共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

高分子物質(水産加工食品等)中の不凍水と凍結水の構造研究
研究代表者/所属 水産大学校
研究代表者/職名 教授
研究代表者/氏名 草薙 浩

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

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片桐千仭 北大低温研

研究目的 水が0℃以下の広い範囲で凍りはじめる不凍水の問題は寒冷圏での動植物の生命維持を初めとして地球上の水の関わる全ての現象にとって基礎と応用の両面から重要なテーマである。この問題を基礎的に解明するアプローチ法の1つとして、水産加工食品等の高分子物質中の不凍水と凍結水の立体構造を、熱測定法と赤外分光法を用いて分子レベルで研究することを目的とする。立体構造が分子レベルで解明されることによって、新しい水産加工食品や難着雪氷材料の開発に繋がる研究への発展が期待できる。
  
研究内容・成果 水の示す不思議な性質の多くは、水分子が小さな分子でありながら強い水素結合形成能力を持つため、多くの物質と多様な相互作用を示すミクロ構造をとることに起因すると考えられている。我々は赤外分光法と分子計算法を用いて、高分子物質中の不凍水と凍結水のミクロ構造研究を進めてきた。氷の構造で明かなように1つの水分子は最大で4つの水素結合をとることができるが、親水性物質とはその強い極性基に配位して2つのプロトン供与型(又はプロトン受容型)の強い水素結合を形成するとされている。本研究では、親水性の強いアミノ基やスルフォン酸基をもつタウリンと水分子との相互作用によるミクロ構造について、赤外スペクトルと分子動力学計算とから明らかした結果を報告する。
 強い親水基をもつモデル物質として、タウリン(エチレンアミノスルフォン酸)を用い、水に濃度2%から9%(飽和水溶液)溶解させた水溶液の赤外スペクトルを温度25℃分解能4 cm-1で測定した。強い水素結合をとる親水性物質と水分子の赤外スペクトルはブロードなため、全濃度範囲に渡ってミクロ構造情報を得るのは困難であった。そこで、分子動力学(MD)法を用いて高濃度の水溶液の赤外スペクトルを理論計算することを試みた。MD法による赤外スペクトルの計算はタウリン及び水分子にフレキシブルモデルを用いて原子の分子内・分子間振動の時間相関関数から計算する方法を採用した。NPTアンサンブル25℃一気圧で、計算ステップ幅0.2fsで100万ステップ(0.1ns)計算後、5ステップ毎にパソコンハードディスクに出力した16万ステップ(32ps)の原子速度成分を用いた。0.5fs間隔の32psのデータ(1.6万個)を用いてフーリエ変換し、4000〜700 cm-1のスペクトルを実験の場合と同じ高分解能(データ点間隔)4.1 cm-1で得た。一例として、25℃のピュアな液体水とタウリン濃度30%水溶液のスペクトルを計算し実測スペクトルとの相違を較べた。MD法では高濃度の水溶液のスペクトルが得られるので、ピュアな水との差スペクトルに有力な情報が得られ、3600 cm-1付近に水素結合していなOH基の増えていることが分かった。これらを詳細に検討した結果、タウリンのような親水性の強い物質が溶けると、親水性物質と水分子との間に形成される強い水素結合のために親水性物質近傍の水のミクロ構造が破壊される結果、フリーOH基が増加すると結論された。水蒸気のような気相中にある水分子は単分子状態にあるため水素結合をとれずにフリーOH基を持ち、高い運動性を有している。本研究のタウリンの近傍にあるフリーOH基をもつ水分子も、水素結合している水分子と比較して高い運動性を有していると考えられる。その結果、これらのフリーOH基をもつ水分子が0℃以下でも凍らない不凍水になると判断された。親水性物質近傍の不凍水のミクロ構造情報を、本研究の分子計算法による赤外スペクトル上に初めて見出すことができた。