共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

脂質から見た昆虫の寒冷地適応
研究代表者/所属 北大低温研
研究代表者/職名 助手
研究代表者/氏名 片桐千仭

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

木村勇司 青森県農林総合研究センタ 主任研究員

2

田中一裕 宮城学院女子大 助教授

3

渡辺匡彦 独)農業生物資源研 主任研究官

4

金子順一 独)北海道農業研究センタ 主任研究官

5

森林敦子 国立感染症研究所 協力研究員

6

渡康彦 芦屋大学教育学部 教授

7

片桐千仭 北大低温研 助手

研究目的 熱帯起源の昆虫が冬のある温帯・寒帯地域にまで進出できた要因を脂質から探るのが本共同研究の目的である。脂質のうちエネルギー源であるトリアシルグリセロール、生体膜の構成員であるリン脂質、さらに体表を覆っている炭化水素に私たちは着目している。昆虫の生活史の中で遭遇する温度領域で脂質は固・液の相変化を起こすものが多い。液状でその役割を果たしていた脂質が温度の低下によって固化してしまうことは昆虫の死を招きかねない。低温下で、昆虫はどのようにして脂質の固化を防ぎ、寒冷地に適応したかを探るのが本研究の目的である。
  
研究内容・成果  昆虫それぞれ、さまざまな冬越しの様式がある。成虫で越冬するものもいれば、蛹、幼虫、卵で休眠に入り冬を越すものもいる。この昆虫の寒冷地適応様式を脂質の代謝・生理から解析した。対象とした脂質は冬越しのエネルギー源であるトリアシルグリセロール、低温耐性に深く関わる生体膜リン脂質、さらに体内の水の蒸散を防ぐために必要不可欠な体表を覆う炭化水素である。これらの脂質の変動をチョウ、ガ、ハエなどについて調べた。
 モンシロチョウ・オオモンシロチョウ:数年前に北海道に侵入したオオモンシロと、近縁の在来種モンシロとを比較検討している。休眠蛹と非休眠蛹の体表炭化水素の化学組成と厚さ(Naturwissenschaften 91(2004) 320-323)と、蛹体表面のテクスチャの関係を調べると、化学組成によって体表面のテクスチャは一義的に決まらないことが明らかになった。厚さの貢献も大である。
 ヨトウガ:夏も冬も休眠に入る昆虫は知られているが、実験動物として扱える昆虫は少ない。ヨトウガはその数少ない一つである。ショウジョウバエを使った私たちの研究では冬越しのため休眠に入る成虫はトリアシルグリセロールの凝固点を下げていたが、ヨトウガでは夏休眠も冬休眠ともにほとんど凝固点が変わっていなかった。これは休眠を考える上で示唆に富んだ結果であり、休眠の起源を探るひとつの手がかりではないかと考えている。
 ハエ・カ:ケブカクロバエには昆虫ではあまり見られない高度不飽和脂肪酸、エイコサペンタエン酸(EPA)が各脂質の構成脂肪酸となっていた。また、マラリア媒介蚊 Anopheles stephensiにもEPAが存在し、幼虫、蛹、成虫における脂肪酸の割合を比較した結果 、変態に伴って著しく増加することがわかった。 EPAは餌由来であり、EPAを含まない餌では終齢幼虫まで発育するが、その後の発育は遅延、もしくは停止した。このことより、An. stephensiでは、 EPAは必須脂肪酸であることが示唆された(Med. Entomol. Zool. 55(2004) 59-66)。
 ネムリユスリカ:究極の乾燥耐性を示すネムリユスリカのクリプトビオシス(無代謝状態の活動停止状態)は体内にトレハロースが蓄積されることで可能になったと考えられている(Eur. J. Entomol. 101 (2004) 439-444)。その時の生体膜脂質の性状について検討を始めた。
 タマネギバエ:自然条件下での活動時刻や羽化時刻について詳細に研究されているタマネギバエ(J. Insect Physiol. 51(2005) 11-16)は発育段階によって特定の温度環境を好む。その温度環境下での生体膜脂質について検討し、ハエがどのように適応しているかを検討している。