共同研究報告書


研究区分 一般研究

研究課題

有機不純物分子による水の結晶化抑制機構の研究
研究代表者/所属 産総研
研究代表者/職名 主任研究員
研究代表者/氏名 灘浩樹

研究分担者/氏名/所属/職名
 
氏  名
所  属
職  名

1

古川義純 北大低温研

研究目的  寒冷地に生きる魚や動物の体液が氷点下でもなかなか凍結しない最大の理由は、体液に含まれるタンパク質などの有機不純物分子が水の結晶化を抑制するためであろう。しかし、現実の生体有機分子の形状や氷・水との相互作用は複雑すぎるため、何故水の結晶化が抑制されるのかを本質的に理解するのは極めて難しい。本研究は、最もシンプルな水溶性有機分子であるメタノールをモデル不純物として取り上げ、それによる水の結晶化抑制機構を調べる。そして、その結果を基にしてタンパク質分子など生体内の複雑な有機分子による水の結晶化制御機構を予測し、難解な生体水の不凍現象の本質を探ることを目的とする。
  
研究内容・成果 (1)メタノール水溶液(メタノール濃度5wt%から35tw%)から成長する氷結晶形のその場観察を過冷却度0.1〜2℃の温度領域において行い、純水から成長する氷結晶形と比較した。濃度5wt%における氷結晶形は、純粋からの成長の場合と同様に平らなベーサル面を有する円盤であった。しかし、濃度35tw%では平らなベーサル面とプリズム面を有する六角版が表れた。これは、濃度35tw%における氷の融点は約-50℃と低く、したがって成長が起こる温度も極めて低いためにプリズム面のカイネティクスが効いたことによるものと考えられる。また、濃度35tw%のとき、過冷却度1℃以下の領域では核生成が実験時間内に観察されなかった。これは、核生成の待ち時間が非常に長かったことを意味しており、メタノールが氷の核生成を抑制する効果を有することを示唆している。今後、氷結晶の各面方位における成長速度の測定や核生成待ち時間の測定などを行うことにより、メタノールによる成長抑制効果を定量的に調べることが重要と思われる。
(2)メタノールによる氷の成長抑制効果を分子レベルで調べるための分子動力学計算を開始した。まず、氷の結晶成長を再現する水分子間相互作用モデルを開発し、それを用いた分子動力学計算により純水からの氷の結晶成長機構を調べた(Journal of Crystal Growth (2004) 掲載、Journal of Crystal Growth (2005) 投稿)。次に、氷結晶と35wt%メタノール水溶液の固液界面の分子動力学計算を実施した。計算時間が十分に長くなかったために成長を観察するまでには至らなかったが、幾つかのメタノール分子の氷界面吸着が確認された。本結果がメタノールによる氷の成長抑制効果と直接関連するものかどうかは現時点では明確ではないが、今後大規模な分子動力学計算を実施してより詳しく調べることにより明らかになると思われる。
(3)不凍糖タンパク質分子(AFGP)を含む水からの氷の成長実験結果は、各結晶面方位の成長速度が純水からの成長の場合と比較して大きく異なることを明示している。本研究では、AFGP実験と直接比較できるデータを得るには至らなかった。しかし、AFGPによる氷の成長抑制はAFGPの親水基が氷界面に吸着することにより引き起こされると考えられており、分子動力学計算により観察されたメタノール分子の氷界面吸着との関連性が覗える。AFGP等生体分子に対する実験に加えて、メタノールなどのシンプルな有機分子を用いた実験及び分子動力学計算によるアプローチを行うことにより、生体水の不凍現象を説明する本質的な物理過程が明らかにされるものと期待される。