共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

生体膜脂質近傍における氷晶形成
研究代表者/所属 東京電機大理工
研究代表者/職名 教授
研究代表者/氏名 村勢則郎

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

高橋浩 群馬大工 助教授

2

上野聡 広島大生物生産 助教授

3

片桐千仭 北大低温研

4

古川義純 北大低温研

研究目的  細胞の凍結損傷の原因は、多くの場合、細胞膜の損傷による。すなわち、凍結の際に細胞膜の近傍にできる氷晶が細胞の生死を決めることになる。また、耐凍性を身に付けた生物では、細胞膜近辺における氷晶のでき方を制御することによって、死を免れている可能性が考えられる。本研究では、脂質分子の種類、脂質分子の集合状態によってその近傍における氷晶形成がどのように影響を受けるか、また氷晶形成により脂質分子集合体の集合状態、相転移はどのように影響を受けるかを明らかにし、生体膜及び細胞膜が受ける凍結損傷あるいは低温耐性の内容を明らかにすることを目的とする。
高級脂肪アルコール分子層の氷核活性における炭素数依存性(水滴:約10mg) PC(DMPC)とPE(DMPE)のMLVの氷融解に伴うラメラ周期の比較(基準:ー30℃) 
研究内容・成果  高級脂肪アルコール分子集合体の氷核活性を示差走査熱量測定(DSC)を用いて調べた。その結果、水面に形成された脂肪アルコール単分子膜に氷核活性があり、活性は炭素数が奇数の分子の方が偶数のものより高いことが確認された。また、この傾向は単分子膜のみならず、分子層が複数の場合にも観測され、層数が増すほど氷核活性は高くなる傾向が観測された。偶奇性による炭素鎖の配列の違いが末端OH基を介して氷核活性に関係するものと考えられる。(図1)
 生体膜脂質から成るマルチラメラベシクル(MLV)の凍結融解に伴う構造変化を、代表的な生体脂質のホスファチジルコリン(PC)とホスファチジルエタノールアミン(PE)で比較検討した。その結果,凍結脱水和と氷融解による再水和が引き起すMLVの構造変化の度合は、PEよりもPCの方が大きいことが明らかになった。すなわち、脂質の極性頭部と水分子の相互作用の強さが氷晶形成・融解に伴う膜構造変化に関係することが分かった。(図2)
 脂肪を多く含む細胞に及ぼす氷晶形成の影響を調べる目的で、水中油滴型(O/W)エマルションをモデル系として取り上げ、油相にアルカンを用いたO/Wエマルション中の油相の結晶化機構を調べた。その結果、温度低下に伴う油相の結晶化には、油・水界面に存在する界面活性物質の影響が大きく、界面活性物質と油相の組み合わせによっては、バルク系では見られなかった新たな結晶多形をも誘起することが判明した。今回のモデル系では、界面活性剤の影響により、氷晶形成が開始するより高温で油相の結晶化が進行するため、氷晶形成が脂肪の結晶化に及ぼす直接的な影響は観察できなかった。界面活性物質を変えるなどして、氷晶形成と細胞内脂肪の結晶化の関係を調べる必要がある。
 生物を用いた研究では、ショウジョウバエを用いて実験を行った。温度を下げ ながら、1匹の生きたショウジョウバエの腹部にX線を照射しX線回折を観察する実験 を行った。過冷却や体内の存在する他の物質との相互作用の関係で、ハエ体内の水は 0℃で凍結するわけではない。0℃よりも低い温度で体内の水が凍結し、氷晶のX線回折 ピークが1匹のハエから観察された。このことは、非破壊でハエ体内における氷晶形成の有無を判定する方法が確立できたことを意味する。また、氷晶のX線回折ピークの有無と、実験後に室温に戻した時のハエの生存率との間に高い相関が認められた。
 以上の結果をまとめると、生体膜脂質-水界面において、脂質分子の集合状態が氷晶形成に影響し、氷晶形成が脂質分子集合状態の変化に影響することが明らかになった。また、生物体内における氷晶の有無と形成部位を明らかにできるようになった。DSC、X線回折およびDSC-X線回折同時測定の手法を駆使して、生物、細胞を対象に研究を深化させ、細胞膜ひいては細胞の凍結損傷や凍結耐性の機構解明につなげていきたい。
高級脂肪アルコール分子層の氷核活性における炭素数依存性(水滴:約10mg) PC(DMPC)とPE(DMPE)のMLVの氷融解に伴うラメラ周期の比較(基準:ー30℃)