共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

水産生物の温度環境適応機構の分子論的研究
研究代表者/所属 水産大学校
研究代表者/職名 教授
研究代表者/氏名 草薙 浩

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

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片桐千仭 北大低温研

研究目的 地球環境への生物の適応機構の解明を目指す場合、温度は適応能を支配する最も重要な環境物理変数の1つである。本研究では、水産生物であるサバやイワシ等に多く含まれる不飽和脂肪酸の温度環境適応における役割を、温度に注目して分子のレベルで明らかにすることにより、生物の地球環境における適応機構に関する基礎的な知見を得ることを目的としている。
陸上生物では、様々な温度環境適応を持つ昆虫の生体膜の低温での流動性は、これを構成する脂肪酸の不飽和度に関係することが明らかにされ(低温研究所:片桐)ており、水産生物のサバやイワシが多く含有する不飽和脂肪酸の役割との関連が注目される。
リン脂質構成脂肪酸の平均不飽和度と生育環境温度の関係  
研究内容・成果 前年度までに確立した反射赤外分光法による水産生物中の不飽和脂肪酸含有量測定法を用いて、水産生物と陸上恒温動物の細胞膜リン脂質に含まれる脂肪酸の不飽和度について定量的なデータを得ることができた。その結果、水産生物と陸上恒温動物の細胞膜リン脂質を構成する脂肪酸の不飽和度(If)を数値化して比較することができ、サバ、サケ、マグロ等ではIf= 1.55-1.75と牛、豚、鶏等のIf= 0.66-0.79の約2倍であることが初めて明らかになった。
サバ、サケ、マグロ等の水産生物は細胞膜リン脂質構成脂肪酸の不飽和度を牛、豚、鶏等の約2倍に保つことで、陸上動物の体温(36-41℃)より低い温度環境(15-25℃)でも細胞膜の流動性を保ち、生命活動を維持している背景を定量的に考察する基礎データを蓄積できた。これらのデータは、リン脂質の脂肪酸の炭素数が平均18であることや水産生物から陸上生物への進化の背景、水産生物の中性脂肪が不飽和脂肪酸を多く含む背景について、分子論的解釈を進める手がかりとなる。
図は、リン脂質構成脂肪酸の平均不飽和度と生育環境温度(陸上動物では体温、水産生物では生育海域の水温)との関係を示す。各生物の生育に適した生育可能な温度領域は、図の点線の範囲と考えることができる。この生育温度範囲をはずれ、破線より下の低い温度になり、不飽和度を増加できない場合、細胞膜の流動性が悪くなりすぎるため細胞が凍結してしまう。逆に成育温度より高い温度になり、不飽和度を減少することができない場合は、破線より上の範囲となる。すると、細胞膜の流動性が良くなりすぎるため細胞が溶解してしまう。極端な場合、破線より上であっても下であっても、生物は生命活動の基本単位である細胞を包む細胞膜の機能が正常に働かなくなって生存することができないといえる。
 進化の過程で生物が陸上に上がる場合に、恒温動物は環境適応において好都合な変化をしたと考えられる。水産生物は細胞膜リン脂質に不飽和脂肪酸が多いので低温環境に対応しているといえ、また不飽和脂肪酸は紫外線に弱いことから海水で強い紫外線の被爆から守られている。陸上生物は、高い体温をもつ恒温動物に変化したため細胞膜リン脂質に不飽和脂肪酸が減少したが、そのため海水という紫外線バリアーが無くても細胞膜のダメージが小さいというメリットを得ることができたと考えられる。
リン脂質構成脂肪酸の平均不飽和度と生育環境温度の関係  
成果となる論文・学会発表等