとも計算結果は、ガス分子周囲の水分子群がケージ構造を形成してガス分子をその中にトラップするというクラスレート化過程の従来のシナリオを支持しない。

(2)不凍タンパク質周辺の水の秩序構造化に関する研究
【研究内容】疎水性の強い複雑な不凍タンパク質としてアラニンとバリンを多く含むαヘリックス構造の不凍タンパク質(AFP)を取り上げ、その周辺における水の秩序構造化過程を分子動力学計算によって調べ、さらにアラニン-アラニン-スレオニン-糖を構造単位とする不凍糖タンパク質(AFGP)を含む水からの氷の結晶成長実験の結果と比較した。
【研究成果】AFPが吸着した氷界面成長の分子動力学計算の結果、AFPの疎水基(バリン)が氷ピラミッド界面に吸着して且つその周辺に成長した氷がAFPを束縛した状態が氷の成長抑制を引き起こすことがわかった。この結果は、AFP存在下で成長する氷がピラミッド形状となる実験事実を説明しており、AFPの疎水基-周辺水分子間の相互作用が氷の成長抑制に重要な役割を果たすことを強く示唆している。また、AFGP水溶液からの氷の成長実験を行った結果、AFPの場合と同様にAFGPにより氷ピラミッド面の成長が抑制されることが確認された。AFGPとAFPは界面吸着構造・相互作用特性とも類似している部分が多いため、AFGPによる氷の成長抑制はAFPの場合と本質的に同じ機構によるものであると考えられる。

本研究により、ガスクラスレートの結晶化および不凍タンパク質による氷の成長抑制の両方の現象に対して、水分子-疎水性分子間に働く弱い相互作用が極めて重要な役割を果たすことがわかった。自然界には同じように水分子-疎水性分子間相互作用が引き金となって起こる現象が数多く存在すると思われ、疎水性物質が水の秩序構造化に及ぼす役割の本質的に理解するためには今後の更なる研究が必要と思われる。
  
成果となる論文・学会発表等 H. Nada, Growth mechanism of a gas clathrate hydrate from a dilute gas aqueous solution: a molecular dynamics simulation of a three-phase system, The Journal of Physical Chemistry B, Vol. 110, No. 33, pp. 16526-16534, 2006

灘浩樹、水の結晶化に関する分子動力学シミュレーション研究、日本結晶成長学会誌、Vol.33 pp.59-66, 2006

H. Nada and Y. Furukawa, Growth kinetics of interfaces between a {2021} plane of ice and water studied by molecular dynamics simulations, Proc. of 11th Int. Conf. on Physics and Chemistry of Ice, 2007 (in press).

H. Nada, Mechanism of cage formation during growth of CH4 and Xe clathrate hydrates: a molecular dynamics study, Proc. of 11th Int. Conf. on Physics and Chemistry of Ice, 2007 (in press).